GENE2-2.もう馴れた
神様の代理人は、人と言うよりも神に近い存在だと、師匠自身が言っていた。
リサに言わせると、師匠はきっと悪い神様だった。
人外なのはハッキリしている。勝てる気がしない。そもそもゲームをやるなんて言っていないし、師匠になってとリサは頼んでいなかった。
まずリサが言いたかったのは、彼女が横暴であることである。意地悪で、嘘つきで、天邪鬼で、卑劣で、激烈である。もし決闘相手が傷を負っていたら、喜んで塩を塗り込むような人である。いや、塩水の雨を降らせるかもしれない。
リサは自分が生きているのが不思議だった。逃げることなんてできない。脱走なんて試みた私が馬鹿だった。ごめんなさい。もう二度としません。ごめんなさい。ごめんなさい。
結局、苛立ちをぶつけるようにリサは修行に取り組んでいた。いや、取り組んでいたというのは語弊がある。人の話を聞かない師匠から生き残っていた。そう、これが正しい修行の感想である
力が恐いとか、嫌いだとか言ってられない。使わなければリサが死ぬ。修行は正に生き地獄だった。地獄の中で辛うじて命を繋ぐ。綱渡りの日々を過ごしている。
「馴れてきたのう」
「おかげさまで!!」
リサから言わせると、慣れたくなかったのが本音である。校庭のような中庭で、音符のように爆発や衝撃波が鳴り響くのが、日常だった。
閃光や火花が花火のように散って、庭を彩っていく。ランとは修行の間でしか話せない。ランと交わした会話は交差した攻撃より少ない。そして、攻撃された数と同じくらい、リサの悲鳴が中庭に轟いていた。殺されないように死ぬ気で技術を叩き込む。
わかったことがいくつかある。一つは、この世界の『理』について。
ランは、神様の代理人が纏っている白い粒子は世界の断片と呼んでいて、この世界はそれでできていると語る。
「その身に纏う粒子量が、単純な生物の強さじゃ。最初はこれを纏う量を増やしてく。色が付いてないのは純粋な状態じゃよ」
強い白色光に発する彼女は眩しくて、その姿を見失ってしまう。どこから攻撃が来るか見当が付かず、リサは懸命に後に下がる。
「師匠! この光は!?」
「光量はその密度が濃いことを示す。新しく力を与えられた妾達は、この力を如何に利用するかで決まる。相手の攻撃以上の光量で防御すれば防ぐことができる。まぁ、この光は簡単にごまかせる。余り役には立たない。しかし、基本は理解しろ」
質問をすればちゃんと答えてはくれる。そして、質問しないと嬲られる。
本当は修行以外で彼女を捕まえて、質問攻めにしたかった。しかし、修行を終えると煙のようにいなくなってしまう。そして、朝、中庭に行くと突然現れて修行が開始する。稽古以外でランの姿を見かけることはなかった。
リサは闘いながらの授業で頭の中がぐちゃぐちゃになってしまう。しかし、これがいつもの講義の様子だ。唐突に来る師匠の質問に答えられないと、死ぬよりも恐ろしいお仕置きが待っていた。口にするのもおぞましい。
人間は長生きをすると、配慮や謙虚なんてほど遠い、善から最も遠い存在になるのかもしれない。そんなことを考えていると、攻撃の威力が強くなって致死性が増す。
「口の悪い弟子じゃのう!!」
「師匠のせいです!!」
師匠は話を止めずに、攻撃を繰り出し続ける。直撃したら顔が消し飛ぶのではと、恐ろしい想像をしてしまう。一瞬身体が硬直して、頬に彼女の拳が擦ってしまう。
余計な想像は無理やり、頭の隅へと追いやった。
「ただ、単純なぶつかり合いで、勝敗が決まることはない。この白い粒子は、様々な力に変換することができる。この世界では、アイデアが強さに直結する。その方法もこれから教えていく」
勝手に覚えろという意味だった。単語量に比例して、攻撃の量が増す。頭がおかしいんじゃないかと、リサは素直に疑問を持った。
