バグの駆除
35時間ほど経ったころ、クゥが居間で足の回復具合をたしかめていると、すぐそばでボードゲームをしていた重蔵と重次が、村の男に呼ばれて出ていくことになった。それを見たクゥは不穏な気配を感じとり、ふたりにお願いしてついていかせてもらうことにした。
重蔵たちが向かったのは村の中心にある集会所で、そこにはすでに村の男たちが大勢集まり、車座になって好き勝手に談笑していた。それからしばらくして、おそらくは村の男全員が集まりきると、ひとりの老人が真ん中に進み出て、咳払いをした。男たちは静かになった。
「えー、みんな、忙しいとこすまんな。ちょっとやっかいなことになって」
老人はあたりを見渡して、クゥの姿を見つけると、軽く会釈した。クゥもかえした。
「遠くからのお客人もいらっしゃるのか。これは話がはやい。今から36時間ほど前、この村から一時間程度のところで崩落があったことはみんな知ってるな?」
クゥは、自分がヒンメルで破壊して落下したところだとすぐにわかった。
「実は、そうしてできた大きな縦穴に、バグたちが巣を作りはじめている。あんな近くに巣を作られたらこの村はおしまいだ。今のうちに叩いておく必要があるから、駆除隊を結成する。志願してくれるものは、このあと一時間後に1番出入口前に集合してくれ。そのまま出発する。以上だ」
老人が頭をさげてひっこんだ。集会所内はにわかに騒がしくなり、男たちはぞろぞろと建物を出ていく。クゥも建物を出て、ひと気のない路地にひっこんだ。
「使っていい?」クゥはヒンメルに囁いた。
「もちろんだが、俺だと威力が高すぎてまた崩落を起こすぞ。ライフルを借りろ」
「うん……そうだね、わかった」
「足はどうなんだ?」
「もう問題ないよ」
「そうか。じゃあ行こう。無茶はするなよ」
クゥはヒンメルをホルスターに納め、駆け出した。重蔵たちの家に戻ると、重蔵と重次が出発の準備を整えているところだった。
クゥが手伝いたい旨を申し出ると、ふたりは快諾してくれ、またライフルも貸してくれた。バグの体からとれたものを加工した、ごく一般的な実弾ライフルだった。クゥはミチにていねいにお礼を述べ、食べ物を最後にどんぶり一杯かきこむと、三人そろって家を出た。まもなくだった。
1番出入口前にはすでに数人の男たちが集まっていた。時間が近づくと人数はさらに増えて、最終的にはクゥを含めて15人が集まり、さらに見送りの女たちも同じ数だけ集まった。
「よし、行くぞぅ!」
男たちは鬨の声をあげ、出発した。
二列になって深い谷にかかった一本橋を渡り、ハシゴを降り、また別のハシゴを上がり、崩壊地点が近づくと、先頭から立ち止まって声をひそめるようにとの指示が出て、数人の男が偵察に行った。偵察がかえってくると、駆除隊全員をプラグでつなげて、彼らが見た光景を共有した。クゥは、自分が作った250メートルほどの高さの縦穴に、自分を追ってきたものと同型のバグが集まっている光景を見た。丸い体に八本の長い足をもつバグたちは、体の後ろから粘着力の強い糸を吐き出して、縦穴全体の空間を分割するように大きな幾何学模様を描いていた。捕えたものを絡めとるバグたちの巣だ。バグは3体ほどいるように見えた。しかし幸いにも、機銃やその他飛び道具を備えているバグはいなかった。
「燃やそう」提案したのは重次だった。駆除隊たちは話し合い、火で巣を焼いてバグを追い払い、必要があればライフルで駆除することにした。彼らはすぐにとりかかった。
縦穴の底に、バグに見つからないように着火装置と燃焼剤を組み合わせ、近くの巣の端に繋がるように導火線を描いた。それから彼らは離れ、縦穴の入り口がようやく見えるか見えないかというところまで後退すると、点火した。緊張がはしった。
薄暗い廊下がぼんやりと明るくなって、バグたちの巣が燃えているのがわかった。数分後、前の方の人間が叫んだ。
「一匹来るぞ!」
クゥと男たちはライフルをかまえた。数秒後、縦穴の入り口から一匹のバグが姿を現して、こちらに向けて突進してきた。
射撃の音が通路中に轟いた。バグは足をもがれ、頭が吹き飛び、一瞬で動かなくなった。
「撃ち方やめ!」
号令がかかった。銃声の、奇妙に歪んだ残響があった。
それから一時間待った。しかし他のバグは別の通路から逃げたらしく、もう飛び出してくるものはなかった。
火の勢いは衰えず、ますます燃え盛っていた。
「鎮火するまでまだあと7、8時間はかかるだろうよ。三人くらい残してみんな一度戻って、交代で様子を見に来よう。んで、火がおさまったらタレットを置きにまた来よう」重蔵が言った。
クゥはほかの人たちと一緒に村に戻ることにした。ほかの人たちと並んで通路を歩いていると、重次が近づいてきて隣に並んだ。
「ありがとう、クゥさん。手伝ってくれて」
「いえ、むしろあんまりお手伝いできなくて残念です。助けてもらったのは私のほうなのに」
「それでもありがとう。あんたみたいに義理堅い人は今どき珍しいから、嬉しいよ」
重次は微笑んだ。クゥははにかんだ。
「もう少ししたら、行くのか?」
「とりあえず、タレットを置くまではいようかと」
「そうか、残念だな。クゥさんなら、ずっとこの村で暮らしていてもいいのに。親父から聞いたけど、空をさがしてるんだって? その空には何があるんだ?」
「空には、父がいるはずなんです。父も、空をさがしているんです」
「クゥさんの親父?」
「えぇ。実際に会ったことはないけれど、でも、父も空をさがして旅をしているはずだから、空に行けば会えるはずなんです」
「そうか。どんな事情か知らないが、会えるといいな」
「はい!」
「そろそろ一本橋だ」
隊列は深い谷の上の一本橋までさしかかった。橋の幅は広めなものの、手すりもなにもついていないので注意して歩かなければならない。眼下の谷は底が見えず、果ては闇にのまれていた。最低でも1000メートル以上の深さがあると、クゥはこっそりヒンメルから聞いた。谷の向こう側までは200メートルほどだった。
クゥがわずかに緊張しながら歩を進め、半ばまでやってきたころだった。
「全員走れッ!!」突然、ヒンメルが叫んだ。