表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/82

GENE5-13.接ぎ木のお姫様



 夜のとばりの中で、花のカーテンが蛍光を帯び、怪しく頭上と足下を照らします。

 青鬼は自分がどこにいるのか、目が暗がりに慣れるまでよくわかりませんでした。


 顔を覆っていた枝葉が崩れ、見ていたものとは全く異なる世界が現れたのです。それまで見ていた幻影は。全て葉の裏側で見せられていた景色なのでした。


 視界が戻った途端、体中の感覚が息を吹き替えします。

 そして、脳味噌に小枝が入り込んだような激痛が走りました。


 立ち眩みをしてしまいますが、強靭な精神力を持つ彼は何とか踏みとどまりました。

 次に自分が現実の世界に戻ってきたことを自覚します。


 それまで夢の世界にいたことを、痛みがあって初めて認識したのです。ずっと呼吸をしていなかったのでしょうか、身体が酸素を求めます。肺の空気を丸ごと入れ替えるように、大きな呼吸を繰り返しました。


 夢から覚めない方が彼にとって幸せだった――のかもしれません。


 ぼやけた視界が戻ってきます。ボンヤリとした灯り以外、周囲に何があるのか鮮明になっていきます。


 青鬼は桜の森の中にいました。見覚えのある看板が目に付きます。毎日歩いていたストリートであることに気付きます。桜が黴のように立ち並び、以前の景色とは程遠いものとなっていました。


 桜は何か不具合があるようにぎこちなく、一つ一つ数えるように散ってしまいます。


「……姫様はっ!!」


 彼を囲む景色は満開の桜でした。それだけではありません。


 自らの使命を第一声として溢した彼を、立ち尽くす首なしの住民が出迎えてくれました。

 彼らは指一本動かしません。彼等を見て、青鬼の刀を持つ手が震えます。


「あーー」


 そして、一口分の息を吸い込みます。


「ああああああああああ!!」


 吐き出したのは、叫びでした。


 彼は発狂しかけました。むせび泣きました。あれはきっと夢ではありませんでした。世界は細切れになっていたのです。全て彼が切ったのです。街灯も、ベンチも、車も、この都市に住む人々も全て、全て切断したのです。


 桜で覆い隠されそうになっていますが、刃の傷が付いていないものはありません。


「ああああ!! あああああ!!!」


 地面に崩れ落ちました。自分の真上の桜は散る量を増していきます。この土砂降りの中で、持っていた刀を見つめます。自分も花として散ってしまえばどんなに楽なことか――。


 しかし、自刃することはできませんでした。彼は正気を保つことができたのです。それは、男に一つだけ確かめなければならないことがあったからです。


 唯一切った記憶がない彼女の、姫様の生死でした。姫様を切ろうと刀を振り上げた瞬間まで記憶はありました。そこから先が思い出せません。

 

「青鬼さん」


 幻聴か、と彼は耳を疑いました。彼女の声が聞こえたのです。

 顔をあげると桜の花びらで前が見えません。視界は一色に塗りつぶされています。風も吹いていないのに、ごうごうと大気の唸る音がします。

 

 彼は立ち上がりました。慎重に声の聞えた方向へ進みます。もがくように腕を前に突き出しました。

足を一歩進みます。


「青鬼さん、こっちですよ」


 やはり、幻聴ではありませんでした。それは姫様の声でした。

 さらに三歩、足を進めると淡い紅色は薄れ、視界が明けます。


 乱立する桜の木は迷路のように入り組んで、人の住んでいた気配が消えました。建物が消え、頭のない住民達が消え、本当の満開の桜の下に彼は立っていました。


 前には彼女がいました。

 一際大きな桜の木に寄りかかり、青鬼を見ています。 


 驚くことにそこにいる姫様は一人ではなかったのです。そこには、こちらを見る目が二人分ありました。


「……」


 彼はまた絶句してしまいます。

 「彼女」を持っている、「彼女」を見て、言葉を失ってしまいました。


 姫様が、見知った淡い桜の花弁が積もった球体を、仮面のように顔の前に掲げていました。

 最初、青鬼は仮面かと思いました。ガラスのような目をしていたからです。しかし、それは違いました。

  それは仮面ではなく生首でした。彼女の死がそこにありました。しかし、持っているのもまた彼女でした。青鬼の唇がわなわなと引きつります。

  

「そっそれは――それは!! お前は一体誰なんだ!?」

「私じゃないですか。青鬼さん、何を言っているんですか?」

「俺になにをした!?」


 青鬼を見つめる顔は切り離された姫様の顔でした。

 彼女の顔がそこにあったのです。うつろな眼をしていました。それを持っている彼女もまた、曇りガラスのような眼をしていました。


 青鬼は自分が自分でなくなった感覚がぬぐえませんでした。自分の見ていた景色が噓で、夢だったものが現実だったのです。何を間違ってしまって、こんな現実と向き合わなければならなくなったのか、彼は理由無き後悔に溺れそうになりました。


