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GENE6-4.Miniature Garden Diary


日常回。

少し長くなりました。たまにはこんな回も良いですね。

この後は長編やってはっちゃけて、6章は終わりです。

 床石のひび割れに、青々とした草が一つつき出している。外から持ち込まれた雑草の種が、風に飛ばされて根付いたのだろう。


 ここは広大な水面の上の世界である。神様が創った池の上に、五つある正方形が浮かんでいた。

 中央庭園から橋が伸びて、第四ブロックの住宅施設、第三ブロックの(ゲート)、第二ブロックの生産施設、第一ブロックの時計塔へ繋がっている。


 ここは箱庭の一角、第四ブロックである。住民の家であるこのエリアは、小高い山の上に過剰に木造の中層建築物が散りばめられている。その中心、建造物の山の頂上にあるB2ビルの屋上からは、箱庭が一望できた。


 空には一点の曇りもない青。

 足下には木造ビルが水際まで階段状に配置されている。


 人工的なこの空間に、流れ者が居着いて、好き勝手した結果なのだと、祖母であるランが言っていた。ここは箱庭。はぐれ者の吹きだまり。アルルにとってのホームであった。


 創造されたハコの中身が、ここまで成長するとは誰も思っていなかった。


「洗濯物がよく乾きそう。おばあちゃん、ありがとう」


 箱庭の天気はランのさじ加減で決まっていて、基本的には外と同じである。本日の青天は、アルルがランにお願いした。今日は新人を案内する日なのだ。


 始めてきた客人に対して案内する役は、アルルが最も適任なのである。これは箱庭にいる全員が認めていた。

 何しろ複雑怪奇な箱庭を唯一、罠の数、抜け道から、お店に並ぶ今月の新商品、知らなきゃいけない不文律、それから少しだけ癖のある住民までを、アルルだけが把握している。彼女には誰よりも事情に詳しい自信があったのだ。


 アルルはスキップしたい気持を抑えて、屋上のゲストハウスのドアベルをならす。

 今日案内するのは、リサが引っ張り混んだ双子である。昨日顔合わせをしたが、アルルはろくに会話をすることができなかった。乱暴な新人歓迎会のせいである。


 負傷した彼女達は治療が終わり、そろそろ起きる時間なのだろう。


 アルルの予想通り、玄関へ気配が近づいてくる。

 ドアが開くと二人の眠そうな顔が現れた。


 浴衣型の患者服に薄い樺茶色のショートとロング。それまで着ていた服は、歓迎会で破けてしまったのだ。

 ドアを押し開けたのは、ショートカットのハルである。そのすぐ後ろにロングヘアーのベルがいた。まだ寝ていたいのか、ほぼ目を閉じている。

 アルルは髪型以外にも識別方法を見つけていた。粗雑な妹のベルに、しっかり者の姉のハルである。性格の違いもわかりやすい。ベルの挨拶に、敬語を付け足して、ハルも挨拶をした。


「おはよう……」

「ございま――」


 二人は外の光に眩しそうに目を細め、迎えの者がアルルだと気が付いた。彼女達は五センチほど飛び上がり、そして、すぐにドアを閉じようとした。


「待って! 待って! 閉めないで! 待ってください!」

「なんであなたが!」

「いるんですか!」

「昨日、言ったじゃないですか! 案内するって、ごめんなさい。よくわかんないですが、謝りますから。ごめんなさい! ごめんなさいー! だから閉めないでー!」


 二人がかりでドアノブを掴んで必死に閉めようとするのを、アルルは両手で必死に食い止める。さらに、ドアの隙間につま先をねじ込むと、そこから双子の小さい悲鳴が漏れた。


「閉めないで-!」

「だって酷いことするって! 私たちの皮全部剥ぐって!」

「そのまま生きたまま楽器にするんでしょう!」

「しません! しません! え、昨日そんなこと言ってたんですか!?」


 三人とも一切力を緩めない。膠着状態になり、分厚い扉に亀裂が入る。

 全ては新人歓迎会が原因であった。彼女達がリサと血の契約を結んだこと、組織で最も強いと言われる連中が揃っていたこと、幾つか理由はあるが、ともかく箱庭の中で歓迎会(バトルロイヤル)が始まったのだ。


