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GENE2-8.やっぱり今夜の師匠はなんか違う

 午後の稽古がなくなって、屋敷に来て始めての自由時間に、手持ち無沙汰になってしまった。


「……そんなこと言われてもね」


 結局、書庫に本を借りに行ってしまった。大学に通っていた自分に見せてあげたい。ただ遊ぶ手段がないからかもしれない。本を頭に詰め込んでいると、あっという間に夕食が運ばれてきた。いつもより味が薄く感じ、どうしてもそわそわしてしまう。


 食べ終わった夕食の御前を人形に渡し、「いつもありがとうございます」と小さくお礼を言う。

 

 一瞬、外見が恐ろしい人形は固まった気がしたが、気のせいだろう。無機的な動作は変わらない。鈍い駆動音を響かせて、部屋を去って行った。人形は過酷な修行を通してさらに嫌いになった。しかし、感謝の気持ちは一応伝えなければと思ったのだ。


 食後にスーと明日からの予定について話して、気を紛らわせる。

 師匠の部屋に行くと何かが終わりそうで、立ち上がって部屋を何周も歩き回ってしまう。


「落ち着いて下さい。お姉様にはもう十分な力はあるはずです」

「そりゃ、戦闘能力は上がったけどさ」

「必要なのは情報です」


 優秀な妹だ。リサ達の知っている情報は四百年前まで。エアやランが記録してきた以降、この世界がどう変化しているのか謎である。この世界にあるテクノロジーはどこまで発達したのだろうか。


「まず、大きな街へ行こうか」

「そうですね。なら西へ向かいましょう。あと人も必要になります。私はずっと二人でも良いのですけれど……」

「やっぱり? でも、面倒だよ。正直言うとあんまり目立ちたくない」


 敷いてある布団にダイブして、怠惰の塊になってうずくまる。ゲームに対するモチベーションは、相も変わらず低いままで、そもそもリサはそこまで好戦的ではない。彼女はランやエアと一緒にして欲しくなかった。争い事は嫌いなのだ。


「さくっと勝って、早く帰りたい……」

「なら、なおさらです!」


 この世界の面積は、元いた星とほぼ同じらしいと、エアの本に書かれていた。リサは一度も海外に行ったことがない。母国よりも広大な範囲を活動していくことを考えると、少し目眩がしてしまう。

 

「そろそろ師匠のとこ行きましょうか」

「ちょっと待って……」

「どうしました?」

「気持ち切り替えるから」


 この部屋も明日の朝に離れると思うと感慨深くなる。この布団とも明日にはお別れで、そう思うと名残惜しい。リサは時間をかけて布団という柔らかい拘束具を断ち切った。布団から離れる。またこの場所に来れば良い。


「よっしゃ行くぞ!」


 気持ちを完全に切り替えて、師匠と話す気持ちをつくっていく。自室を出て、延々と伸びる廊下を突き進む。この道はランに強制的に弟子入りさせられた日以来だった。


「スー、私の能力ってさ。とっても強力なものだと思う」

「能力は把握したとおっしゃっていましたね。不安ですか? 必要なのは覚悟です」

「そうね……」


 人間が扱える力の範囲を超えていた。自分の能力を試そうと思っても、心の中でどこがブレーキをかけてしまう。

 屋敷最奥の通り道の、天井の高さ、薄暗さは変わらない。展示されている美術品は少なくとも四百年以上前のものであるらしい。一度見たときよりも、なおさら肩身が狭くなった。

 ランの部屋の襖が見え、廊下に赤い提灯が飾り付けられている。初めてのときの、まるで夏の夜祭りを思い出す。柔らかい光が師匠の部屋まで一直線に続いていた。


 巨大な鳳凰が羽ばたいていて、それが部屋の入り口である。最初来た時と全く変わらない。連続して四枚の襖が開く。畳が敷き詰められた巨大な空間が現われ、その中心で師匠が仁王立ちしていた。師匠のその美しさには全く変化がなく、張り詰めた存在には一点の曇りも見られない。

 

「おお! 来たか! お主の面構えもずいぶんと変わった。背は伸びないままか」

「背については言わないで下さい! これでも気にしてるんですから」


 高校生の頃から身長は変化していない。四捨五入して百五十センチだ。ちなみにこの屋敷に来てスーの身長が伸びてきて、追い越されてしまいそうなのもリサの悩み事の一つだった。


