GENE4-10.復讐は蜜の味
使徒の証の黒棺を首から外す。ようやく取り外せた首輪だった。
ヴァン=ブルートバーグは自分の口角が僅かに上がっているのに気付いた。自分一人だけの戦争がこんなにうれしいとは思わなかった。
ここは母の棺桶を見下ろせる摩天楼のど真ん中。
セントラルタワーの隣にそびえ立つ高層ビルの一角だった。
荒々しいコンクリートがむき出しになっている。
あるのは巨大な窓ガラスだけ。下には星の海のように無数の人工光が散らばっている。
このビルの各階にはビジネスオフィスが配置されている。その階と階の間。この五十六階は、誰にも知られていない彼の家である。
社会の隙間を誰にも認知されることなく、その隠れ家に彼は住んでいた。
ここは彼の家だが、生活必需品は何もない。テレビや冷蔵庫、物を置く棚さえも。生きている痕跡が皆無だった。
上と下の階には、帝国の栄華を反映するように、朝夜関わらず灯りが灯るが、この五十六階だけは明るくなることはない。外の光がだけが窓から入る光源だった。街が暗闇飲まれることはなく、夜になると室内はかすかに照らされていた。
数百年にわたり、ヴァンは夜になるとその、無色の光を見つめていた。
それがここ数日、鮮やかなカラフルなライトとなった。光線から別のものになったのだ。
ヴァンは知らなかったこんなにも復讐を望んでいたことを。
これは血の復讐だった。
流れた血は凝固して、ペンキのように肌にこびり付いて、洗っても洗っても落ちない汚れとなっていた。
自分を苦しめ続けていたそれが消えた。無くなった。いなくなった。
腐臭を放つ腐った水が溜まる貯水槽。それに穴を開けた気分だった。
体から汚れが流れ去っていく。それは快感。ここ数百年願っていた自分の願いだった。ヴァンはそう思っていた。
きっかけは数ヶ月前だった。彼は帝国軍において、掛け替えのない中心人物の一人である。
その立場上、見つけてはいけないものを見つけてしまう確率は高かった。
そもそも帝国の内部から崩壊させるために、使徒となって、この軍に入ったのだ。年月によって、昔の記憶も風化して、ヴァンはなかなかその理由を忘れてしまう。理由を忘れて、ちゃんとした形ではない、モヤモヤとする塊になっていたのだ。
あのお面を見つけるまでは。
あれは偶然だったが、ヴァンは必然のように思えてしまう。自分の元に転がり込んできた一枚の仮面は鍵だった。
これまで行われてきたゲームに関するものであることは、首元に湧いたべっとりとした汗ですぐに分かった。
そして、彼の見る世界に一つの色が灯った。
それからの行動は早かった。
ヴァンの能力は隠密に特化している。何かを秘密裏に工作し、陥れ、壮大な計画を丹念に準備できる。現にその計画を実行できる立ち位置に――無自覚なのか、自覚があったのかヴァンは忘れてしまったが――いたのだ。
研究所に赴き、小さな火種を次第に大きくしていく。
一つの小さなマッチほどの火から、帝国という巨大な家を焼け落ちさせるために大きく、大きく。
ここまで大きくするために彼は細心の注意を払った。一人で生きてから、ヴァンははじめて楽しいと思えた。
そう、彼は復讐を望んでいた。
復讐も彼を望んでいた。
そして、その色は真っ赤だった。
この街を、この国を、世界を。
自分も含めて全て焼き尽くす。
そう決めて、生者のための精霊祭になるべく大きな花火打ち上げられるように、彼は計画を実行していた。
祭りの始まる一週間前のことである。
例のあの人から連絡が来た。
彼は最初に、そのメッセージを信じることができなかった。
四百年前に死んだ、彼の祖母ラン=トラオラムから連絡があったのだ。
彼女の声は陽気で、その凜とした声色は全く変わっていなかった。元の世界の主。遙か昔に渇望し、望むことすら諦めた人である。
祖母からの連絡に彼は驚きを通り越して、怒りを覚えてしまう。
遅い。
余りにも遅かったのだ。
トラオラムの血筋は狩猟の対象になって、世界各国の都市部を運営するためのエネルギーとなった。もう生き残っているのは、ヴァン一人だろう。
