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GENE3-7.殺すつもりはないから安心して


「スー、眠いよ……」


「ほんと、寝起きが悪いのは変わりませんね」と膝の上のスーが振り返る。


 大学にいた頃から早起きは苦手だった。しかし、今日は初めての仕事なのだ。講義のように寝坊するわけにもいかなかった。スーが叩き起こしてくれたおかげで、辛うじて本日の仕事に向かうことができている。


 それにしても、あいにくの天気だ。鬱々とした小雨がずっと降っていた。荒れ果てた草地が延々と続く。煮え切らない空を見て溜息をつく。


 荒野の片隅。(レーゲン)から車で移動して、数時間程になる。アドルフ曰く、ずっと駆除できなかった最大規模の集落だ。彼等のリサを利用する気満々な様子が感じ取れてしまう。でも、リサも資金が必要だったので丁度良かった。


「リサさん、もうそろそろだ。準備をしておいてくれ」


 どうも友人の父親に「さん」付けで呼ばれるのは馴れない。

 獲物を収容するためのトラックは無駄に大きく、無骨だった、目立たないように艶消しの濃緑色で塗装され、修理の簡便性、装甲の強度、経済性のために鋼板をそのまま利用しているらしい。数時間、長々とアドルフ達の自慢話を聞いていると、自然と覚えてしまった。


 帝国軍の車両を買い取ったものだそうだ。ちなみに乗り心地には配慮してないようで非常に悪い。なにしろ、居眠りができない。

 トラックのキャビンには座席が三席あり、ビリー、アドルフ、リサと横並びで座っていた。スーはリサの膝の上に座っている。


 ハンドルを握るのは、昨日のトラックの運転手ビリーだった。スキンヘッドに濃い髭、丸々と太ったダルマのような男。朝会った時から、粘り気のある視線でリサやスーを見つめてくるので、リサは嫌いだった。スー至っては、リサが止めなかったら殺しかけていた。


「よし、目的地に到着だ。あそこが今回の目標がいる場所だ」と、アドルフが指で示した。

 

 イースタルの前線基地だった場所だと彼が補足する。兵器の残骸で押し固められて、高さが三メートル程の分厚いコンクリートの壁に囲まれていた。分厚い鉄で門を固く閉じて、その前には見張りの男が巡回をしている。当然のように銃を装備している。

 積みあがった貨物コンテナが壁の向こう側に見える。


「あそこを根城にしている」


 アドルフは重い表情で、その賊達の集落を見つめている。大量の毒を吐き出すように、深くため息をついた。


「そして、そこに例の賞金首がいる。生死を問わず(デッドオアアライブ)だ。あそこまで巣の規模が大きいと私たちでもなかなか難しくてね。しかも、最近は周囲のコミュニティを吸収して、さらに拡大している。対処できるレベルを超えていて、どうすれば良いのか悩んでいたのだよ。どうだい?」

「問題ないですよ。十五分ってところかな。じゃあ、スー行ってくるね」

「はい、お姉様。お気を付けて」


 ゴルド帝国からの任務を請け負ったと、リサは聞いていた。

 昨日の夜見せられた写真の顔は、しっかりと覚えている。口元に立派な髭が蓄えらえている男だった。

 賞金首以外は好きにして良いと言われている。軽く痺れさせて無力化するつもりだ。アドルフ達が軍用トラックを借りてきたのも、先日のように拘束して換金するためだった。


 ドアを開けて、車高の高い大型トラックから飛び降りた。泥が跳ねる。滑りやすそうだ。戦闘中は気をつけよう。

 

「アドルフさんはここで待機してください。単騎で乗り込みます。無力化した後はお願いします、打ち合わせ通りです」

「本当に大丈夫なのか?」

「昨日も言いましたよ? 人数は問題ではありません。仕事を手配してくれたお礼です。十五分後にアドルフさん達はトラックで来て回収して下さい」

「あ、ああ」


 座席にいるアドルフはまだ信じられない様子だった。スーはそのまま車内に残している。どうもアドルフ達に関して気になることがあるので、観察するようにお願いしていた。


「くっそー、今日も雨か-。テッサも言ってたけど、ずっとこれだと気分が滅入る」


 今回の目標は決めていた。攻撃に当たらない。攻撃や支援神子術式(プログラム)を使わない。無力化の簡易神子術式(プログラム)を一つだけ使う。


 リサの中では、師匠こそが最強であり、恐怖の対象だった。そんな師匠との修業を思い出すと彼等との戦闘はお遊戯にもならない。だから、制限する。そうでもしないと勘が鈍ってしまう。


