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GENE6-6.Oasis

 死の大地が続いていた。大地に太陽が落ちて空に紫の濃淡が残る。

 しかし、水平状の一点にキラキラと輝いていた。人工物の存在感が騒がしい。


 仰ぎ見るほど巨大な、防壁のように展開された噴水をくぐり、この街に入ることができるのだ。

 水の帳の裏は煌びやかな歓楽街は、派手な色合いの享楽施設で埋め尽くされていた。


 世界の物流の拠点。

 イースタルとは対岸にあるロワナシア大陸西側、ローレンシアの遊戯都市、聖女の休息地(フリア)である。


 スロットマシンと賭けたチップの擦れる音が鳴り止まない。カラフルな光の装飾に、人影は埋もれまいと着飾っている。

 これほど夜の街が賑やかなのは珍しいだろう。数時間前に歩いていた塩の砂漠からは想像できない。活気に溢れ、陽気に満たされた場所である。世界中の金がここに集まっていると言われるのも、訪れた三人は納得だった。


 フリアで五本指に入る高級ホテルの三階にあるレストランである。賭博場(カジノ)の合間の休息に、寝る前に友人とお酒を、それぞれの目的で一息つく客の中に、何か企んでいそうな二人の姿あった。

 カウンターに横並びでメアとランは、二人で座っていた。メアは大人の用の椅子に座っているので、脚がぶらりと垂れ下がる。ランは隣に居る。犬のレイは見当たらなかった。

 

 ラン手製の刺繍が入った、青のワンピースで着飾ったメアは、牛乳が入ったグラスを両手で一気に飲み干した。空になったグラスを机に勢いよく叩きつけると、視線を目の前に移して前のめりになる。


 少女の前には、硝子の花瓶。赤い花が数本刺さり、瑞々しい香りを振りまいている。


「食べちゃ駄目よ」

「だめ?」

「駄目。ほらこっちを飲んで」


 そう言って、デカンタから追加のミルクを注いでいく。気の抜けた返事にランは笑ってしまった。大人の方のメアではない。少女の方のメアである。外見は全く同じなのに、中の二人は全くの別人である。


「ありがとう、師匠。おもしろい。この街」

「うん。それに楽しいね。普通じゃない気配が沢山。四百年経ってもここは変わらない」

「楽しい? 楽しいのはいいね、師匠」

「こっちのメアは可愛い。あっちのメアは師匠って呼んでくれなの。何でかな? はい、口開いて」


 今さっき届いたパフェは明らかに二人分の大きさではない。

 この豪勢な街を彷彿とさせる、明らかに小腹を満たすどころではない量である。注文時に食べきれない大きさなのだと注意されていた。


 口を開いて、メアは待ちの姿勢になる。ランは頬杖をつきながら、柄の長いスプーンでパフェからクリームの固まりをすくい取って与えた。メアは一瞬で飲み干した。少女にとってクリームは飲み物であった。

 食べ方が気に入ったのか、すかさずトッピングの果物やアイスクリームを掬って彼女の口に押し込んでいく。パフェが十秒足らずで消えてしまい、カウンターの給仕人が信じられない顔をしていた。


「じゃあ、ここに来た理由を教えよっか」

「やっとだね……ねえ、レイちゃんは?」

「メアの影の中。隠れちゃった」

「なんで? どうして?」

「私と遊んで疲れちゃったみたい。まったく二人とも、子供を盾にするなんて情けない。もっと鍛えなきゃね」


 今のメアはさっきまで寝ていたので事情を知らなかった。

 大人のメアは深層心理に隠れ、犬のレイは影へ潜んでしまったのには理由がある。道中、ランと遊んで瀕死の状態に追い込まれたのだ。さらに、いつもと違う彼女の振る舞いが追い打ちをかける。肉体的にも精神的にも耐えきれなかった結果であった。


「ほら、起きてはいるんでしょう。二人も話だけは聞いてね」

「はーい」

「後の二人、返事はー?」

「そういえば何で来たのか教えてくれなかったね、師匠」

「……いや、だって、貴方達がうるさかったから」


 言いたいことがあるように、メアの右腕と影が蠢いた。フォークを鷲掴みにして、目の前のランの喉元に突き刺そうとする。殺意が抑えきれなかったのだろう。


「やっぱり聞こえてるじゃない。ストップストップ」


 それを机を叩くだけで、ランは制してしまう。二人の動きがピタリと止まる。握りしめていたフォークが落ちて、周囲の注目が集まった。しかし、問題はなかった。


「気をつけて、メア」


 ランはメアの頬を優しく撫でる。少女の首元が無意識に硬直してしまった。中のもう一人の恐怖心の影響なのだろう。隠れている二人は絶叫するほど嫌がったが、周囲には粗相をした親戚の子どもを可愛がってるようにしか見えなかった。事実、ランも可愛がってるつもりではあったのだ。


