GENE6-3.Hello/ How are you?
『KGNローレンシアのトニー・Jがお伝えいたします。二週間前に、ここカルデアナで起きた連続猟奇殺人は未だに解決していません。被害者に関連性がなく、無差別に善良な市民を狙ったものだと思われます。これまで起きた三回の事件は、その異常な手口から同一犯であると思われますが、捜査は難航しています。二十名もの人々が犠牲になったこの事件。一刻も早い解決が望まれています』
店内に設置された魔導器から、この街で起きた異常な事件についてのニュースが流れ出す。リルは「ああ、またか」と思ってしまった。異常が異常でなくなった、非日常な日常にいる自分にとっては、手元のケーキに価値がある。
大切に銀の匙でクリームを掬った。数日ぶりに食べた甘味に歓喜の叫びをあげたくなる。虫の知らせを気にせずに、砂糖漬けにした現実をリルは享受したかった。
抑えきれなくなった脅威に対して、世界が持つ手段は限られていた。
「嫌な事件です。早く誰かが解決して欲しいです」
「……そう怒るな」
「怒ってません。怒らせないで下さい。せっかくのエクレアが台無しです。この一口にどれだけ苦労したか知ってます?」
灰色がテーマカラーの服装のリルとアイゼン。煤けた軍服を脱いで、渡された新品の制服である。二人の要望通りに造られ、機能と耐久性が備えられた実用的な戦闘服で、汚れることもない一級品。
フード付きの灰色のジャンバーに、黒のタイトなパンツ姿のリルは、アイゼンに笑顔で舌打ちした。
対するアイゼンは丈の灰色の丈の長いミリタリーコートを羽織り、机に俯せになっている。顔をあげずに、眠そうな声でリルと会話をしていた。
新人の二人の使徒は、止めどない任務が原因で疲労していたのだ。帝国の特殊部隊にいたころが懐かしい。任務と任務の間に、リルは眠る時間を削って、この『迷子ガエルの御旗亭』に飛び込んだ。アイゼンを強引に引っ張り込んだ。
喰わなければ身体が持たない。そう思って、甘味物でテーブルを埋め尽くした。アイゼンは頼んだコーヒーと添い寝している。周囲の客はリルの言葉に寝言で返しているように見えただろう。
「それにしても物騒な話です」
『勘がいいですね』
「ほらもう! やっぱり来たじゃないですか! アリアさん!?」
「仕事か?」
半分寝ていたアイゼンが突然顔をあげる。手元のコーヒーのカップを力強く掴み、喉に一気に流し込み、虫取り網を持った少年のような視線をリルに投げかけた。
会話よりも仕事が大事だと言わんばかりの行動である。リルはフォークを掴んで、チョコレートブラウニーに突き立てて、そのまま勢いよく口に頬張った。
「お前も仕事をやる気になったのか」
「馬鹿ですね! やけ食いです。馬鹿!」
自暴自棄になったリルは、今度はブラウニーではなく、アイゼンに殺意を込めたフォークを向ける。
「先輩は良いですよね。指示をくれるオペレーターとの通信使わないって、馬鹿でしょう。黒棺を外すって何やってるんですか? 私とすら通信できないじゃないですか!? 死にたいんですか?」
「お前は俺の位置がわかるだろう。そういうのは任せた」
「アリアさん、この人良いんですか? 失格ですよ。規則違反です。着けないと駄目なんじゃないですか?」
使徒として、通信機能や聖遺物の制御機構も兼ねる黒棺は着けなければならないものである。正確に言えば、着けなければ仕事にならない。能力の調整機能も備え付けられているのだ。
『使徒をサポートするための高機能デバイスですが、身に着けてくれないとどうしようもありません。それで仕事ができるとは思ってませんでした。厳密には違反なのですが、リルさんを通して使徒の責を果たしているので、特例で問題はないと処理されています』
