GENE2-7.本当にもう終わりなんですよね
閃光と火花が舞い散って、爆炎が踊り狂う。
修行の初期と比べてその規模は桁違いだ。師匠の一降りで中庭が火の海になってしまう。防御のため神子術式が遅れれば、一瞬で消し炭になってしまう。
「ほれほれ!!」
師匠は楽しそうに手動で術式を入力していく。強烈な爆発音が連続し、彼女はまるで爆撃機のようだった。
術式を用いた戦闘になっても、基本的なことは何も変わらない。大事なのは白い粒子、世界の断片の量だった。術式によって、その使用方法が多様になっても、戦闘の鉄則は変わらない。そのエネルギーの量が攻める量より守る量が多ければ無傷であり、その逆であればダメージを負う。本質的なものは全て、修行の初期に教わっていた。
全身で白い粒子を纏うことはできるが、戦闘だとかなり効率が悪い。攻撃を一つ一つ把握して処理する方が楽だった。
そして、戦闘中、高難易度のリズムゲームのように、白い粒子を攻撃と防御に振り分ける。一瞬でその量を微調整して、ランの攻撃をいなしていく。
「いつもバカスカ攻撃しやがってっ!!」
もちろんこのまま逃げるつもりもない。リサの反撃の番だった。
文字術式が書かれた御札を懐から出し、力を注ぎ込むと自分と同じ姿の映像が投影される。光をねじ曲げて、幻影を写しだした。自分の姿を複製して、中庭に何体も貼り付ける。
今日の稽古はまだ始まったばかりだった。残っているお手製の御札の枚数を確認する。まだ余裕はある。
「ほう新作じゃの! 今日はデコイか」
攻撃が届く前に避ける、防ぐ、反らす、妨害する。防御する手段も実に多様化していた。
術式はどんなエネルギーにも変換することができる。力に対して様々な作用がある。自分の目の前に干渉して、その小さな世界を操ることができた。
リサは僅かなスキを利用して、腕を振り下ろして術式を起動する。土中から霜柱のように数メートルの氷柱が突出した。
少しでも障害物が欲しいが、中庭には余りにも材料がなかった。氷や土の簡易防壁だ。
交差する術式のさなか、いつものように師匠との会話が続いていく。
「師匠は閉じ込められて、何年経ったんですか?」
「うーん、二ゲームあったらしい、四百年くらいかのう。ほんの少しの間じゃよ!」
「四百年はそんな短い時間じゃないと思います」
「妾にとっては短い。外もずいぶん変ったみたいでのう」
「どういう変化があったんですか?」
「世界規模の大戦が二、三度起きた。奇妙な生物が現れて、それを利用する技術が発達したらしい。よくわからん」
「それは知りたい情報です! 師匠! 四百年分の歴史をさらっと言わないで下さい!」
その情報は求めていたものだった。何しろリサ達は屋敷の外に出たことがない。
ランからは修行が終わるまで屋敷から出ることを禁止されていた。まだ、半人前だからだそうだ。修行に戻ってこない可能性があり、屋敷の外に出すつもりはないらしい。流石師匠だとリサは思う。弟子のことをよく理解している。地獄のような修行を早く抜け出したくて、日々の稽古に精を出すしかなかった。
「――と言ってものう。妾はそんなに知らん。ここに閉じ込められたままでは、できることも限られておるしのう」
師匠の爆撃をかいくぐりながら、リサは一言も聞き逃すまいと食らいつく。
御札が焼き切れ、デコイが消える。紙製の御札による術式の持続時間はかなり限定されている。大量のエネルギーの変換に紙片が耐えきれなかった。
「総代会も縮小した。いや、もうなくなったと言っていい。かつて信仰された宗教も世界の隅に追いやられ、獣人に細々と引き継がれておるだけ。形だけは残っているがの。もう世界の中枢に妾の目は届いてない。閉じ込められる前は世界中の国のトップを洗脳して、うまくやっておったのにのう」