 フィールドはこの箱庭世界、一辺が十キロメートルの立方体の中での戦闘演習である。参加者は非戦闘員を除いたほぼ全員であった。

 傷を治せるリサがいるので、実質命懸けの殺し合いである。そこで二人は散々な目に遭ったのだ。扉を隔てた向こう側にいるアルルによってである。


「忘れてください! 優しい! 私は優しい人なんですよ!」

「嘘! 絶対に嘘!」

「信じられません! 早く帰って!」

「でも、ほらお腹減ったでしょう? ね! ね!?」


 そのまま、十分が経過した。

 昼前に戦闘がはじまり、不幸にもアルルの能力に囚われて、そのまま緊急治療。目が覚めて、再度犯人と遭遇。双子は内心、空腹と恐怖が入り交じったが、結局空腹には勝てなかったようであった。無言でドアノブを握る力を緩めてしまう。


「やっと話せますね! 改めましてアルルです。名前はハルさんとベルさん、ですよね?」

「……うん、そう」

「そう、あってます」

「では、食堂にいきましょうか。それに服も必要ですね。えへへ、二人が来てくださって嬉しいです。若い女性って少ないんです」

「貴方が食べるから?」

「だから食べません!! 誤解なんですって!!」


 双子は警戒しながらガイドのアルルに着いていく。彼女達のトラウマが消え去ったわけではない。むしろ目が覚める前と後にあって、強調されてすらいる。


「こっちですよー」

「……?」


 元気よく振る舞うアルルが、ビルの室内へ続くドアを開くと、空が急に狭くなった。ベルは首を傾げてしまう。屋上のドアはそのまま、地上の路地裏へ繋がっていたのだ。

 このビルにエレベーターはない。ドア一つ跨いで、一気に地上まで降りることができるように設計されていた。


 不思議な扉をくぐって、双子はビル街の谷間の遊歩道に出た。幅二メートルの水路が水面まで続いてるのだろう。緩やかな傾斜に沿って流れている。

 

「迷子にならないように気をつけて下さいね。時間帯によって塞がることもありますし、ドア自体の配置も定期的に変わるので、要注意です」

「……綺麗」

「そうね、ベル。とっても綺麗な街」

「おばあちゃんとリサさんが喜びます。不思議な街ですけどね」

 

 アルルは一際嬉しそうな笑顔になった。

 建物の一つ一つにかたどられた窓枠が美しい。淡色で彩られた、小池の上の世界である。地面は砂色、桜鼠、白緑のタイルが続く。昨日は突然戦闘が始まって、双子は景色を見る暇もなかったのだ。


「あんなに壊されたのに……元に戻ってる」

「建物は全部お祖母ちゃんが、怪我人は全部リサさんが治したんです。元に戻せるからって、いつでも暴れていいわけじゃないんですけどねー。それでは朝ご飯を食べに行きましょう]


 アルル達は水の流れる方向へ進み、坂を下っていく。すると、道端に並ぶ赤いボックスが目についた。双子は魔導鈴と呼ばれる、公衆通信機を思い出した。


「距離があるのでこれを使います。中に入ってください。本来の使い方とはまた違うのですが」


 アルルの言われるが通りに入ると、三人の肩が触れあうほどの大きさである。


「こう使うの箱庭専用なんですよね。私、外で使い方間違えて恥ずかしい思いをしちゃって。えっと、イチ、イチ……」


 四桁の番号を押して、受話器を置く。すると内側から見えていた風景が暗転した。数秒経つと、けたたましく呼鈴が鳴り、景色が戻る。しかし、先ほどの場所とは全く違う。別のボックスに移動したのだ。双子達のあっと驚いた声を出してしまう。それを見て、アルルはまた誇らしげな表情になった。


「ふふ、便利でしょう。着きましたよ。うちのおばあちゃん、役に立たないものばかり作ってるわけじゃないんです」


 中に入ると、何十列も並べられたロングテーブルである。上品な赤が奥まで敷き詰められている。そこにはアルル以外にも、この箱庭の住人がいた。手前の細長いテーブルにまばらに人が座っている。


「ここが食堂です。何でも好きなだけ食べれますが、基本食べ残しは厳禁ですから気をつけてください」


 腰掛けている厳つい黒スーツの男達は、どう見ても堅気に見えなかった。眼光の鋭さは、双子達のよく知る傭兵(レーベ)や軍人、マフィアに近い。アルル達は歓迎会で真っ先に暴れまわり、双子は容赦なく殴り飛ばした記憶がある。


