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GENE3-8.争い事は嫌いなの

 

 突入して、弾丸の雨にさらされた。

 音速を超えた弾丸が届くまでに、敵の配置を頭に叩き込む。その思考速度は人間の域を超えていた。プレイヤーとして強化された思考回路は、悲しくも師匠との修行で何段階もグレードアップされている。


 突入して最初の小さな戦場。正面入口。その小空間はバスケットコート二面程の広さ。

 コンテナが二段積み重なって出来た、高さ四メートルの鋼鉄の壁に囲まれている。その上に二人いる。

 中央の車道を塞がないように、コートの中に無造作に配置されたコンテナが三つ。その陰に二人ずつの計八人。


 合計十人。最初のステージとして申し分ない。

 まずは高所の獣人をターゲットにする。


 右に向かって走り出した。コンテナの側面を駆け上がる。(リサ)に当たらなかった弾丸は地面に着弾して、泥の飛沫が上がる。


 アップテンポな曲を口ずさみながら、思考を加速させていく。銃弾一つ一つの軌道、空の薬莢が落ちていく音まで感じ取れて、神経伝達物質(アドレナリン)が放出され、全身の血がたぎっていく。

 『闘争(fight)(or)逃走(fight)』の状態になって、戦闘本能が極限まで高められた。


「ふふっ」


 どんなことでも対処できそうだ。脳味噌をドラッグ溶液に浸したような、無類の高揚感が身を震わせる。



 争いは嫌いだ。しかし、争いに馴れた。馴れてしまった。どんな人間も馴れてしまえば、陰鬱な仕事も笑顔で作業できる。でも、その代償にいくつか大切な物を失ってしまうだろう。

 師匠に叩き込まれた教訓は星の数ほどあり、それと同数の心的外傷(トラウマ)をリサは抱えていた。師匠に教え込まれた精密機械のような戦闘技術は、骨髄まで染み渡っている。好きでこんな風になったわけじゃない。師である彼女が悪いのだ。恨むならランを恨んでほしかった。


 コンテナの上に着地。そのまま最初の目標を目指す。軽く頭をずらして弾丸を避ける。耳元数センチで風の切る音が聞こえた。


 最初の犠牲者まで二十メートルほどの距離を弾丸と変わらない速度で走りきり、その勢いを効率良く力に変換して、ボディーブローを打ち込んだ。男はくの字に身体を折り曲げ、吹き飛ばされていく。


 小さなうめき声が聞こえた。

 一人目を無力化させた。


 ちゃんと加減した。死んでいないと思う。申し訳ないが、丁寧に確認している暇はない。指先を動かす動作さえ無駄にできなかった。


 壁の上にはもう一人。壁から壁へ、弧を描くことなく、レーザービームのように直進する。


 しかし、二人目の男の判断は予想以上に速い。

 吹き飛ばされた仲間など気にもせずに、空中を進むリサに発砲する。滞空するリサにそれを避ける術はない。そう思っていたのか、男は勝ち誇ったように笑っていた。


「甘いね」


 彼には見えないだろう。リサのブーツの靴底をボンヤリと白色光が包んでいく。

 この世界を構成し、全ての力の源である世界の断片(コード)が凝縮した光だった。座標を固定化し、零コンマ何秒の間、空中に足場を形成する。


 真っ直ぐ進むリサの軌道は、ジグザグに折れ曲がる。銃弾はリサに擦りもしない。


 当たると思った攻撃が外れ、声にならない悲鳴を男が上げた。


 横方向の力を回転に変えて、回し蹴り。一撃目で武器を破壊し、二撃目は男の胴体にあたる。コンテナ下の泥だまりに勢いよく突き刺さる。


 二人目を無力化させた。

 ギアが上がり、リサの思考速度がさらに加速していく。着地して、流れるように下へ降りた。


 残りの八人の視界は把握していた。


 上からは何通りものルートが見えた。その中でも最短距離を選ぶ。彼等が盾にしているコンテナを遮蔽物にして、小さな広場を駆け回る。

 全員がリサを見失った。銃声が止んで、空間が凍り付いたように静まった。


「――こっちだよ」


 そして、続くのは男達の苦悶の声。雨音に埋もれるように、ざわめきが減っていく。


「やめろおぉぉ!! こっちに来るな! 来るな!!」


 最後の二人組は自分たちが最後であることを気付いてすらいない。銃口を向けるが、間に合わない。

 両手を広げて、二人の首筋に優しく手を添えた。


 服の上からでも効果があるのは実証済み。電極である親指と人差し指の間で放電(スパーク)を起こす。数十分は立つことができない威力にしてある。

 この弱電撃神子術式(スタンガン)は、リサのオリジナルの術式だった。

 非殺傷性の術式なんて教えられていなかった。そんな人道的な神子術式(プログラム)を、ランやエアが教えるわけがない。過去の神の代理人(プレイヤー)が道徳的であるはずがない。


