GENE4-9.アフターダーク
祭りの最終日を盛大に彩るパレードが進んでいく。午後の最大の出し物である。
桜の花びらのようにくるくると、舞う紙吹雪。
その中をカラフルなドレスや礼服を着た男女が踊る。皆、笑顔を偽る仮面を着けていた。
道の両端には見物人で埋め尽くされ、アイゼン達は雑居ビルの屋上からそれを見下ろすように立っていた。
突き抜けるような青空が広がる。幸いにも祭りの期間中、雨は一回も降らなそうだ。
害獣駆除任務の休憩がてら、アイゼンとリルは 生者のための精霊祭を見物している。どうしても見物したいという後輩の要望に、先輩が押し切られた形だった。
「どうしたんですか、先輩?」
アイゼンの目付きがいつもよりも一段と鋭い。
リルは知っている。これは彼の第六感が何かを感じているのだろう。
彼の勘は良く当たる。不幸なことにも良く当たる。そして、リルは毎度巻き込まれている。探知に特化した発現者であるリルは、アイゼンを火種から遠ざけようといつも奮闘していた。
「……絶対やめて下さいね! ロクなことないんですから! 地雷を見つけるのは結構ですが、絶対に踏まないで下さいね」
「なあ、リル――」
「あー!! 聞えない! 聞えない-!」
「……」
「……もうなんで黙っちゃうんですか!? そこは言い返して下さいよ。そこで地雷を踏みに行くのが先輩でしょう!」
「お前は俺をなんだと思っている」
「聞かせてあげましょうか?」
「いや、やめておこう」
にっこりとリルが微笑み、アイゼンは眼を逸らすしかなかった。
「ああ、もう観客が多いなあ。不審な魔力反応は――ないですね」
彼女の能力、失くし物の見つけ方はこの帝都では感度が悪くなる。魔力源が多すぎるのだ。
アイゼンの話題も止まり、リルは仕方なく仕事の話を始める。
「例の屋敷の事件の件ですが、鑑識の結果聞きました? 指紋、毛髪、繊維一切なし。まるで幽霊だそうです」
御三家の一つであるシュターゼル家が、一家丸ごと、そして研究施設にいた研究員もろとも惨殺された事件のことだ。犯人像すら掴めない現状に、軍上部も頭を抱えていた。
そして、リルはポケットから取り出した地図を広げる。そこに綺麗な文字で数多の情報が書き込まれ、彼女のしっかりと性格が表われていた。
「それとですね。これまでの私の能力の反応で気になることがあるんです。どうもこのあたりが」
リルが地図上の一点をぐるっと指で丸を付けるようになぞる。それはセントラルタワーの周囲だ。
「どうも魔力反応が少なすぎるんですよね」
「何もないのが――怪しいのか」
「正解です! そんな気がするんです。おかしいと思いません? まるで亡霊。脈絡もなく事件は起きている。そして、それで終わったとは思えない」
動かない上層部。抹殺された名家。そして、昨日は武器がごっそりとなくなったという。
なのに、うわべだけのお祭り騒ぎ。余りにものんきすぎる。まるで誰かが工作でもしているようだった。そんなことできる存在をリルは一人しか知らなかった。
「まさかね」
犯人が一人とは思えない。複数の犯人。リルの推測では。別個の意思を持った幽霊がこの街を徘徊している。
「今回の一連の事件は余りにも姿が見えません。見えなさすぎるんです。まあ、そもそも私たちの管轄外なんですけどねー。昨日の夜、レインディアでの首都機能が停止したって知ってます? 対岸の火事には思えません」
リルは溜息をついた。アイゼンを見るが、その視線は空の彼方へ向けられている。こんな状態のアイゼンに言っても伝わってはいないのは、彼女は知っている。
「なんか最近恐いんです。世界がひっくり返ってしまうんじゃないかって不安に襲われるんです」
リルは手を広げて、空に向かって広げる。そして力なく宙を掴んだ。
「先輩は変わらないですよね?」
アイゼンは腕時計を見つめる。休憩時間は終了していた。