「能力とは?」
「――願いがッ実現したもの」
「正解!! ちゃんと覚えてるではないか」
リサはランの左の手刀をかいくぐり、反撃しようと試みる。しかし、容易に蹴り飛ばされてしまった。
「妾達には能力が与えられる。妾の場合は心が読み取れることは教えたのう。しかし、これは根幹に近いものではない。結果的にできるようになった結果の一つ。妾は夢見がちな乙女だったからのう。その能力も強力なものじゃった。ただ、何かは教えない。自分の能力を易々と教えるバカはさっさと死ぬ」
夢見がちな乙女だった師匠は、目にもとまらない速さでジャブを繰り出してきた。心の中で悪態をつくたびに威力が増していく。存在が理不尽な乙女だった。
「――それで私の能力は一体なんですか?」
「知るか。そんなもん、自分で探せ。自分の能力は自らの『望み』に由来する。考えろ。ともかく力を使ってみろ」
「師匠、なんだかんだ言って、わかってないんじゃ――」
また、蹴り飛ばされてしまった。急所である腹部の直撃を防いで両手で受けとめた。しかし、勢いは殺せず、地面に叩きつけられて、その場に横たわった。
攻撃の気配がないのを見ると休憩なのだろう。リサは立つ気力もなく、地面に大の字になって遠い空を見つめる。全力で休まなければ死ぬと思って、身体の機能を全てオフにして、意識を全て回復に回す。
「もう一つ、能力は認知しなければ使いこなせない。何ができるかを知らなきゃ、意味がない」
「自分の能力は自分で調べろ。使いこなせれば一人前じゃ」と倒れた無言のリサに、師匠は言った。
善戦すれば、さらに情報を得ることができる。しかし、師匠は疲れを知らず、攻撃を与えても、怯むことなくカウンターを食らってしまうのだ。全く息切れをせず、汗一つかかない。本当に息をしているのか、疑問を持ってしまう。
十分ほど休憩して、師匠の殺気が空から降りかかる。殺意の土砂降りに身が竦んでしまった。馬鹿でもわかる、修行開始の合図。リサは起き上がって標的に向かって走り出した。
「ゲームが始まって神様の代理人が覚醒すると、分身が降臨する。この世界の住人の誰かに取り付いて、準備を終えると遊び始める」
「遊ぶ?」
「そう、遊ぶと言っても気色悪いぞ。思い出すだけで胸くそが悪くなる。村や町が地図から消失、行ってみたら全員生きる屍に。国一つ吸収されて、世界を破滅に追い込もうとする。いろいろあるぞ、キリがない」
「え? この世界をつくった管理者なんですよね?」
「うむ、そうじゃ。理解しない方が良いぞ。ゲームを重ねる毎に、奴の目的はよくわからなくなった。だから、この世界の住人達も必死に対抗して、奴を処理しようとしている。今は知らんが。ここ最近は魔物なんてのも出てきた」
「アレってなんなんですか!?」
「妾に聞かれても知らん。二百年程前から聞くようになった」
「二百年前は最近じゃありません」
数百年前から師匠はこの土地に封じ込められている。以前、封印された結果、一族郎党皆殺しにされたのじゃろうと聞かされて、リサは返答に困ってしまった。今は村のお告げをした『雛様』のように、特定の人形に干渉しないと、この世界に干渉することができず、得られる情報も制限されている状態であるらしい。
そんな夏の修行の日々がどれほど続いたのだろうか。日数は途中からわからなくなってしまった。
気温が下がり、秋が近づいて来ている。屋敷の中からは外の風景が見えず、中庭で空気の変化を感じるだけだった、
自分でも確実に成長しているのがわかる。
一日中、世界の断片を扱うのだ。最初は纏うだけで精一杯で、その夜に酷い『酔い』に襲われる。師匠曰く、体がこの世界に適応しようとしている過程であり、成長痛のようなものだと教わった。
稽古が終わって、ボロ雑巾のようになって、スーに看病されるの繰り返し。
