GENE4-8.スマイリースマイリー
「おまえは何を願っている?」
さっきまで数十メートル先で堂々と歩いていたのに、まばたきをした瞬間にリサのすぐ目の前に彼女はいた。
能面女は右手を伸ばし、リサの頭を鷲掴みにしようとしている。
「なっ――」
スーの叫びで意識を取り戻し、一気に後方へ距離をとる。スー達も散らばって、その場から離れた。
数ステップで意識を戦闘態勢に切り替える。刹那の間に、フィールドに目を走らせた。
まるで劇場のようなドーム空間。出入り口は一つだけ。他に退路はない。
出入り口から伸びる急傾斜の階段を降りると、扇状に空間は広がっていく。広さは野球場ほどある。無機質なコンクリートの外壁に囲われ、天井の高さはおよそ三十メートル。
中心には帝都の動力源、そこから血管のように巨大なパイプとケーブルが放射状に伸びている。それ以外の障害物はなく、のっぺりとした広い場所だ。
いかなる状況でも冷静に、師匠に死にかけるほど不意打ちをされた成果が出た。
しかし、状況は悪い。非常に悪い。本当に笑えない。
「――ま」
うかつだった。
忘れていた。
そう、この世界はいつ戦場になってもおかしくない。
(まずいまずいまずい!)
先制攻撃をされた。これは最も避けるべき事態である。能力戦において、未知の敵に主導権を握られた。これは死に直結する。
恐ろしかったのは彼女の存在に気付かなかったことだ。
危機感を感じなかった。
警戒心も生じなかった。
何故、自分が気を抜いていたのかがわからない。彼女の意図は不明であり、能力の全容も不明である。
管理人の分身は二つの強力な武器を持っている。一つ目は取り付いた対象の能力、二つ目は管理人の分身であること。その思考回路は常に学習し、最適な行動をおこなう。
そして、能力は一つだけ。それを早く見極めなければならない。
「……」
一気に二十メートルの距離を取って、相手を探るように無言で視線を向けた。
因縁とも言える相手。リサをこの世界に連れてきた張本人だ。言いたい文句は星の数ほどある。しかし、そんなにのんびりできなさそうだ。
彼女からはおどろおどろしい世界の断片が漏れ出していた。
腐った奴の生命力が足下に絡みつく。
「思ったよりも無口じゃあないか。そんなに驚かないでおくれ」
うるさい、勝手に喋ってろと、リサは毒づいて、状況分析を迅速に行う。
敵の能力は未知数。
このような場合どうすれば良いか。
能力の性質がわからない以上うかつに攻撃できない。そんなことを言っていたら師匠に殴られるだろう。
正解は条件によって変わる。
リサの焦燥とは裏腹に、能面女はゆったりとした振る舞いをやめない。
時間稼ぎが見え見えだ。ならばやることは決まっていた。
「先手必勝!」
ついに、リサと目標の初めての戦闘が開始した。
師匠の能力、蝴蝶之夢を発動。リサを補助するように、純白の外套が黄金色に彩られていく。
その場か消えるように情報のカーテンで自分の姿を隠す。そして、大量の自分の残像を映し出していく。
手加減なんてしていられない。最初から全力だった。
「ほう?」
多数の虚像を見て、能面女は物珍しそうに声を上げた。
たった数秒の余裕ができれば高威力の術式を発動できる。言いたいことは全て破壊力に変える。自身の生命力である世界の断片を高密度に練っていく。
この世界に勝手に連れてこられて、散々苦しんできたリサは、持ち合わせている怒りを全部掻き集めていく。このまま欠片も残さず炭になればいい。
「メア、レイ、退避!!」
リサの攻撃を察知して、スーは他のメンバーを避難させり。リサの周りの空間が歪むほどの力場が形成される。
そして、リサは懐から指輪を取り出した。文字術式が刻み込まれたそれを装着、そこに収束した世界の断片を注ぎ込む。
「消し飛べ!!」
術式を起動。指輪がまばゆい光を発し、師匠直伝の渾身の雷がその会場を埋め尽くす。
始めに閃光。
そして、衝撃。
一瞬遅れて轟音。
空間は粉塵が舞い、配管から白煙が吹き出した。