最初、彼女の頼みを断ろうとした。しかし、ほとんど脅しに近い形で、押しつけられてしまう。自分の計画への師匠が出てしまうかもしれない。ヴァンは渋々仕事を引き受けた。
もちろん、計画を止めるという選択肢はなかった。
しかし、彼女に会った。
リサに会ったのだ。
それは母の面影がある、比較的大人びた外見の少女だった。
偶然――ヴァンが計画を実行した結果の弊害とも言えるが――テロリスト達が列車に乗り合わせたのは、彼女を見極めるのに好都合だった。
彼等を蹴散らす彼女の姿は眩しかった。
ヴァンは眼を瞑りたくなってしまう。
熱された鉄板が体中に押しつけられた気分だ。全身が焼かれる思いだった。
自分が願っているのは復讐だ。
それ以外求めない。
誰も求めない。
誰も欲しない。
それだけなのだ。ヴァンは自分も何度も何度も言い聞かせた。
やっと、このときが来たのだ。
育ててきた火種はついに街の核に届いた。もうあの少女でさえも、止めることはできないだろう。
巨大な力を食べて、あの悪魔の仮面はぶくぶくと豚のように太っていく。
そして、破裂して内臓をぶちまける。
この街を、世界を塗りつぶすのだ。
ヴァンはこの日のために何百年も待っていたのだ。そろそろ時間だ、と心の中で呟いた。
セントラルタワーから真っ赤な炎のようにエネルギーが立ち上る。怪しげな赤い光だった。
その代わりに、街中の光が消失する。都市の機能が停止した。
三百四十五年、止まることがなかった帝都が動かなくなった。
母をやっと解放できた。
そして、あとは奴がこの街を呑み込むだろう。これまでふんぞり返ってきた奴らは、供給される側から供給する側に切り替わる。丸ごと燃料になるのだ。そして、人は全て歪な生命体に生まれ変わるのだ。
「はは、ははははは!!」
世界が一色に統一されていく。
赤い火で彩られていく。苦しみが、もう少しすればこの街の住人にも共有されていく。
こんな新しい夜を待っていたのだ。
コン、コン、コン。
透き通った三回のノック音が、ヴァンのいるフロアに響いた。
分厚い扉が、パーティーのクラッカーのように勢いよくはじけた。
白い煙の中から、手がにょっきりと生えて、掻き分ける。煙の中から現れたのは白い外套を纏った少女一人、リサだ。
「ねぇ、聞きたいことがあるんだけど」
リサはまるでやさしく扉を開く感覚で、扉を吹き飛ばし、ヴァンの家にするすると入ってきた。
そのお淑やかな足音から伝わってくるのは、静かに燃える炎のような怒りだった。踏みしめる度に苛立ちが周囲に伝播する。
ヴァンはリサに背を向けたままピクリとも動かない。
窓ガラスから見える一本の巨大なビルを見つめたままだ。リサに振り返ろうとする気配はない。
「……」
漆黒の軍服を纏った彼はそこに棒きれのように立っていた。
一面の窓ガラスに映る、闇の中映える真っ白な外套が大きくなっていく。リサはヴァンの数歩後まで近づく。手を伸ばせば届く距離である。
「聞いてる?」
リサはヴァンの首元を掴み。そのまま投げ飛ばした。
彼はむき出しのコンクリートの壁に叩きつけられる。すかさずリサは胸の前で術式を刻む。
ヴァンが床に落ちる間もなく、物理的な力でヴァンの体を壁に押しつけた。
ピシリとひび割れる音が響き、ヴァンが壁に半ば埋まる。壁には彼の周囲に沿って、いくつもの小さな亀裂が生じて、彼の骨が軋む。
「貴方が何をしようとしているのか分かってる。何をしたのかも予想は突いている」
リサは手をかざしたまま、ゆっくりとした足取りで近づいてく。
ヴァンは壁に強大な物理力で埋め込まれたまま、ピクリとも動けず、すました顔で、彼は無言のままである。
「……なんか腹が立ってきた」
「がっ……」
リサが手の平に力を込めると、大きな亀裂が稲妻のように壁に走る。ヴァンはさらに数センチ、固い岩の壁に沈み込み、ついに声を漏らした。
「そう、聞きたいのは――」
リサはヴァンに目線を合わせるために背伸びをした。
「貴方……なんで私をあいつにあわせたの? どうせ気付くと思うけどさ。それだけが不可解なの。分からないの」
「……」
「予防策を講じて、ギリギリまで気付かれないように手を尽くす。そうするのが合理的。でも、貴方はあそこに私を呼び出した。罠なのかとも思ったけれど、結構分の悪い賭けだよね」
