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GENE4-7.歪んだ世界で彼女は遊ぶ

 今日もまた騒々しい夜である。


 帝都の外れ、空港の官制ビルの屋上。

 メアの報告を受けて、また世界の知らない技術に舌を巻いてしまう。深夜に面白い物が来るということなので、例の研究所に向かう前に見学しにきたのだ。 


 煙草の煙がぷかぷかと浮いて、夜空に吸い込まれていく。その過程を眺めていると、上空を浮遊する鉄塊に視線が止まる。


「でかっ」


 機体には衝突防止用のナビゲーションライト。暗闇でそのシルエットはぼやけているが、視界に広がる点滅する赤や緑のライトを見るだけで、巨大な物体であることがわかる。


「浮遊する戦艦ねえ」


 技術革新に伴って、大型の物体の浮遊が可能になった。その結果、大量の物質輸送が可能となり、海運から空運へ物流が大きく変化した。それ以上に影響を受けたのが国の安全保障である。魔導科学が発達して二百年、それに伴って国家の防衛の形も変わった。


「うん、たぶん堕とせる。すぐには……無理かなあ……」


 通称移動要塞、バゼル級戦艦、全長六百メートル。

 こうも目の当たりにすると驚いてしまう。魔導科学は想像した以上に発達していた。


「今着港したのが、帝国軍が所有する最大飛行戦艦。スペックはさっき説明した通りよ」

「……っふ」

「何笑ってんのよ」

「ごめんごめん」


 メアが戦闘練習の後に、嫌に従順になってリサはおかしく思ってしまう。


「いやー、やることいっぱいだね」


 こうして、この世界を見渡しているとリサ達の見過ごせない弱点が見えてくる。圧倒的に物量が足りないのだ。お金が足りない。資源が足りない。根無し草の集団だった。


「私たち、住所不定無職だもんあ」


 リサはタバコを吸いながら、自分たちの身を案じてしまう。ホームレス集団と言っても過言ではない。


「のんきですね」

「そんなことないよ、スー。不安だからこうしてタバコ吸ってるの」

「美味しいんですか?」

「全然。あ、スー達は吸っちゃ駄目だよ」

「あ、あの浮いている船、草原にも落ちてた奴ですね」

「もっと小さかったけどね。ねえ、メア。それと主力兵器としてあげられるのが機動蟲だっけ?」


「そうよ。あれ」とメアは小さな指で指し示した。


 空港にゆっくりと着陸した戦艦の船首からランプウェイが降りて、六本脚の機動蟲が何台もずらずらと出てきた。鋼鉄の脚を動かす姿は、体長数メートルのカブトムシに見える。背中には主装備である百四十ミリ対魔無反動砲を二門背負っている。


