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GENE3-11.仕事人間との付き合い方


 リサ達が食事をしている店内の別の机。

 店名は『迷子ガエルの御旗亭(フラッグ・フロッグ)』で、『迷子になったらウチに来い!』がキャッチフレーズであり、その言葉通り世界中のどこの国でも店舗が展開されていた。


 店内のあるテーブルには、アイゼン=ジリルとリル=クロイゼルが座っていた。


 どこか顔を曇らせて、黙々とコーヒーを飲むアイゼン。その向かいには、頬を膨らませて、パスタを食べるリルがいた。


 任務外なのか、私服姿だ。二人ともゆったりとした服装を着ている。リルの赤髪は結われておらず、艶やかな赤毛が背中まで伸びていた。その姿は可愛らしく、その眼差しはどこか柔らかい。職務中の張り詰めた緊張感は皆無だった。


「なんだ、まだ怒ってるのか?」

「そりゃそうです!! 後処理する私の身にもなって下さい。先輩は良いですよね。戦闘の時以外は、煙草吸っているだけじゃないですか!」

「任務が終わって気を抜きすぎだ」

「なんですか! 愚痴を言っても良いじゃないですか。こんな田舎に知り合いなんていません。先輩に言うしかないんですよ。本当に……まったくもう!」


 しかし、仕事の愚痴を直接言うのはどうなのだろう。アイゼンはコーヒーを啜りながら、そう思ってしまう。


 普段の彼女であれば、ここまで怒ることはない。

 もう何も壊さないと誓わされての先日の戦闘。何事もなく終わったと思わせた後に、アイゼンはあの遊歩道をぶっ壊した結果、リルは電話片手に事後処理におわれていた。

 

「ここ奢って貰ったくらいでは元が取れません。もっと高いお店にすれば良かった。すいませーん!」


 と元気な声で店員を呼ぶ。その顔はせいせいとしていた。任務が終わって、彼女の気分はその打ち上げだ。

 対象は生存する可能性は著しく低いと伝えると、あっさりと任務完了を告げられた。アイゼンはそれが不満だった。国家機密をこの世から消し去るまで帝都に帰れない。そのつもりだったし、そうあるべきはずだ。


 そして、取って付けたような次の任務。帝都リオンにおける不穏分子が活発化して、クーデーターが生じる可能性がある。その対処に当たれと命令を受けた。確かに以前から火種は燻っていた。しかし、アイゼン達が呼び出されるほどだろうか。


 どこか日常の歯車が狂い初めて、彼等も少なからず違和感を感じていた。


「これとこれと! あとこれも――」


 リルは全く気にしていない様子で、メニュー片手にずらずらとデザートを注文する。仕事外では纏っている空気が変わる。こっちの方が彼女らしい。

 二人とも任務中はもう一人の自分になる。職業病みたいなものだ。そうでないと、胸くそ悪い現実と対面できない。アイゼン達は仮面を被って仕事をこなす。そうじゃないとこんな仕事なんてできない。さもなければ、心を病んで辞表を出すか、自分を見失って戦死するかの二択だった。


「――注文は以上です。はい、もちろん払えますよ。ああ、取り分け用のお皿は要りません!」


 僅かな汗がアイゼンの額に浮き出てきた。

 注文する量が余りにも多すぎる。それにお酒まで頼み始めた。リルの酒癖は相当悪い。


「リル、お酒は――」

「いいじゃないですかこれくらい……小さいこと言わないで下さい。毎日、能力使うとお腹だって減ります。ストレスだって溜まります。知ってますか? ストレスって美容の大敵です。それに先輩は甘いもの嫌いじゃないですか。お酒だってあんまり飲まないし」

「まだ何も――」

「ふん!!」

「っ……」


 アイゼンは臑を思い切り蹴飛された。硬いブーツで殺傷力は強化され、彼は苦悶の表情で脚をさする。彼はもう何も言えなくなってしまった。


「先輩! 来ましたよ! ほらほら! こんな美味しいの食べられないのって、本当に人生損しています。その分私が食べてあげましょう」


 リルはケーキとシャンパンが届くと満面の笑みになる。アイゼンはどうでも良いと、目の前のコーヒーを飲む。甘いものが苦手だった。見ただけで胸焼けしてしまう。あんな糖分の塊を口に入れるなんて、素直に感心してしまう。