「……これは何?」


 ベルが恐る恐る示した指先には、食堂を掃除する絡繰仕掛けの人形があった。不気味な微笑を振り撒く能面の人型である。


「おばあちゃんの趣味です。今から慣れた方がいいですよ。ことあるごとに出てきますから。特に最近は。もう! みんな!! そんなジロジロ見ないの。睨み付けているわけじゃないんですよ。みんな目付きが鋭くて、悪い人だからそう見えるだけです。箱庭って、女性の方が少ないんです」


 視線を向ける黒服に蠅を払うような仕草をして、アルル達は、そのまま注文口の列に加わった。先に並んでいる黒服の、滲み出した気配に、双子は呆気にとられてしまう。


「男の人っていうか、異形の人が一番多いですね。みんな擬態してますけど。例えばこの彼。特性の服で人型だけど、元々は原型ないの。ねぇ、●●●●●●」

「よう、アルル。昨日は惜しかったな」


 アルル達の前に並んでいたのは背の高い、真っ黒なフードを被って目元が見えない。やせ細った、生気のない肌である。皮膚があるだけで、背の高い骸骨とほとんど一緒である。


「あ、名前を呼んだら呪われるから気をつけてくださいね」

「昔の話だよ、アルル。新しい人かい? よろしくね」

「そうだよー。可愛いでしょう。私よりお姉さんなんだよ」


 双子達が、箱庭に来て最も恐怖を感じた対象はアルルである。それに近いが全く異なった、冷たい気配を彼から感じた。


「うん、よろしく」

「お願いします」

「名前を呼んじゃ駄目ですよー」

「本当は知ってしまったら駄目なんだがな」

「……」

「心配するな、昔の話だ」


 本当か噓かわからない不気味な笑い声であった。

 そして、彼の前方からひょっこりと現れたのはアルルよりも一回り背の高い青年である。狐色の短髪ので、人懐っこそうな笑顔であった。双子が手を振ると、小さく会釈して、そのまま注文に向かってしまった。

 

「今の彼が双子のローイとルーイ、二人と同じ双子なんですよ」

「双子? 一人じゃない?」

「そうは見えないですけど」

「真っ二つになってたのを、リサさんがくっつけたんです」

「……良かったね、ベル」

「うん、私達もくっつけられなくて良かったね、ハル」

「まだまだ面白い人がいっぱいいるんです。いつも半分はいないですね。みんな、たまに帰ってきますが、その時に紹介しますね――って私も最近は帰って来れないんですけど」


 食堂にいる者は大半が黒スーツであるが例外もいた。注文口にいたのは、白いコック姿の豚人である。片手に真っ赤に染まった肉包丁を持っていた。エプロンは解体直後なのか血まみれである。


「よう、アルル! 新人も一緒だな」

「ビリーさん! ごはん食べさしてー! 二人とも好きなものを言ってください。でも、ビリーさんのおすすめだけは頼んじゃ駄目ですよー、お肉がですね。ちょっとアレなんでー。絶対に駄目です」

「サンドイッチ」

「二人分でお願いします」

「おう。アルル、昨日も元気だったな。力の使い方上手くなったじゃないか。おすすめはどうだ!」

「いらない! 私もサンドイッチでお願い」


 料理人の外見から想定できないような、上品な美味しさの料理であった。アルルの進めもあって追加注文でデザートを頼むと、これまた繊細な甘さである。三人の距離が少しだけ、ほんの僅かに近づいた。


 三人はまた移動用のボックスで、この箱庭の衣装部屋である施設に到着した。老舗の高級テーラーを思わせる店のショーウィンドウには、黒服しか置いていない。しかし、双子はその店主を、箱庭で見た誰よりとまともな人間だと思った。


「服に関してはこの人のお任せ。ベネディクトさん。みんな真っ黒な服を着ているのは、全部ベネディクトさんのせい」

「良いだろう。黒は誰にでも似合うんだ。生地の問題もある。色は変えられないことはないがね。新入りさんだね。昨日は大変だったろう。私も静かに生きたいんだがね」


 ベネディクトと呼ばれた紳士は、キッチリと整えられた金髪に、ウェリントン型の黒縁眼鏡。そして、寒気がするほどの顔が整っていた。街で歩けば男女限らず振り返ってしまうだろう。三十歳にも見えるが、それでは余りにも風格のある立ち姿である。