 銃やロケットランチャーなど元の世界の馴染みの武器もある。草原には朽ちていた戦車もある。

 しかし、この世界には知らないものもある。先ほどの浮遊戦艦、そして、この『機動蟲』がそうだった。これまでの車型の戦車もあるが、現在、主流なのはこのタイプだそうだ。


 正式名称は多脚式装甲戦闘車両。四脚、六脚、八脚とそれぞれのタイプによって、脚の本数が分かれているらしい。


「うわー、気持ち悪い」


 駆動するためのエネルギーは殺生石。人の血をエネルギーに動き、生命を糧にプログラムされている。資源も限られているために、そこまで数があるわけではないらしい。


「あれが六脚の中型。一番機動力があるタイプ。市街地戦用にカスタマイズされてるの。本当に何も知らないのね」

「まあね。別の世界から来たって言ったでしょ」

「ふん、信じないけど。帝国軍の装備はそんなところ。これでいい?」


 リサの目的や事情については、道中話しはしていたが、半分も信じて貰えなかった。噓をついているわけではないのに、わかって貰えないのはどこか空しい。


「うん、ご苦労様」


 しかし、本当にメアはよく喋る。その内容は八割愚痴だった。残りの二割は食べ物に関することで、二重人格である彼女をよく表している。


「なんか、メアが私の命令を素直に実行するなんて、意外……」

「拒否したらどうせ無理矢理やらせるんでしょ?」

「うん。よくご存じで――ほら、そろそろ行くよ。みんな着いてきて。はぐれないでよね」


 煙草の吸い殻を弾いて、空中で燃やして塵に変える。燃え尽きる前にその場から動き出した。


 交通機関を利用するよりも自分たちで走った方が早い。

 建物や道路に関係なく、可能な限り直線で移動する。郊外から市街地へ、障害物が増えていくが問題はなかった。


 街灯。建物の外壁の非常階段。道路の標識。ビルの給水塔の上。都市には足場となるものが溢れ、それを使って立体的に街を駆け巡る。街の中心に向かうにつれて、眼下を流れる光の量は多くなっていく。


 夜風には秋の終わりだと言うのに、熱気が混ざってくる。深夜なのに夜の賑わいはまだ収まらない。人通りも多くなってきたので、光学迷彩の術式を起動した。


 その高層ビルは軒並み高くなっていく、摩天楼の中を縦横無尽に、全員器用にリサに着いてきていた。

 第六研究所は帝都リオンの中心に建つセントラルタワーの下にある。この移動方法ならそこまで十五分も掛らなかった。


「……」


 レイは情報収集から帰ってきてから、表情が固い。

 研究所の報告を聞いて、彼を行かせた判断が不味かったのではと後悔してしまう。彼は研究報告書と赤い血が付いた研究日誌を持ってきた。そして、読んでくれと言っただけだった。


 そこには、帝都の実験施設でどのような実験が行われていたのかが綴られていた。

 『これは新たな時代の幕開け』と、研究日誌の冒頭には濃い筆圧で、しっかりと刻まれている。 

 彼も受けてきたであろう凄惨な実験の過程が書かれていた。それを見て、リサはレイに対して何も言えなくなってしまう。


 悩み事をかき消すと、セントラルタワーが視界に入る。帝都の中でも最大の超高層ビル。まるで空を突き破るように建っている。


 誰もいない路地に着地して、光学迷彩術式を解除する。排水溝から立ち上る下水の香り。生臭い街の匂いが鼻についた。そして、発動するのは師匠の能力だった。


「じゃあ、侵入しますか。言っておくけど、殴り込みじゃないからね」


 背後にいる三人にそう伝えるが、スーが頷いただけだった。



 警備員の目を盗みながらセントラルタワーの中に入る。エレベーターのボタンを押して、地下三十階へ。そこが第六研究所だった。

 無機質な白い箱に全員が収まって、ドアが完全に閉まって、下降し始める。誰にも気付かれていない。

 師匠の能力、胡蝶之夢ドリームズカムトルゥーがあれば全て騙せる。こういった政府の重要施設には魔力(リサ達は世界の断片(コード)と呼んでいる)の変化を察知するセンサーがあることはわかっていた。それさえも隠蔽できる。師匠の能力は本当に狡い。


「お姉様。素朴な疑問なのですが……」

「どうしたの。スー?」

「なぜあの方はこの場所に私たちを導いたのでしょうか」

「さあ、わかんない」


 リサはすぐ手を伸ばして、スーの頭を撫でる。スーは嬉しそうに目を細めた。


「でも、予想はできるよ。帝都リオンの中心がここにあるのはなぜか。それはここが帝都の核となる場所だから。まあ、見た方が早いってことだと思うよ。たぶんヴァンさんが伝えたいのは――」


 エレべーターのドアが開く。広がっていたのは真っ白な廊下で人の気配はなく、病院のようなアルコール臭が漂っていた。壁面にある建物の地図を見て、最も大きい部屋を目指す。


「――この世界がどう廻っているかということだと思うの。これから私がどうしたいのかも話したいから、四人で来たんだけどね」


 メアもレイも口を閉じて、研究所内部の様子をまじまじと見つめていた。ゴミ一つ落ちていない真っ白な通路で、匂いも何もなかった。


「お姉様はどう考えているのですか?」

「うん。この四百年、世界は平和だったわけじゃない。もちろん『ゲーム』が影で行われていたとは思う。四百年以前と以後、大きく変化したのは戦争の数と規模。師匠が世界を支配していた頃と比べて、犠牲者の数も被害の大きさは何倍にも大きくなった」