「先輩! とりあえず私に連絡役を押しつけるのをやめて下さい。即刻、着けて! どうして着けないんですか? 持ってるんですよね? 能力だって補助してくれるし、身体の負担を減らしてくれる。専属のオペレーターさんだって可哀想ですよ」
「戦闘の邪魔だ。集中できん」
「ああ! 駄目だ。もう駄目です! アリアさん、この人はもう手遅れです」
『リルさん、申し訳ありません』
「……もういいです。慣れてます」
謎の少女に連れられて、生活はより過酷になった。使徒の特殊部隊から、機関お抱えの特級の傭兵、使徒である。「アンダーテール」という単語は、リル達が普段耳にすることは決してなかった。
しかし、天上人だと思っていた存在になっても、生活の内容に変化はない。幸いなのは、あの書類地獄から解放されたくらいである。
「先輩、背後に気をつけて下さいね」
「……」
「それと先輩がもらった聖遺物教えて下さい。私のは何度も見せたじゃないですか。先輩の頭を遠くからぶち抜きますよ」
「お前のは一つじゃないだろう」
「なんでわかってるんですか。相変わらず戦闘に関することだけは鋭いですね」
『それではリルさん、任務内容についてです』
リルが前に乗り出すと、アイゼンはコーヒーに逃げる。そして、忘れようとしてた話題に彼女が触れてしまう。話を逸らして、些細な抵抗をするが無駄なようである。
「もう少しだけ休ませて下さいよ」
『もちろん、最高級の装備もサービスも湯水のように使い放題。ですが、ただではありません。ね。新人の使徒様』
「アリアさん、任務の内容聞かなきゃ駄目ですか? せっかく稼いでも使う暇がないじゃないですか」
『駄目です』
「もういじわるですね」
『人使い悪くて、ごめんなさい。でも、人手不足なんです。あ、これは別のお願いですが、使徒候補を見つけて下さると助かります。反応したら見込みアリです』
「どこも一緒ですね。はーい。わかりました」
力のこもっていないリルの声に合わせて、励ますようにアリアは返答する。リルの首元にある紋章入りの真っ黒なドックタグが小刻みに震えた。それが反応があった証ということなのだろう。
「……本当に何でもできるのね、これって」
『使徒の証、この黒棺を、一般のタグと同じにしないで下さい。外見は一緒ですが同じものではないですから。数少ないんですよ。もし出会ったら先日回収したものを渡してあげて下さいね』
「そんな簡単に見つからないと思いますけど」
ともかく仕事の前にリルはテーブルを綺麗に片付けなければならなかった。
耳から鼻へ意識を移し、甘い香りに精神を集中する。これからすぐに移動するのであれば、リルは深呼吸してから甘いものを手当たり次第に口に詰め込んで、アリアの指示に器用に答えていく。
「それで状況は? 今、放送されてましたけど」
『ほぼその通りです。だけど一つだけ違いますね。我々は犯人がわかっています。これは公開していない情報ですが、現場には被害者の血で書かれた文字が残っていました。太古の言語です。一般的には解読はできないとされていますが、我々には関係ありません。そして、その内容は、ローレンシアの新興宗教『カルテシア』の教典に書かれている一節と一致したんです』
「新興宗教? 犯人がわかっているのなら教えてあげればいいと思いますが」
『教えたら使徒が動けませんから』
「強いのか?」
「先輩、私達の会話に入ってこないで下さい。聞えてないんだったら邪魔しないで」
通信中に邪魔をしないで欲しい。だったら自分で使えばいいのだ。早く任務の内容を聞かせてほしいとアイゼンはリルに詰め寄るが、ハッキリ言って邪魔である。
