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GENE4-4.帝都はお祭り騒ぎ


 太陽も沈み夜になった。自然光は星と月光だけなのに、帝都リオンの最大のセントラル駅の周囲は全く暗さを感じさせない。

 はじめて東京に訪れた時のことを思い出してしまう。懐かしい都会の喧噪だった。六車線の車道を車が埋め尽くし、立ち上がる人工的な熱気、人の声、公共の雑音。


 巨大なターミナル駅を中心に、空を突き抜けるようにガラス張りの摩天楼がそびえ立つ。道路の果てまで電光を発する高層ビルの並木道、見上げていると首が痛くなりそうだ。

 

 レーゲンや極東の兎人の村からは創造できないほどの建築技術。まさかこの世界がこんなに発展しているなんて。


「おおお!!」


 とリサは空を仰いで、


「おおお!?」と顔を下に向けてしまう。


 

 そう、ここは元の世界じゃない。元の世界の要素をプレイヤー達が伝えて、発達した世界だ。知っているけど、知らない世界。


 現在、ゴルド帝国リオンは精霊祭(ストロム・ディアロス)の真っ只中。お祭りで駅前広場には人だかりができていて、目が回りそうになる。お祭り騒ぎ。至る所に大っ嫌いな人形達。


 リサは泡って都市の風景から目を反らし、何もない地面を見るしかなかった。


 公道に祭りのテーマカラーである黄色の紙吹雪が敷き詰められて、街は温かい色で鮮やかに彩られていた。道端には人形が並び、仮面を付けた人達が歩道を練り歩く。みんな笑顔で、リサは苦笑いしかできない。


 リサの苦手な無機質な表情達。

 それを見るだけで、背筋は氷点下まで冷たくなってしまう。思わず横にいるスーの手を握った。


「馬鹿じゃないの」とメアはあきれ顔で、


「こんなお姉様も素敵です。お祭りですね! 楽しそうですね!」とリサに手を握られたスーは嬉しそうで、


 レイは当然のように無言だった。

 役に立たない従者に囲まれている中、リサは必死に人形達から意識を反らそうとすると、スーが話題を振ってくれた。


「お姉様、師匠からの伝言はどう思いますか」

「……あの人は懇切丁寧に説明するような人じゃない。でも、意味の無いことはしない人だよ」


 列車で伝えられた伝言は簡潔だった。


『この街にいろ。好きにしろ。いればわかる』


 師匠であるランらしい。彼女の性格を知らない人が聞いたら、何を言っているかわからないはずだ。彼女は無駄なことは嫌いで、一つの石で空を飛ぶ鳥を全て落とすような人だった。そもそも師匠が伝言を寄越すこと自体が、リサに取ってイレギュラーだ。


 そこから類推できることは二つ。

 一つ目。本人が現れなかったのは、きっと何かお取り込み中なのだろう。破壊工作を嬉々として、おこなっているランの姿が思い浮かぶ。


 二つ目。彼の口から伝えさせたことにも意味があるはずなのだ


「……」とリサは目の前を歩く銀髪の軍人をジロジロと見つめてしまう。


 彼は真っ黒な軍服を着ていた。歩くとくすんだ髪が揺れて、死人のような目が隙間から見える。目を離すと煙のように消えてしまいそうで、リサは食らいつくように後を歩いていた。

 

 列車が駅に到着して逃げるように消えた彼を、リサは全力で追いかけた。見失いそうになる原因は、おそらく彼の能力なのだろう。ランの能力に少し似ているのかもしれない。血筋で能力に関連性がでるという話は聞いたことがないが、おそらく認識を阻害する力。


 リサは駅で消えた彼をとっ捕まえる勢いで引き止めた。

 スーの能力を使って、空間の情報をかき集めて、その蜃気楼のような存在をなんとか繋ぎ止める。今でも、気を抜くと彼が透けていき、どこにいるのか分からなくなってしまいそうだ。

 

 何度も、何度も謝罪を繰り返していたら、彼は観念したように自分の名前といくつかの情報を教えてくれた。

 彼の名前はヴァン。ヴァン=ブルートバーグ。ゴルド帝国の使徒であり、帝国軍大佐であり、師匠の孫。改めて言われると納得してしまう。屋敷で走馬燈のように見たランの記憶でも、ちらりと彼の姿を見たことがあった気がする。

 神の代理人(プレイヤー)の子孫は基本長生きである。ランからもその話は聞いていて、外に出たら仲間にするべきだとか、もし死んでいなければ協力を頼めとか、たぶん会えないだろうとか、言われていた。