「そうだな――仕事に戻るぞ」
見下ろす二人の影は消えて、狩りへ向かう。
******
地下の簡易セーフルーム、正確にはリサ達が不法占拠しているもう使われていない駅のホーム。ここではお祭りの盛大な騒ぎは遮断されて、閑寂としている。
リサに命令されてメアが調達してきたものを、術式で表面を洗浄、修復。一見、新品に見える家具が無造作に転がっている。
一人一台、スーとメアはソファの上にふんぞり返っていた。
レイはホームの端の簡易ベットに寝かされて、リサの姿は見えない。彼女は奥の個室だ。リサが勝手に違法増築した小部屋で、寝ているようだ。元に戻すから問題ないと、リサが独り言を言うのをスーはこっそり聞いていた。
細長い駅のホームの中央に、大きな一つの照明が真ん中にぽつんと置かれている。それはまるでたき火のように、ソファの上に座るメアとスーを照らしていた。
「メア、一体機動蟲どうやって動かしてたんですか」
「……こうやってね、思考に直結して操作するの」
メアが袖をめくって、殺生石が埋め込まれた銀色の腕輪を見せつける。
彼女が拳を強く握ると、その殺生石が鈍いほのかな白色光を発す。意識をこの腕輪を介して、『蟲』のシステムと接続しているようだ。
「どっからもってきたんです?」
「軍の施設。調べ物に行ったついでよ」
「――やっぱり便利ですよね。その能力と身体」
ぶっきらぼうに話すメアを見て、スーは羨ましいとクスリと笑った。
「何よ?」
「なんでもないですよ」
「ふん」
メアはスーから顔を背け、頬を膨らませる。
彼女は自分がわからなくなっていた。
精神が肉体の影響を受けている感覚、驚異的な力を与えられてから自分の所在をどこか掴めていない、そんな脳内信号はここ数日、強くなっていくのだ。
もう一週間前の自分の記憶が思い出せない。
かつての自分の本当の名前も忘れた。自分がどんなことを考えていた人間かもわからない。ただ一つ言えるのは自分が自分でなくなっていることだった。
メアは憂鬱で、自然と吐く息が重くなってしまう。
「メアもだいぶ変わりましたね」
「――あんた達、私の身体に一体何したの?」
「肉体も変わったんだから、中身も変わります。当たり前です。力を習得ではなく、力を与えられたのですから」
人格を二つ、一つの身体に入れた。その身体もプレイヤーと魔物と人間の血が混ざっている。メンバーの中でも一番複雑な組成をしているのがメアだった。
「――お姉様も変わりました。たぶん貴方達の影響です。能力を他人に行使することで、精神にも少なからず変化するみたいですね。そして、お姉様の葛藤が強くなると、私たちの体にもおそらく反映されてしまいます」
スーは悲しそうに自分の胸に手を当てる。そして、もう一人の従者の寝る、ホームの端へ視線を投げかけた。
「そして、レイも何か抱えてますね」
「あの馬鹿犬」
「応急処置は終わってまだ眠ってますが――」
昨晩の逃走劇の後、フラフラになって、セーフハウスに辿り着いたリサ達。
メアからゴミのようにレイは吐き出され、リサはそれを何も言わず傷を治した。そして、そのまま死んだように眠ったままである。
新しい環境に生命は順応する。寡黙な彼自身にも、精神的な変化は起きているはずだった。彼の心境の変化、メアにとっては心底どうでもいい話である。
「そもそも能力とは形のあるものではありません。その力は変動的で、不安定です。だからこそその仕組みを理解しなければいけません」
「だから?」
「その結果もよくわからないことがあるのです。お姉さまはプレイヤーとして知識はありますが、経験値はほとんどありません。だからこそ私たちが支えなければいけないのです」
「ふーん、……あんた冷静ね」
第一支えるとは一言も言ってないんだけどと、頬に手を当てるメア。気怠げなメアの声とは裏腹に、スーの声は普段よりも大きかった。