 リサの優しさに気付いてくれる人はいなかった。横の二人がバタリと崩れ落ちた。

 見回すと、地面に大の男達が転がっている。彼等は痺れて指一本動かせない。聞こえるのは泥が跳ねる音だけだった。


 増援が来る気配はない。安全と確信してゆっくりと数回呼吸。加熱した思考を冷やさずに、次の一手を考え始める。

 戦闘中に壁の上に乗って、この拠点の全体像はわかった。中央には高さ十メートルほどのコンテナの山がある。それを目印にして、頭の中に戦場(フィールド)の全体図を描き、大まかに作戦を立てていく。


 この車道を六十メートル進むと、運動場ほどの大きな広場に繋がる。そこには数十人は待機していた。今回の標的(ターゲット)はおそらくそこにいる。他のポイントに人がいる気配はない。


「必要になりそうなものは――。ちょっと失礼しますね」


 しゃがんで軽く手を合わせる。もちろん返答することはできなさそうだ。


「ですよね……」


 思わず苦笑いになってしまう。

 使えそうな道具を物色しながら、頭の中で攻略をイメージしていく。『この世界のものは妾の物じゃ』とランから教えられた教訓を思い出してしまう。


「良いもの持ってるじゃないですか。お借りしますね」


 銃よりも使い慣れているナイフを回収していく。そして、手榴弾(グレネード)をかき集めていく。ナイフ一本で戦いの選択肢は倍になる。行動を制限する分、これくらいのアイテムは使っても良いだろう。頭の中で次の作戦は固まった。


「――よし」


 ヒートアップした身体が冷めないうちに、もっと場を温めなければならない。盛大に出迎えて貰わなければ、練習にすらならない。


 久しぶりの膨大な情報の中で、リサの頭脳は極限まで研ぎ澄まされていた。

 ピンを抜くと、カチャンと金属音が響く。誰にも当たらないように半ば願って、手榴弾(グレネード)を放り込む。


 大広場までは一本道。四メートルほどのコンテナの壁で区切られて、二車線ほどの幅の道が続いていた。その中央あたりに落下して、三秒も経たずに爆発が生じた。道路横の巨大なコンテナが震えた。


 彼等に戦闘開始の合図を知らせる音が轟いた。


 運動会の徒競走のピストルとは比べものにならない、重厚な爆発音。

 悠々と一本道を突き進む。鼻歌を口ずさんでしまう。

 これまでの戦闘で身体のパフィーマンスは最高の状態になっていた。どうしても機嫌が良くなってしまう。もう負ける気がしない。


 手には刃渡り数十センチのコンバットナイフ。ギザギザと波打つ真っ黒な刀身。両刃(ダブルエッジ)。何度か放り投げてはキャッチして、使い心地を確かめる。クルクルと刃物が空中を回転する。


 銃声がなった。待ち伏せしていた二人の男が発砲したのだ。タイミングが良い。


 ナイフで一閃。それを四度繰り返す。

 固い金属と金属がぶつかり合う、鋭利な音。弾丸の軌道は強引に曲げられて、地面の水たまりに突き刺さる。


「ははっ」


 何度も練習したのだ。得意げになって、撃った男を見ると愕然と立ち尽くしている。発砲した男達と目が合った。リサは一目散に走り出す。


「うわあああああああ!!」と男達の悲鳴が上がる。


 信じられない存在を否定するかのように、大量の弾丸が放たれていく。リサのステップが加速していく。決して後退しない。横にステップを踏むこともない。弾丸をかいくぐり、いくつかの射線をナイフで断ち切る、彼等の意志は拒絶されるように、弾かれて、避けられて、ねじ伏せられた。


「ごめんなさいね」


 男達は恐怖で顔を歪ませて、無力化された。

 もちろんその二人では終わらない。

 広場に向かうにつれ、敵の数はさらに増えていく。そして、リサのボルテージも上昇していく。六十メートルの距離を制圧するのに十秒も掛らなかった。


「良いねっ、誉めてあげる」


 敵を倒しながらも、その速度は決して緩めない。


 リサの頭の中の処理速度は最高潮に達していた。この状態のまま数時間戦闘できるが、もう最後のステージだ。寂しく思ってしまう。

 頭の中で、大量の情報が重なって、連なって、人間の存在を越えていく。人類では到達出来ない境地へ飛び込んでいく。本来なら感じ取れない物まで感じてしまう。どんな不可能も可能にしてしまえる。