 リサにとって喉から手が出るほど欲しかった情報を持つ彼は、四百年の生き証人。

 しかし、レイと同じくらい無口で、いくら謝罪したといえど、リサが殺しかけた事実はなくならない。被害者である彼と会話が弾むわけがなかった。


「お姉様、やっぱりまだ怒ってるんじゃないですか?」

「そうだよね……わかる?」

「だって、お姉様完全にヤル気でしたでしょう?」

「でも、敵だって思うじゃない? 突然、不意打ちされたしょうがないじゃん! それにしても面白い能力だよね」

「話を逸らさないでください。もう一回謝った方が良いんじゃないですか?」

「……やっぱり?」


 ヴァンに聞こえないように、小声でスーと話し合う。列車内のテロリスト達の襲撃も予想外だったが、それ以上にヴァンの出現も心底リサを驚かせた。

 この世界は何が潜んでいるかわからない。いつも心は臨戦態勢とランに叩き込まれたリサは、常に戦闘に有利な地形や物、逃走経路を考えてはいる。おそらく対応もできる。けれど、その一方で非常に精神的に疲れを感じていた。

 空白の歴史を知って、もうどこに敵がいるのか正直わからない。今、帝都にいる人全てが敵だったとしても納得してしまうだろう。


 そもそも通りがかった人が、敵なのかもしれない。

 空白の歴史を知った。この世界は絶対に隠しきれないゲームの存在が消えていた。誰かが隠蔽したのは明白なのだ。


 リサは藪をつついてヘビを出すというより、今は藪の中に飛び込んでいる状況と言えば良いのかもしれない。

 出会うのは蛇か、もしかしたら鬼かもしれない。


 だから、ヴァンに突然声をかけられて、殺しかけてしまってもしょうがない、とリサの心中で結論が固まっていく。


「今、心の中で言い訳を考えていますね」

「スー、見通さないでよ! そうだよ、私が悪かったよ。分かってるんだから、意地悪なこと言わないでよ。でも、やってないからね。傷つけてないからね。未遂! 未遂だからね!」


 しつこかったのでスーの頭にチョップした。

 スーはここぞとばかりにリサを虐めながらスーは楽しんでいたのに、今度はリサに虐められてさらに嬉しそうに笑っている。性悪な妹だった。


 もちろん、ヴァンを殺しかけたリサも悪い。

 小さく咳払いをして、そのヴァンの横に駆けよって、その横顔をちらりと見る。どこか遠い場所を見るように、目の焦点が合っていない。駆け寄ったリサに気付いているのかもわからない。


「……ヴァンさん?」


 ヴァンの顔は微動に動かない。


「さっきは……すみませんでした」


 彼は一切喋る気配がない。

 その威圧感は漆黒の軍服で倍増して、何を考えているかわからない真顔でさらに倍増していた。助けを求めるようにスーを振り返るけれど、リサが萎縮する様子が面白いのか、スーはワクワクしながらリサを見ていてた。あとでお仕置きしてやろうと、リサは固く決意する。


「あのー?」

「どうして俺の存在がわかる?」


 彼の口から渋い声が発せられる。その声はしっかりと聞き取れた。ヴァンから質問されるとは思っていなくて、一瞬答えるのに間が空いてしまった。


「……ヴァンさんは存在を消す能力。消すというのも語弊がありますね。認知させないというのが正しいです。別にヴァンさんの存在を認知できているわけじゃないんですよ。存在しないのを知っていれば、存在の空白を探せばいい。かなりの技術が必要ですけどね」


 最初見つけたときは透明なモヤみたいな形だった。ヴァンはゆっくりと駅の中を歩いていたので、すぐに捕まえられた。話している内に認識できるようになって、今はその輪郭がハッキリと見える。


「ああ! さっきのお姉様、半泣きでした! 師匠からの言づてを伝えに来た方に酷い扱いしたって、とても焦っていて。クールなお姉様も良いですが、ねえ! メア!」

「そうねー。ちびっ子、あんた元気ねー」

「だから、スーという名前があると言ってるでしょう。それに、貴方の方が背は小さいんですからね! ああ! 話を逸らさないでください。それでですね! それでですね!」


 背後からスーとメアのグダグダな会話が聞こえる。スーは誰か共有したかったのとばかりに、余計なことを口走り、メアは話す気がないようで完全に呆れている様子が声で伝わる。後で絶対に過酷なお仕置きをしてやろうと、リサは内心決意した。