「お姉様が傷心し、レイも負傷。私がしっかりしなければなりませんから! メアも有難うございます! あの時は本当に助かりました」
「……」
「そろそろお姉様を起こしましょうか。お昼も過ぎましたからね!」
スーはソファーから立ち上がり、リサの寝る部屋へ元気良く向かう。
「はぎゃあああー!!」
闇を切り裂くようなスーの悲鳴が轟いた。
地下の密室に反響し、スーは泣きそうな顔でメアの場所まで戻ってきたのだ。
先ほどまでの空元気が吹き飛んで、抱きつきそうな勢いで前のめりにメアに迫る。メアは反射的にのけぞってしまう。
「メ、メア-!! お、お姉様がいない-!! そんな私が見逃すなんて。能力使われた!? そんなあ、嘘!?」
「……」
「お姉様-! お姉様……お姉様-!!」
「……探しに行けば?」
「……!?」
「その手があったか?みたいな顔しない。ほら、行ってきなさい」
メアのセリフと共にスーは全速力で出口へ行き、取り残されたような静けさだけになる。
「ほんと……なにやってんだろ」
スーがいなくなって、メアの一つ溜息をつく。
『やさしい』
メアの頭の中で、もう一人の彼女の人格がぽつりと一言発した。
『うるさい。黙ってて』
『きのうもやさしかったよね?』
もう一人の彼女が言ったのは、昨日の脱出劇のことだろう。
『うるさい! 馬鹿じゃないの! 黙って、お願いだから黙ってよ。そんなわけないでしょ。自分でもわかんないのよ。自分のことなんてわかるわけないでしょう」
なんであんなことをしたのか。せっかくの切り札をあそこで使ってしまった。奉仕精神なんて吐き気がする。そのはずだった。ガキ共に無理矢理付き合わされて、メア自身まで丸くなったのか。
メアは懺悔するように、そのソファに横たわって目を閉じる。
リサは夕日に染まる祭を眺めていた。
数日前、リサが魔導列車でこの街に訪れたのもこの時間帯だった。あのときと比べると随分と寒気のする夕日に見えてしまう。昨夜の戦闘の後から、拭いきれない負の感情で鬱々とした気持ちになってしまうのだ。
リサはまとわりつく物騒な考えを払いのけたくて、外を放浪していた。
街の様子はやはりおかしかった。。明瞭な輪郭を持たないこの世界の住人達は、祭りを楽しんでいる――らしい。リサから見れば彼等は通りに並べられている人形と大差ない。仮面を着けて、噓の笑顔を浮かべてる。
ビルの屋上、真下に流れる人の流れを覗く。仮面、人形、人為的な魔導光の明かり。この世界は哀しすぎた。
「ちっちゃい」
リサはオレンジ色と一体化した帝都を見回す。屋上から見る人達は豆粒ほどの大きさ。手を広げて、彼らと見比べてみる。それは蟻ほどのサイズで、街を蠢いていた。
あの能面女はこの街できっと大きな花火を打ち上げる。
だから、大きな火種である街のコアの側に来たのだろう。
それ以外にも不審な影がちらついている。この街は今、とても危険な状態にある。
ゲームによって、街一つが地獄に変わる。そんな前例はありふれていて、この街もきっとそうなるはずだった。
大きな爆弾が今にも爆発しそうだった。帝都に住む人間の内、何人が生き残るだろう。
誰かがそれを防がなくてはならない。
しかし、自分の体はまだ不完全だ。健康体ではあったが、自分の気持ちにくっきりと痛みが残っている。かさぶたを無理矢理剥がされた気分だった。
それに防ぐ必要が、リサにはあるのかという疑問が湧いてしまう。
「……ないね」
吸っているタバコを消して、そのまま屋上から飛び降りて、人目につかないように注意を払って裏の路地に着地した。もうどうにでもなればいい。
そして、目的地もなくふらふらと思うがままに彷徨う。
大通りに出たが、どうしても『彼等』に見られている気がしてしまう。祭りを見物する人形達、祭りで踊る人形達、表情が見えない『彼等』とどうしてか目を合わせることができない。
