決着
とっさに横っ飛びに逃げたクゥは、男の銃から放たれた光線を見て、驚くとともに恐怖した。そして喜びが湧きあがった。
「ヒンメルと同じッ!? やっぱり父さんだ!」
ヒンメルは何も言わない。
「父さん、私だよ! なんで撃つの!」
叫んだが、男は無言のままふたたび銃を向けて撃つ。糸のように細い光線をクゥはくぐり抜ける。
(あの銃がヒンメルと同じなら、出力は最低レベル。でも当たったら致命傷!)
「やめてよ、父さん!」
「俺と繋がれ!」
ヒンメルが叫んだ。クゥはヒンメルを抜き、プラグを接続するが構えない。地面を走りながら、視界に投影されるヒンメルが計算した射線をもとに、男の銃撃を避け続けている。
「最低出力でやる。クゥ、撃て!」
「父さんなんだよ! やっと会えたんだよ!」泣きそうな声だった。
「あいつは……!」ヒンメルは口ごもった。
ふたりの会話を聞いていた男は、その様子に眉をひそめる。
「あれはまさか……ああ、そうか。ウラノス」男は射撃の手を緩めず、淡々と喋る。
「はい」白い銃が返事をした。
「娘はもういい。『カイルス』を狙え」
「中央統制局の備品を故意に破壊するのは規則により禁じられています」
「あれは不法な改造を受けている。例外規定一項だ」
「了解。命令を受諾しました」
すると男の攻撃が、クゥ自身を狙うものから、手元のヒンメルを狙うものへと変わった。光線がヒンメルの表面をかすめ、その部分だけがきれいにえぐれる。クゥはゾッとした。
彼女の頭の中では様々な想いがうずまいていた。なぜ父が自分を攻撃してくるのかわからなかった。しかし彼の攻撃には紛れもなく殺意があった。クゥは歯噛みし、涙を拭って、そして男を睨んだ。
「いくよ、ヒンメル!」
クゥはヒンメルをかまえ、撃った。細い光線は男の肩を捉える軌道だったが、男は軽く体をひねるだけでそれを避けた。
(見切られてる!)
クゥはなおも撃ち続けた。男は軽く走り出し、射撃を避けながら自身も撃ち返す。ふたりの距離は円を描きながら徐々に縮まっていく。やがてほんの5メートル程度までになった。
「つぁっ――ッ!?」
クゥの腕を光線が貫いた。痛みにヒンメルを取り落とし、彼女は足がもつれて転倒する。
男は射撃の手を止めて、彼女を見下ろした。
「長かった……」男が言った。
クゥは体を起こして、その場にしゃがみこむ姿勢になった。見上げると、男と視線がかちあう。同じ緑の瞳だった。
「やっぱり、父さんなんだね」
男は首肯する。
「じゃあ、なんで私を撃つの? やっと会えたんだ! 何万時間も父さんを探した!」
「俺も、長いあいだおまえを探した」
そう言って、男は白い銃をクゥの頭に向けた。
「だが、これで終わりだ」
「やめてよ……お父さん」
直後だった、ヒンメルがひとりでに発射されたのは。
ヒンメルの銃口は、男の方向ともクゥの方向とも違う、あさっての方向を向いていたが、発射の閃光と音に、ほんの一瞬だけ、男の注意がそっちにそれた。クゥの体は反射的に動いた。
弾けるように立ち上がった。白い銃から放たれた光線が、右耳をまるごと抉って血が噴き出した。だがそんなことは意に介さず、クゥは耳後ろのプラグを目一杯引っ張り出した。
クゥは男に抱きついた。そして素早くプラグのケーブルを男の首に巻きつけると、全体重をかけた。男は苦しげに顔を赤くし、白い銃をなんとかクゥに向けようとするが、白い銃の大きさが邪魔になって上手くいかない。
そうしているうちにクゥは男の後ろにまわって、腕を彼の首にまわした。そして全力でへし折った。
「ぐぅ!?」
ケーブルを男の首から外し、クゥは離れる。男の頭は通常の限界可動域を越えた方向に向いていた。クゥはそのままヒンメルを拾い、銃口を男に向けた。同時に脇腹を痛みが貫いた。首を直した男が銃を撃っていた。
「うわああああああああああああッ!!」
クゥはヒンメルを撃った。何発も撃った。光線は男の体を貫き、抉った。男は倒れた。クゥも倒れた。
「ふぐっ……うぐぅ……」
クゥは腰に下げていた食べ物のパックを引っ張り出す。重蔵たちから旅の餞別としてもらったものだった。中身を絞り出し、傷口に塗った。食べ物はすぐに止血してくれた。クゥは立ち上がった。男は立てなかった。
彼女はふらつきながらも男の前に立った。白い銃を撃って破壊した。
男はもうぴくりとも動かない。生体反応は消失していた。死んでいた。
クゥはその場に崩れた。泣き出しそうになりながら、男の頭を膝に乗せた。どうしてこうなってしまったのか、どれほど考えてもわからなかった。
青空がどこまでも広がっていた。はるか彼方に入道雲があった。爽やかな風が果てない草原を吹き抜け、あたたかな陽射しが大地に降り注いでいた。
草原の中心に少女と男がいた。男はぐったりと地面に倒れ、口からたっぷりと血を吐いたあとだった。少女は地べたに座りこみ、男の頭を膝の上に乗せて、悲しげにうつむいていた。彼女の手には、黒い銃があった。今しがた男を撃ったものだ。
「お父さん」少女はつぶやいた。緑の大きな瞳から、熱い涙が頬を伝い、男の顔の上へと落ちた。返事はなかった。男は死んでいた。
「いつまでもくよくよしてはいけない」電子的なノイズの混じった奇妙な声が、少女のすぐそばからおこった。
「望みは叶ったんだろ? 君は父親と再会できたし、空も見つけることができた。これで旅は終わりだ」
喋っているのは少女の握っている黒い銃だった。少女は涙越しにそれを見た。
「こんなことなら……」
少女は銃を持ち上げて頭上に向けた。銃口の先にはただ無辺の蒼穹だけが広がっている。
「空なんて、なくなってしまえばよかったんだ!」
少女は叫び、引き金を引いた。広大な原に銃声がこだました。
ヒンメルだけが知っていた。この男が、本当はクゥの父親ではないことを。
飽きたので打ち切ります。
ご愛読ありがとうございました。