「やっぱり怒ってます?」


 しかし、ヴァンが質問してくれたのは、少しは興味を持ってくれたからだろうか。そのまま二つか、三つ質問を受け、会話も次第に多くなっていく。会話のキャッチボールが成立するごとに、リサはホッとしてしまった。


「俺の祖母はどんな人だ?」

「どんな人って言われても……」


 ヴァンが変化球を投げてきて、リサはどう返すのが正解なのか答えに詰まってしまう。良い言葉出てこない。悪態をつけと言われれば一日中語れる。


「全ての人が自分の手のひらの上で踊っていなきゃ気が済まない人」

「そうですね、あっています」


 後を歩くスーも力強く頷く。屋敷にいなかったレイとメアは彼女の存在を知らないだろう。それは幸運なことだった。


「でも、優しい人ですよ。分かりづらいですけど」


 それを聞いたヴァンは少し笑っていた気がした。

 出会ってからずっと彼の表情は凍り付いたままだった。体温を失って、生気のない彼が一瞬だけ温かくなって、リサは安心してしまう。


「あのー」

「なんだ」

「じゃあ、私から一つ質問してもいいですか? 変な質問なんですけど、その人がわかるっていうか、なんていうか」

「だからなんだと聞いている」

「……もし願いが叶うなら、貴方は何をお願いしますか?」


「……わからない」と冷たい声で一蹴されてしまう。


「ごめんなさい。おかしなこと聞いちゃいましたね」


 そして、そのまま彼は口を喋らなくなってしまった。これ以上聞き出せなさそうなので、そろそろ別れるタイミングだろう。もっと聞きたいこともあるけど、あまり話したくなさそうだった。

 喧嘩を売られたわけじゃない。読心で読み取るなんて無粋なことはやりたくない。いざとなったら聞きに行けばいいし、手がかりくらいは自分で探せばいい。ここにキーパーソンがいるのがわかっただけで、だいぶ心が軽くなった。


「ありがとうございました。次会った時もよろしくお願いします」


 ヴァンは歩く速度も変えずに突き進んでいく。さよならとリサは右手を挙げたが、彼は一切こっちを見ずに道行く人に紛れていく。そして、彼への意識を緩めると、瞬く間に透明なモヤへなってしまった。


 ここまで無反応だとリサでもため息をつきたくなってしまう。

 でも、ゆっくりしていられない。師匠は帝都リオンにいる。それがどういうことを意味するのか。天災レベルのイベントが起こる。何かしておかなければ。ここでゆっくりしていても時間の無駄だった。

 気持ちを切り替えようとしたときだ。


「第六研究所に行け」


 ヴァンの低い声が聞こえて、慌てて声の方向を向く。大量の人の気配で上書きされて、リサでは彼の姿はもうわからない。あるのは夜に浮かれた雑踏だけ。


「ふふ、ありがとうございます」


 その方向へ大きな声でお礼を言った。たぶん、聞こえているはずだった。


「お姉様、どうしますか? あの人尾行しますか?」

「必要ないよ。スーなら見つけられると思うけどね。きっといい人だよ。表情はほとんど無かったけど、きっとね!」


 何も教えてくれなかったわけじゃない。少しだけヴァンとの距離が縮まった気がした。第一印象が最悪だっただけにリサは嬉しかった。


「しかし、変な人でしたね」

「うん。一応、罠の線も考えて」

「第六研究所ですね」

「そう! どこにあるかをまず調べないと――」

「ねぇ、もしかして約束忘れてないでしょうね」


 視線を下げると金髪ロングの女の子。メアだ。列車の中で交わした約束のことだろう。殺意を全く隠さずに、下からリサを見上げていた。約束とは、リサを殺す機会を与えるという話のことだろう。殺すのだなんだと、物騒な話である。リサは欠伸が出てしまいそうになってしまう。


「もちろん、メア。みんな、今日はお疲れ様。全員異常はなさそうね。そして、私も余力は十分にある。レイちゃんには言ってなかったね。もし暴れ足りないのなら、私が相手してあげる。その面倒くさそうな制約も一時的に解除してあげるから」


