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GENE5-6.二人遊び

 この部屋が好きだった。

 温もりある照明がつく高い天井、動線を考えて精密機器が配置され、お手伝いの絡繰り人形が忙しなく動く。そして、かつての屋敷にあった書物は、複製されて棚に積み込まれている。


 そのはずだった。


 リサ達の英知の結晶とも言える研究室は酷い有様である。元の光景を思い出すことができないほどに破壊し尽くされていた。

 大半はリサ達がやったものであるが、そんなことを気にしている場合じゃなかった。何度目かわからない本部壊滅の危機である。

 憤りを隠せないリサは、その奇妙な侵入者に手をピタリと添えた。


「人の家忍び込んどいて、勝手に荒らして、無傷で帰れると思わないで。痛覚三倍増しで、じっくり解剖してやるから覚悟しなさい」

「荒らしたのは私たちですが……」

「いいの! 原因はこいつなんだから! 悠長に眺めてたら、ここが壊滅したかもしれないのに。現場責任者がいないのが……気になるけどね! まったく!」


 触れた手の平と生物の表皮の境界線がなくなって、リサはそのまま手首までズブリと差込んだ。目を閉じて、触診するように唸りながら、その仕組みを読み取っていく。

 この生物に内蔵はない。しかし、リサは腑分けをしている気分だった。生物を生きるものとして成立させる粘ついた情報を、手で掻き分けるように仕分ける。


 少し予想と違う内容物である。その意外そうな顔を見て、スーはどうしましたかとリサに訪ねた。


「いやあ、ね。随分単純だなって」

「単純? その変な生き物がですか?」

「そ、ああもちろん、一般的な生物や魔物(フリッカー)と比べてって話。一昼夜で作れるような複雑さでもないんだけど……よし、切断っと」


 残っていたボール生物達は機能停止して、宙に固定されたように浮かんでいた。リサが手を引き抜くと、吊されている糸が切られたように落ちる。地面に当たって砕けたものもある。

 親個体とのエネルギー供給網であり、連絡線でもあった――ネットワークをリサが断ったのだ。


「またなの? 会う度に変な芸当覚えてくるわね」

「メア、お褒めの言葉有難う」


 リサが思うに、どうもこの世界の生物達は、元々リサがいた世界では不可能であることを、神の力の欠片で可能にしている場合が多々あった。

 このスポンジ状生物もその一つ。

 大気中に不定形の神経を無線のように張り巡らせて、この親個体を核にして、子個体がまるで一つの神経細胞のように連結していた。まるで親子合わせて一つの脳味噌のように発達していた。


「子供の性質もそれぞれ違う。沢山のパターンを生み出して、最終的にこの形状になったんだろうね」


 メアはスイカのようにぱっくりと割れたボール生物の中身を覗いていた。


「……まるで機械じゃない?」 


 ボールの死骸からはオレンジ色の油が漏れ出している。硬質のワイヤーやケーブルがむき出しになっていて、それは生物と呼ぶには余りにも無機的な構成要素であった。


「より大量に頑丈に強い個体を産んでいたってことじゃない?」


 あの浮かんでいた海月(クラゲ)はまさに風船のような体の構造だった。エネルギーを膜で包んだだけで、一つの細胞と言ってもいい。それと比べると、このボールはさらに発展している。その二つには乳母車と戦車ほどの構造的な差があった。


「さっきの話に戻るけど、普通の生物だったら、その中身って本当に複雑なんだよね。特に魔物(フリッカー)は乱雑で読み取るのに一晩もかかる。でも、これってやけに整理されている。まるで誰かが――」

「創ったみたい?」

「そう! フィン君 そういうこと! これ凄いよ!? 見て欲しいくらい。今、こいつの体内に逆探知ウイルスを打ち込んだ。来る途中こいつ等を食べながら、私が作成した特注品です」


 リサが自慢げに指を振ると、氷のように固まっていたスポンジ生物が光り出す。その白色光は泡状の粒子となって漏れ出して、綿毛のように空気宙を移動していく。その製造元へと行くのだろう。