『彼に伝えて下さい。リルさん、強いですよ。以前の三件は上・中級の傭兵で内密に対処をしていました。今回は残党の抵抗が激しく、先ほど失敗したと連絡がありました。それで使徒の出番です。一刻も早い解決をお願いします』
最後のシュークリームを呑み込んで、リルは最後に紅茶を飲み干した。
店内放送されている映像では、レークヴィエムで起きた「大開花」の騒動についてレポートが開始されている。あれもリル達と同じ使徒が対処に当たっているのだろう。
この世界の最後の一線を死守するのが、この仕事なのだとアリアから何度も教えられた。
軍人として最後の夜から、騒々しい事件が続いている。リル達が遭遇した例の出来事が全ての始まりだったのかと思うことがある。あの夜から、世界が止まらない回転を始めたのだ。同様に、リルの人生も。
「先輩、行きますよ。移動中に説明します」
知らぬ間に日の出の時間が過ぎていた。ドアから勢いよく飛び出て、早朝の太陽に二人は目を細める。
新人の使徒達の一日の始まりである。
******
『カルテシア』の本拠地である、堅牢な造りの礼拝堂。
本来はミサが行われるはずである。現状の光景をそう呼んで良いのかリルは疑問である。二人は十メートル以上高い位置から、その惨状を見下ろしていた。
そこは静かな熱気に包まれていた。聖体と聖血を崇め、神に感謝する場所で信者達は祈りを捧げていた。敬虔な彼等によって厳正な空気が形づくられていた。
片手に蝋燭を持った信者の格好は独特である。ピラミッドを彷彿とされる角錐状の白兜で首から上をスッポリと覆い、白のトレンチコートは血で汚れ、黒の長靴が毒々しい。
数は三十人に満たない。そして、信者の輪の内側には、血で描かれた六角形。一辺一辺に清く尊い一節が刻まれているらしい。そのさらに内側に、手脚を縛られて、血を抜かれた骸が転がってもお構いなしである。中肉中背の男、白髪のご婦人、子供はいなかった。そこに傭兵達が付け足されて、彼等はそれを拝み続けているようだった。
宗教の場というより、実験所、もしくは博物館を彷彿とさせる空間である。
祭られているのだろう、建物の最奥の壇上に飾られているのは薬液につけられた立派な脳味噌である。円柱状の巨大なボトルの中で丸々と太り、今にも動きだしそうである。あれを神様だと言い張っているらしいが、信者達の盲目さにも限度がある。
「……ひどいことしやがる」
「全くです」
『やはり、これは堕ろすための儀式ですね』
「堕ろす?」
『天使が来る。天使が来る。天使が来ると彼等はずっと連呼しています。血を別の誰かに移し替える。古典的な方法ですよ。彼等の魔力が常人を越えているのはこれまでの事件で成長していったのでしょう』
「これが儀式が完了したら、きっと素敵な天使様が現れるんですね。先輩……何しているんですか?」
すぐ横でアイゼンは準備運動を始めていた。冷たい汗が噴き出したリルに、屈伸、伸脚、そして伸びをして、彼は嬉しそうに語りかけた。
「準備はいいな? 行くぞ?」
「え!? ま、待って下さい!」
アイゼンが渾身の力で天窓を踏むと、窓枠ごと天井が一部突き抜ける。
アーチ状の梁に沿って、硝子張りの天上が円弧状に伸び、石材のモザイク模様が美しい。バランスを崩し、リルも割れた硝子と一緒に落下する。
中では真っ白な信者達が遺体を囲んで祈りを捧げている最中である。
アイゼンは黒剣を足を一つ投擲した。挨拶とばかりに崇拝されている脳味噌に向かって一直線の軌道を描く。しかし、相当な手練れなのだろう。信者の数人が身を投げ出して、それを阻んだ。
「天使が導く心のままに。天使が導く心のままに。天使が導く心のままに……」
「ああ、もう五月蠅いです」
騒然となった祈りの時間。