 レイとメアがその言葉に反応して、二人とも歯が見えるほど口角を上げて、リサはニヤリと微笑み返した。


 彼等の能力をもっと把握しなければならない。そして、リサもまだ暴れ足りなかった。そこら辺の雑魚よりも骨があるところを見せて欲しい。


「二人とも後悔しないでね? ふふふ、そっちが嫌と言うまで遊んであげる」

「お姉様?」

「どうしたの? スー?」

「私も混ざっても良いですか?」

「あれれ? 私はもうそのつもりだったよ?」

「あら、怖いですね」


 と、スーは小さく微笑んだ。



********



 帝都リオンの地下の隅。模擬戦ができるような空間をスーが見つけてきた。

 現在は使われていない地下鉄の駅。のっぺりと薄暗い空間が広がっていく。何本もの線路と駅のホームが三つ横並び。ここまで巨大な地下空間が現在も使われていないのは勿体ない気がする。


 丁度良いスペースだったので、この街の拠点にすることにした。メアに詰め込んだ家財を吐き出させて、拠点の快適度を上げていく。

 殺意満々なメアはこれが最後の命令よとグチグチと言いながら、リサの指示通りに家具を置いていく。


 メアの能力「魔法の胃袋(パッケージ)」。しかし、リサが食べさせているのはほとんどが荷物だった。申し訳ないなという気持は一応ある。


 リサはこの場所が誰にもバレないように、工作中だった。

 ノート二〇ページほどに文字の神子術式(プログラム)を一気にかきこんでいく。もう馴れたもので十分も立たずにその術式は完成した。リサは宙に放り投げて自身の世界の断片(コード)を注ぎ込む。


 ノートを格子状に切り刻まれて、一面に拡散して見える範囲に片っ端に張り付いていく。


 消音、光学迷彩など、二桁には達しなかったが術式を何重にも起動させて、この世界の誰にも気付かれないほどの隠蔽工作を施した。存分に楽しむためには、下準備を限りなく完璧に行わなければならない。


「よし、準備は終わったよ」


 そして、ようやく全員が待ち望んだ模擬戦である。四人の内、二人ほどは本気のつもりのようだった。そうじゃないと困る。


「スーともやってたけど、四人でやるのは始めてだね。二人とも動かないで」


 レイとメアの頭に手を置いて、彼等の中に埋め込んだプログラムを解除していく。番犬達の首輪を外す。彼等は主人の命令に絶対服従、主人に危害を加えてはならない、加えて細かい禁則事項が数え切れないほどあった。従者と言うより、囚人に近いかもしれない。


「よし、もう終わ――」


 制御を解いた途端、メアが飛び込んで来た。

 手には能力で取り出したナイフ。リサの首を掻っ捌こうと一直線。


 短いリーチで届かないと思っていたら、腕が伸びて鞭のようにしなり出す。リサの前髪が揺れる。

 

 首を反らして、ナイフを紙一重で避けて、勢いのまま隣のホームに飛び移った。


「遅い遅い。残念でした」


 昔、師匠にやられたように物理的な術式で、跳躍して空中に浮かんでいたメアを吹き飛ばした。彼女はコンクリートの壁にベチャリと叩きつけられる。


「ほら、これで遠慮なく殴り合える。あれ? スーとレイちゃんは――」


 相手はメアだけじゃない。他に二人いるが、スーとレイは既に視界内にはいない。どこに消えたのか探していると、向こうからリサへ仕掛けてきた。


「おっと――」


 足下に真っ黒な水たまり、背後に黒い霧が現れて、巨大な狼の頭部となった。そして、リサはスッポリと黒狼の口の中。一瞬でレイが実体化して、このままリサをかみ砕くつもりのようだ。


「そこにいたの」


 レイはバクりと口を閉じた。勢いよく涎が飛び散って、大きな牙を数回かみ合わせて、目をグルリと回す。どうやら彼の舌の上には何もない。


「――こんな場所だから、爆発術式も使わない。下手に威力のあるものを私が使うと、拠点が崩壊しちゃうから。貴方達は思いっきりやって良いから心配しないで。それとこの空間にはしっかりと物理障壁を起動中です。私はかなり制限されている状態です」


 文字術式がかきこまれた紙片の束を、内輪みたいにパタパタと仰ぎながら、とことこと暗い影から電灯の下へ。あれくらいでやられるリサじゃなかった。


 リサは自分の現状をしっかりと諭してあげる。今が自分を殺せる、最大のチャンスなのだと。こんなことを喋りながら、笑ってしまうのはきっと師匠のせいだ。


「ハンデだよ。ハンデ。こうでもしないと私は全力で戦えない。みんな、怪我も気にしなくて良いからね。私治せるし、貴方たちは死なないよ。自分の傷は気にせず攻撃して良いよ。それに――」