「この世にとって異様な力は必ず痕跡が残る。この世界の理屈の一つ。このウイルスには何種類もあってね。数々の実験を繰り返してついに成功。犠牲も多く、その技術が確立するまでの流れは涙なしには語れない。できることはまだ少ないけど――」

「どうしたのよ? 固まって」


 新技術のことを熱く語っていたが、説明を中断し、リサは一点を見つめてしまう。

 追跡光は部屋にとどまったままである。固まってできた綿状の人型のシルエット。余りにも見知った人の形だった。


「おい!! やっぱりか!! 馬鹿師匠!!」


 リサはラボに響き渡るほどの大声で叫ぶ。灯りが自動で点灯し、重なり合っていた床や壁の破片が消えていった。隅の壊れた機械や立ち上がらないカラクリ人形は霧散して、傾いた本棚は硬質の白い壁に移り変わっていく。残ったのは倒した生物達の残骸だった。


 空白の空間で、湯気の塊は次第に色を帯びていく。現れたのは深紅の衣。その姿を見て、その場に居るフィン以外の者が頭を抱えた。


 あのランがここに侵入を許すわけがない。誰もが思った。しかし、犯人が本人なら、それは余りにも簡単な話だった。


 ため息をつくリサ達を肯定するように、嘲笑するラン。上品さを損なわず、あそこまで悪魔じみた笑い方をできる人をリサは他に知らなかった。


「お主も成長したがまだまだじゃな。戦い方に華がない。久しぶりじゃのう。相も変わらず元気ではないか」


 リサは小さく拳に力を込めた。

 ここはランの能力で創造された部屋である。リサ同様神様みたいな力を持つ彼女は、その真っ白な立方体の上で、今にもスキップしそうなほどに、嬉々とした表情でった。まさに災いの神である。


「成功じゃ! はっはー!」

「どこかに行ってたんじゃないの? 冗談でしょ」

「何が冗談じゃ! 初めから研究室に行ってたんじゃ。この餓鬼。相変わらず口が悪い。完成品を見せたくての」


 ランに嚙付くメアに、唸るレイ、嘆息をつくスー、そしてリサは酷い頭痛を感じた。


「師匠。質問があります」

「どうした、リサ? 帰ってきて突然。良いぞ! 何でも聞け?」

「これは?」

人工有機生命体(ゴーレム)じゃ。神子術式(プログラム)に肉付けしたようなもんじゃがのう。自ら学習して概念を形成、さらに繁殖を繰り返して形質を獲得するよう設計してある。ご覧の通り成功した。もう原型は留めてない。何故か機械みたいになったが、妾にはそこら辺はよくわからん」