巨大なフィールドは真っ白に塗りつぶされて、何も見えなくなる。
大きく跳躍を繰返し、出入り口に繋がる階段の前に着地して、一応退路を確保する。
直撃を何とか避けたスー達もリサの側に戻ってきた。
「こ……殺す気なの!? 馬鹿なの!?」
「お姉様の憎しみがこれでもかと込められてましたね。全員無事です。特にメアが元気ですね」
「わかった」と彼等の状態を確認する。
スーも特に変わった様子はない。奴の能力の影響は受けてなさそうだ。リサの体長も悪くない。単純な戦闘緑なら、リサ達に勝ち目は十分ある。
「本当に……本当にビックリするじゃない! 何よ、あれでどうせ――」とメアは喚いていたが、
白いモヤがゆっくりと薄れていくと、
「嘘でしょ」とメアの口から言葉がこぼれた。
まず、現れたのは頑丈な金属で覆われた帝都の心臓。陰鬱な機械音が鳴っている。雷撃で破壊した部分は自動で修復され、噴出していた白煙が収まり正常に起動し始める。
そして、ボンヤリとシルエットが浮かび、ケタケタと笑い声が聞える。白い煙の中に、一人ぽつんと彼女は立っていた。
さらに、大きな影が六つ。引き連れていた数メートルの怪物達は十人ほどいた。あの雷撃を喰らって倒せたのは四人だけ。幸いにも、仮面を着けていた兵士達は全て片付けられたようだ。
「やっぱり一筋縄じゃいかないか」
その姿はまるでゾンビのようだった。
身体は崩れてはいない。腐臭こそしないが、ぼろぼろの身体で彼女達は立っていた。
全くダメージを受けていないわけではなく、その振る舞いはぎこちない。痛みを無視して、無理矢理身体を動かしているようだ。後数発のダメージを与えれば倒せる。
「神は賽子を振らない、偶然なんて信じない。そう全てのものを支配する真理がある。因果関係だ」
能面女は歌うかのように語っていく。腹が立つことに、まだ喋れるようだった。
その姿は歯車の欠けたロボットだ。その話を聞けば聞くほど、リサは叩きのめしたくなってしまう。
「全てのものには原因と結果がある。あるのは力を持つものと持たざるものだ」
リサ達は全員無傷、数は四人。
敵は能面女一人と帝国に改造された化物みたいな獣人六人。全員分厚い世界の断片を纏っている。だがリサ達の方が世界の断片の量は圧倒的だった。
しかし、彼等は逃げなかった。
仮面の女が腕を振り上げると、怪物達が動き出す。
リサ達目がけて、六つの巨体が走り出す。能面女はその場に立ち止まったまま。その様子を観戦するようにフラフラと立っている。先ほどのダメージはゼロではないようで、身体の動きは滑らかさは消えていた。
「お姉様、指示を――」
「ここで倒すよ」
だめ押しの電撃。さっきと同じ火力の雷を落とした。
師匠と遊んだ中庭のように数多の雷撃が彼等に降り注ぐ。
六人の怪物はリサの追撃によってさらに数が減る。悲鳴を上げず二人倒れ、残り四人。
落雷の中を恐れることなく駆け抜けて、彼等はリサ達に向かってくる。正気の沙汰じゃない。当たれば死んでしまう雷撃の嵐の中を突き抜ける彼等は、泣きもしなければ笑いもしない。
リサ達も彼等との距離を詰め、怪物達の混戦状態に入った。
「雑魚はどいて下さい」
スーはコンバットナイフをメアから受け取って、戦闘を走る改造獣人に跳び蹴りを叩き込む。
それを足台にもう一人に飛びかかり、切りつける。脚の筋を切断して、その場にダウンさせた。
メアは一人の頭にまとわりついて、口と鼻をスライムの身体で覆って窒息させようとしている。
しかし、その改造獣人は足を止めなかった。
メアが顔に纏わり付いたままの獣人を含め、計二人の怪物がリサに飛びかかる。
だが、届かなかった。レイだ。
「この犬野郎-!!」
リサを襲おうとした二人は、背後から伸びる黒い触手に絡み取られて、そのまま投げ飛ばされる。取り付いていたメアも一緒に。
「うん、みんな、ありがと」
危なかった。――そう、一人なら本当に。
もう既に動揺は消えた。リサはいつもの冷静さを取り戻した。