 敵が弱い、強いというレベルではない。桁が異なる。次元が違う領域に足を踏み入れた。


 そして、最後の広場に突入した。


 その場に居る男達の意識は、リサ一人に注ぎ込まれいる。何十もの銃口がリサを狙う。予想通りだ。制圧する為の難易度は跳ね上がり、広場の熱気に胸が高鳴る。


「来たぞー!!!!」

「ぶっ殺してやる!!」

「この魔女め!!」


 大量の怒声と銃声が重なって、まるで嵐の中に飛び込んでしまったようだった。弾丸が降り注ぐ。眼球をグルリと動かして、その全ての軌道を認識する。


 地面の上には安全なスペースはない。だからといって、隠れて身を守るつもりもない。


 最速で制圧する。

 計画通り手榴弾(グレネード)を一つ落とす。この後の布石(サプライズ)だ。


 心の中でカウントダウンを始めた。


 ナイフで弾丸の軌道を捌きながら、空中を駆け上がる。足場形成し、二段ジャンプ。宙返りしながら、身体を勢いよくスピンさせる。


 一回転目で、敵の座標を頭に叩き込む。遠くから見たイメージを具体的にしていく。点々とスナイパー達が配置されていた。コンテナや簡易住居の上に這いつくばっている。


 二回転目で、その男達に回収してきたナイフを投げつける。スナイパーと邪魔な配置にいる奴らに向かってだ。


 そして、時間差をつけて、さらに手榴弾をばらまいていく。投げるポイントは既に決めていた。

 一呼吸遅れて、計八本のナイフは男達の利き手や肩に突き刺さっていく。動けるスペースが拡大した。彼等が発砲できない内に、他の敵を制圧しなければならない。


 ここまでは作戦通りだ。

 小さく弧を描きながら宙を舞う。その間に三秒が経過した。つま先がぬかるんだ地面に触れる。


 その瞬間、手榴弾(サプライズ)が爆発した。爆発までのラグは最初に確認したものと狂いはなかった。


 そして、これからも作戦通りだった

 地上にいる敵の視線が爆発した一点に注目する。リサから視線が逸れる。ここまで攪乱が上手くいくとは思わなくて、笑ってしまう。


「ははっ!!」


 事前に予測したルートをなぞるように、地上にいる男達をなぎ倒していく。

 ばらまいた 手榴弾(グレネード)がテンポ良く爆発し、敵の視界や移動が制限されていく。


 立派な銃を持っていても、適切な距離じゃなければ、使い勝手の悪いただの棒きれだ。そして、全体を把握して個別に当たっていけば容易に対処できる。


「ほら! 嘘じゃなかった! 嘘じゃなかった! 嘘じゃ――」

「ん?」


 今の無力化した男、どこかで見たような顔だった気がするが、気のせいだろう。

 結果的にラストステージには一分も掛らなかった。最後にナイフで負傷したスナイパーを無力化して、制圧完了。


「よっし」


 良い運動になった。戦闘能力は衰えていない。

 師匠にまた会った時に勘が鈍っていたら、きっと彼女に殺されるだろう。怒られるとかではなく、冗談で襲撃されてもリサは驚かない。


 しかし、肝心の標的が見当たらない。

 アドルフ達が回収しやすいように、動けない男達を広場の中央に集めていく。しかし、やはりその中にも標的(ターゲット)はいない。


 深呼吸をして、気配を感知しようと、まわりの音や光に集中して、広場を見渡していく。雨の音(ノイズ)を認識から外して別の情報に注目していく。


 死屍累々と言うにふさわしいほどに、広場の光景は凄惨だった。


 そして、広場はゴミのような場所だった。

 雨で出来た泥濘。開けた缶詰に水が溜まっている。食べ物の包装が散らばっている。住居代わりのコンテナは薄汚い盗品で彩られていた。


 賊達の住処に訪れたのは初めてだ。

 雨で拭いきれない腐臭が漂う。蓄積された悪業を見ると吐き気がする。別にリサは正義感があるわけじゃない。それでも気持ち良い物じゃない。


 広場の中央には、色とりどりの錆び付いたコンテナが無造作に積み重なって、一つの山を形成していた。高さ十メートルはあろうか。よくここまで重ねたものだと、感心してしまう。


 残存する兵力を確認する。

 さらに意識を集中させて、人の気配が残っている場所を探していく。獣の鋭い感覚を持つスーほど正確ではないが、存在の有無ならボンヤリとわかる。


「上!?」


 コンテナの山の頂上から視線を察知した。背筋に小さな針が刺さったような痛みが走る。


 それまで息を潜めていたのだろう。しかし、攻撃するときの殺意までは隠しきれない。

 視線をあげると、真っ白な髭で顔が覆われている獣人と目が合った。今回の標的だった。犬の耳が生えて、口元から腰まで伸びている髭はざっくりとまとめられていた。


 山の頂上にある灰色のコンテナから見下ろしている。彼の目は狩人の目だった。

 年齢はわからない。ただ積んできた経験は、他の奴らと比べて桁が違う。右手には拳銃が構えられていた。いや、外見は拳銃だが、違う。


「――あっ」


 ランに指先を突きつけられた時と同じ悪寒を感じた。髭の男は引き金を引いた。

 地面を揺るがす程の爆発が起きた。広場を灼熱が飲み込んだ。高熱で真っ白な蒸気が一瞬立ち上り、死屍累々のゴミ箱は真っ赤な火の海に包まれた。

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