 カップから顔をあげると、視界内に真っ白な少女が入る。

 どうやら食事が終わったらしい。大量の料理が彼女の机に並べられていた。明らかに発現者特有の異常な食事量だ。彼女の机にも、糖分の山ができていた。


 全身白装束。髪の先端まで白い少女。そのどこか神秘的な雰囲気のせいで、アイゼンは自然と眼で追ってしまう。本当に実在しているのか疑ってしまう程の、霧のような存在感を発していた。


「やけにあの子達のこと気にしていますが、なんですか。可愛いからですか。先輩ああいうのが好みでしたっけ? ロリコンでしたっけ?」

「発現者じゃないか、あいつら。相当飯食ってたぞ」

「違いますよ?」


 もし魔力を発していれば、リルの能力に反応するはずだった。


「ああ、チェックしてたのか」

「もちろんです。明らかに一般人ではありませんでしたから。服装や顔立ちは帝国人ではないです。可愛い女の子達ですね。姉妹でしょうか?」


 ニンマリと笑って、リルは自慢げにフォークを振る。

 話しながらも、リルはデザートを片付けていく。アイゼンがふと眼を戻すと、並べてある皿や酒瓶は全て空だ。その数を見て、持ち合わせを思い出す。もちろん経費では落とせなかった。 


「――ごちそうさまですー」

「……」

「何ですか。未練れすか。仕留め切れませんでしたからねー。ああ、女々しい! 会計お願いしまーす!」


 酔いに任せて勢いよく話す。止めるタイミングを完全に逃した。こうなったら手を着けられない。リルはさっさと店を出て、アイゼンは財布を取り出した。


 確かにアイゼンは悔しさを感じていた。

 狼人は生死確認できず。生存の可能性ほぼ無し。任務中に出会った目標(ターゲット)は忘れられない。狩ったとしても、狩れなかったとしてもだ。それが女々しいと言われれば、素直にそうじゃないかとアイゼンは思う。


 倒しきれなかった。奴は一体どこにいるのだろうか。

 そして、何を求めて彷徨っていたのか。奴はまるで呪いをかけた魔女を殺すために蠢く化物(フリーク)だ。たった一つの何かを念じ続けて、この街で暴れ回っていた。


「ほらー、さっさと帰りましょーうーよー」


 店を出るとリルはアイゼンの腕を掴んで、飼い犬の散歩のように引っ張られる。


「ほら行くぞ……」


 降る雨の量は少なくなって、傘無しで宿まで帰れそうだ。しかし、アイゼンの表情はどこか悶々としていた。外に出て、いっそう険しくなる。この奇妙なざわつきを、彼は知っていた。


「なぁ」

「はい! どうしました?」


 何かを期待しているようにリルは振り返る。頬はどこかしら赤く、背の高いアイゼンを上目遣いで見つめていた。


「ごめんなさい。私、ちょっと酔ったみたいです。へへ、ちょっと飲み過ぎましたね。一気飲みはやっぱり止めた方が良いですよ?」

対象(ターゲット)はまだ生きて――」

「オラぁっ!!!」


 鋭い右ストレートが彼の顔面にめり込んだ。全体重を乗せた重い拳で、彼を地面に向かって叩き込む。

 リルは重いため息を吐く。一気に酔いが覚めたようだ。


「任務は終わったんです-!! 何を馬鹿な事を言ってるんですか、アイゼンにぃ。長い付き合いですから、何を言うか予想は付きましたけど――」


 赤髪をなびかせて、倒れているアイゼン=ジリルに近づいて行く。仲の良い兄妹のように話すのも、任務終了後のいつもの光景だった。


「死ね!! この馬鹿!!戦闘馬鹿!!! さっさと戦死しちまえー!」


 アイゼンは倒れたまま、無言で雨を浴びていた。

 背中当たりにあの狼人の気配が刺さった。やはり生きている。長年の仕事で培われた勘が、そう言い続けていた。


「――まさか、討伐対象のこと考えてないですよね……?」


 リルの綺麗な赤髪は、どうしようもない仕事人間に対する怒りに染まっていた。


「まずい!」


 アイゼンは跳ね起きて、リルの渾身の蹴りをなんとか避けた。


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