「だから封印されたんじゃないですか」
「……」
「無言にならないで下さい!」
図星なのか師匠の攻撃の威力が倍になる。防御で防ぎきれず、反らすことに専念して、稼いだ時間でミリ単位の精度で火炎を避ける。
「お主、だいぶ余裕が出てきたのう。腹が立ってきた。しかし、従者の能力も使えるとは、ずるい能力を得たのう」
「師匠もそうでしょう!」
自分の能力についても進展があった。スーの能力を使うことができた。ただ、その使用効率は悪くかなり疲弊する。便利な能力ではあるが、実戦レベルでは使えない。
しかし、師匠も神の力に等しいほどの能力を持っている。本人の口からは、まだ何も教えてもらっていない。言われたとおり推測するしかない。
リサの予想では、師匠の願いの根幹は。イメージの実現だった。修行の中で幻をつくり、何度も惑わされた経験は何度もある。一瞬でも目を離すことができない。虚構を見せ、ついにはそれを実現してしまう。さらに、その応用で相手のイメージを読み取ることすらできるようだ。
頭上から雷撃は、問題ない。
ランの落雷を術式で反らす。単純な防御よりも、力を相殺しないので必要な粒子量はかなり減る。術式を用いた戦闘では、攻撃に対する対処方法も多様になった。しかし、ほとんど身体に染みついた。
術式を始めた時と比べて、師匠の攻撃の威力は数段上昇した。しかし、リサは生き残っている。自身の実力の向上は素直に嬉しかった。
エアの授業と師匠との実戦で、戦闘技術はかなり向上した。伊達に毎日死にかけているわけじゃない。人間死ぬ気でやればなんとかなるらしい。
「――今日はこれまでじゃ」
「これでですか!?」
まだ午前中だった。いつもはこれから千本ノックのようにリサは嬲られるはずだ。ランの噓じゃないかと最初に疑念が生じる。彼女の笑顔には幾度となく欺されたのだ。恐る恐る戦闘態勢を解いていく。
「本当ですか?」
「だからそうだと言っておる。いいから、話を聞け」
これが幻覚である可能性もある。気を抜いてはいけなかった。彼女に対しては、疑心暗鬼になる位がいいと学んだのだ。彼女への警戒のレベルをあげていく。
「馬鹿弟子! まだ殴られたいのか!」
「ひゃ、ひゃい!」
師匠の鋭い声で警戒を全て解いた。完全に無防備な状態になって、師匠は笑顔になる。会った時と全く変化のない、背筋が凍るほどの微笑みだった。
「要求するレベルには達した。もう修行は終わりじゃ!」
「え!?」
彼女の言葉の意味が理解できなかった。リサは毎日、生き残ることに精一杯だった。少なくともあと数ヶ月はこの生き地獄が続くと思っていたのである。
「お主の戦闘能力ならもう問題ない。後は能力を使えるかどうか。もう目安はついているのじゃろう。ならいい」
「それは本当ですか?」
「そうじゃと言っておる! そんなに妾を信じれんか?」
「……」
「なぜ無言になる」
「い、いえ! 何でもないです。しっ師匠!」
「なんじゃ?」
「あの……、えっとですね……」
師匠は沈黙して、リサの言葉を待っていた。稽古で殺意を向けられたときよりも、心臓が高鳴ってしまう。あまり慣れていなかった。しかし、心を決めて全力で頭を下げた。
「あっありがとうございました!」
修行終了宣言は突然で現実味がない。彼女らしかった。ランはいつも驚きをくれる。悪い意味でも、良い意味でも。師匠の得意技は不意打ちだった。リサが思うに。元いた世界では人を騙す職業だったに違いない。きっと師匠の能力もそれに関連するものだと、邪推してしまう。
ただ、そんな暴虐な師匠に疑念の次に生じた気持ちは感謝だった。彼女がいたおかげで、この世界で生き抜く力を得ることができたのだ。ランがいなければ、草原の片隅で朽ちていったに違いない。
