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GENE2-3.凄絶な授業は止まらない


 書庫に訪れたのは初めてだった。スーが良く利用しているとは聞いていた。彼女は別メニューの地獄――ではなく修行をしていて、いつも熱心に本を読んでいる。


 暗い地下への階段を降りると、国会図書館が丸ごと地下に移設されたような書庫が広がる。本好きなら舞い上がってしまうだろうが、リサにそんな趣味はなかった


 かび臭い空気で満たされて、全ての壁を埋め尽くすように本が置かれて、何台もの大型の移動階段が設置されている。壁以外にも空いたスペースを埋めるように本棚が敷き詰められていた。強烈な圧迫感で、どうしても体がかゆくなってしまう。やっぱりリサは本が苦手だった。

 師匠は懐かしそうに、その光景を眺めて本の森の奥へと突き進む。


(くだん)の友人が書いてのう」

「これ全部ですか?」

「ああ、そうじゃ。妾達には時間だけはあった。ただ、妾は全く読まないのじゃ。どうも眠たくなってしまう」


 リサは彼女との僅かな共通点を見つけるとは想像していなかった。


 例の絡繰人形が本棚を整理していて、時折棚の影からいきなり現れるので心臓に悪かった。

 この屋敷に住んで数週間だがこの人形にはどうしても慣れない。相変わらず無表情である。円盤形のお掃除全自動ロボットの方がまだ可愛らしい。


「ここらへんかの」


 棚をかき分けて突き進む師匠にぴったりと着いていく。くすんだ赤色の本が並ぶ。どれも片手で持てないほどの大判の本で、重厚な装丁だった。図書館の奥にある埃を被った辞書を思い出す。

 しかし、そのタイトルは独特だった。


『これから始める神子術式(プログラム)基礎の基礎! エア=フォルシェン』

『おうちで学べる神子術式(プログラム)の基本 エア=フォルシェン』

神子術式(プログラム)はこうして作られるエアちゃんの頭の中をのぞいてみよう エア=フォルシェン』

神子術式(プログラム)はなぜ動くのか 知っておきたい神子術式(プログラム)の基礎知識 エア=フォルシェン』

『非プレイヤーのための神子術式(プログラム)講座 エア=フォルシェン』

『アイディアを実現させる最高のツール 神子術式(プログラム)をはじめよう エア=フォルシェン』


 豪華な外見と安っぽい題名のギャップが凄かった。また、『アイディア』にイラッとしてしまう。書いた人の癖が出ている。エアという人は隠す気がないようで、非常に癖の強い人らしい。師匠は懐かしい友人を思い出すように眼を細める。

 

「久しぶりにきたのう。どれが良いかのう」

「……」

「どうした、弟子?」

「おっ面白いタイトルですね。エアさんって方」

「そう思うのか。あいつのセンスはよくわからん。エアは妾の次の神様の代理人(プレイヤー)での」

「そうだったんですか!?」

「最後はこの屋敷にずっと一緒に住んでいたのじゃ……。おお! そうじゃそうじゃ。確かこの近くに」


 師匠は小走りになって、離れた棚へ向かう。持ってきたのは一冊の本だった。タイトルが最も長く、『これで完璧! エアちゃんによる初心者プレイヤーのためのマニュアル 完全版 エア=フォルシェン』と背表紙に書かれていた。


 リサは寒気がした、自分という人間が全く読まない本の種類である。そして、リサにはこの本を見て、気になることが一つあった。

 

「これも読んでおけ。ここにある本は自由に持ち出してよいとは言ったの? 読んだ本はあの机に置け。人形が元の位置に戻すように設定してある」

「……師匠?」

「なんじゃ?」

「師匠の授業と内容が少し似ていませんか?」

「そうじゃが? 似ているというかほとんど一緒じゃよ。妾が教えたことも含めて奴はまとめたからの」


 どれほど苦労して師匠の知識を覚えたと思っていると、リサは声を大にしていいたかった。怒りの眼差しを向けるが、師匠は全く悪びれずに、いつもの妖しげな笑顔だった。

 

「お主は勉強するようなタイプではないじゃろう? 妾と似ている。身体で覚えるタイプじゃ。それに書庫があるのは知っておったろう?」

「それは……そうですけど!」

「別にお主が本の内容を知っていたなら他のことを教える。それに戦闘中に授業することに意味がある。その怒りは見当違いじゃよ?」


 何か丸め込まれた気がしないでもない。師匠と話すといつもそうだ。どういうことかと整理仕切れない疑問が浮かぶ。戦闘中にいくつもの意識を持てということだろうか。術式に関わる本をいくつか選んで、早く自室へ戻ろうという結論になった。


 師匠にお礼を言おうと振り返ると、いつの間にか音もなく消えてしまった。


「もう……」


 消えるのはもう別に気にしていない。でもせめて、一言くらいかけて欲しかった。


 結局、読書を始めたのは夜である。目の前の分厚い本を見ると、読書する気が起きなかった。

 スーと共通で使っている客室は奥には布団が敷いてある。窓際の座椅子に腰掛けて、がっしりとしたちゃぶ台に本を無造作に積んでいた。紙の本の塔と対面して、リサは腕を組んでしまう。


 ペン回しのように、手の上で白い粒子を弄ぶ。グラスに入れたワインのように、白い粒子が回り出した。


 稽古以外でも、この身に纏っている白い粒子でいろいろ実験をしていた。

 試すと言っても、白い粒子で塊を作ったり、どれだけ厚く身に纏えるか実験したりだ。ランのように、別のエネルギーに変換することはできなかった。

 だからこそ、今から術式について学ばなければならないけれど、どうも気が重い。久しぶりの勉強だからかもしれなかった。確かにランの言うとおり、リサは身体を動かした方が物覚えは良いようだった。