「主の能力を使えば、簡単であろう」

「それは――って師匠、私の能力知っているんですか!?」


 師匠には能力について一切喋っていない。第一、誰にも言っていなかった。


「ただの予測じゃよ。主も妾の能力についても考えているのじゃろう?」

「師匠は人を惑わせる能力ですか?」

「まぁ、近い。簡単に言うとイメージの具現化じゃ。人を騙すことは容易く、人のイメージも読み取れる。おや、どうした?」

「いや、師匠が素直に話してくれるなんて意外だったので」

「まぁ、最後だからのう。種明かしじゃ。手品の種なんて、実際に見るとがっかりするぞ? いやー、お主は簡単に騙されてくれるからのう。単純な投影で引っ掛かるから飽きない。エアを思い出す」

「これもイメージの投影じゃないでしょうね!?」

「さぁ、どうじゃろうなー」


 飄々とした師匠に戻ってしまった。彼女はどうしようもない天邪鬼で、いつも素直じゃなかった。

 質問に対してしっかりと答える確率は五分だった。おそらく、残りの五分は自分で考えろということらしい。弟子の成長を促しているのだと信じている。


「まぁ、能力について助言を一つやろう。決してぶれるな。その能力は主の望みを表した力。自分の願いに正直でいろ。迷うな。その能力は制御出来なくなる」

「素直でいろってことですか?」

「まぁ、そんなとこじゃ。初心を忘れるな。結構不安定なものなんじゃよ。常に使えるとも限らん」


 師匠を見ればなんとなくわかる。彼女ははずっと彼女だった。その存在にブレることがないのは、見ていれば自然とわかってしまう。


「最後だと話すことが多くなるのう。さて、渡すものがある!」


 ランが両手をぱんっと叩くと、白い光が瞬いた。

 目の前の畳には何もなかった。まるで迷彩で隠されていたように、大小二つの大きな包みが現われる。白い布で丁重に包まれていて、リサはなんだと覗き込んでしまう。


「これは畳の上に何もないというイメージの投影じゃ。面白いじゃろう? これは能力で創造したわけじゃない。複雑な物質の創造にはかなり力を使う」


 今日の師匠は本当に良く喋った。稽古の間も喋ることには喋る。でも、重要な情報をはぐらかしながら、嘘と絡めて話すの悪戯っ子のような人だった。


「開けてもいいですか?」

「もちろん」


 重厚な外套、厚底のブーツなど旅の装備一式が入っていた。組み合わせると全身は白を基調とした、まるで西洋の修道女(シスター)を思わせるような上下の衣装。崇高な気高しさを帯びていた。

 まさか洒落た洋服が渡されるとは思わなかった。

 ランと共に純和風とも言える暮らしをしてきたリサにとって、このプレゼントは二重の意味で驚きを与えた。一つは洋服が渡されたこと、もう一つは本当に嬉しいプレゼントだったことだった。しかも、あの捻くれた彼女からだ。


「えええーー!! 師匠! 師匠! 本当ですか!? 本当に頂いて良いんですか!?」


 その無垢な純白に、黒い刺繍でところどころ紋様が刻み込まれ、シックな雰囲気を醸し出していた。思わず両腕で抱きしめてしまった。


「ふふふ、そこまで喜ばれると作ったかいがある。それは主の頭の中のイメージを借りた。妾も久しぶりに目新しい物を作れたので楽しかった」

「確かに見覚えのある服のような……」

「所々アレンジを加えたがの。それには特製の神子術式(プログラム)が刻み込んである。主を補助するようにのう。それは扱う力によって色が染まる。コードと原理は一緒じゃよ」

「凄いです、師匠! このセンスには感服します! 格好いい!」

「加えて、どんなに激しく動いても、攻撃を受けても汚れないし、ほとんど破けない。もし破けても一晩置いておけば、元に戻る。過酷な旅にはいいだろう」

「はい! 着替えてみても良いですか?」

「まぁ、ちょっと待て」


 今夜の師匠はいつもと違って、柔らかな雰囲気だった。あの落雷のような気配は消えて、自分の祖母と話しているように思ってしまった。彼女がまた指を振るうと、椅子が現れた。師匠はいつの間にか、鋏と櫛を持っていた。リサにはもともと持っていたのか、具現化したのか、判断ができなかった。


「着替える前にこっちにこい。お主だいぶ髪が荒れたのう」

「師匠のせいですよ」

「ふふふ。まぁ、そうじゃな」


 椅子にちょこんと座ると、櫛で髪を解かされていく。その手つきは優しく、シャキンという金属音は心地良かった。魔女は魔女でも悪い魔女ではなさそうだと、最後の日に確信した。師匠が髪を切ってくれるのが嬉しくて、ついつい振り返ってしまう。


