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GENE5-10.笑い男

 

 気温は下降し続け、雪でも降ってるのだと勘違いしてしまうほど夜は冷え込む。落ちてくるのはやっぱり違う。氷の結晶なんかじゃない。桜の花弁なのだ。


 僕を守ってくれるはずの一挺の自動小銃は支給品で、唯一の友達だが、頼りなかった。


「ベルと私は双子なの。この服似合ってる? おろしたてなの」

「そ……そうですね」


 深夜から続く光景にいい加減飽きていた。もうずっとこの下にいると気が狂いそうになる。僕はひょっとしたらとんでもない状況にいるのかもしれない。ひょっとしなくても危険な状況なのだろう。


 自分の意志を殺して、気配を限りなく零にして、ここから消え去ってしまいたいのに、世界も前を歩く彼女、ハルもソレを許してくれなかった。


「……明るい。きっと喜んでいるのだわ」


 夜も更け花が一段と神々しい光を放ちだした。満月ほどの薄ら寒い花明かり。

 桜吹雪に巻き込まれてから十分後、何か得体の知れない力があることを主張するように、ぼんやりと薄い灯りを放ち始めたのだ。


 ほのかな暗闇にも僕の目は慣れてきた。そして、そこまで明るくないことに安堵してしまう。固く着込まれた装備の下、首筋や背中に汗がベットリと吹き出ていた。

 可能な限りの作り笑いをして、ハルの後ろを着く選択肢しか思いつかない僕の貧相な脳を恨む。あの襲撃をまだ身体が覚えていた。

 この女性――ハルは何者なのだろうか。僕はついに彼女に名前を教えてしまい、それから何度も僕は名前を呼ばれるのだ。


「ルカ。身を隠して。音を立てなければ気付かないわ」

「わかりました」


 時たま遭遇する頭なき木偶人形を物陰に隠れてやり過ごしながら、僕とハルは城へ向かうが一直線に進めない。

 複雑な立体迷路である。発達した樹木が密集し、切断された瓦礫が重なって五車線の道路でも塞がれていることもあった。横倒しになったビルを通り抜け、ジグザグに目的地に近づいて行く。

 並ぶオフィス街を抜け、商業区に入る。カラフルな広告が淡紅色で掠れてしまい、多くの人に注目してもらうためのけばけばしさは消えていた。荒廃した無人の市街地に踏み入って、ハルは僕に身体の正面を向ける。腰に手を当てて頬を少し膨らませていた。


「……ねえ。ルカ」

「な、なんですか?」


 彼女からは友人の距離感で話しかけるが、僕からしたら例の一件の、時計の上で必死に反撃する僕たちを薄ら笑っていた件のせいで、僕からしたら舌の上で舐め回されているあめ玉の気分だった。いつかみ砕かれるかわかったもんじゃない。


「堅苦しい言葉は使わないでよ。遠慮されてると気持ち悪いの。ね!」

「……なに?」

「それでいいわ。いい子。いい子ね」


 鼻を膨らまして、微笑むハルは結局のところ正確な年齢さえも不明だった。クルリと翻って、手を嬉しそうに振りながら歩を進める。同い年には見えるが、会話は十歳ほどの女の子のようにも感じるし、放つ雰囲気は自分よりも一回り年上以上から出せる気品さを帯びている。