「なんで知ってるの?」と真顔でメアが聞くと、


「なんでも妾が創ったものじゃからのう」とランが満面の笑みで答えた。


 凄いじゃろうと、いかにも褒めて欲しげなラン。期待に反して、静寂が訪れる。それを破ったのはメアの震える声だった。


「……この野郎!」

「メア、馬鹿!」


 日頃の恨みが溜まっていたのかわからないが、メアが真っ先に飛びかかる。しかし、赤子同然にいなされる。ランは指一本も動かしていない。瞳を動かしただけだった。

 堪えきれなかったのはメアだけじゃない。

 影から飛び出したレイや背後から襲い掛かったスーも吹き飛ばされて、白壁に激しく叩きつけられる。

 無駄だった。動かなかったのは慣れているリサと、慣れていないフィンだけだ。


 この容赦のなさを、リサは痛いほど知っていた。

 しかし、皆、そこまで敵愾心を抱えなくてもいいだろう。そう思うが、リサはその気持がわからないわけじゃない。


「だから言わんこっちゃない。メアはともかく、レイにスーも……あー師匠!」

「リサ、良くやったのう。親と子供の間でネットワークを形成することはどこで気がついた?」

「そんなもん、味見ればわかります」

「ははは、美食家になったのう。しかし、なんじゃ貴様等。いきなり。殴りかかっても敵うわけなかろうに」

「師匠。わかっていても止まらないときもあるんです。私は慣れていますが。ですが! どうしてこんなことを? あー、待って下さい言わなくて良いです」

「いやー、物作りに夢中になってのう。そしたらとんでもないものができてのう。見て欲しくて……な?」


 ランは足下に落ちていたボール型の生物を拾う。運良く外殻が割れていない個体であった。野球の白球ほどの大きさである。ランは愛らしそうにそれを撫で、リサに見せつけた。


「だったら! 素直に見せれば良いでしょう!」

「実戦で見て欲しくての。おかげで随分成長したし、成長したお主等も、その驚く顔も見れた。妾は満足じゃよ。苦労して準備したかいがあった」


 きっとランは、高みの上から見下ろすようにリサ達の動向を観戦していたに違いない。どこかで時計塔の中の様子を観察していたのだろう。

 愛らしい行動のように見えるが、端的に言えばリサ達を使って実験しただけである。久しぶりの帰宅を歓迎したいのなら、もっと他のサプライズが欲しかったと、リサは素直に思ってしまった。


「それでヴァンさんが意識を失っていたのは?」

「疲れていたから眠らせた」

「邪魔だったから眠らせたの間違いでしょう! もう!」


 久しぶりに会ったヴァンの健康状態が著しく悪そうだったのは、確実にランのせいだろう。火を見るより明らかだった。この箱庭でランに振り回され続けていたに違いない。


「……」

「どうした、リサ? 押し黙って? 顔が怖くなっておるぞ?」

「……師匠?」


 リサはほんの少しだけ強く、床を踏む。亀裂が蜘蛛の巣のように広がった。収まりきらないエネルギーが、身体からあふれ出た。細かな稲妻が溢れ、部屋全体が共鳴し明滅する。


「あー……」

「何ですか師匠? 言いたいことがあるなら聞きますよ?」


 ランが物憂げな眼になってしまう。許してくれと言うわけじゃない。だが、潮らしい顔で、無言で訴えられると、リサも言うに言えなくなってしまう。

 いや、騙されてはいけない。完全に謝り慣れている悪戯っ子である。その顔は狡いとリサは言いたくなってしまう。何度もリサはそれに騙されたのだ。


「試して悪かった。しかしのう、なんだか途中でネタばらししたかったのじゃが――」

「じゃが?」

「なんか楽しくなってのう」


 先ほどの控えめな表情は消え、楽しげな本性が露わになるのを、リサは決して見逃しはしなかった。


「もう! 反省のフリでもいいのでもっと続けて下さい」

「なんじゃバレたのか。そう怒らんでも」

「……私は怒ってないですよ。でも、言いたいことがないわけじゃないです。久しぶりにあって抱きつきたいのも山々ですが」


 リサの長々と喋る。ランはどこかおかしいとようやく勘づいた。しかし、もう遅すぎる。ただ騙され続けている訳じゃない。ランの性格なんて、私が一番知っているという自負がリサにはあったのだ。


「リサ……? お主まさか?」

「そのまさかです。ようやく気付きましたか?」


 表情に一筋の陰りが映り、リサに近づいて、その頬を撫でようとランは手を伸ばした。


「……いつからじゃ? いつからイメージを投影していた?」

「嫌です。絶対教えません。もう本当に反省してくださいよ」

「腕を上げたのう」


 ランがリサの頬に手を当てようとする。しかし、そこに既に実体はなかった。ランが触れると、リサの姿は泥人形のように崩れ去り、血をさらに濃くしたような、黒い墨の液溜まりになる。