「ええい、そんなに顔を動かすな」と師匠の冷たく硬い手が、リサの頭をがっしりと掴む。


「懐かしいのう、髪を切るのは何百年ぶりかもしれない」

「それは……、ちょっと心配になってきました」

「安心しろ、間違えたら、力で元に戻す。まったく便利な力じゃよ。まるで神にでもなったように、何でもできる。だが、大事なのはその過程じゃ……まだ迷いはあるのか?」

「迷いですか?」

「自分の能力についてじゃよ」

「ああ、ちょっとだけですね。あとはいざとなったら何とかなるでしょ! みたいな感じです」


 師匠が頭をぽんぽんと叩く。髪がぱらぱらと落とされていく。

 頭を傾けるように指示されて前屈みになる。温水がかかり、穏やかな温風が巻き上がり、一瞬で髪の毛が渇いてしまった。


「こうして一部魔法を使うのは、別に良いと思うがの。大事なのは力の使いどころじゃ」

「ありがとうございます」

「主からちゃんとお礼を言われると、虐めたくなってくるのう」

「止めて下さい! 今日だけは止めて下さい! 今日はずっと優しい師匠でいて下さい!」

「冗談じゃよ。反応が良くて、からかいがいがある。ほれ、着替えてみろ」


 まさか修行で死ぬほど嬲られたのは、ずっと自分が悲鳴を上げてたからだろうか。もっと早く気付くべきだった。悲しいけど受けた苦痛はなかったことにはできなかった。今度、稽古を付けてもらうときは、無言を貫こうと固く誓った。


「ちょっと格好いいかも……スー見て! どう?」

「はい! お姉様! 美しいです!」

「スーも可愛い! 可愛いよ!」

「ちょっと足下が涼しい服装なのですが」


 その姿を見て、思わず抱きついてしまう。

 スーも立派な洋服をもらっていた。今日で一番驚いた。その服はメイド服だった。確かにリサは見た記憶がある。あれは大学のサークルの忘年会だっただろうか。友人のコスプレだっただろうか。

 スーは黒いワンピースに白のエプロンで、足下は膝丈まで覆われている。リサの服の雰囲気にあわせて、格調の高い洋服だった。どこの国の王族に仕えているのかと思ってしまう。


 師匠は作っている途中楽しくなって、さらに何着か別のデザインを作ったらしい。そして、いくつもの小物まである。スーは嬉しそうにヒラヒラとスカートをはためかせて、クルクルと回る。


「役立つことを祈っておる――」と、師匠の言葉が固くなった。


 どうしたのだろう。まるでもう会えなくなるような物言いだった。別に二度と会えなくなるわけじゃない。

 ただ、師匠との別れが近づいてくるのは事実であり、リサの感謝の気持をどうにか伝える方法はないかという、想いは次第に強くなっていく。


「師匠? 急にどうしたんですか」

「そして、最後のプレゼントじゃ。お主には全てやると言ったのは覚えているか?」


 妾はもう生きてはいないんじゃ――と言われた気がした。でも、口を開けていない。腹話術のようにどこからか響いて、師匠の表情が消滅した。


 そして、師匠が二回拍手を打つと部屋が消え、天井、床、壁、全てが白い粒子になって、泡のように巻き上がる。


 この屋敷は全て彼女の能力でつくられた世界だった。どこか別の場所に瞬間移動したかと思った。

 数秒ほど落下して、むき出しの荒れ地に尻餅をつく。


「ひゃ!?」


 振り返ると巨大な屋敷が建っている。ぽっかりと一区画だけ消えて、その軒下がむき出しになっていた。見上げると夜空が広がっていた。


 そこは初めて見た屋敷の外の光景だった。

 この世界に来てから何ヶ月経ったかわからない。元いた世界の最後は一学期の終わりだった。それからどれほどの時間が経ったのだろう。


 夏の終わりの匂いがした。


こんばんは。スーです。能力者が多いので、私の解説も多くなりますね。正直言って面倒ですが、仕方ないです。今回はラン師匠の能力です。


・『胡蝶之夢ドリームズカムトルゥー

名前の通りです。森羅万象を実現する力、いや惑わす力て言った方が合っていると思います。単純な物質はすぐ形成でき、構造の複雑さによって、時間と労力が比例します。


そして、ここだけの話ですが、この能力の難点は自分のイメージに制限されます。それが武器であり、欠点なのです。

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