 こんなに近くにいるのに、その正体は掴めない。誰かの影と喋っているようで寒気を感じる。

 先程の化け物は人形であることを隠してもいなかった。あいつらの方が分かりやすかった。


 僕はどうして一緒に歩いているのか。そうだ逃げれば良かった。彼女から声を掛けられたとき全速力で走り出せば良かったのだ。


「ルカ。ルカはどうしてこの職業についたの?」


 しかし、それはできなかった。僕にとっては炎に引き寄せられる蛾のように、この磨りガラスの眼球に引き寄せられてしまうのだ。

 言葉に窮していると、彼女の瞳はさらに大きくなって僕を覗く。呑み込まれてしまいそうになって、思いついたことをそのまま吐き出した。


「……どうしてって理由なんてないよ。うちは代々の傭兵家業。人も殺すし、盗みだってする。世間に褒められた仕事じゃないのは知ってるでしょ」

「別に傭兵(レーベ)だからって人を殺すわけじゃないわ」


 彼女の言うことはもっともで、人殺しだけが僕たちの仕事じゃない。今回の調査だって戦争が目的ではない。魔物(フリッカー)の駆除だって傭兵の仕事である。


「違う。そういう職業だって昔から教えられてるんだ。ずっとね」

「そう? ならあるのかしら? そういった経験が」

「……」

「まだないの?」

「そういう君はあるの?」

「あはははっははは!! ふふふっ、おっかしいわ、ルカったら。ルカったら本当に面白いことを言うのね」


 想定外の質問返しにそれまで微笑だけだったハルが面を喰らって噴き出した。


 むきになって答えた僕に彼女は本当におかしそうに身をよじらせる。

 何故と聞く無謀さは僕にはない。彼女とこうやって言葉を交わしていると、まるで地雷原を歩かされている心持ちになっていた。だからといってあの瞳に見つめられると、僕は話さなければという強迫観念に晒される。夜襲のときに見た彼女の笑顔が脳裏からぬぐえない。


 騒がしかった商店が並ぶが、通りに響くのは僕たちの足音だけだった。騒がしければ僕は気を紛らわせることができたのかもしれないが、無人のストリートは孤独を際立たせるだけだった。


「ひっ」


 ショーウインドウのマネキンですら、頭部が切り取られていた。

 窓ガラスが桜の枝に突き破られ、建物の窓から見える室内は真っ暗である。底なしの闇はまだ払えていない。あの化物が潜んでいるんじゃないかと、注意深く覗く気にもならない。


「ここはまともじゃないの。まともじゃないから私とベルが来たの」

「僕たちは来るべきじゃなかった」

「そんなことないわ。必要よ。ちゃんと役にたってるわ」


 背中にかじりつくような彼女の意味深な言葉。ハルは舌で上唇をぺろりと舐めた。戯れ言か真実かは判断が難しい。


 歩き始めて三十分たったのか、三時間たったのかすら不明であり、自分が正常な機能であるかがわからないのだ。自分の正解が見当も付かない。しかし、感覚が慣れてきたか麻痺してきたかハッキリできないが、僕はハルにポツリポツリと質問するようになっていた。


「ベルはそろそろついたかしら」

「……君たちは学校の上で何をしていたの?」

「知りたい? 知らない方がいいわ。世の中には知らない方が良いことがたくさんあるの。ルカが命が惜しくないなら、教えてあげてもいいわ」


 きっと麻痺していた僕は、無言の答えを返す。するとまた彼女はおかしそうに笑い声を漏らす。


「冗談だって、いきなり殺したりなんかしないわ。それで理由なんだけど」


 また悪意のない笑顔だった。


 彼女の瞳が曇りながらも輝いて、僕の意識が浮き立つけれど、ぎこちない笑顔でしか返答できない。


「知らない方がいいわ」




 商店の並びも終わり、水の出ない噴水公園に立ち入った。都市の貴重な広大な緑地は、城がすぐ側にある民の憩いの場である。浮かんでいる花びらの隙間から見える噴水の水面は、透き通っていた。城は見上げるほど近くなるが、桜は相も変わらず茂っている。梢の隙間からその荘厳な姿が垣間見える。


「あら?」


 ハルが気になることがあったのか後を歩く僕に振り向いた。

 何かいけないことをしたのではないかと、心臓が緊急収縮を繰り返すが、焦点は僕よりもはるか後だった。


「なにをっ」


 見ているの?と言おうとした矢先だ。


 静けさを貫くような銃声が鳴る。

 僕の二メートル先で紅い液体が迸った。

 ハルは眉間を打ち抜かれたのだ。


 まるで吊るされていた糸が切れるように、彼女はまず最初に膝をつき、そして地面に倒れこむ。

 僕は好機が来たと逃げることもできたけど、彼女がその一撃で死んだとは思えなくて、しばらく注視してしまった。流れ出す血は止まらずに、止めどなく湯気を出す。だらんと投げ出された手脚は、さっきまでのそれと同型だが全く異質なものになっていた。しかし、瞳は濁った鮮麗をたもったままだ。