室内に着地して、内側の様子が始めてわかる。薬液漬けの展示物が並ぶドーム内は薄気味悪い。斥候の傭兵達の戦いの痕がむごたらしい。血文字以外に、おびただしい流血の痕。
「よくも! お前達よくも邪魔をしたな」
信者達の尖った頭が中央に舞い降りたリル達に向けられる。
「またか! 何度も我々の邪魔をする。 にえだ! にえにしてやる!」
「ですって先輩」
「大歓迎だ!!」
「貴様等のような者が!! この神聖な儀式を――」
「ああそう?」
アタッシュケースを持った右手を振り上げた。左手も遅れて振り上げて、両手が交差する。鞄の中の闘争の形態が変化する。
「言いたいことはそれだけ?」
リルはクイックドロウで三角頭の一つに一発ねじ込んだ。
彼女の両手に現れたのは二丁の拳銃である。礼拝用の服は儀式とやらで真っ赤に染まっていた。リルの一撃でさらにそれが上書きされる。
「きゃあああっ」
「きっ貴様等! 貴様等は!! 神罰だ。神罰が下る!!」
彼等もリルの攻撃に呼応して、唸り声をあげる。纏った魔力が燃えさかり、皮膚では抑えきれずに鋭利な棘や昆虫の脚が、体中から飛び出した。中には皮膚が肥大して、蛞蝓や蛙の姿に変異する者、硬質化した角質が鱗となって、蜥蜴人と化した者もいる。
一瞬で人外集団に様変わりである。
「神様が私達とともにっ!」
「馬鹿じゃないの。そんなに死にたいなら、一列でそこに並びなさい」
「悪魔だ!! 悪魔がきたぞっ!!」
「ふん」
悪魔呼ばわりとは、魔物のような姿の彼等に言われるとは笑わせる。
能力を持った発現者もいるようだ。尖った氷柱が地面から突き出すが大量の黒剣で阻まれる。アイゼンが腕を振るうと何十もの黒い剣が降り注ぐ。
ある者は壁に、ある者は地面に剣で固定されて、次の刃ですぐに指一本動かなくなってしまう。リルはおおざっぱなアイゼンの剣で逃した残敵を一匹一匹討ち取っていった。
骨のある奴もいるらしい。一匹だけ、剣の通らないほど硬い表皮を持った蜥蜴型だけが残っていた。毅然とした立ち方で、主犯格だと一目でわかる。
「私は神様の代行者だぞ。お前等なんぞ、お前等なんぞに。お前が――っ」
「悪いな」
大口をあけてアイゼンに飛びかかった彼は、喉に右腕を突っ込まれて皮膚の内側から剣が生える。リルは上書きされた現状に吐き気を催した。虫や蛙、蛞蝓や蜥蜴など、草むらで出会う生物はもともと苦手なのだ。
「先輩、お願いですから。もっと綺麗に闘って下さいよ」
「気にするな。それに慣れているだろう」
「慣れているからって、嫌いなものは嫌いです。それにしても案外、呆気なく終わりましたね」
『まだ終わりじゃないですよ』
「アリアさん?」
転がっている四本指の前肢、円筒形の細長い体、信者達の残骸が砂に変わって崩れ落ちる。生け贄になった遺体も同様に崩れていく。何かに水分が吸い取られ、別の対象に流れ込む。リルには光の流れがくっきりと見えた。
全ては神様と崇められていた、肥大した脳味噌に注力されていく。
「終わったんじゃないの?」
『気をつけて下さいね。その程度のイレギュラーは想定内です。全て片付けて下さい』
「そんな簡単に言わないでくださいよ」
今度は外さないと、アイゼンは生成した黒剣を脳味噌が入ったボトルに再び投擲する。数本の剣が突き立てられて、壇上からボトルが転がり落ちる。
薬液に浸された肉塊が泡状に分散して、消失してしまう。アイゼンは眉をひそめ、張り詰められた空気が緩む。空になり液体が漏れ出した硝子瓶だけが残っていた。
「……来ます。あれ? 一般人?」