「……何が……言いたい」
「もしかして私に助けて欲しかった?」
「……違う」
「何が違うっていうの」
さらに力を込める。ヴァンの骨が軋む。 コンクリートの破片が飛び散った。
あの女はこの街の支配権を半ば手に入れた。
街の呼吸が変わったのだ。
昨日の夜から聞えている街の脈が、逆流し、脈動し、地盤ごと別の生物になりかけている。
足下が震え、うなり、街が今にも動きだそうだった。能面の女は、あの核を侵食している。もう時間的猶予はなかった。
「あの野郎はこれから殴りに行く。時間に比例して手が着けられなくなるのは知ってるでしょ? 急いでいるけれど、これだけは言いたかったの」
リサが手を振ると、横方向に掛っていた力が消えて、ヴァンはその場にドサリと倒れた。
「ごめんなさいね。乱暴なことをして。私、普段はこんな荒っぽいことはしないんだけど……」
ヴァンの顔を見るとリサは大量にあった言いたいことも氷解してしまう。
ああもう、何も言えなくなるじゃないとリサは小さく呟いた。
「……後は自分で考えて」
そして、リサはクルリと巨大な窓ガラスと対峙した。
右腕を横に一閃。
窓ガラスが吹き飛んで、強烈な風が室内に吹き込む。
リサは窓の下、目下数百メートルの景色を見る。
そして、ヴァンを仰ぎ見た。起き上がろうとするヴァと目が合った。何か言いたそうな眼をしている。リサは一言付け加えた。
「心配しないで、これからは全て良くなるから」
そして、リサは背中を宙に預けて、その場から飛び降りる。体が浮遊感に飲まれる。
それまで瞬きさえしなかったヴァンが、どうしてか大きく動揺していた。
後は勝手にすれば良い。
自分も好き勝手やってやる。他人なんて知らない。知らないのだ。独善的に振る舞うことに、どこで躊躇していたのだろう。
正解なんてない。
自分自身の正解なんてないのだ。
百メートル落下するのに、およそ五秒掛る。
今、飛び降りた高さは目測で三百メートルにも達していない。
初めの一秒足らずで、体勢を立て直す。残った時間で心を切り替えていく。
落下中の空気抵抗は強く、リサは心の中にある雑念が削り取られるような感覚を得た。
「うらああああああああああ!!」
そして、拳を地面に叩きつける。
小さな隕石が衝突したような衝撃の反動で、体が反動でふわりと浮く。
一回転してビルの正面の広場のような場所の中心に着地した。
ちょうど待たせていたスー達のすぐ側だ。
「――ちょっ!? ちょっと驚くじゃない」
「ごめん、メア」
彼女の頭を撫でると、震え上がり飛び退いた。首輪を外しただけなのに、ここまで怯えられてしまうと、リサは苦笑いするしかない。
「ガキじゃないって言ってるでしょう」
「いや、そうじゃなくて昨日のお礼」
「はあ?」
「制約を解除してあげたの」
「嘘でしょ!?」
「嘘じゃないよ。でも、一つだけ条件があるの」
「……なによ?」
「私の指示ちゃんと聞いてね」
リサはメアに向かって、意地悪に笑ってしまう。昔よりお茶目になったのはきっと師匠の影響だろう。にっこりと有無を言わせない微笑みを投げかける。
何も変わらないじゃないと言い足そうな眼に、メアはなってしまう。
「……わかったわよ」
「ありがと、じゃあ、作戦の説明をしようか。」
夜空が街の喧噪を運んで来る。普段当たり前だったものがなくなり、街の中でパニックが伝播、成長していく。
「予想では、あの能力は、他人に干渉するタイプ。そして、あの極端な面への世界の断片の偏りを見るとあれが本体」
「その能力の内容はどう思います?」
「対象を汚染、支配、そして――」
ひたひたと忍び寄る影。くぐもった呻き声が聞えた。
セントラルタワーの正面玄関が開く。
「うわっ」とメアの小さな気怠げな声が漏れる。
タワーの正面から大量の魑魅魍魎が噴き出してきたのだ。
腕のない人形、首が一回転した獣人、まるでビックリ人間の集団である。あの祭りのパレードより趣味が悪い。強いエネルギー体に反応するようで、リサを見ると一目散に駆けだしてきた。
魔物と化していた。