 限りなく大人数と相手をして、戦闘中の処理能力に負荷をかけたかった。

 ではどうするか。迫る危機をはっきりと知らせる。つまり正面突破だった。


「こんにちはー」


 フードを勢いよく被る。それが戦闘スイッチだった。

 瓦礫で固められた門に一直線で歩いていく。雨で視界が悪い。おそらく、門の前にいる見張りは、リサの存在に気付いていない。


 見張りに早く気付いてと願ってしまう。

 その一人だけだった。もっと人数がいた方が良かった。騒ぎを大きくして、警戒度を上げて欲しいのだ。

 仕方がない。申し訳ないが、彼一人にがんばって貰うしかない。


 フェンスゲートまで残り二百メートル。ようやく門の前にいる見張りの男が気付いた。外見はヨーロッパ系。盗賊で一番見かけるタイプだ。小汚い防弾チョッキを着て、自動小銃(アサルトライフル)をリサに向けて、叫んでいる。


「おい、そこで何してる!? 止まれ!! 見えねえのか!!?」


 小さくガッツポーズしてしまう。やっと気付いてくれた。


 その歩みを止めない。リサは両手を広げて、撃ってみなよと煽っていく。見張りの男は眼を丸くした。リサはさらに手をばたつかせて、早く撃ってと急かし続ける。


「おい!? 聞こえてんのか!??」


 見張りの男の手は震えている。辛うじて聞こえてくる声も弱々しい。歩いて近づくリサに対して、気違いでも見るような侮蔑的な視線。既にリサは射程内にいた。普通の人間なら鉛弾の前に為す術もないだろう。


 だが、リサは違った。


 彼はやっと引き金を引いた。それは運動会の徒競走のように、リサの動く合図になった。


 自動小銃の連続音。銃口から火が噴き出して、金属が連続で撃ち出される。

 

 実用的な全自動射撃。

 先端部の動きを見続ける。弾速はもう覚えていた。弾道を見切って、横に大きく跳躍した。


 師匠に叩き込まれたのは、心を乱さないこと。そして、眼を反らさないことだ。例え地獄の鎌が振り下ろされようとも、微笑みを絶やさずに、その刀身を見続けなければならない。


 小刻みな銃声が続く。

 横に二回転。地面に手を着いて、横移動を続けた。

 リサのいた位置をなぞるように銃弾が続き、勢いよく泥が飛び散る。耳元で弾の通り過ぎる音が聞こえた。

 まだだ。まだ、足りない。彼にはリサの襲来を仲間達に知らせえてもらわなければならないのだ。

 もっともっと怯えて貰わなければならない。


 さらに数十発の弾の雨を通り抜けた。


 聞こえるのは雨の音だけになる。弾を撃ち尽くしてしまったのか。


 リサは足を止めて、にこりと見張りの男を見つめる。

 違った。撃ち尽くしたわけじゃない。驚いて撃つのをやめてしまっただけ。肝心の彼は呆然として立ち尽くしていた。銃を持つ手からは、力が抜けている。信じられない『何か』を見るようだった。


「違うよ。そうじゃないんだって」

 

 予想に反した行動を訂正したくなってしまう。


 リサが求めるのは、見つめられることではない。叫んで、門の前の騒ぎを大きくして、沢山の仲間を呼んでもらうことだ。大量の雑魚との戦闘だ。一人だけなんて、どうにでもなる。雑魚ならまとめて来て貰わないと困る。

 