初めて会ったときは育てて食べられてしまうんじゃないかと思った。もしそうでも、ここまで教えてくれた恩は簡単に忘れられるものではない。
見回すと複雑な気分になってしまった。
この中庭は、この世界にできた唯一の自分の居場所だった。大量の自分の血痕が飛び散った過去がある。苦い思い出は腐るほどあった。しかし、れっきとした自分の居場所。
「明日の朝、出発じゃ。お主とはもうお別れになる。後は頑張れ。旅に必要な装備も全部渡す。それと、今夜とっておきのプレゼントを渡してやる」
何故か目頭が熱くなる。嘘みたいで、正直まだ信じられなかった。直接、お別れだと言われると悲しくなってしまう。
でも、それ以上に稽古から解放された嬉しさで泣いていた。あの地獄から解放されたと思うと涙が止まらない。修行は辛く、苦しかった。阿鼻叫喚の中庭で、救ってくれるのは自分しかいなかった。縋り付く一本の蜘蛛の糸さえないのだ。喉が潰れるほど恨み言を叫んだ。
目から涙が噴き出してくる。声も濁って、もう俯くしかなかった。
「しっ……し……しょう」
「ばっ馬鹿弟子、こんぐらいで泣くな!」
戸惑う師匠なんて初めて見た。気持ちが落ち着くまで、何度も深呼吸を促される。こんな優しい彼女も初めてだった。
「どっどんなプレゼントですか?」
「そこはお楽しみって奴じゃ! お主のゲームに役立つ筈じゃ」
「それは本当ですよね? 餞別じゃとか言って殴りかかってこないですよね」
「それは酷いのう。お主は妾を何だと思っておる」
「いや、ええとですね!」
素直に口に出したら、ゾッとしてしまうような惨劇が起きてしまうだろう。言葉が見つからなくて、言い淀んでしまう。
ふふんと師匠は笑った。いつもと変らない艶やかな笑みだった。リサの経験上、悪いことが起きる確立が高かった。今回は例外なのだと信じてはいた。しかし、心のどこかで不意打ちに備えてしまう。
「今日、寝る前に妾の部屋に来い。場所はわかるな、それまで自由じゃ。読み残した本を読むなり、スーと打ち合わせするなり、好きにしろ。心配事はあるか? よし、ないな! では、さらばじゃ」
「ええ!? ちょっと師匠、聞きたいことがっ!?」
パチンと柏手を打つと姿が消えてしまった。おそらく師匠の能力によるものだったが、その原理はまだ解明できていない。しかし、自分の言いたいことだけ言って消えてしまった。聞く気があったのか疑わしい。会った時から彼女は何一つ、変わっていなかった。
そして、襲われなかったことに驚いてしまう。素直にもっと聞けば良かった。あんな優しいランは最初で最後になるかもしれない。
「ああもう!! だから話を聞いてよ、馬鹿!!」
もしかしたらと期待して、大声で叫ぶけれど師匠には聞こえていなかった。
抱えていた心配事は一つあった。自分の能力についてだ。何ができるかも掴めたのだ。ただ、余りにも強大な権限は、自分以外に使う気が起きなかった。自分に対しても、かなり制限して私用してしまう。
それだけの世界への影響力だった。人一人に与えていいレベルの能力じゃない。自分でもわかっていて、必要なのは覚悟だった。神様の代理人としての覚悟だった。
もしかしたら師匠に頷いて欲しかっただけなのかもしれない。
みなさん、こんばんは。スーです。今回紹介するのはエアさんの能力ですね。
・『解読書』
森羅万象を『読み解く』力です。物質だけじゃありません。力や事象でさえも読み取ることが出来ます。ただ、戦闘には不向きです。
エアさんのゲームは八百年前ですが、最初は師匠がメインで戦ったと聞いています。それが嫌で開発したのが『神子術式』だそうです。
おかげで私も簡単な術式が使えます。お姉さまよりもコードの量が少ないので、できることは少ないですがね。