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GENE2-4.お願いだから、一発殴らせて


 この世界では、創造力が強さに直結するとエアは言っていた。

 リサにとって、書庫の本は貴重な情報だった。騒がしいけど文句は言ってられない。ランが教えてくれない内容、本から頭に叩き込むしかなかった。まるで頭の裏に刻まれたように文章は覚えている。頭の中に喋る百科事典を突っ込まれたみたいだ。


 近頃はずっとエアの授業を受けていて、膨大な情報を頭に詰め込んで、口を開けると知識が溢れ出してきそうな、吐き気を感じる。

 幸い、書庫通いは続いていた。叩き込んだ情報を師匠との戦闘で試す。その繰り返しだった。それまでの攻撃は単純な打撃攻撃や斬撃を飛ばすだけだった。しかし、反撃方法もかなり多彩になった。単純なエネルギー変換術式は簡単に使える。


「ははは!! 楽しいのう!! なはははは!!」


 そのせいかランの喜ぶ姿も良く目にするようになった。全くもって嬉しくない。闘いながら笑うなんて、師匠の存在に対する恐怖は三倍増しで、どこの魔王だと言いたくなる。



 土煙が舞い、エネルギーの爆発が連続する。電撃、熱、光など様々な攻撃術式を、師匠が宙に刻んで、絶え間なく轟音が大気を震わせる。彼女が腕を振り落とすと、入力した軌道に沿って火炎が生じる。灼熱が顔を掠めて、チリチリとリサの黒髪が焦げる。


 ランを睨み付けた。いつまでもリサはやられるわけにはいかなかった。

 ゲームどうこうじゃない。とりあえず師匠を殴りたい。あの顔面に一撃を叩き込みたい。それがリサの、最近の大きな目標だった。書庫に通って随分経過した。その目標の為だけに、リサは戦い続けていた。


 火炎が途切れ、リサに反撃の機会が来た。

 透明なチョークで描くように、宙に術式を刻む。指先から世界の断片(コード)を出して、この世界に求める事象を刻み込む。

 吐く息が白くなって、エアの本で覚えた術式の応用である。昨日の夜に作ったオリジナルの術式。範囲設定、起動する。


 喜ぶ破壊神と化したランの姿が、白い霧に包まれる。中庭は濃霧にみたされて、光では互いの姿が見えなくなってしまった。遂に師匠の攻撃が止まった。


「ほほう、目眩ましか」


 師匠の攻撃が止まった。作戦の第一段階はクリア。限りなく音を立てないようにリサは走り出した。


「空気を冷却して、水分を凝結させたか」と霧に師匠の凜とした声が嬉しそうに響く。


神子術式(プログラム)を用いた戦闘におけるアドバイス、その一。相手の術式のプロセスを理解して、それを妨害する」


 頬に熱い空気が触れる。師匠を中心に霧が晴れていく。リサは目眩ましに紛れて、五十メートルは距離をとった。次第に退避スペースが消されて、中庭の霧が全て晴れ、最後に姿を見せたリサは、師匠と目が合った。


 リサにとって、そんなことは想定済みである。

 僅かな時間が稼げれば、さらに複雑な術式が展開することができる。手元の術式の設定はほとんど終わった。後は起動するだけである。リサとランの距離は、広い中庭の端と端、距離がこれだけあれば十分だった。幾ら師匠の攻撃でも間に合わない。


 何故か師匠は笑っていた。その不敵な微笑みを見て、背筋が凍り付いた。リサはその意味を知っている。師匠の手の平で踊っていることに気付いた。しかし、遅すぎた。


「その二。術式を展開させない。そんな暇は与えない」

「っ!?」


 彼女の澄んだ声が背後から聞こえて、遅れたように不気味な気配がリサを呑み込む。さっきまでそこに誰もいなかったはずなのに、悲鳴を押し殺して対応しようと脚を動かす。しかし、師匠の蹴りで吹き飛ばされる。

 術式を描く手が止まり、発動がキャンセルされて。ごろごろと地面を転がる。味わうまいと思っていた土の味である。

 

「なんでいるんで――」

「その三。思考を止めるな。馬鹿、簡単に騙されるな。そんなことは自分で考えろ。どうしてじゃろうな」


 予想はできる。おそらく師匠の能力だった。心が読めることは知っていた。しかし、頭を世界の断片(コード)で覆えば、以前ほど読まれることも少なくなった。

 師匠の能力は読心だけじゃないことは確かだった。その能力の全容は不明である。力については肝心なことを彼女は語らないのだ。何度もリサは煙に巻かれてしまう。


「ふー」


 攻撃の気配がない。数十秒の休憩を許してくれた。空にはゆっくりと雲が流れている。今日は快晴だ。

 防御した腕がずきずきと痛む。師匠を殴ってやるという確固たる気持ちが燃え上がってきた。

 呼吸をして、師匠を殴る方法を思いつく限りあげてみる。頭の中のシミュレーションでも、リサになかなか殴らせてくれなかった。


「最近、通っているようじゃのう」

「あとちょっとで必要な本は読み終わりそうなんです」


 特に術式と能力、この世界に成り立ちについては読み込んでいた。初心者マニュアルの参考図書をむさぼるように頭に叩き込み、あとは残り数十冊である。最近は修行の後に書庫に向かうことが習慣になっていた。リサは以前からは考えられないほど熱心に勉強していた。