彼女の能力は断定はできないが、予想では感覚や精神を犯すものだろう。彼女の姿を見るだけで、視界が侵犯されていくのがわかる。
この能面がやばい。どういう手順を使ったか分からない。通常では考えられないほどの禍々しい力を発していた。
開始直後に不意をついて触ろうとしたことから、接触するとその汚染進度は増すのだろう。
なら触れなければいい。
スー達を巻き込まないように、リサは能面女をぶちのめそうと、走り出した。
「なんだ。会話する気はないのか。なら勝手に喋ろう。世界は単純だ。プログラムが新たな結果を生む」
まるで処理オチしたように能面女の姿が固まる。虚像だ。リサの認識に干渉している。もう彼女はそこにはいない。
予測される位置を導き出して、そこに高密度の世界の断片の刃を飛ばす。
無変換の生命力は単純であり、強力な武器となった。
「アハハハハ!!」
手の先から切り離すように放出された刃は放たれて、連撃が彼女を切り刻んでいく、推測は当たりだ。彼女は痛い痛いと笑っていた。小さな血しぶきが上がる。リサの頬に飛び散った血が付着した。
血は苦手だ。リサはそれを見て何も思わないわけじゃない。
「……」
リサは自分の感情をゼロにする。
この身体は対象を破壊するためだけの機械だ。そう自らに言い聞かせた。
「あはあっ!」
「ちっ」
体中切り刻まれて、腕から血が流れ出しながらも能面女の動きは止まらない。
彼女の姿を再捕捉できた。しかし、その身体能力は想像以上に高い。
振り下ろされる右腕を避けて、後方へ宙返り。滞空した状態で物理的な手術式を起動する。
指を突き上げると共に、彼女は十メートルほど吹き飛んで、コンクリートの床にたたき付けられた。
「……だが、持たざるモノは分からない。疑問はすぐに消えて、残るのは与えられた結果だけになる。自分の本質さえ忘れてね」
緊迫感のない彼女の声が垂れ流される。身体を痛め付けられてもその口調は途切れない。一秒でも早くその口を閉じたかった。
彼女が話す度に、頭の中に黒い何かが流れ込んでくるのを感じてしまう。一刻も早く仕留めなければならない。鋭敏になった野生の勘がそう知らせてくる。
「それが今の世界だ」
むくりと起き上がって、その能面がニヤリと笑った気がした。
あの表情は決して動くことはない。ただの錯覚だ。自分の焦りを抑えつける。
「ふざけないでっ」
リサは能力を発動させた。
レイの能力、暗闇の中の平衡者。外套が濃紺色の光を明滅させ、頭に一瞬犬耳が生える。
その原理は、身体の存在の希釈だ。
レイとの戦闘練習を見て、自分でも何回か使ってようやく掴めた。夢と現実の境に立つこの能力。自身の存在を薄くして、形態変化や高速移動を可能にする。
「はあっ!!」
彼女の背後に一瞬で移動した。
そして、後から世界の断片の無数の刃で切り刻む。
その衝撃で彼女はまた吹き飛ばされていく。
詰め将棋のように頭の中でいくつもの選択肢を思い浮かべ、組み合わせを消していく。
最後の一手までの過程を何度も何度もイメージしていく。
いくらゾンビの如く立ち上がっても、いくら余裕ぶって喋っても、あの女の肉体は限界だった。次の一発で終わる。
攻撃を積み重ねて、ここまで追い込んだ。
――勝てる。倒せる。そう確信した。
絶対に気を抜いてはならない。
「終われ!! お願いだからっ!!」
渾身の生命力を全て、雷撃に変える。
さらに強く、もっと濃く。自分の命を力に変換する。超高密度の世界の断片を指輪に注入する。
それまでの雷撃以上の威力。リサができる中でも最大火力の攻撃。
斬撃を喰らって、宙を飛ぶ彼女に向かって雷を振り下ろした。
「っ!?」
視界の隅に見覚えのある黒い影が走る。理解する前に術式が炸裂する。リサの高出力に耐えきれず、師匠から貰った指輪が割れた。
閃光、轟音、そして衝撃。
まばゆい電光でで何も見えなくなった。
「な、なんで……」
部屋の光量に慣れ、視界が落ち着いていく。
リサの雷が直撃したのは奴ではない。その場所に黒焦げになって倒れているのはレイだった。
「なんで助けたの!?」
