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GENE2-6.願いの形

 客室は二人で使うには余りにも広すぎた、二人の布団がぽつりと中央に敷かれ、その上で茹で上がったスーをリサは団扇で扇いでいる。


 どうしようもない不安が浮かんでは消え、一抹の灰色の心配事が滲む。

 今できることに集中しなければならない。自身の能力開発に求められるのは、まずは自分自身を知ることである。彼女の本から学んだことだ。


『能力って言うのはね! 神様の代理人(プレイヤー)の願いが形になったものなの。でも、難しいのは、自分が何をしたいか案外わからないことなんだよね。だから、覚醒後の結果から、何を願っていたのか類推するのも一つの手段。能力の材料は元いた世界で考えていたこと。それを元に、この世界での意志に沿って能力の核が形成されるの! エアちゃんは翻訳をお仕事にしていてね。それで――』


 頭の中でエアの言葉を再生する。しっかりと音声付きで刻まれた記憶が思い出されて、余計な部分をスキップしていく。


『――ある程度予想が付いたら、自分の能力のイメージを形にしていくの。願望により近い形ほど強いものになる。名前を付けるとかは典型的で、言葉で縛るのは有効な手段なの。エアちゃんのは『解読書(コードブック)』って――』


 自分の願いを言葉にしなければならないのだろうか。自分のことを言葉で表すなんて、嫌悪感を抱くほどではないけれど、背中がむず痒くなってしまう。


「……お姉様? すみません、またのぼせてしまいました」

「どう? 楽になった?」


 湯あたりしたスーを団扇でゆっくり扇ぎながら、考え込んでいた。能力に関する情報の整理をやめて、スーの様子を見る。寝間着である浴衣の胸元がはだけていたので直してあげた。


「はい、だいぶ意識もはっきりしてきました」

「大丈夫?」

「……なんとか。ありがとうございます。お姉様は何か考え事をしていたのですか?」

「良く気付いたね。私って何だろうかってね」

「能力のことですか?」

「そうそう」


 スーは一目で考え事をしていたのを見抜いてしまう。本当に察しの良い妹だった。この世界で必死に生きてきたからなのか、大抵のことをそつなくこなせる。屋敷の暮らしでは、スーに助けられたことが何度もあった。姉としての面目はもう既にない。

 リサは特段気にしてはいなかった。考え込むリサをスーはじっと見つめていた。


「――さっきの話の続きなのです。お姉様にその件で話したいことがあるんです」

「うん。どうしたの?」

「お姉様、怒らないですか?」

「怒らないって! 私が優しいの知ってるでしょ」

「本当に本当に、怒らないですか?」

「そんなに何度も確認しなくて、大丈夫だから! 何? どうしたの?」


 スーは目をそらして、リサの反対側へ身体を反転させる。小さな背中がリサに向けられていた。リサは扇ぎながら彼女の次の言葉を待っていた。


「……私、能力があるみたいです」

「え、それはなんとなく? ありそうな気がするみたいな?」

「いえ、はっきりです!」

「確実に使いこなせるの?」

「そうです!」


 スーは自慢げに振り返って、嬉しそうにリサを見る。リサもにっこりと笑って、指先で軽く宙に術式を刻んだ。


「――っ熱いです! お姉様熱いです! 術式で加熱しないで下さい!」


 ちょっとした意地悪だった。優しいお姉様は、ほんの少し空気中に熱を加えてしまった。

 布団の上をスーがごろごろと転がって、湿度を含んだ熱気が顔に当たる。スーが苦しく悶えるのを見て術式を停止した。


「……お姉様、少し師匠と似てきましたね」

「そっそんなことないよ!」

「いえ、似てきました。術式で虐めるだなんて……」

「ごめんって! 冷やすから! ほらほら!」


 今度は扇ぐ空気の温度を下げて風を送りこむと、スーは涼しそうに目を細めた。

 師匠と似ているだなんて言われて、リサは心外だった。彼女はもっと容赦がないし、そもそも彼女はこうして扇いでいないだろう。もし扇いでもスーはもう脱水症状で意識を失っている。それか布団ごと焼却するだとか、全身氷漬けだとかやりかねない。


 リサの師匠のサディスティックな性格は折り紙付きだった。それはリサが一番よく知っている。思い出すだけで涙が出てきてしまう。

 