そのまま逃げるように帝都の路地へ入っていく。ゴミ溜めから腐臭が漂う、それは自我の腐臭と同じくらいのくすぶり具合。コンクリートの壁は汚れきっていた。誰もいなくて、なんだかリサはホッとしてしまう。
遠くで勝手に盛り上がっている街が憎たらしく感じてしまうのだ。
この世界の住人はどちらかと私の友人じゃあない。
お世話になった師匠とも関係ない。隠された歴史の上に立って、のんきに過ごしている。これからその地面がひっくり返るというのに。
変なスイッチが入ってしまったのが自分でもわかる。よくない傾向だった。
漠然と歩みを進めていると肩に強い衝撃。バランスを崩してそのまま倒れてしまう。薄暗い路地の湿気の含んだ地面は、べっとりとした冷たさだった。
「おい、気をつけろ」
顔をあげるとガラの悪い大柄の男達。おそろいの仮面を着けた三人組だ。どうやら喧嘩を売られているらしい。彼らのにやけた仮面を引きはがしたくなってしまう。
「ああ? なんだよ? 文句あるのかよ」
「……」
「おい、聞いてんだろ。答えろよ」
襟首を掴まれて、壁に押しつけられる。リサはそのまま、この男の腕を切断してやろうか、だなんて思ってしまう。だって問題ないじゃないか。彼等も鬱屈とした鬱憤を晴らしたいだけ、リサも一緒だった。
「ちょっとどこ行ってたの!!」
「え?」
「ほら、行くよ!!」
綺麗な赤毛の女の子。こんな場所には不釣り合いな汚れのないドレス。自分よりも小さい背丈の彼女に引きづられるようにその場から連れ出されてしまった。
男の腕を、リサが切り飛ばそうとする直前である。
リサは面識のない彼女見て、一瞬何が起こったのか、状況がのみこめなくなってしまう。ようやく自分が彼女に助けられているのだと気付いた。
路地から出て、彼女はあっけにとられている男達が追ってこないのを確認して、ほっと息をついた。
「危ないですよ! 何してるんですか! あんなところを一人で歩くなんて!!」
問題ないからと言おうとするが、彼女の震えている膝を見て言葉を失ってしまった。表情も硬い。おそらくリサよりも確実に弱い彼女は、ない気力を絞り出して、あの場からリサを引っ張り出したのだ。
その子は恥ずかしそうに顔を一度俯いて、何か決意するようにリサの方を見た。この子は仮面を着けていない。その大きな温かい瞳と目が合った。
「名前教えてもらって良いですか?」
彼女は誰かと聞く前にカウンターパンチを喰らい、リサは無言になる。
「ああ、名前言いたくないのなら言わなくても良いんです! で、でも消えないで!! お願いだから消えないで下さい!!」
実際、そのまま師匠の能力で消えそうとしていたので、先手を打たれてしまいリサはどうしようもなくなって、固まってしまった。路地から早く出ましょうと言われ、リサは仕方なくその娘と祭りを見物することになった。成り行き任せにしたら、いつの間にか連れ回されていたのだ。
彼女の名前はアンナと言うらしい。この帝都に来た列車の車内にいたらしい。ただの一般人だ。リサは全く覚えていなかった。纏っている世界の断片も、周りをあるく人達と比べても特別多いと言うわけじゃない。
リサは興味があったのでそのまま帝都を案内して貰うことにした。リサがお願いしてわけではなく、何も言わないリサに対して彼女が精一杯話し続けた結果である。アンナは顔を赤らめて恥ずかしそうにリサの前を歩く。
ほとんど喋る気のないリサに対して、彼女は根気よく話し続ける。リサがついてきているのがわかると、その声の大きさはさらに喜びを帯びていった。
「列車で始めて見たときはまるで女神様かと思ったんです。そして、すぐに消えてしまって、まるで幻かと思いました。でも、本当にいたんです! それが私嬉しくて!」
「……そんなに立派じゃないよ」