レイは高速移動して、あの雷撃が降り注ごうとする中に飛び込んでいった。まるで能面女を庇うように。
なぜ。どうして。
生まれた動揺と共に、リサの頭にそえられたのは、
「お前はとても――」
「しまっ――」
それは触れてはいけない手。能面女の血みどろの黒い掌だった。
「旨そうだ」
能面女は嬉しそうににっこり笑ったように見えた。レイを攻撃して生じた動揺につけ込まれ、リサは彼女の一撃を喰らってしまった。肉体的な破壊ではなく、精神の汚染。
視覚が断絶して、触覚がオフになる。
感覚が犯されていく。自分の肉体と精神のつながりが断たれていく。
まるで身体が皮膚一枚残して空洞になり、そこに溶けた鉛を注ぎ込まれるようだった。
世界が暗闇にみたされていく。満ち満ちていく。
残ったのは黒。感じるのはどす黒い液体と私の抜け殻だけだった。
身体が汚染されていくのがわかる。外へ向かって放出していた自身の生命力である世界の断片が、まるでベクトルが反転されたように裏返る。体中に針が刺さったような激痛が走った。
「くっは――」
こんなの痛みのうちに入らない。
視界が奪われて、真っ黒な闇に塗りつぶされる。音がテレビの砂嵐のような雑音に変わっていく。
黒より黒い真っ暗闇。あるのは自分の存在と痛みだけ。
だが痛みなら耐えられる。どんな肉体的な痛みでも意識は途切れることはない。そのための修行だった。
体中が煮えたぎるように熱い。問題はない。
能面女に頭を犯されている。わかってる。
問題ない。対処法は知っている。
自身の力が浸食されているのだ。こういうときは――。
「久しぶり! リサ!」
「――え」
「ドウシテ私ヲ連レテ行ッテクレナカッタノ?」
救えなかった彼女の声が聞えた。
それを先頭に聞かないふりをしていた、怪物達の声が聞えてくる。
防ぎきれない怒濤の意志がそそぎこまれる。
「助ケテ。タスケテ。ドウシテ。ドウシテ」
「イキテイタイ……イタイ……イタイ!!」
実験動物たちの強烈な嘆き。
頭が割れるほど悲しくなってしまう。耐えきれない。
心的外傷が切り開かれていく。今まで考えたくなかったことが突如蘇り、フラッシュバックしていく。
『お前の奥底には膿が溜まっている。それを抜くんだ』
「やめて……」
『針で刺すように、それは噴き出すんだ!』
彼女のしわがれた男の声が、脳内に組み込まれたスピーカーから大音量で流される。
「やめて。叫ばないで……」
『どうした俺は叫んでない』
「お願いだから……」
『お前は救うことができない』
その一言はリサの脳幹を撃ち抜く弾丸のようだった。身体が痺れて動かなくなる。
これなら痛みの方がましだ。見たくもないものを見せつけられて、溺れるように闇に飲まれていく。
まるで怨嗟の吹雪の中にいるみたいに、全身が凍えるほど熱い。
指先の感覚がなくなって、気力が削り取られていく。
『ドウシテ私ヲ助ケテクレナカッタノ? ドウシテ私ニ手ヲ伸バシテクレナカッタノ? ドウシテ誰モ私ヲ愛シテクレナカッタノ?』
始めて聞く声。小さな女の子の絶叫が聞えた。分身の依り代の娘のものなのか。
そして、強烈な濁った思い出、感情が土石流のようにリサを襲う。
耳を削がれて、
尾を切られ、
肌を切り刻まれて、
終には光を失って、
差し伸べられた手によって、絶望の沼に沈んでしまった。知らない女の子の記憶の追体験が、リサの内臓をかき乱す。
「っか……は……」
それを最後に視界が戻った。
「あ……ああ……」
全身から力が抜けて、その場に崩れ落ちる。
俯せに倒れる。ぼやけた視界からは、覗き込むように能面女が見える。彼女は顔を近づけて、汚らしい男の声でリサの耳元に向かって囁きだした。
「笑い方を教えてやろう。こうやるんだ」
自分の腕にしたたる血を指先で拭って、口紅を塗るように能面の口角に塗っていく。能面の口はまるで裂けたように深紅の血で紅くなる。
直視できない。だが反らすことなどできなかった。もう身体は動かすことなんてできなかった。呼吸すらままならない。
息が止まる。