「……死んだの?」


 僕はハルが動けなくなった事実が正直信じられなかった。新しく千切れた花びらが彼女の動向の上に着地するが、瞬きをすることはなかった。

 公園の樹木に身を隠していた傭兵(レーベ)達が突如現れて、銃を構えたまま、僕のすぐ側にある彼女の遺体まで駆けよってくる。彼等もハルが死んだとは思ってないようだった。


「てめえ、突っ立ってるんじゃねえ!」


 立ち尽くした僕は走ってきた一人にはじき飛ばされた。念のためといいように、彼女の頭蓋は再度撃たれる。至近距離で穿たれたハルはぽっかりと悲惨な大穴があき、血の飛沫と肉片が桜色の地面を上書きするように広がっていく。


「やった、やったぞ! 使徒の糞をやったんだ!」

「このっ、この!!」


 紅い服が辛うじて原型をとどめていたが、ハルの姿は跡形もない。もう誰も起き上がると思えなくなるまで攻撃して、ようやく隣で立ち尽くしていた僕に彼等は声を掛けた。そのうちの一人は見知った男だった。同じ部隊のジールである。


 オーバーキルが終わり、憤りを滲ませた兵士達の注目が僕に集まった。


「坊主、おい!! 大丈夫か!? 危なかったな」

「ジールさん!! 知り合いですか?」

「ああ、そうだ。ルカっていう新入りだ」


 僕はハルが撃たれてから呆然と尻餅をついたままである。じっと彼女の死骸を見つめたまま目を離せないでいた。


「このふぬけ! 聞いてんのか。おい!!」


 口を開けたままの僕は首襟を掴まれて、そのまま引っ張られて立たせられる。顔に太い一文字の酷い切り傷があるスキンヘッドの巨漢の男である。筋肉の量が僕の二倍ありそうで、強烈な眼光で僕は怯んでしまった。


「てめえ、こいつの仲間じゃねえだろうな」

「なっなんで」

「いいか、よく聞け。こいつが全部! 全部やったんだ! これまでもずっとな。今回だってなあ、俺たちは化物の囮として連れてこられただけなんだよ!」

「おい、やめろ! 落ち着くんだ、プレストン」

「ジールさん、こいつが仲良く話していたの見ただろう!」

「話を聞いてやれ」


 顔を真っ赤にした屈強な兵士はプレストンという名らしい。彼を数人がかりで止めて、ジールが僕に語り掛ける。物理的に揺さぶられた僕の思考もようやく落ち着いてきた。


「……ジール……さん? 一体何が?」

「俺もお前さんに訪ねたいことが沢山ある。なんで一緒にいた? こいつはな言っただろう。こいつはな、くそ野郎なんだよ。知ってる者は少ない。ほとんどがこいつ等に殺されたからだ。二十五年前のコルテナの紛争も、十九年前の血の厄災も全部こいつが原因だった。俺はしっかり覚えてる。自分の目で見て生き残ったからだ。誰にも悟られないことを貫き通したんだ」

「ああ……」


 事件の名前は僕でも聞いたことがあった、生まれる前の戦争の話と、まともに喋れないほどの小さかったころの災害のことだ。真実はわからないが、僕はきっと本当のことなんだと思ってしまう。彼女のただならぬ雰囲気と今までに見たことがないジールの剣幕がそう思わせたのだ。


 僕と彼女の死体を囲む輪は、さらに遠くで潜んでいたスナイパーも加わって九人となる。彼がハルを撃ち抜いたのだろう。1メートル以上の狙撃銃を背負っていた。


「それでこいつと何を話してた?」

「……」

「いいから答えろっ! こいつ等はな! 俺たちを狼の餌(スケープゴート)くらいにしか思っちゃいないんだ」


 学校の屋上で笑うハル達を思い出した僕は、やっぱりそうなんですねと言おうとしたときだった。


「半分正解。ふふっ」


 ここにいる誰もが発することができない、可憐な女性の声が聞えた。彼女の死体はピクリとも動いていない。そして、きっと動いても動けるかどうかわかるほど形を保てていなかった。


