GENE1-5.ずさんな計画
地下道は村を起点に、蟻の巣のように張り巡らされている。その最奥にある部屋。誰にも気付かれないようにいくつもの横穴を通り、ようやくたどり着くことができる。そこには村の半数の兵士達が、灯りを中心に座っていた。切り出された石を椅子代わりに、一つの輪を作っている。
その中でも装備が一番豪華な兵士がいた。金属の鎧にランプの光が当たり、ギラギラと反射していた。名をジェラルドという。彼は村の兵を取り仕切る立場にいた。
「ジェラルドさん、あのガキ、どうするんすか」
ジェラルドの横にいた兵士が話し出した。何かを気にしているようで焦っている。
「あいつ、俺たちのこと見てませんよね?」
「うるせえ。それを話し合うために集まったんだろうが。後は子供をどう処理するかだ」
「使うんですか?」
「ああ」
ジェラルドは低く、そして鉄のように冷たく重い声で話し出した。
彼等の村は貧しい。切り出した石や、芋を売っても幾ばくかの金にしかならない。総代会からの援助も全くもって足りなかった
その生活の不安をまとめ上げたのが、ジェラルドだった。
彼が魔物を手に入れたのは、ただの偶然だった。草原にいくつもある出入口を利用して、迷い込んだ商人を襲う。盗人まがいの、いや、ほぼ盗賊同然の行為を繰り返していた。
あれは数人の帝国兵だった。布でかぶせられた大きな荷物を運んでいた。
熟練した兵士ですら、穴から突然飛び出す兎人の速さには追いつけない。最後に生き残った兵士が、必死に命乞いを始め、『道具』の使い方を教えた。それが全ての始まりだった。
「もしあのとき使われていたらゾッとする」というのが、その後の魔物を見てきた兵士の率直な感想だった。
ジェラルドは、邪魔な者を、刃向かう者を食べさせていった。純粋な捕食者には勝てない。そんな恐怖を周囲の兵士達は抱いてしまう。
「そろそろだな。こいつを処分した方が良さそうだな」
「処分?」
「何を言っている? 飼ってるんだからどうにでもなる」
『魔物』は、この密会部屋の近くの地下牢に閉じ込めている。
餌としてあげる肉にも限界があった。食料としての肉は貴重であり、迷い込んだ旅人や、必要のない村人を食べさせていた。
多くの場合は行方不明として処理されるが、魔物を見られる時もあった。だが村にバレたことは一度もない。危険な綱渡りを繰り返し、内密に処理していた。これまでもそうだった。そして、ジェラルドはこれからもそうするつもりだった。
「魔物にあの小娘を襲わせる。黒いガキも村からいなくなったとしても、誰も気にしない。母親と一緒だ」
「しかし、俺たち、あの娘の護衛を頼まれてますよ」
「馬鹿野郎。襲わせて、俺等が討伐するようにしむけるんだよ。不安なものはまとめて消せば良い。こいつの最後も利用すれば、俺はあの村の長となれる。どうした? 何か問題でもあるのか?」
ジェラルドに睨み付けられ、兵士は黙り込んでしまう。賢い策だとは思えなかった。いつもこうだった。強引に会議はまとめられてしまう。
ランプに照らされて、大きく写る影達が動き出した。