「ふうう、涼しいです。ありがとうございます、お姉様。もう大丈夫です」

「それでそれで?」


 エアコンのスイッチを切るように術式を解除する。スーは起き上がって、リサに向かって正座した。乾いた髪を撫でつけて、黒目がちの瞳で、褒めて欲しそうにリサを上目づかいで見る。


「私の根源的な望みは単純でした。見ることです」


 スーの頭に触れて耳を軽く摘まんでみる。どうしても湯上がりのスーを見ると弄りたくなってしまった。


「おっお姉様、くっくすぐったいです! もう真面目に聞く気がないでしょう! 私の能力は目に入ったものから察する力です。本を参考にして、私は拡張視(ルーペ)と名付けました」

「聞くことじゃなかったの?」


 スーは本来耳が聞こえなかったのだ。彼女の願望は、『聞くこと』ではないかとリサは思ってしまう。


「これまで生きてきて、聞くことは諦めていました。生きる中で考えていたのは、視界から如何に読み取るかどうかなんです。元々、唇から喋っている内容を読み取るくらいできました。まぁ、そういう能力なんです」と、スーは得意げにリサの顔を覗き込む。


「このことがもしかしたら、お姉様の能力のヒントになるかも知れません。どうしてかと言いますと」

「能力が発現するのは神様の代理人(プレイヤー)の血筋のみ」

「そうなんです! 私にはお姉様と同じ血が流れているんです! 可能性ですが、きっと! お姉様の本当の妹になのです! 直感は正しかったのです」


 神様の代理人(プレイヤー)の力は遺伝する。遺伝子として子に引き継がれる。また、先祖返りとして、遠い子孫が能力に目覚めるなんてこともあるらしい。そして、世界の歴史はプレイヤーの血筋に動かされてきた。


「これはお姉様が与えてくれたもの! それがきっとお姉様の能力なんです。同じ血が流れているんです! …サンテお姉様?」


 クッションのようにスーを抱き寄せて膝の上に、そしてその小さな肩にアゴを乗せる。スーに頬ずりをして考え事をまとめようとした。


「うう、お姉様重いです……」

「ふふふ、こうすると考え事がはかどるの。……スーに先を越された」

「ああ、落ち込まないで下さい!」


 自分の能力をなんとなく掴めた気がする。しかし、悔しいのは事実だった。仕返しでその柔らかい両頬をつまみ上げると、お風呂上がりだからなのか想像以上に伸びた。


「ほっほへえはま」


 その肌触りから、あの時の記憶を思い出す。スーが刺され、自分が一体何を望んだのか。その意志を、願いを心に蘇らせる。両手の親指と人差し指を離した。


「お姉様はもう既に何をやりたいかわかっている筈です。もう実はなんとなく予想もできています。必要なのは動き出すこと。私には見えるんです」

「スー?」

「能力に関して、私が思ったのは自分の気持ちです。自分の気持ちを信じれば、能力が現実に干渉する実感が現われました。能力って自分の気持ちにものすごく左右されます。迷わないで下さい、お姉様! 実際に使っているとわかります。私は『お姉様の為に』と思えば、きっと世界の裏側まで見通せます!」

「スー、ちょっと楽しそうだね」

「いえ、実はお姉様の先を越せた優越感が全くないわけではないんです」

「この! この!」

「お姉様! 痛い! 痛いですの!」


 鍛えられた拳でスーをつつくと、嬉しそうに身体をくねらした。

 一息ついて自分を奮い立たせる。書庫にある本で能力に関する本はあと数十冊。頑張れば今日中に読み終わる量だった。スーはリサよりも読書量を積み重ね、リサが稽古している間も一人で頑張っていたのを知っている。そんな妹に負けてられない。


「ありがとう! スー!」

「はい、お姉様のためになったのなら、嬉しいです!」

 

 さっさと本を読み尽くして、今の気持ちを形にしたかった。スーに励まされたおかげだろうか。彼女が背中を押してくれた気がして、勢いそのままに書庫へ向かった。

スーです。自分で言うのもなんですが、能力の解説をさせていただきます。


・『拡張視(ルーペ)

眼を使ってきた生き方と、お姉様を見たいという気持ちにより形成しました。生き方と願望は可分であり、不可分なもの、密接につながっています。だからこそ、言葉にしづらいものなんですけどね。


『全ての見えるものは見えないものに触っている』 


簡単に言うと読唇術の発展系です。人の嘘とか簡単に見破れて、どんなものも見逃さない。使い勝手良いですよ、非常に冒用性が高い。流石、私です。

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