もう以前の生命体ではない。歪な化物だった。リサの大っ嫌いな「人形」達は、もう修復不可能なほど壊れてしまった生命体だった。
「体が壊れるほどの能力を与えるだろうね」
「……一目瞭然ですね」
リサがこれまで調べてきた情報をまとめるに、魔物とは、最初は人の技術が生み出したものなのだ。
過度な世界の断片と魂魄を、注ぎ込まれた生命体。リサ達が知らない時代に生み出された、リサ達の知らなかった吐き気のする技術。生命をエネルギーに変換する理論であり、先代の神様の代理人の血筋を糧に、今の世界は回っていた。魔物はその技術の応用で造られ、魔核や魔物の技術の発展は最初は軍事利用かゲームの対策として使われていた。
ビルから噴き出してきた人形や獣たちは、あの能面女がその方法を応用して製造しただろう。
おそらくリサが考える中でも、比較的簡易な魔物の作り方。
魔物とは、リサが考えるに魂と肉体のバランスが取れていないものだった。
前に群がっているのは、生命があっても、意志のない人形達。モノとなった哀れな兵隊達。掻き集めた囚人達を資源にして、あの女は魂を再分配しているのだろう。
「こうやって管理人は世界で生み出されてきた技術で遊んでるんだろうね」
体の各部位が過度な力に耐えきれずに、ひび割れ、血が噴き出している。
調整せず、命に配慮せずに過度な力で汚染されている。複数の生命がミキサーを使ったみたいに、原型を留めないほど粉砕され、攪拌され、屍体同然の身体に、死人同様の生命が注ぎ込まれた。
リサは拳を打ち鳴らして。こっちに向かってくる彼らを見据えた。
「敵は都市のライフラインを掌握して、街全体のエネルギーの流れを逆流させようとしている。エネルギーを供給していた機構で、街を呑み込もうとしているの」
リサは一つため息をついた。
「つまり、この街自体が一つの神子術式。それを成立させなければいい」
「やるき満々ですね!」
「スー、そこまでやる気があるわけじゃ……」
「何をのんきに喋ってんの!」
「わかってるって、メア」
メアが悲鳴を上げる。
タワーからは噴き出してきた魔物は、途切れない土石流のようにリサに向かって来る。
「使わせてもらうよ」
死者に対して一言投げつけた。哀しいけれど、リサはレイの能力を発動した。もう粉砕された魂は元に戻すことはできないのだ。
リサが右足をあげて、地面を踏むと、自らの影がドロドロになって広がり、地面が泥沼のように液状化していく。
レイの能力で形を黒いモヤに変えて、広場を黒い自分で塗り潰したのだ。逃走本能のない魔物達は吸い込まれるように黒い沼に囚われていく。学習能力すらないようで、リサに手を伸ばしながら、数百もの魔物の流れがそのまま、リサの影の中へ吸収された。
「やっぱり能力のキレが違うね」
水面から金切り声のように肉と金属が擦れ合う音が響く。
タワーから出てきた魔物は全て呑み込んだ。土石流の勢いが止まり、聞えていた魔物の叫びも全て飲む込まれた。
一瞬だけ噓みたいに静かになった。
そして、それを重低音が上書きしていく。
ごりごり、ごりごりと沼――リサの影が小さくなっていくのだ。けたたましく固いモノと固いモノが擦れ合う。叫びのように音を轟かせて、沼は縮小する。
直径一メートルほどになって、その黒い沼は盛り上がり、小さな球体になる。さらに圧縮され、サッカーボールほどの大きさになると、リサは地面に転がった黒い球体を鷲掴みにする。
「工作は得意じゃないんだけど」
リサの手の平から、白い光が注ぎ込まれた。微細な彫刻のように、神子術式の文字が展開される。球体はその場に固定され、その表面に文字がどんどん刻まれていく。
手を離し、その球体を両手で加工していく。パンをこねるように、ルービックキューブを揃えるように、形を変えて、表面に術式が織り込まれていく。
円盤上になり、四角へ。立方体になって、また球体へ。
形が変化しながら、それは数センチほどの黒塊になる。殺生石製造技術の応用だ。
師匠の物作りのアイデアを応用して、リサの生体干渉の力の一端で加工していく。さらに最後に隠し味を加えなければならない。