二人の背後の壁が突き破られた。飛び出してきたのは若い女性。そして、ヨダレを垂らした怪物だった。体高は三メートルある。不完全な蛙の姿であった。先ほど現れた信者達を全て足し合わせた姿である。巨大な人の顔、髪の毛は蛇、鱗で守られた四肢であり、ついでに昆虫の羽が生えていた。
「いただきますっ!!」と人面蛙は、一緒に飛び込んできた女性に大口をあける。複数の異形の生物がミックスされていた。
この仕事をやめようとリルが決意するには、十分すぎるおぞましさである。
「ははっ!」
どう猛な獣のように、いや獣以上に走り出したアイゼンが全速力で、巨大な人面蛙に斬りかかる。襲われている女性を助けようという紳士的な気持が僅かでもあるらしい。
襲われていた女性は、その隙に駆けだしてリルのいる場所まで走ってくる。目が合った。華やかな金髪のおさげが可愛らしい、ミリタリージャケットから傭兵であることが読み取れた。
派遣された兵士の中にも生き残りがいたらしい。
「待って! 撃たないで」
「いいからふせて!」
射線上を走っていた彼女はしゃがみ、リルの銃弾は巨大な図体も全て吸い込まれる。粘り気のある悲鳴がホールに響く。リルはこの仕事を辞めた方が良いと、二回目の決意をした。
「やめろ! 俺のだ」
アイゼンが自分のものだと主張するように、その脳天に黒剣を突き立てた。リルは目の前の彼女を引っ張り上げて、急いでアイゼンのいる位置から距離をとる。黄色の血液が飛び散ったが、二人は間一髪で避ける。
「大丈夫?」
「――有難うございます」
「いいよ。良かった。貴方は運が良い。誰かが生き残ってるなんて思ってなかったから」
「おい、姿を消したぞ!」
「何言ってるんですっ――」
巫山戯るのも大概にして欲しい。自分のだったら見失うなと大声で言いたかった。振り返ると確かに、黄色の液体まみれになったアイゼン一人だけである。リルの視界にも反応が消えた。右。左。下。そして、上を見上げ息を飲む。
「よけてっ!!」
頭上から黄色の塊と殺気が振ってきた。天井の柱にへばりつき、リル目掛けて落下してくる。
リルはおさげの娘を再度引っ張り、真横に跳躍する。二人がいた場所に大きな穴が開いた。乱暴に放り出したら、「痛っ」と小さな声で悲鳴をあげたが、構ってる暇はない。
「クソ! ブっ殺してやる!」
人面蛙の台詞とリルの思っていることが一致した。リルは二丁の拳銃を突き出すように掲げて乱射する。拒絶感を前面に押し出すも、人面蛙の速度は止まらない。信者の魔力が押し固められて、脳味噌を核に肉付けした怪物である。こんなもの受けとめきれるわけがない。
「導いてくれた! 神が導いてくれた!」
「黙りなさい! もう! なんで私の方に来るんです!?」
鞄の中の闘争の各種形態にはそれぞれ特有の身体強化が付与される。拳銃の場合は高速の移動である。逃げるには最適の力であった。素早く蛙の横を通り抜けて、全体重が掛った前足に集中砲火すると、怪物は容易に転んでしまう。
「お願いだから早く死んで下さい! 本当に! お願いだから!」
倒れ込んだ顔面にアイゼンが横一線。視界を切り取った後には、剣撃と銃弾が集中する。リルの足下に大量の薬莢が落下する。全てを撃ち尽くしても、 空弾倉を捨て、宙に生まれた弾倉を、拳銃を掴んだまま叩きつけるように即座にリロード、再びヘッドショットを繰り返す。
「お、愚か者め!」
「まだ喋れますか? 何か言いたいことでもありますか!? あってももう一言も喋らないで!! 本当に!!」
「永遠のいのっち……を……」
「あっそう。さよなら、天使様」
右肩、肘、手首を通して、自身の魔力を銃弾に込める。一点に集中させた、高火力の弾丸を撃ち込んだ。渾身の一撃である。直撃して数秒で天使の蛙は破裂した。散らばった脳片は、ドームの隅に退避していた傭兵の女性の元まで届く。
「きゃっ」