 早く撃ってと首をかしげて、彼に向かってずかずかと近づいていく。


「やめろぉ、来るな-!!」


 彼の手が震えて銃弾がばらける。避けるまでもない。僅かに当たりそうな弾は、身体をほんの少しずらして躱した。

 歩みを止めずに近づいていく。弾丸は擦りもせずに、逸れていく。

 引き金を引いても、その鋼鉄の武器の反応がなくなった。弾倉は空。撃ち尽くしたようだ。なのに、自動小銃を構え続けている。弾を補充しようともしない。


「ひっ……」


 完全に戦意が喪失してしまったようだ。心なしか涙を流している。


「どうしたの? これで終わり?」


 なら仕方がないと、走り出して、一気に懐へ飛び込んだ。


「ひやぁっ!」


 手刀で横一閃。銃器だけを破壊する。彼の手の中にあった自動小銃は、銃床(ストック)銃身(バレル)、弾倉と、構成している部品を撒き散らしながら、へし折れていく。もろい武器だった。


「ばっ化物……」

「そうだよ-。化物だよー」


 それを聞いて、笑ってしまう。

 リサの右手には男の腰から抜き取った自動拳銃。銃を破壊したときに奪ったのだ。

 男は自分の持っていた銃がどうしてリサの手にあるのかわからずに、その先端を見続けている。


 撃ち方は知っていた。弾倉に弾薬が装填されているか確認して、スライドを引く。カチャンと無機質な金属音が鳴る。治安の良い国に生まれたからか、銃器はどうも好きになれない。


 まず一発。

 呆然と立ち尽くす、彼のつま先数十センチで、小さな水柱があがった。


「ひぃ!?」


 男の息を呑む音が聞こえた。振り上げた顔に見せつけるように二発。三発。四発。反動は軽く感じた。男の逃げる速さは発砲音の回数に比例して早くなる。

 

「うああああぁぁぁ!!」

「ほら! 走りなさい!」


 銃声に追い立てられて逃げだした。彼を急かすように、わざと足下や顔の真横を狙って撃ちつづける。彼はわき目も降らず、開いていた重い鉄の扉の隙間から、砦の中へ帰っていく。

 

 重苦しい音と共に、鉄の門は閉められた。

 男が中に消えて数十秒経って、巣の危機を知らせる警報がけたたましく鳴り響いた。


「そうそう、それが正解」

 

 久しぶりに良い運動ができそうだ。最近、どうも生ぬるい戦闘が続く。勘が鈍ってしまいそうで恐くなる。あの地獄で得た感覚を維持しなければ、全て無駄になってしまうような焦燥感に駆られてしまう。


 ゲームが開始されるまでに、平穏に浸るつもりもない。

 残り十四分。人数不明。神子術式(プログラム)禁止。被弾ゼロ。中にいる人達全員を無力化。目的は賞金首の捕縛。


 壁の向こう側から、中にいる男たちの怒声が聞こえてくる。彼らが準備を完了するまでに数十秒。軽く腕を伸ばして、リサも準備運動をする。

 警報が鳴りやんで、静寂が訪れる。ようやく持ち場についたらしい。男たちの息をのむ音が聞こえた。


「よっし。じゃあ、さっさといきましょうか」


 緊張で張り詰めた空気の中で、助走を付けてゲートを力任せに殴りつけた。

 分厚い鉄板は大きくへこみ、門の後ろにいた男たちを巻き込んで吹き飛んでいく。下敷きになった男達の、野太い悲鳴が聞こえた。

 アドルフ達のトラックが通れるように、完膚なきまでに入り口をこじ開けた。


 申し訳ないが痛い目にあってもらおう。間違えた。運動に付き合って貰おう。

 ゲートの向こう側には、小さな空間が広がっていた。まだ居住区にはたどり着けないらしい。しっかりと守りを考えているようで、難易度上昇に心が躍る。

 

 門前広場にはコンテナが無造作に配置され、その陰から銃を構えている男たちが何人もいる。もちろん、リサに照準を合わせていた。


 その熱烈な歓迎を見て、久しぶりに体を動かせそうだと、どうしてもうれしくなってしまう。ランの教えは骨に刻まれている。笑うリサを拒絶するように弾幕が張られていった。

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