 しかし、広がった血と肉から確かに声が聞えたのだ。


「ふふふっ。あーあ、せっかく新調したのにこれじゃあ台無し」


 紙が燃えていく様子を逆再生するように元の形を取り戻していく。血だらけの彼女が身体が形成され、立ち上がる。誰かが悪魔だとこぼした。服の銃痕もふさがって襲われる直前の姿まで完全に元通りになる。


 こぼれた血は一滴残らず綺麗に肉体に戻り、ハルの足下の桜の花びらが共鳴するように、小さく舞い上がった。


「ねぇ、貴方達。お話を聞いてもいい?」


 聞く気なんて更々無いのだろう。傷が完全に修復した彼女はそう言葉を発した途端動き出す。


「はがあっ」


 銃を構えるのが最も早かった兵士はハルを最初に撃ち抜いた男だった。拳銃を構えたが、真っ先に手首ごと切り離される。


「一回死んじゃったわ」


 どこからかともなく、ハルの右手には一振りの黒斧が現れていた。

 切り口に付着した血を払って、彼女は透き通った歌を歌い始める。歌い出しの一秒足らずで、手首を失った男はさらにバラバラになってしまった。


 他の男達もハルに向かって銃を構える。銃弾が放たれるが、彼女はそこにもういない。


「アシモ!」

「あははっ、おじさん達遅いよ。そんなんじゃ! もう!」

「貴様っ!?」

「私が使ってあげるわ」


 全員の頭上から声が掛けられる。空中で歌を再開し、彼女は右手に持っていた斧を投げる。僕も含めた全員が見上げ、そのうち一人の頭蓋に黒い斧が突き立った。


 徒手空拳になったハルは一人の男に飛び乗り、頭部を太ももではさみ、重力を勢いに変えて彼の首をねじ曲げる。


 新しくできた骸と一緒に地面に転がって、ハルは奪い取った小銃を片手で掃射した。


 残った者は弾の的になる。僕の周りにいた彼等は穴だらけになった。


「またか……クソっ!! またなのか!!」


 太ももにいくつかの穴を開けたジールが悔しそうに声をあげた。連続で銃口になぎ倒されたもの達は息がある。全員同じように撃たれた脚を押えている。


 ジールは額に汗を浮かべながら、自動小銃を構えて歩み寄る女に四、五発を小刻みに撃つ。

 銃弾は全てハルに着弾するが、歌う彼女は止まらなかった。


 口から血を一筋垂らしながら、あの微笑を彼に向けたのだ。


「また? またじゃないわ」

「このっこのっ」

「私だってとっても痛いのよ」


 ハミングを中断して、ハルはジールに語り掛ける。


「次はないわ」


 曲調が変わって軽快な童謡になった。彼女が歌う歌は、子どもの頃に頻繁に耳にした、誰もが知っているメロディだった。流れ星に家族の幸せを願う、小さな女の子の歌。確か彼女の願いは、お腹いっぱいお菓子を食べることだった。