 それだけではなかった。大量の死人が生じる事件も増えていた。大きな街や村が頻繁に消える。それはゲームのせいかもしれないが、二百年という区切りの期間だけでなく、四百年の間、世界地図の上で一定数の死人が出ていた。まるで計画されているように。


「一連の流れを見ていると余りにも偶然が多すぎて、事実で無かったらと思えてくる」


 鈍い機械音が大きくなってくる。この街のコアまであと少しなのだろう。


「例えばイースタルとゴルド帝国の戦争。今はイースタルは自治区として帝国の一部になっているけどね。その戦火の始まりは四百年前になる」


 四百年前、イースタルはロワナシア大陸の半分を占める大国だった。それが数十年で半分の領土が占領される。その戦いは第一次ロワナシア極東戦争と呼ばれている。


「イースタルに向けて、帝国は侵攻を続けては停戦。暗殺事件が起きて侵攻開始の繰返し。そして、第四次ロワナシア極東戦争をもってようやく終結。その後も残った残党狩りは続いている。しっかり争いの火種は残しているんだよね。ずさんな戦後処理の結果なんだけど……」


 レイの唇がぴくりと動く。彼もその狩られた残党の一人だった。


「そうやって争いは長引かされているの。帝国とイースタルだけじゃない。この世界の全ての場所で計画的にね。全て仕組まれてきた。そして、今も。傭兵(レーベ)というシステムだってそう。八大国(ツェーン)機関が管理し、その兵士の流れを操作している」


 この世界は争いを絶え間なく繰返しさせている。それも故意に。

 その理由はきっと世界を運営するシステムの為なのだろう。


「世界で不自然な命の流れが生じているの。まるで定期的にまとまった死者を生産するようにね。そして、市場に供給されている魔核(コア)は機関が管理している。その数は魔物の処理数と比べると余りにも多すぎる。きっと生活水準を維持してるのは人由来の魔核(コア)なの。でもそれよりもっと前からこの世界は可笑しいの。師匠達が消えてからもう一つの技術革新が起きた」


 『関係者以外立ち入り禁止』と書かれているドアは施錠されていた。大事な秘密を隠すように厳重に閉ざされている


四番目(フォース)はこの世界の歴史を消しただけじゃない」


 無理矢理こじ開けて、中に入るとドーム状の空間が広がっていた。階段が真っ直ぐ伸びて、下にある魔導炉まで続いている。

 魔導炉から発せられる緑色光がリサ達を照らす。悲しい叫び声みたいだった。


 階段を降りていくと、見たくもない現実がハッキリと形になっていく。

 直径五メートルほどの半球型の炉には、大量のケーブルが繋がっていた。周囲には都市にエネルギーを分配するための装置。


 帝都リオンを動かすための動力源。それはその培養水槽の中。

 そこには彼女がいた。


四番目(フォース)は、その構造を変えたんだと思う」


 ライトグリーンの培養液、その中に一人の人間が水槽に浮いている。無数の配管と機械がその水槽に繋がっていた。


 浮いている彼女は安らかに眠っているように見える。天井を見上げて、安らかに横になっていた。


 彼女はまだ生きているように。

 肌には血が通っているみたいだった。

 でも、それはもう生きていなかった。


 師匠は肉体を失っていたが、魂となるものは残っていた。だから、リサは師匠に身体を与えられた。

 しかし、彼女には肉体はあるが、魂となるものはない。その生命力の輝きに色がないからわかるのだ。もう彼女が動くことはない。


 屍体。疑いようもない一人の女性の屍体。 


「生きてるんですか?」

「ううん、死んでる。もう生命は残ってないよ。肉体だけしかない。ただの動力源」


 吐きそうになる。その顔は知っていた。師匠の記憶で見たことがある。けれど、今は都市を動かす電池と化した肉塊。


「お姉様、大丈夫ですか」

「うん。師匠の娘さんだよ……。この街は一人の人間の上に成り立っている。この街だけじゃない。おそらく世界にある八つの国はね。こうやって、その前の時代のプレイヤーの血筋を糧に動いている」