「ベネディクトさんは、箱庭で一番顔が良いし、おしゃれなんだけどね。残念ながら、女の人に興味がないの」

「ここには美味しそうな人が一杯いるからね」

「始めて来た人はここで衣装合わせするんだけど、男の人は注意が必要です。鋏で大事な――って余計な事は言わないで置きましょう。お二人には関係ないし。別にスーツじゃなくて良いですよ。どんな服でも注文してください。ベネディクトさんは魔法使いですから」

「はっはっは。アルル、そう言ってくれるとは光栄だ。張り切らなくちゃね」


 カタログを囲んで和気藹々と談笑をしていると、彼と特性の紅茶が出てきた。温かい香りで、先日のわだかまりは完全に解消された――わけではないが、目覚めた直後の警戒心はなくなっていた。


 外に出た双子の姿は、無愛想な白の患者服から、黒の軍服コートに変わっていた。腰にベルト、首元にはリボンがあり、颯爽と歩く姿は心なしか上機嫌に見える。その様子を見て、アルルはほっとしてしまう。最後に箱庭の出入り口に連れて行き、それでアルルの仕事は終わりだった。


「それでここが出入り口。一番わかりやすいのがここです」

「いつでも出て良いの?」

「特に制限はないですよ」

「良かったね、ベル。今度は外を案内してもらってもいい?」

「……?」

「貴方に聞いたのよ。アルル……さん。またよろしくお願いします」

「本当ですか!?」


 双子と少しだけでも打ち解けることができて、アルルはもう満足である。


「アルルでいいです! アルルでいいですから! さん付けはいいですから! いつでも! いつでも良いですよ? もう今から行きますか!?」


 そう、以前の彼女ではない。過去には確かに能力が制御できず、箱庭で最も恐れられている存在だと言われた。恐怖の大王とまで歌われた。しかし、過去の話なのである。もう立派に能力を扱うことができるのだ。

 時計台は午後三時を示していた。昼下がりの眠たい時間である。

 幸いまだ時間がある。それなら外も案内しましょうかと、アルルが双子と鏡から出ようとした、そのときだ。


「いた。アルル」


 アルルの聞き覚えのある声である。振り向くと赤いマフラーの少年に、その後には小さな影が三つ。アルルがいつも遊んで居る箱庭の子ども達である。


「フィン君!? それにニルヴァス、ソウ、モリアってことは!?」


 数少ない子供達が揃いも揃って、アルルを引き留めにきたのだ。子どもだからと言って能力が低いわけではない。彼らに指示できるものは数少く、彼女の影がアルルの頭にちらついた。


「ってことは!? じゃないでしょうアルル」

「モ、モアさん!?」

「勝手にサボって。今日、試験するって言ってたでしょう。ただでさえ帰って来ないんですから。いくら頭が良くてもテストは受けなさい」

「いや、だって!! 案内するのは私の役割なんですから!!」

「アルルはまずは勉強だって。代わりにスーがやるって話じゃなかったけ?」

「それはですね-、スーさんも忙しそうですから、私が代わりに……」


「まったく」と、モアは鼻から強く息を出す。この光景は双子にとって、今日経験した中で一番奇妙な光景であった。


「何だろうね、ベル」

「何だろうね、ハル」


 昨日、双子とリンゴのパイを作ろうとスキップしていた彼女が、

 昨日、くり貫いた頭にワインを注ぎ、乾杯しようとした彼女が、

 どう見ても一般人であるモアに窘められている。


 普通の女の子なのだ。誤解していたかもしれない。双子の警戒心が溶けた瞬間である。


「いくら強かろうが、勉強しなさい。貴方が来ないから、みんなを集めて探しに来たんです。テスト受けてないのは貴方だけ!」

「あー! いやだー! いーやーだー!」

「フィン君、そのまま連れてきて――」


 アルルの首根っこを引っ張り、引きずりながら連れて行こうとするモア達。

 その行く先を遮るように、何かが地面に勢いよく墜落した。吹き飛ばされていたのは、帝国軍服を来たヴァンである。日頃の心労でボロ雑巾のように朽ち果てそうな彼は、襲われてもう立つのもやっとであった。その姿を見て、血相を変えてモアが走り出した。