「お主、頑張るのう……」

「ええ!? 何言ってるんですか。変な食べ物でも食べましたか?」

「せっかく褒めてやったのに、酷い言いぐさじゃのう」

「だって師匠が褒めるなんて、おかしいで――」


 師匠の手刀を伏せて避けた。直撃したら首が落ちる。ボケに対するツッコミの強さではなかった。


「このっ」


 リサは地面に両手を添えて、ランの足に蹴りを叩き込む。しかし、軽くジャンプして躱されてしまった。

 空中でランは二本指を突き立てる。単純な術式で、強烈な斥力が生じて、リサは空間ごと吹き飛ばされた。


「やっぱり私を油断させるためにっ!」

「穿ち過ぎじゃ」


 空中を数回転しながら、師匠を観察するのをやめなかった。

 彼女は幽玄と立っていた。着ている純白の衣や緋色の袴には、汚れ一つ着いていない。対してリサの服は今日もぼろぼろだった。目の前の理不尽(ししょう)に対して、とてつもない怒りが湧いてくる。この世界には人権すらないのか。ゲームなんてどうでもよくなった。遠くの管理人(クソ野郎)より近くの師匠(クソ野郎)である。


 着地した足で、すぐ師匠に向かって一直線に飛び出した。

 怒りに突き動かされながらも、頭の中は驚くほどに冷静だった。

 懐から数枚の札を取り出した。文字の術式に力を注ぎ込むと、師匠の頭上に四、五メートル程の氷塊が出現する。


「ふふん!」


 ランに得意げに躱されてしまった。追撃する手を止めず、札は何枚でも用意していた。標的を追いかけるように、氷塊を落としていく。

 この中庭には障害物がほとんどない。必然的に、リサが用いる術式は目眩ましが多くなる。

 リサは巨大な氷塊を目隠しに、タンタンタンと細かいステップで、標的との距離を詰めていく。あと少しで拳が届くのだ。


 氷塊の影から、師匠の背中に向かって飛び掛る。

 リサに気付いて、師匠はリズミカルに腕を振る。雷鳴が轟いた。


 これも予測済みだった。

 当たり前のように術式でアースをとる。電流が地面に受け流されて、雷撃の隙間を突き抜けた。視界が真っ白になって、弾かれることはない。あと少しで憎たらしい彼女の顔面に拳をたたき込めるのだ。


 閃光を抜けると、師匠は満面の笑みで迎えてくれた。

 リサにとって、恐怖でしかなかった。罠にかかったネズミの気分である。


「師匠のばかあああ――」

 

 骨髄まで響く鈍い音。リサの顔に硬い拳が突き刺さり、地面にそのまま殴り堕とされる。


「甘い甘い。ただの光、目眩ましじゃ。威力で気付け。防御しても意味がない。無駄な動作じゃ。フェイクの時点でそれを利用しなければいけない」

「あんな距離ではったりかましますか! 普通!」

「戦闘は騙しあい。楽しい楽しい知恵比べじゃ。騙される方が悪い。妾の得意分野じゃ」

「……そうでしょうね」

「褒めるな褒めるな-! ほれ次」


 仕切り直しだ。舌打ちをして飛び上がり、師匠から距離をとる。

 エアの本から得た知識が頭の中に溢れている。昨日の私とは違う。準備した術式はまだあった。とっておきはまだ使っていない。あの師匠には絶対に負けたくない。殴られ放しは性に合わない。どうしてもこの師匠に一撃食らわせたかった。


 懐から別の札を取り出した。

 土の表面を強風が撫でて、細かい土煙となって、巻き上げられる。複数の術式を組み合わさった、リサお手製の目眩ましである。


 空間が砂嵐で埋め尽くされる。さらに大量の札の束を取り出した。括り付けた紐を解いて、力を込めて起動させ、放り投げた。

 乱気流に乗って、中庭に白い紙片が舞い散っていく。一晩かけて制作した文字術式。

 文字を用いた術式の利点は二つある。一つは発動にかかる時間が少ない。もう一つは手動よりも複雑な術式が展開できる。


 時間差をつけて起動することも可能だった。

 昨日の夜、涙を流しながら作った紙片達が舞っていく。

 そして、リサは能力のスイッチを入れた。白い光に包まれて、頭に黒いウサギ耳が生えた。


 能力による身体強化だ。

 この状態になると戦闘能力が跳ね上がる。その代わり、世界の断片(コード)の量は少なくなる。そのため、術式や能力からの防御が薄くなり、術式が扱いづらくなる。そして、この姿になると元の状態に戻るのに隙が生じるのも欠点だった。