「ルカ……俺を殺してくれ」

「え?」

「お願いだ……お願いだから」


 ジールは青ざめた表情になって僕に懇願するが、その理由がわからずに僕は銃を抱えたまま彼女の声を聴いていた。


「おい!! 早く!」


 そして、ハルは最初の願いを歌い出した。


 神様、お腹いっぱいのクッキーが欲しいと唱えると、地中から鈍い金色の雄牛が現れた。体長5メートルで見上げるほど大きく、横っ腹がパカリと開き、中は空洞となっていた。

 家の掃除をするかのように、ハルは歌いながら息のある兵士を拾っては投げ入れていく。僕は唖然として、まだ座り込んだままだった。


「あ……ああ……」


 僕は彼等が高温で熱せられているのだと理解した。その灼熱が肌に伝わる。


 ケーキが欲しいと願うと雄牛の扉が自動で閉まり、雄牛の黄金の輝きが増していく。湯気を大量に噴き出して、つんざく悲鳴の混じった牛の鳴き声が鳴り出した。


 牛の表皮から発せられる放射熱は、周囲の気温を一変させる。


 僕は気分が悪くなって、その場で吐いてしまった。目の前に起きている惨状から仲間外れにされて、喜んで良いのか悲しんで良いのかわからない。これまで受けた刺激が、あの夜襲からの衝撃がたまりにたまってようやく外に出た。僕はもう見れなかった。彼女は本当に頭の回路が一部切り取られている。