「ヴァヴァう゛ぁっヴァンさん!?」

「モアと子ども達は退避しろ! また例のあの人(ラン)が何かを連れ込んだ」

「ふふん、私に任せてください。もう追試どころじゃないですね! 昨日、フィン君には負けましたが! 私だって強いんです」


 ヴァンが闘っていたのは、この場にいる全員が胃袋に収まりそうなほど大きな十頭犬である。外からの来客は十中八九ランが原因である。どこかで捨て犬でも拾ったのだろうか。


 咄嗟にアルルの右手に能面が具現化する。そして、周囲にいた全員が一目散に距離をとる。箱庭に来て間もない双子だけが気付くのが遅れてしまう。彼女達はアルルが持っている仮面を知った瞬間、駆け出したが間に合わない。


「あっ」とフィンのつぶやき。


 アルルの生成した半球体の結界は、双子と謎の生物を一瞬で覆う。黒蝶が結界内を埋め尽くし、双子は叫ぶ暇もなかった。



******



「それで師匠、あの双子、使徒なんですって。神の代理人(プレイヤー)と管理人の分身体(アバター)の掛け合わせの第二世代。今は外部デバイスに能力を覚えさせた、第三世代まであることがわかってます」

「妾でも考えつかんかったのう。血を濃くするのにそこまでやるか」

「機関はこうして能力の開発を進めてきました。第一世代のヴァンさんから、その個人の能力値は強化されています」


 時計塔の下は騒がしい。箱庭の日常風景である。全てを見渡せる塔の最上階の談話室から、リサとランはのどかなティータイムの時間である。メイド服のスーが空いたマグカップにコーヒーを注ぐ。


「ねぇ、師匠。あの犬は何ですか?」

「この前報告があったやつじゃ。捕まえてきた。昔、飼っていた犬の子供らしくてな。アルルに手なずけてもらおうと思っての」


「ヴァンさんに何も言ってなかったんですか!?」とスーの兎耳が両方立ち上がり、力が抜けて萎びれる。


「だって止められるからのう」

「お孫さん、嫌われますよ。ヴァンさんにもアルルにも」

「……本当か?」


 黒の半球が展開されて、六頭犬が呑み込まれていた。ついでに例の双子もである。


「あー」と、リサは溜息をついた。二日連続呑み込まれてしまうとは運がない。本当に運がない。能力のないフィンやモアには意味はない。しかし、強い能力を持っているほど、アルルの地獄少女(インマイケージ)の効果は強大なのだ。

 スーは戦々恐々と眼下の惨状を眺めている。ヴァンが心労で倒れてしまはないか心配だ。そして、双子もまた今日一番の運の悪さの持ち主と言ってよいだろう。


「悪いとは思ってる。まあ、ここに住むなら一番の脅威を知っていた方が良いじゃろう。あの犬も双子ものう」

「あれ噓? 出てきた?」


 半球の外へ双子が放り出されていた。アルルの能力は決められた範囲を無差別に襲うが、完全に発動する前に追い出したのだろうか。完全に呑み込まれてるものだと三人とも思っていた。アルルがあそこまで周りが見えるようになっていたのかと、一番驚いていたのはスーである。


「それでさっきの話の続きをしようか――」

 

 孫の成長が嬉しいのか、ランの声色が上機嫌になる。心配は要らなそうだ。心配するべきなのは、あの六頭犬だけである。リサはランと会話に戻る。桜の街での話や、双子から聞き出した機関の話、久しぶりの師匠への報告は沢山あった。


「――私から伝えることは以上です」

「ああ、そして、妾からも伝えておかなければならないことがある」

「師匠からですか? 珍しい」


 ランが袖から取り出したのは一つの木箱である。可愛らしい装飾が施されていた。リサ達が大開花に巻き込まれてる際に、彼女にも一つ物語があったようだ。


「オルゴールじゃよ。縁の品でのう。ふふ、妾から話を始めるのは珍しい。つい最近のことになる」

「何かあったんですね。一体何の話ですか?」

「エアについてじゃよ」


 彼女の瞳はどこか物寂しかった。

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