 音もなくナイフがリサに向かって投げられる。

 リサは何も持っていない左手で受けとめて、投擲された方向を見るが何もいない。

 けれど、誰がやったのかはわかる。


「スー、残念でした」


 背後から飛びかかってくるスーの腕を掴んで、そのまま起き上がろうとしているメアに向かって投げ飛ばす。思考と反射を駆使した、リサの研磨された戦闘技術はもう人の領域ではない。


「メア! ごめんなさい」


 謝るスーの下敷きになって、スライムのメアは文字通りぺしゃんこになっていた。

 けれど、その目から意思は消えていない。


「はは、ああはは! ……殺す。絶対……殺す」


 メアの怨念が滲み出して、刺激的な視線がリサに突き刺さって、不敵に笑い出して、リサも笑い返した。


「そうね。そんぐらい気概がなきゃ、私は練習にもならない。この通り実力差を調整してあげてるの。でもね、それは私が負ける理由にはならないよ」


 貪欲な三匹の獣が一斉に飛びかかってきた。久しぶりに運動ができそうだと、リサは喜びの感情を持ってしまう。



*******



 一時間ほど模擬戦は続き、三人は動かなくなってしまった。

 リサは急いで容体を看て、制約の再インストール。酷く負傷した順に治療していく。まずレイ、そして、次はメアだ。全員と楽しく運動して、リサはいい汗をかいた。気分もだいぶスッキリしていた。


「おなかへった……」

「はい、治療は終わり。メア、みんなの御飯出して。準備したら食べて良いから」


 もう表に出続けられるほど元気がなくなってしまったようで、メアがもう一つの人格に変化する。リサの言葉を聞くと、メアは目を輝かせて夕食の準備を始めた。


「まあ、こんなとこかな」


 地下空間は壁や柱に亀裂は入っているが問題はない。物理障壁のプログラムにも改良が必要そうだ。まさか事前に想定していた強度じゃ不十分だとは思わなかった。少々やり過ぎてしまったのかもしれない。


 倒れているスーを膝の上に寝かせて、治療しながらその耳を弄ぶ。


「……お疲れ様です」

「やっぱこれだけメンツがいると、いい練習になるね。レイとメアはそのつもりじゃないだろうけど」


 レイは治療が終わると、さらに無言になってしまった。もしかしたら落ち込んでいるのかもしれない。


「でも、みんな、師匠にしごいて貰ってたら、私は負けてたかもね」

「そんな――お姉様っ!! くすぐったいです!!」

「ふふん、今日のお仕置きです」


 膝上のスーのほっぺをつねる。スーはもう首だけしか動かせず、リサの口から漏れ出した笑いに、スーは震えだした。


「かっ体が動かっ、さっきの戦闘で憂さ晴らししたんじゃないんですかっ?」

「あれはただの練習。憂さ晴らしなんてしてないって! 今治療しているから、スー体の支配権は私にある。声は出せるけど、指一本動かせないよー」

「素であんな卑怯な手を使ってたんですか」

「卑怯ってなんだ! 卑怯って!」

「やっぱり師匠に似てきましたね。ハンデって言っても手加減するわけじゃないんですね」

「まあね。いやいや! 師匠には似てない! あの人はもっと凄いんだからね!」


 師匠はおそらくハンデすら付けない。神の力を持ちながら、卑怯な搦め手を幾十にも張り巡らせる人だ。聖人君子ではなく、諸悪の権化である。


 動けないスーに今日の分のお仕置きをしながら、じっくりと悲鳴を楽しんだ。そのまま、メアが準備した夕食を食べる。ただ、これで一日が終わったわけじゃない。


「じゃあ、レイとメアはスーの言うこと聞いてね。私は例の研究所がどこにあるのか、ちょっと調べに行くから」

「お姉様、お休みになった方が……」

「わかってる。すぐ戻る。メアを任せたよ。きっと何か起きる。こっちも最善を尽くさないと」

「わかりました。お気を付けて」


 スーのまだ余力のある声を聞いて安心した。流石、リサと一番付き合いの長い従者である。

 師匠が起こす大波を乗り逃がしてはならない。彼女は明確な合図を示すはず。それに答えられるようにしなければならなかった。

 

 この地下空間の一層下では地下鉄が走っている。鈍い振動が体の奥から響くように聞こえてくる。列車で動いた生温かい風が吹いた。この駅は現在使われていないだけで、この帝都の地下鉄網と繋がっているのだ。


 遠くから聞こえる列車の音は次第に小さくなって、リサはそのまま帝都の闇に消えていった。





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