 まだ自分の能力について、何もわかっていなかった。

 今できるのは、単純な身体強化と傷を治すことだけ。師匠を見ていると、プレイヤーの能力はそんな単純なものじゃない。もっと多様な可能性があるのだ。この状態も一つの結果でしかない。


 スーの姿が変わったのも、自分の能力なのだろう。

 

「おお! 今回は別の目眩ましじゃの!」


 地面から跳ね上がり、数十メートルの距離を一瞬で詰める。


「ああっ!!」


 この状態でなら、辛うじて師匠と格闘戦で渡り合える。

 しかし、能力に対する防御力が下がり、どうしても師匠の能力で見切られてしまう。リサの精一杯の連撃も簡単にいなされる。


 蹴りを躱して、無我夢中で空中で腕を突き出す。

 リサが今するのは、この肉弾戦に集中することだけだった。

 しかし、やはり師匠に届かない。腕を掴まれて投げられる。瞬時に受け身をとって、飛びかかる。


 そして、砂塵が強制的に停止した。

 飛び散った札は発動時間をずらしていた。砂嵐が消え、唸る音が止み、地面に向かって、数十枚の紙片が落ちていく。


 ヒラヒラと紙吹雪が中庭に舞い散った。


「っ!?」と師匠の意識が、始めてリサから逸れる。


 撒き散らされた札に気付いたらしい。それは偶然にも先程の師匠の策略と同じだった。

 中庭が強烈な白色光に埋め尽くされる。


 威力も何もない真っ白な光。

 師匠の動きが一瞬固まった。この目眩ましを企てたリサは止まらず、その隙を見逃さなかった。師匠が防御しようと腕を掲げたが、もう遅い。


「おらああ!!」


 拳が師匠の顔に叩き込まれる。渾身のアッパーだった。

 初めて、師匠に攻撃が届いた瞬間だった。


 拳骨に固い感触が当たる。まるで金属を殴ったようで、骨が痛むがそんなことはどうでもいい。彼女を殴れたならそれで良かった。

 師匠は中庭の端まで吹き飛んでいく。その軌道を見て、鬱憤が少し晴れた。ドスンと心地良い音が響く。師匠が地面に落ちた音だった。

 

「……やった?」


 初めて師匠に攻撃を当てた。まるで固い鉄板を殴ったように手が痛い。でも、そんなことはどうでも良かった。師匠に攻撃を当てた。飛び跳ねるくらい嬉しくて、世界を苦しめる魔王を倒したのだと、リサは達成感に満ち満ちていた。 


「やった! やったやった! やったー!! やったよー!!」


 師匠は無言のまま倒れていて、死んだように反応がない。地面に俯せに倒れたままだった。数十秒も彼女を放っておいて喜んでいると、流石に心配になってきた。


「……しっ師匠?」


 返事がない。リサの予想ではすぐ起き上がってくる筈だった。笑顔で弟子を褒めてくれる筈だった。そう信じたかった。


「ええと、どうしたんですか?」


 恐る恐る師匠の下に近づく。長い髪で師匠の表情は見えなかった。地面に両手を突き立てて、ゆっくりと体を起こしていく。


「――ふっふっふっふっふっふ」

「ひぃ! 師匠落ち着いて!! 落ち着くんです」


 笑い声から感情が読み取れない。こんなに喜んだ師匠は見たことがなかった。まるで壊れた機械のように、同じ笑いを繰り返す。


「ふっふっふっふっふっふ。ここまでやるとは。まさか目眩ましに目眩ましを混ぜるとは……。対応が遅れたのう……」

「ずっと考えていたんです! 毎晩毎晩ずっと! やっと師匠を……ん? 師匠?」


 全身が硬直する程の笑顔だった。リサは必死に師匠から遠ざかる。彼女が良くやったと頭を撫でてくれるわけがない。全身が泣き喚き、野生の本能が逃げろと言っている。死ぬ。どうやら今日がリサの命日であるらしい。


「少しばかり本気を出すとするのかのう」 

 

 師匠を起点に電撃がほとばしる。まるで積乱雲の中に投げ込まれたようだ。無数の小さな落雷が落ちてくる。逃げ場を躊躇するほどの、大量の弾幕がリサに降り注いだ。


「いやあああ!!」


 リサは必死で安全なスペースを探し求めて、爆発を避ける。強烈な爆音が轟いた。これまでの攻撃の威力と桁が違った。

 まるで、これまでの攻撃が生ぬるいかのようだった。威力が数段跳ね上がり、骨の髄まで衝撃が響く。攻撃の範囲が広すぎる。避けるので精一杯だった。

 


 それから体力の続く限り動き続けた。あっという間に修行が終わる。永遠にも一瞬にも感じられた。魔王は復活して帰ってきた。もう一発殴れる気がしなかった。


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