 周囲を見回すと、立っていたフィンも転がっていたスー達の姿がぼやけて消えていく。ランが能力を解除して研究室を白い部屋に戻したように、リサ達の姿が消えていった。


「いや、これは投影じゃない。自らの簡易複製体(クローン)? 代わり身とでも言うべきか。お主も随分と面白いことを!」


 ランは思わず嬉しそうに笑ってしまう。


「いつからじゃ? すり替わったのは? いや、さっき怒ったときに妾の眼を盗んだか。騙されただか、それだけじゃない」


 突然出現した漆黒の蝶が。ランの目前で飛び立った。それが開始の合図だった。

 黒蝶がゆらゆらと羽ばたき、分裂する。一匹が二匹へ。二匹が四匹へ、鼠算式に増えていく。

 ランの首筋がうっすらと汗ばんだ。


「あそぼあそぼ……あそぼ……」


 ランの力で形成されていた白い箱はキャンセルされ、問答無用で分解し、ランが立っていた位置は瞬く間に変わる。彼女の能力が別の力に上書きされる。


 彼女が座っているのは、いつも自分が座っている椅子だった。時計塔の最上階、使い慣れた机が前にある。


 部屋は閉め切られておらず、先の見えない廊下が見えていた。棒状の暗闇である。ランはおもむろに立ち上がって、片手に持っていたボール型の生物を転がしてみた。

 ボールはコロコロと回転する。その生物は再起動し、ほのかに光り出し周囲を照らすように廊かを進み、何かを察知したのか、ピタリと止まる。


 途端、黒い脚に無残にも踏みつぶされてしまった。


 ボールは勢いよくはじけて、スイカを割ったように内容物が飛び散った。

 噴き出した火花がその存在を知らせた。

 暗い暗い廊下の先から出てきたのは、脚を引き釣りながら近づく女。猫背気味で、仮面が張り付いたまま、ケラケラと笑い出す。


「アハハハハハハアハ!!!」

「いいぞ。アルル……今回はどんな遊びかのう。妾は年寄りな分、どれだけも持つかわからんぞ」


 どうやらここがスタート地点らしい。おそらくゴールが設定されているのだろう。鬼ごっこか、脱出ゲームか。子供の遊びにしては規模の大きなゲーム内容になりそうだった。




 リサは既に塔の外に脱出していた。

 ランが事態の原因である可能性は残っていた。だからそれを含めた対策を練っていた。それだけである。


 ランと騙し合い、化かし合いをするのが日常茶飯事になっているような気がする。しかし、手荒な歓迎過ぎて、本当に侵入者かと思ってしまった。


「師匠、嬉しそうだったなー」

「お姉様。帰ってきていきなり実験台だなんて笑えません」

「ま、本音を言えば遊びたかったんじゃない? フィン君、私の影の中はどうだった?」

「いきなり入れられてビックリした」


 ランが現れてからのリサの逃走は、一切の無駄がなかった。

 都合良く三人が襲い掛かった瞬間に、影に入れていた自らの分身体と入れ代わる。

 そのまま影に隠れ、分身体が怒った瞬間に、眼を回してる三人とフィンを回収し、イメージを投影。あとは分身体に任せて、全速力で逃走した。あと少し遅れれば、アルルの能力に巻き込まれてしまうところだった。