それが十日以上続くと、自分が纏う光量も格段に増加した。『酔い』もほとんどなくなった。眩しさだけでなくその形質も変化した。水蒸気のような状態から白く粘り気のある液体を身体が纏っている。この粘性のある光は想像した通りに動くのだ。師匠からの攻撃から身を守る、頑丈な鎧となって、読心さえも防ぐことができる。
「――そろそろ次の段階に移るとしようかの」
そして、稽古の終わりに突然言われた。十分な光量に達したと師匠は言っていて、リサはこの地獄が終わるのかと喜びたいが喜べなかった。
リサは叫びすぎて、喉が枯れている。いつも通りだった。
「この前教えると言っていた、この世界の戦い方じゃ。妾達は、単純に神子術式と呼んでいる」
「例の雷もその――術式? によるものですか?」
師匠は戦闘で雷を落としたり、風を巻き上げたりと不思議な力を使っていた。あの魔法のような力は少し羨ましくて、教えてくれると思うと少し嬉しく感じてしまう。
「うむ。コードを別の力に変換する技術じゃ。術式は、友人が作った能力研究の副産物みたいなものでのう」
「すごいお友達ですよね。師匠の能力開発もその方の協力って言っていましたもんね」
「じゃろ! そうじゃろ! 術式というのはのう。自らの世界の断片を利用して、世界に干渉する技術じゃ。例えば、これがそうじゃ」
袖の飾り紐を見せてくれた。細かい幾何学模様がびっしりと刻まれていた。リサはそういうデザインだと思っていたが、紋様にも意味があったらしい。
「……これから、書庫に連れて行く。そこで、いくつか本を渡す。生き残りたかったら、頭にたたき込め。毎日終わったら通うのじゃ」
「……」
稽古が終わって倒れなくなったのは、ここ数日だった。それでもいつもスーに抱えられて、風呂に投げ込まれ、全力で体を回復させる。本を読む余裕はなんてなくて、立っていること自体が、リサにとって喜ばしい成長の証だった。
「いや、無茶で――」
師匠が手話のような動作をして、リサの体は真っ赤な火炎で包み込まれた。師匠の纏う白い粒子が変化して、濁流のような熱波に変換される。成長したからこそその力の流れがわかる。
これまで叩き込まれたのは全て体術だったのだ。変則的な技に、リサは命からがらバックステップを踏んだ。
「初めて会ったときにも見せたが、これが神子術式じゃ。いつもは省略する。戦闘の基礎は教えた。これからはこういった術式を教えるからの」
「はい……」
「ついて来い」
初めて、中庭から出ていくランの姿を見た。いつも消えるようにいなくなってしまうのだ。師匠はスキップでもするように、屋敷の奥へと向かっていく。悠然と歩く姿は、やはり見取れるほど美しかった。人を殴らずずっと歩いてれば良いのにと、リサは思う。
弟子の成長が嬉しいのか、弟子が苦痛に顔を歪めるのが嬉しいのか、もうわからなかった。リサは前者でありますようにと、願うしかない。
皆さん、こんばんは。スーです。わかりづらかったと思いますので、解説させていただきます。面倒なので、作品を離れて解説したいと思います。外でお姉様の突っ込みが聞えますが、スルーします。
・世界の断片
世界の構成要素です。
この世界に実現するための力であり、生物の場合はその生命力とほぼ同意です。そして、生命力を消費して、世界に干渉することができます。それが「能力」ですね。生物が所有するコードは消費しても時間があれば回復することはできます。しかし、使い果たせば死に直結します。
・プレイヤーの能力について
プレイヤーには管理人の権限が一部譲渡されます。森羅万象を『消去』したり、『解読』したりなど、プレイヤーによって出来ることが変わります。
一般的な『能力』と聞いてイメージするのは、念動力、発火能力です。しかし、お姉さまたちプレイヤーは次元が違います。
神子術式については、今度解説しますね。