 胸くそわるい話だった。師匠が閉じ込められた後の惨劇。この世界においては、管理者権限を与えられたプレイヤーの血筋は、莫大なエネルギーの器としての価値がある。屍体はエネルギーかされ、ここに蓄積されるのだろう。


 おそらく四番目(フォース)は、それまでのプレイヤーの子孫達を狩って、世界の人柱にした。


「本当に趣味が悪い。なんだか壊したくなってきたね」


 それを見ると拳を固く握りしめてしまう。彼女を見つめて、スーを見つめて、彼女をもう一度見つめる。


「私はね……本当はスー達が――」


 あの屋敷を出たときから自分の願いは変わっていない。むしろ、その願いは強まっていく。この世界はどこか嫌いだった。だから変えたかった。

 自分の信念を言葉にしようとすると、


「同じことを考えてるじゃないか! 君の「壊す」と俺の破壊願望は違う気がするが……」


 ドアが開いて、しわがれた声が響く。

 リサの知らない声だった。

 能面の彼女はスキップするように階段降りていく。


「だれっ!?」

「おっと落ち着け。俺はゆっくり話したいんだ。みんなちゃんと喋らしてくれない。俺は何もしていないのに。君の言っていることはおおむね合っている。この合っているというのは俺の推測と一致しているということだ」


 彼女は階段を降りながら、手を広げてリサを制する。

 手には手袋、脚には黒タイツ。黒髪は仮面の縁を覆っている。肌を一切見せない姿はまるで道化師のようだった。


 足音すら聞えない。今にも笑い出しそうに肩を震わせていた。


「そう言うと不確定なものに聞えてしまうだろう? だが勘違いしないで欲しい。物事の予測については自信がある。外したことはないんだ」


 最後の一段で止まって飛び降りる。両足でしっかりと着地して、両手を広げてガッツポーズ。そこからゆっくりとリサに向かって歩き出した。何か良いことでもあったのかと聞きたくなってしまう。


「四百年前のプレイヤーは、それ以前のプレイヤーを利用して文明を発達、そこに死者をくべて維持している。しかし、それが目的ではない。彼らは別のことを企んでいるみたいだが」


 ぞろぞろとかつてのレイと同じような怪物達や仮面を着けた獣人が入ってくる。

 怪物達の身長は三メートル。全員赤い目をして口は半開き。目の焦点も合っていない。ロボットのように能面女の後に付いてくる。


 異様な風景。リサはそれを引き連れる能面の彼女を見る。その姿は恐ろしいほど静かだった。何も感じない。危機感もだ。消したわけじゃない。限りなく透明に近い、彼が温和な紳士に見えてしまう。


「偶然なんてものはない。そんなものは幻に過ぎない」


「誰?」と口がようやく動いた。


 リサは麻薬でも打たれたように身体の反応が鈍くなっている。リサはその理由について考えるが、どうでもよくなってしまうのだ。


「重要なのは誰かではなく、何かだよ。俺は――」


 ケラケラと笑う素振りを見せながら、声も立てずにおかしそうに指を振る。まるで音楽を奏でるようだった。


「仮面の男と答えよう。間違えた、今は女だったか」

「……見れば分かる」

「そりゃそうだ。だが、仮面をした人に誰かと聞いても聞くだけ無駄だ」


 仮面の女は今にも踊り出しそうだ。


「しかし! 俺が誰だか教えてあげよう。記念すべき日だ! そして、君はもっと喜ぶべきだ! 何故なら――」


 彼の言葉の意味が分からない。喜んでいる意味も読み取れない。


「俺は君の標的なのだから」


 誰かの声が聞えた気がする。リサは彼のセリフがまだ理解できない。


「落ち着いて欲しい! 最後まで話を聞いておくれ! 俺は君を傷つけたりしない。単に君の脳味噌をかち割りたいだけなんだ!」


 思考が遅らされていると気付いたときには、もう間に合わなかった。「お姉様、動いて!!」と、貫くようなスーの叫びで、リサは現実に引き戻された。


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