口をパクパクと動かすこともできない。リサはまるで糸の切れた人形だった。
「仕上げた。これで完成だ」
この手にもう一度触れればもう自我を保てなくなってしまう。呼吸を求めても自分の身体は言うことを聞いてくれない。後一押しで自分が消える。能面女はリサに向かって手を近づけていく。
流れ落ちていく自分の欠片を繋ぎ止めたい。
なのに、何もできなかった。
「――っ」
リサの口から音にならない叫び声が漏れる。
自分の形がなくなっていく。
自分が自分でなくなっていく。
自分が無機的な存在に変わっていく。
「――どきなさい!」
スーの声だ。
爆発術式の札が貼られたナイフ。それが飛んできて、能面女に刺さり、爆発を起こす。
強烈な爆風でリサも吹き飛ばされてしまう。
誰かに受けとめられた。スーだ。
熱風と高圧力で自我の崩壊が止まる。
液体になって溶けていくみたいに自分を失いそうだった。存在の融解が止まり、自らの意識を取り戻していく。しかし、自分の皮膚がスポンジになったようで動けない。
「力を抑えて! 息をして下さい! そうです……ゆっくり、深呼吸して……。お姉様、荒療治でごめんなさい」
「げほっ、もう……くそっ!」
やっと呼吸できるようになる。
口から酸っぱい液体が吐き出される。自らの力を抑えて、頭に注がれた灼熱の液体をようやく取り出すきっかけを得た。
だが、まだ立つことはできない。その場にぺたりとしゃがみ込んでしまい、震える手をスーに握られる。
「スー、にげて……」
「何言ってるんですか!!?」
能面女は人形のように起き上がり、こっちに迫ってくる。
勝てない。こんなのに勝てるわけがない。スーだけでも逃がさなければならない。
そう思っていた瞬間だった。
数メートルの軽自動車ほどの大きさの塊。それが能面女を容赦なくはじき飛ばした。
彼女は弧を描いて宙を舞い、きりもみ回転して落ちていく。
「何やってんの! ほんと使えないわね!」
メアの罵声と共に現れたのは、六脚の小型機動蟲。鋼鉄の脚の先端にはタイヤが取り付けられ、自動車のように走行できるようになっていた。報告では聞いたことがないタイプの機体だ。
その背にメアは乗っていた。その頑丈そうな白銀の装甲には傷一つついていない。
「ど、どうしたんですかそれ?」と戸惑うスーに、
「いいから逃げる!」とメアは一括した。
そのままスーに担がれて、リサはその機体の背部に乗せられる。
視界の隅で手脚がおかしな方向に曲がった能面女が立ち上がる。その姿は余りにも痛々しく、リサはもう見たくなかった。
「まだ立ち上がんの!?」
「メ、メア! レイは!?」
「あの馬鹿犬は、もう回収したっての!」
そのまま機動蟲は急発進して出入り口に向かう。
機体は加速して、重力が増していく。メアは掌から何か小さな物体を振りまいて、カランカランと大量の金属音が鳴り響く。
体感していた重力が軽くなる。機動蟲はバッタのにようにジャンプして階段を飛越えた。
そして、出入り口に着地。速度を落とさずに廊下に躍り出て、脇目も振らず退却していく。
「死ね!」
メアが一言。彼女がばらまいたのは、大量の爆発物だったらしい。
叫び声と共に小さな爆発が連続し、最後に建物が震えるほどの爆音。
リサが出てきたドアからは爆風が吹き出し、追い風となって通路を走行するリサ達の肌に熱風が触れる。
研究所内の通路は機動蟲がギリギリ通れるほどの大きさだった。置いてある機材や台車を豪快になぎ倒しながら突き進む。何回か曲がりようやくエレベーターが見えた。
「ちびっ子!」
「ちゃんとした名前があるんです! メア!」
スーがナイフを投げ、ボタンに刺さり、ドアが開く。
メアは魔法の胃袋を発動し、掌から機動蟲を呑み込んでいく。その機体は吸い込まれるように取り込まれ、全員空中に投げ出された。
その速度のままエレベーターに雪崩れ込む。
「ほんと、私。何してんだろ」とメアがぼそりと呟いて、
ゆっくりとエレベーターの扉が閉じて、そのままリサ達は第六研究所を脱出した。