「――もう半分は私たちの餌、いえ、贄と言った方がいいかしら。」


 そう彼女は歌い終わったときに呟いて、残虐なショーは一端幕を閉じた。


 彼女が牛に背を向け僕を見る。屈んだハルの無数の髪がその顔を隠してしまうが、彼女は笑ったままなのだとわかってしまう。


「あら、ルカ。大丈夫?」

「どうして! どうして僕を! なんだ? なんなんだ君は?」

「ねぇ、わかる? この森は今もっと喜んでる。見て! ほら、綺麗。貴方もわかるでしょ」

「なんで、なんで? なにが? どうして!!」

「血筋かしら? ふふっ、その感じ好きよ。ほら、着いてきて。ベルも退屈して待っているはずだから」


 ほっぺに着いた紅い血を拭うと。血色の良い頬に鮮やかな紅の彩りが加わった。桜の森も彼女の声に呼応して緩やかな点滅を繰返した。

 僕は震える手を信じられない怪力で引っ張られる。逃げ出したくても、身体ごと引きづらてしまう。向かうのは城である。その方向に何が何でも行きたくはない。


「私たちは鬼の子なんだ」

「いやだっ、離せっ離せよっ」

「ふふふっ、知っちゃった。知っちゃったわ。これでもうルカは戻れない」


 さっさと逃げればよかったのだ。公園を出て、彼女達の目的が見上げるほど近くにある。その手前の教会の門にはもう一人の女が立っていたのか、再会を喜ぶ声が聞える。


「ああベル!」

「遅いってハル」

「ごめん、楽しくおしゃべりしてたの」

「それ、私の分?」

「駄目、ベルにはその子がいるでしょう」


 僕は首をねじって声の主を伺うと、門の前には会いたくなかったもう一人の女性と、椅子に座った人型の肉があった。

 丹念な装飾が施された扉の正面に棘だらけの椅子に磔にされている。耐えられない痛みを味わって、叫びが今にも聞えてしまいそうな顔だった。


 そして、それも僕が知ってる人だった。


「噓だろっ! おい、ケニー!」

「あら、知り合いだった? でも、貴方達は私達を知ってしまった。知ってしまったわ」

「ふふふっ、仕方ないわね」

「知らない! 何も聞いてない! 何も見ていない! 僕はなんで――」


 主張を妨げるように風もないのに桜が舞った。

 まただ。僕が悲鳴を上げようにも、呼吸ができないほどの桜が吹雪く。風の無い中で、花びらが散って視界を覆い尽くしていく。


「ああ! そんな残念だわ。……お気に入りだったのに」


 助かったと僕は素直に安心してしまう。まさかこの桜に安堵するなんて思わなかった。


 桜吹雪で僕は空間を移動させられて、僕は窮地から脱出する。連れてこられたのは豪華に彩られた少女の部屋だった。僕はまた浮遊感で酔いそうになった。


 口の中が胃液の酸っぱさと、喉の渇きと叫びと震えで、吐瀉物をぶちまけそうだったが、それを押しとどめるほどの絢爛な装飾である。


 この部屋に住む者は普段目に掛ることができないような上流階級なのだろう。


「……ここは?」

「やっと来た! 私の声聞えなかったのですか? ずっと待っていたのですよ?」


 今日ほど僕の不運が上書きされた日はないだろう


 見えない。聞えない。僕は耳と目を塞ぎたかった。

 心底怯える僕は美しい彼女の頭と目が合った。頭いっぱいの凶気で僕は意識を失いそうだった。


「ねぇ、こっち来てください。もっと顔を見せて!」

「ああああああ!!」


 殺すなら殺して欲しい。それが僕が言いたいことだった。


「ふふふ」

「あああああ!! なんで!! 僕は僕は!! どうしてそんなことができるんだ!!」

「落ち着いてください。それじゃあ楽しくおしゃべりもできないです。話相手が欲しくて、苦労して呼んだのですよ」


 目前の彼女を見たくなくて、僕は窓の外へ顎先を向けた。もう目を閉ざしたい。本当に、本当に生気の無い瞳には背筋が凍ってしまう。陶器でできたみたいな滑らかな肌。絹糸のような艶やかな髪。


 ハル達や彼女の感情が、思考が、僕は知りたくもなかった。触れれば触れるほどに、常人の域を超えているのがわかる。同じ規格ですらない。全部知ったらきっと僕は壊れてしまう。


「ああああああ!! ああああああああああ!!」


 彼女はソレなでつける。


「私はわからないんです」

「わからない? 何がだよ!!」

「そうですね、どうやったら人間になれると思いますか? 最初から神様だったから人間になることは難しいんです。人間になる方法を探してるんです。だから、いろんな叫びを知りたいのです」

「なんなんだよ! なんなんだよ! 一体!! 一体!!」


 もう喋りたくない。一言もだ。僕は嫌悪感でどうにかなってしまいそうだった。


「貴方も一緒よ。だから今笑っているの」


 彼女が持っている生首(ソレ)にも、僕はどうしてか惹かれてしまっていた。


 女の子の首を持つ彼女は、次元の違う美しさである。僕は彼女の存在を知りたくなかったのに、耳を塞いでその声を聞えなくしたかったのに、眼を瞑ってその瞳を見たくなかったのに、そうしなかった。


 僕はそうしなかったのだ。


「もっと凄いもの見たくない? 見たくない? 私は見たい。見たくて見たくてしょうがないの」

「……」

「いいわ、じゃあこれを持っといて」


 僕は血に染まったと思うほど真っ赤なマフラーと糸と針を渡された。


 ******



「……いなくなっちゃったわ」

「あら、好きだったの? 珍しい」

「ベルもきっと気に入ると思ったのに……」


 棘だらけの審問椅子に座ってる男は既に死に絶えていた。遊び終わった玩具には興味がないのだろう。二人が扉を開くと、桜の樹を守るように仁王立ちする男がそこにはいた。


 この都市を切り刻んだ、真っ黒な抜き身の刀を構えている。


「あら? 意外にもう本命かもしれないわ」

「お城の方にも感じたのは気のせいなのかしら?」


 守られている桜の大樹は心臓のように脈をうつ。脈動すると、桜の花びらがほのかに光る。


 彼には首がついていた。しかし枝付き。前が見えないほど覆われている。

 男の姿は藪に包まれて、前が見えているかわからない。枝は鎧とかしていいる。頭があるのかは見えなくなっていた。


 一線、空間が切り取られる。双子は教会の外へとはじき飛ばされてしまう。この国を滅ぼした男と、双子の戦いだった。


スーです。お久しぶりです。例の双子の能力の紹介です。


永遠の子ども達(チャイルド・プレイ)


この世界の「人間」では有数の能力になりますね。特定の条件が絡む、かなり癖のある能力ですね。


①歌の間に得た魂の数は「能力発動」に必要な点数としてカウントされます。

②点数を消費してできることはおそらく二つ。今のところ発覚しているのは自己の回復と、武器の生成。


武器として出しているつもりなのでしょうが、なぜか拷問器具ばかりなのが不思議なところ。きっとおかしいのでしょう。まだまだ不明なところが多いですね。きっとその願いの根幹から派生した能力の断片が垣間見えているのでしょう。相当の能力であることがわかります。もちろん御姉様ほどではございませんが。



******


挿絵(By みてみん)

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