傭兵である彼女は絶叫こそしないものの、小さな悲鳴をあげる。、声がでるのはまだまだであるとリルは思った。しかし、彼女もほとんど限界に近い状態である。
「うん、決めた……もうこの仕事辞める」
『お疲れ様です』
アリアの同情した声がリルの元へ届いた。
*****
精神的に疲労が極度に達し、アリアの許しも得て、リルは好きなだけ寝ることを許して貰えた。
そして、仕事終わりにまた訪れる、先ほど訪れたお店である。迷子ガエルの御旗亭』の看板を見た瞬間に穴だらけにしようとして、アイゼンに止められてしまった。
「もう蛙なんて!! 嫌いだ!!」
あんな仕事の後にも訪れるとは、日頃の習性が恐ろしい。軍人の時代からの習慣である。目が覚めたのは夜遅くであり、他の店がやっていないというのも、毎度来店してしまう理由である。
テーブルを囲む数は、二人から三人になっていた。
あの化物に襲われていた、彼女の名前はテッサ=アルバート。流れ者の傭兵である。ランクは中級。その年にして、熟練の兵士の地位を得ているとは驚きである。
何の因果で巡り合ったかは知らないが、リル達と同じゴルド帝国出身であり、彼女を助けたのは必然的なものであったかもしれない。リルはそう思って、彼女に好きなものを食べさせてあげようと思った。
「……本当は私が倒したかったんです」
外見に似合わず、血の気の多い女性であった。魔力も常人以上であるが、リルやアイゼンには遠く及ばなかった。
「何言ってるんの? 貴方も傭兵なら自分の力量を知ってよ。すぐ死ぬよ。まぁ、実際死にかけていたけど」
「そこまでじゃないですよ!! 結局、私が倒すことはできませんでした……」
「俺と一緒じゃないか。他にも何か食べるか?」
「共感しないでください」
彼女も傭兵らしい性格をしている。しかし、あの惨劇の中で生き残っていたのは本当に運が良かった。リルも彼女と話しながらケーキを口にすると、普段よりも数倍甘く感じる。無愛想なアイゼンと食べるよりも良い味がする。
「それにしても使徒様の二人が帝国軍人だったなんてビックリです」
「貴方は出身はどこなの?」
「一番東の片田舎、レーゲンです。来たことありますか?」
「うん、あるよ」
「驚いた! なかなかいないんですよ。あんな辺境に来る人。雨がずっと降ってる、何にもない場所」
「その通りだったなっ――」
勢いよくアイゼンの足を踏んだ。アイゼンの顔が引きつって、苦悶の表情になる。「お二人は仲が良いんですね」とテッサは、両手でティーカップを抱えて紅茶を口にする。
「……どうやって使徒になったんですか?」
「成り行きかな?」
「成り行きで使徒になれるんですか!?」
「貴方も傭兵の中級でしょ。その年で凄いじゃない」
「そんなことないですよ」
「なりたいのか?」
はにかみながら、彼女はまた紅茶を一口呑み込んだ。リルは自分の黒棺を見つめるが反応はしない。残念だ。そう簡単に見つかるものでもないのだろう。
「友達にね。会いたいんです」
「友達?」
「そう。初めての友達なんです。とても強い人なんです。だから私を連れて行ってくれなかった。だから私は強くなってね、元気? って話しかけたいんです」
「素敵な理由ね」
それを話す彼女の表情は生き生きとしていた。それを見るだけでリルは、彼女にとって大切な理由なのだろうと確信した。それからはとりとめもない国の話である。同じ出身であるだけで話題は尽きなかった。一際盛り上がったのは、帝都の高級ホテルのカフェの話である。
自分の全く興味のない分野になってから、またアイゼンはコーヒーと会話するように見つめ合っている。その状態でさらに長時間話をしていると、今度は緊急放送が開始した。リルはうんざりした顔になる。当然のようにアリアから仕事の連絡が来た。