 ランはアルルと最後まで付き合うことにしたのだろう。いつものことだ。ランは抗わずに、アルルに最後まで付き合う。やはり彼女はアルルに甘い。


 彼女の能力は子供遊びを模している。鬼ごっこ、隠れん坊、人形遊び、当然の如く強制参加である。

 そして、彼女の創り出した空間は歯車がズレる。例えば真っ直ぐ歩くことができないような、強い精神汚染を受けるのだ。

 限定的で、癖が強い。しかし、強力だ。リサでもまだ扱い切れない彼女の力だった。


 リサは懐から煙草を取り出して、火を着ける。もうやることはそれくらいしかなかった。

 窓から時計塔の中が窺える。おぞましいほどの黒蝶の群れで埋め尽くされていた。綺麗な模様も溺れるほどの数であれば、こうも恐ろしい。


 リサの経験上、黒蝶の量はアルルが抱えているストレスの量である。


「あの子、相当溜まってるね。一体誰のせいかしら」

「前回の発動からだいぶ間が開きましたから。任務の疲れもあるのでしょう」

「そうね、スー。そういうことにしておこう」


 後はアルルとランの戯れが終わるのを待つだけだ。リサは煙草を吸って、リラックスした状態になる。


 黒い蝶がヒラヒラと、木の葉のように舞っては、散っていく。リサは少しだけ恐怖を感じた。


「うん、今度。アルルに死ぬほど甘いお菓子を食べさせよう」


 アルルにもう少し優しくしておこうと、リサは考え方を変えた。しかし、甘い物でごませるのかは疑問であった。

 窓から見える室内には、蝶の死骸が降り積もっていた。



 ******



 時計台が傾いたのは十分後のことである。根元からぽっきり折れたのは一時間後のことだった。

 今はみんなでお片付けをする時間である。ともかくランを掘り起こさなくてはならない。


「ええ、この時計塔ってダミーだったの?」


 新しい事実をスーから聞いて、メアは残念そうに粋を吐く。


「だったらもっと壊せば良かった」

「そうみたいですよ、メア。私も後悔しています。しかし、気付きませんでした……」

「スーがわからなかったらわかるわけないじゃない」


 偽りの塔と言っても、外見はほぼ同一である。ランと言えど、数日で創造できる規模ではなかった。


「それで本当の時計台はどこにあるの?」

「私、さっき見つけたよ」

「私も見つけましたよ、メア」

「何? 二人とも教えなさいよ」


 リサとスーが二人して笑う。リサが指で示した先は鏡のように反射する堀の水面だった。水鏡に写る塔は、倒れずに高く天に向かってそびえ立っていた。


「ああ! ……鏡の中の世界に、もう一つ世界を創ったってことかしら」

「正解。よくもまあ、こんなことを思いつくよね。本当にあの人らしい」

「……しかしねえ、ウェルカムパーティーにしては規模がおかしいわよ」


 破壊の境地とも言える残骸の山の上で、一人体育座りをする少女がいた。アルルだった。服は埃まみれで、埋まっていたところを掘り出された直後だった。フィンが励ますように横に立っている。


「またやっちゃった……」

「でも、アルルは自分で能力を止めれた」

「フィン君。もう恥ずかしいよ! どうして私だけ能力を使ったときだけあんなになっちゃうの。口調まで違うし。本当はここまで壊す予定はなかったんだよ!」

「でも、偽物だったわけだし」

「偽物でも壊しちゃったのは哀しいよー」


 今回、アルルは自我を保ってはいたらしい。しかし、そのことがさらに自分を落ち込ませていた。 

 リサ達はアルルのフォローをフィンに任せ、ランの救助に専念していた。


「あー、もう疲れた。探すのやめない?」

「私は賛成」

「お姉様、また白々しい噓を。師匠に聞えるように言っているでしょう」

「だって、こんな機会滅多にないんだもん。今回は私の勝ちだね!」

「一体誰に似たのでしょう」

「きっと自分の師に似たんだって」


 瓦礫を押しのけて、ランの発する気配に近づいて行く。太陽のように強烈な彼女の生命力も、弱々しくなっていた。すぐには見つけることは難しく、見つけるのにここまで手間取ってしまった。


「師匠はここら辺かな。ああいたいた」


 無言で眼を見つめ合うと笑ってしまう。

 死屍累々とも言える礫の中で、師匠は本当にしおらしく座り込んでいた。今度は演技ではなく、本当に疲れたのだろう、立ち上がろうとするとよろけてしまう。リサは慌てて支えに入る。


「ただいまです」

「……おかえり」


 お互いに肩をたたき合う。たまにはこうしてじゃれ合うのもいいかもしれない。気の迷いかもしれないが、リサはそう思ってしまう。


 そこに砂利を踏みしめて、二人に近づく彼がいた。

 ヴァンだ。眠らせていたのに、目の下の隈は全くもって取れていない。


「それで説明して貰おうか? 俺は仕事をしていたはずなんだが、どうして塔が壊れている?」

「いつものやつよ。本当に馬鹿な人達ね」

「ヴァン、ここですよー。やらかした人達は」


 力を使い果たして、動くのもやっとのランは一から説明する元気も気力も無い。リサも気が抜けて、同様になだめる元気も無い。事情を説明するのに一番面倒くさいのが残っていたのを忘れていた。


「だから、妾が寝かしつけたのに」


 怒られるのを予見して新しい塔を創って実験した。そう主張するラン。最近仕事がサボり気味だった理由を知って、さらにヴァンは怒りを滲ませる。


 言われて壊したアルルはともかく、ランとリサだけがそのまま怒られ、ランは外出禁止令、リサは禁煙令が言い渡される。凍り付く二人は、その後お互い慰め合うように酒を飲み、九回目の本部崩壊の危機が訪れたのはまた別の話である。


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