リサは懐からナイフを取り出して、自分の右手を傷つけ、数滴の血が出来たての殺生石に垂らしていく。
コロリと指輪が転がる。肉の塊でできた指輪はずっしりと重い。それはあの化物と闘うための、必勝の策である。
「それと忘れないうちに……」
レイを手で招き寄せて、その頭にぽんと手を乗せて、縛り付けていた鎖を解除そた。彼はリサに嚙付く様子はない。ほっとリサは息をつく。
「それとレイちゃん」
「なんだ」
「久しぶりに声を聞いた気がする……。ねぇ、何か言いたいことがあったら言いなさい」
得意げにリサは鼻を鳴らした。
レイの動きのぎこちなさが極限まで達したのが、あの地下での戦闘時だった。
「……もう……お礼くらい言ってよ」
鎖で繋いでいた本人の言うセリフではないけどと、リサは思ったが口にはしなかった。
特に返事も無いので、リサはさっさと入り口へ向かう。夜も更けて、タワーの赤い光がちらついて、夜風が強く吹いていた。
「あああああ!!」
背後から殺気。怒鳴り声に近い、男の叫び声だった。
ヴァンとは違う色の軍服の男。両手には長さ一メートルの剣を持っていた。リサの首まで最短距離で踏み込んで、ぎらりとした眼光がリサに突き刺さる。
しかし、その攻撃は全く届かない。
レイは腕をクラゲの触手のように変化させ、その男に巻き付いて、その身体をミイラのように拘束する。
「お前は……お前は一体何なんだっ!??」と男はリサに向かって、吠える。
ヴァンは軍の眼からも隠蔽しているはずだった。それでもこの街の異変に気付いた彼は、特に優秀な軍人なのかもしれない。リサはそんなことをちらり思いながら、彼の顔を観察する。どこかで見た顔の気がした。
誰だと言われても、リサはリサだった。
リサが彼に向かってにこりと微笑む。そのままレイの黒い触手によって、数十メートル放り投げられる。空中でその男は体中から刃を出して、レイの触手を切って自由になる。
この世界の人間にしては異常とも言える戦闘力だが、リサ達の敵ではなかった。
「有難う、レイちゃん。あの人は知り合い?」
「ああ」
「うん、わかった。後はよろしくね。好きにしていいよ」
「あと頼みがある。」
「いいよ、聞いてあげる」
「……あの娘を助けてやってくれないか?」
「……わかった神子術式。でもそういうことはもっと早く言って! 昨日のお昼くらいにさ」
タワーの外のごたごたを全てレイに任せて、リサ達はタワーに入る。
帝都一、この世界でも有数の巨大な建築物であるセントラルタワー。その一階の広さはサッカーができるほど広い。
「あの変なお面の方を倒さなければならないんですよね?」
リサのすぐ後、いつも通りの位置にいるスーは不思議な顔をしていた。
「うん」
「でも、お姉様はそれを助けるんですよね」
「うん、そうだよ」
「それはいくら何でも難しいのではないですか?」
「難しいね」
「そんな人ごとみたいな」
「大丈夫。きっと上手くいくから。目標はわかりやすいね。おそらくこの力の反応だと私の獲物は屋上かな。でも、下には街のコアがある」
早くそれを壊さなければ、この街は、世界は阿鼻叫喚の地獄に早変わりするのだ。別にそれでもいいのだが――と数時間前まで思っていたが、理由ができたリサは見過ごすわけにも行かなかった。慈善活動は趣味じゃないが仕方ない。
「貴方たちは下に向かって、あのコアを停止させて――気をつけてね」
「わかりました」
「スーこっち来て」
「何ですか?」
「絶対無理しないで」
その撫で心地はいつもと変わらない。
ずっと一緒にいた。彼女が強いのは分かっている。妹離れできていないのはわかっている。
スーは驚いた表情を見せて、少し笑いながら返事をした。
「終わったら私もお願いがあります」
「何? スーがお願いだなんて珍しい」
「頬にキスをして下さい」
リサは思わずクスリと笑ってしまった。
「成功したら嫌って言うほどキスしてあげる」
「それではお姉様が途中で疲れてやめてしまうでしょう」
自身満々なスーの表情。どんな自身だとリサは心の中で突っ込んでしまう。
スーとメアは地下、リサは屋上、そして地上ではレイが闘う。それぞれの戦いがスタートした。