「それに私は何もしてません。お願いしただけですよ。私が願えば、そうなるものなんです」


 彼女のみずみずしい黒髪を、彼女は愛おしそうに撫でました。

 すらりとした指先で、冷たく上品な彼女の唇の端を押し上げます。首だけの姫様の口は堅く、なかなか口角はあがりません。


「青鬼さん? あら笑い方を忘れたの? こうするの」


 やはり、彼女の唇はピクリとも動きません。けれども生首を持った彼女は満面の笑みでした。


 笑い声に連鎖して青鬼の絶叫が轟きます。


 彼女は青鬼の知っている彼女ではありませんでした。

 彼女がこんなことをするはずがありませんでした。


 脱力していた右腕が動きます。久方ぶりの彼の意志が伝わります。


「ははっはっはは!! あは――」


 青鬼は女の首を切り飛ばしてしまいました。

 地面に二つの球体がごろんと転がります。生温かい液体が男に掛ります。


 全てが終わりと言うように、桜の強烈な竜巻が舞い上がります。男と首二つと体一つを守るようにドームを形成します。


 青鬼は桜の竜巻の中にいました。淡い赤の世界は減衰していきます。力尽きたように色がなくなり、青鬼は白色光で塗りつぶされてしまいました。そこでまた彼の記憶は途切れました。



 再び瞼を開けると、朝の光に照らされていました。

 桜が一切消えて、くすんだ街が残ります。太陽は上がっていました。澄み切った蒼でした。乱雑とした桜が消えて、彼は城の中庭に倒れていました。何故自分がここにいるのか全く理解できません。


 男は全て夢だったのだと信じたいのですが、城は切り刻まれていました。

 ただ、あのむせ返るほどの桜の花は一変たりとも残っていませんでした。


「こっ……ちに」


 姫様の声でした。男は僅かな希望を持って振り返ろうとします。しかし、力が全く湧いてきませんでした。生命力を失った身体では、顔を向けるので精一杯でした。


 喋っていたのは、背後に転がっていた二つの頭のうちの一つでした。

 どちらが切り落としたものか、もうわかりませんでした。

 青鬼は唖然としたまま、目の前の喋る生首を見つめました。生首は目が合った途端、満面の笑みになりました。

 

「こっ……ちよ、……こっちに来なさい。拾って繋げるの」


 呼ばれると背後から足音が近づいて来ます。一人の青年が歩いてきました。

 青鬼は顔を持ち上げて、その光景を見るので精一杯でした。青年は声を出している方の頭を拾って、首を失った体の側へ持っていきます。


「そう、ゆっくり、ゆっくりよ」


「さっきの光は何?」と少年は生首に聞きました。声は小さく、ボンヤリとして、青鬼は半ば聞き取るので精一杯でした。


「知らないわ。私の姉妹が消えちゃった。綺麗だったのに。使い勝手が良かったのに」


 姫様の声で話す、姫様そっくりの生首は、凜とした声でした。


「酷い言い草だね。ずいぶんとお願いをしたんでしょ」

「姉妹なんだから、お願いくらい聞いてもらってもいいでしょう――あら、何を信じられないって顔をしているの。おかしな顔ね」


 新しい体と繋がって、天真爛漫に彼女は一回転します。青鬼に自分の姿を見せびらかしたいようでした。青鬼は彼女たちが何を言っているのかわかりませんでした。


「いいわ、貴方に教えてあげる。女って噓が上手なのよ。そっちの彼女はあげるわ。貴方の為に噓をついてもらったんですもの」


 男のすぐ側には彼女の首が転がっていました。

 力を振り絞って、彼女の頭にはいずりながら青鬼に近づきます。


「あら、どっちがどっちだかわからない?――なら、ヒントを教えてあげましょう」


 言うなと、青鬼は大声で言いたかったのです。


 しかし、もう力尽きて、出す声もありませんでした。


「私がお願いすれば、みんな言うことを聞いてくれる。誰だって。家族だって。例えお姫様だって」





 女はクルリと振り返って、軽快な足取りで、彼を背にして進みます。


「ああ、生きてるって感じがします」

「これからどうするの」

「そうね、また姉妹を探すのもいいかもしれません――ちょっと、つなぎ目が雑よ。後でもっと丁寧に繋げてくれないかしら?」


 口調の上品さは身体に影響されたのでしょうか。一つ一つの可愛らしい動作に、気品が含まれています。


「ねぇ、ルカ。この国のお姫様の名前って何?」

「知らなかったの?」


 ぐらついた頭を、彼女はそっと押さえました。


「確かシルエラ――なんだったかな。長かったから全部は覚えてないよ」

「シルエラ。いいじゃない。今の私の名前にするわ」


 少年から受け取った、真っ赤なマフラーを巻くシルエラは、横にいるルカに微笑みを投げかけました。


「今日が私の誕生日」


 シルエラは小さく飛び跳ねます。誕生した喜びを噛みしめます。次の玩具を探す旅を、また始めました。

ヴェルドレーナ「ヘイYO! 今度はこっち! この回終わり! こっちのお話! 巫山戯ずお聞き!」

リル「YOYO!!」

アイゼン「……」

ヴェルドレーナ「yeah!!」

リル「yeah!! yeah!!」



*******



5章がやっと終わりました。

もうちょっと達成感に浸りたい。そして、ようやく次のステージへ、長かった。

6章ですね!キャラも沢山増えてきました。やっと三陣営!これからも、楽しい楽しい戦いです。いったん日常回?挟むかもしれませんが、先のことはよくわかりません。

 

最近寒くなってきましたね。皆様風をひかないように。


to be continued

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