「い、いえ、そんな――し、喋った!?」
「リサ」
「え?」
「リサでいいよ」
リサの自己紹介を聞くとアンナの表情は晴れ晴れとしたものになる。
夕日は沈み、街は完全に夜に飲まれる。明るくて賑やかな街のように思えてきて、リサも少しづつであるが、アンナという少女と会話する気も起きてきた。
「どうして? 私を助けようとしたの?」
「どうしてって。そう思ったからですよ? あの電車から降りてから私ずっとリサさんのこと探してて。それで今日やっと見つけることができたんです! なのに暗い表情してるし、危ないとこ入っていくし!」
「それはごめん……」
「だから、ええと……だからですね! よくよく考えてみるとですね。助けたかった――からなんですかね?」
「……ふふふ」
「へ、変ですか!? ご、ごめんなさい!」
「なんで謝るの? 全然おかしくなんかないよ」
そう、どこもおかしくなんかない。理由なんてそんなものなのだ。たった一言だけで終わってしまうのだ。
彼女と話しているとリサの理由ができた。リサは今すぐにでも動き出したくなってしまう。
数十分前まで小さいと思っていた存在に助けられたのは、リサは悔しいと素直に思ってしまう。
「……貴方好きな人はいる?」
「ええ!? いや、そんなっ。全然です。全くそういった話はもう全然で」
「私はこの世界は嫌い」
「リサさん?」
「でも、好きな人はいる。アンナもその中に入れてあげよう」
「ええ!?」
「ふふ、今日はもう帰りなさい。絶対外を出歩かないでね。絶対」
「……?」
アンナは小さく首を傾げたままだった、そのおでこを小さく小突くと、彼女は顔を真っ赤にして俯いてしまう
「有難う。お礼を言わなきゃ」
「私こそ――」
「じゃあね」
もういてもたってもいられなかった。
光学迷彩術式を起動して、走り高跳びの要領でビルの屋上へ飛び乗った。
給水塔の上に立ち、目的の人物を探し出そうとする。彼の能力の原理は分かっている。一度見つけ出したことがある。それなら、容易に見つけ出せるはずだ。
「お姉様-!! みつけた-!!」
後から聞き覚えのある声。スーだ。本当に彼女は最高のサポート役だった。
「スー! ナイスタイミング! よく来た! 一端戻ってレイとメアを連れてきて。私はヴァンさんのところへ向かう。あの人にはちょっと聞きたいことがあるの」
「ええ? お姉様、体の方は大丈夫なんですか?」
「見ればわかるでしょ。スー、返事は?」
「は、はい!」
ヴァンのいる場所は検討がつく。そもそもあの場所に導いたのが彼である。聞きたいことが山ほどわいてきて、無理やりにでも聞いてやろうとリサは決心した。
「師匠の孫だからって容赦しないからね……」
スーは隣にいて、その頭はちょうど撫でやすい位置にある。おもむろに手を伸ばして、スーの頭を撫でまくると、その小さな体は一瞬強ばる。しかし、撫でる度にスーは嬉しそうにへなへなと柔らかくなっていく。骨のない軟体動物になってしまわないか心配だ。
「お姉様!」
「ん、スーどうしたの?」
「お姉様は昔も今も未来永劫、最高です」
「そう? ありがとう」
自分でもわかる。どうしようもなかった精神が十分回復した。その原理は不明だが、気力がみなぎっていく。
スーの能力を発動して、そのままヴァンを探し出す。自分を取り戻した今なら、何でもできる気がした。
夕日は終わり、世界に闇がやってきた。それに抵抗するようにぽつりぽつりと街の光が溢れていく。
――はずだった。
都市の光は消えて、都は闇に包まれた。あの女が動き出したのだ。
都市機能が完全停止。祭りを楽しむ歓声が不安の悲鳴に切り替わる。
「時間が無いね、スー、急いで動こうか」
そして、街のど真ん中に突き立った、セントラルタワーの先端に蝋燭のように赤い光が灯る。その赤は哀しみに見たらされて、夕日の代わりに街を塗り替えていった。