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旅立ち

 クゥはヒンメルを納めると、片足跳びで重蔵のもとへ向かった。重蔵は食べ物を負傷者たちの傷口に当てて応急処置をしているところだった。

「クゥさん、俺は村まで走って助けを呼んでくる。すまねぇが、こいつらを見ててくれ!」

 重蔵はそうして走っていった。クゥは彼が残した食べ物を使って自分の止血をし、それから動けない人たちを集めた。クゥのほかの四人に、致命傷に至る傷を負っているものはおらず、止血が済むと、ほかの男たちもすぐに動けるようになった。

「ヒンメル」

 クゥは彼らから少し離れ、声を潜めた。

「さっきのメタバグって、なんなの? あんなのはじめて見た」

「珍しく、凶悪なバグだ。このあたりにはいない、もっとはるか下層のバグのはずなのだが……」考えるような間があった。

「ヒンメル?」

「……いや、なんでもない。それより足は?」

「平気。私のことなんてどうでもいいよ。7人も助けられなかった……」

「気にするな」

「そんなの、無理だよ」

 クゥはそれきり黙りこみ、ヒンメルもまた静かになった。しばらくすると、重蔵が村の人間たちを連れて戻ってきて、残ったみんなで村に戻ることになった。メタバグの死体も、重力制御装置や、ジェネレーター、センサー類など、とりあえず使えそうなところだけ持ちかえった。

 クゥは、村に帰れなかった男たちの家族の顔を見れなかった。



「ごめんなさい、重蔵さん、重次さん」

 重蔵の家の居間で傷を癒やしながら、クゥは同じく休んでいるふたりに言った。

「なにがだい?」重蔵がパイプをふかしていた。

「村の人たちを助けられなかった」

「クゥさん、そいつは傲慢ってもんだぜ」床に寝そべる重次が言う。

「クゥさんはあの化物を倒してくれたじゃないか、そのすごい銃で。クゥさんがいなかったら俺たちは全滅してた。贅沢言っちゃいけないよ」

「でももしかしたら、あの谷に落ちた人たちも――」

「クゥさんは、この世に不死身の人間がいるとでも思ってんのかい」重蔵が遮った。

「――いいえ」

「じゃあ、未来がわかるのかい」

「……いいえ」

「じゃあ、誰かの死に責任を感じる必要なんかねぇよ。人間はいつか必ず死ぬし、それがいつ起こるかは誰にもわからない。今あんたと話している俺たちだって、今この直後、建物が崩れて死んじまうかもしれねぇよ。あんたも同じだ」

「それは……そうですけど……」

「あんたは俺たちの命を救った。それでいいじゃねぇか。みんなわかってるよ」重蔵はにっかり笑った。重次も微笑んで頷いた。

 クゥはぐっと下唇を噛み、黙って静かに頭を下げた。

「――にしても、あのときの声って誰だったんだろうな。ホラ、橋の上で『走れ!』って」重次が明るく言った。

「ああたしかに。聞いたことない声だった。クゥさんじゃ……ねぇよな。あんたの声はあんなだみ声じゃないし」重蔵も首をひねる。

 クゥはくすりと笑った。ヒンメルが小さく、鼻を鳴らしたような音をたてた。



 50時間後、クゥは村の出口の前で、治った足の具合をたしかめた。彼女の後ろには、重蔵、重次、ミチや、ほかの村の人間たちも集まっている。みな彼女の見送りだった。

「それにしても、いろいろお世話になりました」

 クゥは彼らに向けて深く頭を下げた。重蔵は快活に笑った。

「おぅ。また来いよ」

「探しもの、見つかるといいね」ミチも微笑んだ。

「クゥさん、頑張れよ」すっかり回復した重次も笑う。

「……では、また! ありがとうございました!」クゥは笑って手を振り、歩きだす。途中何度か振り返り、そのたびに手を振って、やがて見えなくなるまでそれを続けた。

 薄暗く複雑な構造の通路を、重蔵にもらったマップを参考にしながら、上へ上へとクゥは向かう。いくつもの階段とはしごを終え、ときには天井から垂れた太いケーブルを綱にして高い崖を乗り越えながら、クゥは歩き続ける。

「いい人たちだったね」

 ふいに、クゥはヒンメルに言った。

「ああ、優しい人たちだった」

「みんな、あんなふうに優しい人たちばかりならいいのにね」

「そうだな。きっともっと時間が経って、人間が進化したら、そうなるかもな」

 クゥは長い階段を上がり続けている。

「あとしばらく458時間はこの階段を行けばいい。バグもいないし、安全そうだ」ヒンメルが言う。

「ま、のんびり行こう」クゥは歩き続ける。




 クゥたちが去って9時間ほど経ったころだった。重蔵たちの村の入り口に、ひとりの男が現れた。

 最初に気がついたのは、たまたま近くを歩いていた重蔵だった。重蔵は彼を見つけると、人好きのする笑顔で声をかけた。

「あれ、あんた、もしかして旅人さんかい」

 男は重蔵を見ると、静かに頷いた。重蔵は彼を見て、なんだか不気味な男だと思った。

 身長は高く、黒い丈夫そうな服を着ている。髪は銀色で、短く揃えられていた。緑の瞳はどことなく活力に欠けていて、どこか死体のような印象すらある。腰には、太いベルトのホルスターに、白い大型の拳銃が納まっていた。

「あんた、クゥさんに似てるな」

 重蔵はなんの気無しにそう言った。すると男は重蔵を睨んだ。

「その女を探している。知っているな」

「さぁ、どうだかね」

 重蔵は腕を組み鼻を鳴らした。彼は、この男はまともなやつではないと確信していた。

「悪いが、この村は旅人を受け入れちゃいないんだ。すまねぇが、おひきとりねがおう」

「女の行き先を教えろ」

「なんであんたにそんなことしなきゃいけねぇんだよ」

「喋るつもりはないか?」

「ないね」

「そうか」

 銃声と閃光があって、重蔵の下半身が消えた。さらにそれに加えて、男が素早く抜き放った白い銃の銃口から約500メートルの円柱状の空間内にあったものがきれいに消滅した。床の内部に斜めに走った直径2メートル程度の長い穴によって、周囲の床を支える支柱や構造材は重量に耐えきれなくなって、崩壊した。村がまるごとめくれ上がった。

 無数の悲鳴と建物が崩れる轟音が閉鎖空間内で幾度も反響する。瓦礫の雨と崩れる地面の上を、男は平然と重蔵の死体に近づいて、プラグをつなげた。

「てめぇ! 何して――」重次が叫んだ。重蔵を探しに来ていた。男は彼を見もせずに銃を向けて殺した。

 男は重蔵の記憶から必要な情報を抜き出すと、いまだ崩れ続ける村から出ていった。彼の歩みは幽鬼のようで、その所作におよそ人間らしいエネルギーはなかった。

「ヤツは、空だ。ウラノス」男が言った。すると、彼の腰の白い銃が返事をする。

「了解、ウツロ」

 ウツロと呼ばれた男は、轟音の残響を背に受けながら、ふらふらと闇の中へと消えた。

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