「お茶どうぞ」


 師匠も愛飲しているものである。まさか緑茶を毎日飲めるとは思っていなかった。スーは勉強家でずっと本を読んでいるらしい。リサが教えていないのに、急須を使ったお茶の入れ方まで知っていた。


「ありがとう、スー」

「お姉様も読書ですか?」

「うん、まずはこれを読もうかなと思って」


 湯飲みを持つと、心地よい湯気が鼻腔をくすぐる。お茶を一口飲み、体を温める。やっと読む気が起きてきた。リサは一つ溜息をつく。


 早速、手に取ったのは『これで完璧! エアちゃんによる初心者プレイヤーのためのマニュアル 完全版 エア=フォルシェン』だ。

 表紙には、魔方陣のように記号がちりばめられている禍々しい表紙だ。きっと読者を呪い殺そうとしているのだろう。タイトルから推測するに、この本書いたエアさんは喋ったことがないタイプだろう。自分のことを「ちゃん付け」するような人。リサが苦手な人種だった。


「えっ――」


 重い表紙を開くと、本が細かい振動を始めた。低い駆動音が手を伝わって、匠が情報を送り込んだときのように、大量の熱が脳へ届く。


 スーの名前を大きな声で叫ぶが届かない。体が硬直して、視界は白い光に包まれた。まるでこの世界に来たような体験を味わって、頭の中に声が響く。管理人(ぬいぐるみ)に語り掛けられるような、鼓膜ではなく神経に直接伝達するメッセージ。


『やっほー! みんな元気? 一日一善一術式(プログラム)! 世界を紐解く大賢者、エア=フォルシェンちゃんでーす!  貴方は新しい神様の代理人(プレイヤー)さんかな?』


 無駄にテンションが高い声が響く。予想通り師匠の友人は個性的だった。いや、リサの想像を超えてきた。本から手の平を通して、声が字幕付きで流れ込んでいる。

 

「どういうこと!?」

『マイクテスマイクテス。本日は晴天なり晴天なり。きっと貴方は『どういうこと?』って思ってるはず!』


 面倒くさい人だった。


『そして、面倒くさいと思ったはず!』

「……」

『この声は事前に収録した音声データです。それが貴方の考えることに応じて、頭へ直接送り込むようにプログラムしてありまーす! ふふふ、ランちゃんの能力研究の応用なんだなー、これが。ちなみにこれから喋る音声は特別仕様! 自他共に認める天災じゃない、変換間違えた、天才のエアちゃんが!! スペシャルな状況の為に仕掛けたもの。これが発動したと言うことは、そこに私はいないってことなんだね! まぁ、そんなことはどうでもいいの』


 やけに明るい声だった。それ以上に気になるのは、師匠のことを『ランちゃん』と呼んでいることだった。戦慄が走った。あの師匠をそんな風に呼ぶことはできない。師匠にそう呼ぶか、死ぬかと問われたら、死を覚悟して師匠に襲いかかるだろう。


『……』

 

 陽気に喋っていたエアが無言になる。その沈黙が気になって、彼女の言葉に集中すると、小さな音量のメッセージが聞こえる。


『ランちゃんを助けてあげて。とても不器用な子で、本当の自分の気持ちになかなか気付いていないの。彼女の力はゲームに勝つためにきっと必要になるから。だから、助けてあげて』


 淡々と彼女から文章が入力されていく。その言葉はリサの頭にしっかりと刻まれた。何度も暗唱したように、しっかりとデータとして記憶されたのだ。


『では、本文に戻ります。大量の情報が流れ込むから、覚悟してね! 意識を失わないようにお気を確かに!』


 頭の中で連続して、エアが喋りまくる。途切れることないマシンガントークだった。教科書数冊分の情報が、容赦なく頭に情報が入力される。頭をレンジで加熱されたように内側から熱くなる。


『――ということで、エアちゃんが来てから、この世界は全く異なる世界になりました。システムが変わったの。私とランちゃんの努力の結果だね! はい、拍手! 拍手して! 褒めて褒めて――』

 

 本を読み終わったようだ。拍手なんてする余裕がない。拒絶するように勢いよく本を閉じて、手放したくて机の上にすぐに置いた。そして、思い出したように酸素を吸い込んだ。息をつく暇がない。師匠の稽古の百倍もの知識量であり、それが短い時間で流れ込んできて、耳から覚えた内容が漏れてしまいそうだ。


「極端な人しかいないのか!」


「――っ!? ど、どうしました!? お姉様」と横にいたスーが驚いたようにこちらを不思議そうに見る。


「スー、私何分くらい本読んでた?」

「十分くらいです。面白いですよね、本って喋るんですね。知りませんでした」

「いや、本は喋らないから!!」

 

 そして、リサは本当に後悔した。

 ふと手にとって、新しい本を開けてしまったのだ。師匠の修行とエアの本で判断能力が著しく下がっていたのかもしれない。よりによって一番長いタイトルだった。



どうも、スーです。補足です。


神子術式(プログラム)について


自らの『世界の断片(コード)』を変換して、世界に干渉する方法です。師匠のご友人の能力で生み出されました。『エネルギーの生成』、『エネルギーへの干渉』が可能です。ただし、物質の生成は出来ません。


世界に対して実行する形式で、ざっくり2つに分けられます。


①文字で入力する文字型。

紙や布、木材などに文字を刻み、術者の世界の断片(コード)を注ぎ込むと、発動します。

複雑な設定を書き込めます。しかし、準備が必要なのが難点です。


②手の動作で入力する手術型。

杖を振るように腕や指の動作で入力します。簡単ですが、その分、複雑な条件の入力には時間がかかるのが難点です。

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