「――そうふたりをイジめないで」

「苛めてるつもりはないんだけど……」

「もう! そんなことない。それで? どうしてきたの?」

「ははっ。そうね……」

「少し話しづらい?」

「ちょっとだけ。余り楽しい理由で来たわけじゃなくてね。実はね――」


 茶目っ気のある微笑みが徐々に消え、ランは給仕人から代わりのフォークを受け取って、再びメアに瞳を向ける。レンズを通してもはっきりとわかる。もの悲しい目になってしまった。

 メアは小首を傾げて、話の続きを待った。


「取り戻しに来たの。友達の遺品をね。彼女の宝物だった。友達って言うと怒られちゃうな。親友で、戦友で、家族同然だった彼女のね」

「今でも覚えてる?」

「もちろん! 五百年経っても、千年経っても忘れないよ。忘れるわけがない」


 淡々とした口調だった。遠い昔を見つめていた。


「偶然かはわからないけど、因縁めいた場所に来ちゃったね。ここはね。私とエアの思い出の場所、だから二人でここに街をつくったの。エアは賢いんだか、馬鹿なんだかわからない子でね。いや、馬鹿な子だった」

「あのエアさん?」

「そう」

「でも、もう死んじゃったって。聞いたよ、機械の街を壊滅させたって」

「うん、死んでる。まるで寝てるみたいだったよ。そう、お返しに壊せるもの全部壊しちゃった」


 聖女の休息地(フリア)は二人で最初に築いた都市である。ランは伏し目がちになって髪を撫でつける。

 四百年閉じ込められて、真っ先に向かったのが彼女の元だった。レインディアの首都に、機関の名目上の本拠地が配置されていた。それはエアの屍体に上に建っていたのだ。だからそこで盛大に送り火をあげたのは、リサに解放されたすぐ後のことである。ランの記憶に新しい。


「それにしてもよく知ってるね?」

「リサに本をもらった。エアさんはよくしゃべる人だね」

「そう、貴方も? 結局、私は読んだことはないんだけどね。あの子はね、言葉が好きだったの」

「エアさんの話。聞いてみたい」

「そりゃ私とエアの思い出話はたくさんあるよ。私がこの世界に来て二百年後に、エアがやって来た。それから四百年間ずっと一緒だったんだよ。聖女、女神って、お互い柄にもない呼ばれ方をすると思わなかったけどね。この世界に迷い込んで、最初にエアに出会ったのは私。第一印象は大人しい子だった。でも話し慣れるとね、これがね……五月蠅くて大変だったね……もう一杯食べる?」

「……うん、もう一度食べたい」

「足りなかった? じゃあ追加で注文しよっか」


 大昔に神様が住んでいたと言われる聖女の休息地(フリア)

 ランは懐かしくて、夜通し昔の話を語り尽くすことも難しくない。身体を若く偽っているからか、親友の街に遊びに来たからか、今日の彼女は上機嫌だった。

 もう一度頼まれるとは思ってなかったらしかったが、二杯目のパフェは案外と早く出てきた。届き次第、メアは飛びつくように食べ始めた。


「でもね……本は本。ただの記憶で意思はないの」


 パフェを顔を突っ込みながら食べるメア。ランの言葉に顔をあげると、顔に着いたクリームを拭われてしまう。


「独り言だよ。いろんなことがあったからね。この街にいると思い出しちゃって話が進まないね。それでね――」


 ランの手元には何も置かれてなかった。手の平を水平に動かすと、小型のアンティークボックスをテーブルに現れた。彼女の能力、森羅万象を欺す神の力、蝴蝶之夢ドリームズカムトルゥーによって生成した、記憶に基づいた精巧な模造品(レプリカ)である。


「先日、オークションで出品すると聞いたの。これは生前エアが肌身離さず持っていた宝物でね。私がいたずらに触ると酷く怒られた」

「怒られる方が悪い」

「……まあ、そうだね。あははー」


 ランとエアの喧嘩があって、作物が育たない土地になってしまい、そこに栄えたのがホテル、賭博(カジノ)、そしてオークションである。数多もの珍品・貴重品が競売にかけられて、表の世界では不可能な取引も行われるのもこの場所なのだ。


「私はどうしてもこれが欲しいんだ」


 形成した木箱を手の平の上に乗せる。箱は次第に縮み、一口サイズまで小さくなった。彼女が自分自身と一緒にもとの世界から持ってきてしまった大切なものだった。最後は透明な粒子になって散ってしまった。


「ここにエアの宝物が出されるって聞いてね」

「オークション? 競り落とすの?」

「まさか、私が競り落とすと思う?」


 メアは可愛らしく小首を傾げた。中の二人は全力で首を横に振っていた。ランの丸眼鏡が怪しく輝いて、もう何も乗っていない手を力強く握りしめた。





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