「まだ何するかわかってないのに早すぎですよ。先輩待ってください!」
アイゼンは真っ先に店外へ出て、リルは慌てて着いていくしかない。テーブルには一人テッサが取り残されていたが、気にしないで下さいと彼女は優しくリルに向かって微笑んだ。
「ああ、ごめんなさいね。もうゆっくりしてられないみたい」
「アイゼンさんも仕留められずに悔しそうでしたから仕方ないですよ」
「じゃあ、またね。いいよ、もっと食べなよ。お腹空いているんでしょう? 私が払っておくから」
「そんな悪いですよ」
「いいの。同じ帝国人のよしみ」
ドアベルが鳴って、店内にはテッサ一人だけになってしまう。夜のレストラン。鏡のように反射する窓ガラス。素っ気ない白色の光。彼女が頼んだのは自分の手で焦げ目をつける、ステーキのセットである。熱せられた鉄板と半焼けの肉が前に並ぶ。
「楽しかったな……」
フォークを取り出したが、注文した肉に彼女は手を着けなかった。懐から採取瓶を取り出した。中にあるピンクの肉片を刺して、鉄板に押しつける。
ゲテモノが美味しいとは限らない。しかし、神様と崇められていた者はどんな味がするのだろうか。以前から狙っていたかいがあったのだ。味は保証できないので、鉄板に押しつけて、しっかりと火を通してから、丹念にソースを付ける。
「いただきます」
彼女は食後に、とびっきり甘いケーキをお口直しに注文した。
******
昼下がり、駅の混雑したプラットホームである。リル達は店を出た後、すぐに仕事である。いい加減休みが欲しい。この街では、使徒になるための試験が終わり、立て続けにこき使われた。働いた記憶しかなかった。
「昨日の彼女。有望だと思ったのに何にも反応しない。これ、壊れてますね」
「残念だ」
『楽しそうに打ち解けてましたね。アイゼンさんまで残念がっているのは意外です』
「たまたま話が合っただけですよ」
『ちなみにちゃんと機能していますから。ほら』
「嘘っ! あれ、反応してる!?」
首に駆けていた黒棺が小刻みに振動する。壊れていないと主張するように反応した。リルは即座に能力を発動する。これから出発する列車に並ぶ人の中に、一際輝く存在を見つけた。近づけば近づくほど震えが大きくなる。
リルは手を取って、列車に乗ろうとする彼女を引き留めた。
「テッサ……?」
ほんの僅かな間、別人のようである。瞳の中に複数の人間が住んでいるような視線が混じっていた。瞬きすると、あの可愛らしい彼女に戻り、リルは一安心する。「ははっ!」とアイゼンが笑った。
アリア『こっち側のお話は一端終わり。約束したのですが、もう眠いので簡潔に説明します。アンダーテールの使徒には金と使い切れない権力が与えられます。しかし、さらに特記すべき特典は二つ。黒棺と聖遺物です。前者はとっても凄いサポート機器、後者は使徒の主力となる超強い武器です。使徒は聖遺物と自身の能力で闘います。聖遺物を望まない、必要としてない、または使わない人もいます。アイゼンさんは使ってない人ですね! 以上、終わり! またね-!』
リル「ええッ!? アリアさん、仕事雑!! ああ、もう声聞こえなくなっちゃった。え? こっち側の話は一端終わりって、私の出番もう終わり!?」
アイゼン「良かったじゃないか」
リル「それは違います。喋りに喋ってこそのキャラクターでしょう。そんなこと言うなら息しないで下さい。吸われる酸素が可愛そうです」
テッサ「ちょっと言いすぎじゃないですか?」
リル「いいの。これぐらい言わないと、どうせ怒るんだから。先に怒った方がマシです」
テッサ「悪いことする前に謝る!――を越える斬新な発想!」