空と平原
「あ、あれだ」
1670時間後、クゥはとうとう声をあげた。長く暗い階段の果て、200メートルほど先に扉が見えていた。その先が重蔵からもらったマップの示す先――すなわち、空だった。
「なんか、意外とあっけなかったね」
「だが長かった」ヒンメルが感慨深げに言った。
「まだはやいよ」クゥが苦笑する。
「扉を開けたら構造が変わってて、またどこかの通路かもしれない」
言いながら、クゥは扉の前に立った。なんの変哲もない、ごく普通のドアだ。隙間から光が漏れているので、その向こうが明るいのがわかる。
緊張に、クゥは深呼吸をした。ドアノブを握る手が少しだけ震えていた。口元を引き締め、小さく頷いてドアを押し開けた。
最初、クゥは何かが爆発したのかと思った。強烈な光が目を刺してしばらくその場から動くことができなかった。
そのうち、だんだんと目が慣れてきて、その先の光景にクゥは息を呑んだ。
広大な空間だった、壁も天井も観測できないほどに。
クゥが出てきた塔屋のような建物以外、構造物は見当たらない。起伏のない地面はどこまでも続いていて、ふくらはぎくらいの高さまでの植物に覆われている。上を見上げると、そこには何もない。ただ広い、青い空間だけが存在している。巨大な水蒸気の塊が浮いている。はるかかなたから、あたたかな光が降り注いでいる。
クゥは目がくらんで、よろめいた。
「大丈夫か、クゥ」
「うん、平気……ちょっとびっくりしただけ」
クゥは少し歩いて、その場に座りこんだ。爽やかな香りのする風がどこからか吹いてきて、髪を持ち上げた。クゥは仰向けに倒れた。空と真正面から向き合った。
「やっと着いたぁっ! あは、あはははは!」
ひとり叫び、クゥは大きく笑った。笑い声は長く続いて、やがて唐突に途切れた。また静寂がやってきた。
「……あーあ」ため息が出た。
「嬉しくなさそうだな」ヒンメルが言う。
「ううん、嬉しいよ。でも、父さんはいなかった」小さく言った。
ヒンメルは黙った。
「ま、正直そんな期待してなかったけどね」クゥは苦笑しつつ、上体をおこしてあぐらをかいた。
「これからどうするんだ?」
「あとで考えるよ。とりあえず今はゴロゴロする。やっと見つけたんだよ。長かったなぁ」
ヒンメルを抜いて、笑う。
「ヒンメルこそ、感想は? これが空だよ!」
「……すごく広い」
「そうだね、広いね! あー、気持ちいい風ー……」
クゥは肺の隅々までを冷たい空気で満たした。
「クゥ、警戒しろ」
直後、いきなりヒンメルが言った。クゥは素早く身構えた。
「誰かこっちに来る」
数分後、クゥも目視でその人物を捉えた。
男だった。黒い丈夫そうな旅人服を着ていて、どこか力ない歩き方だった。腰には白い大きな拳銃をさげている。
「クゥ、逃げろ」ヒンメルが言った。だがクゥは動かない。
「逃げろ」
クゥの目は男の顔にくぎづけになっている。
「逃げろ!」
「父さん!」
クゥは立ち上がり、男に呼びかけた。男は立ち止まり、クゥを見た。
「父さん! 父さんでしょ!?」
「やめろ、クゥ!」
「そうか、君か」男が言った。彼は一瞬、ヒンメルに視線をやり、それから腰の白い銃を抜いた。
「そうだ。君の父親は私だ、クゥ。待っていたぞ」
男は銃口を上げた。
「……死ね」
白い銃から閃光が走った。