重蔵と重次
床に倒れ伏した状態で気絶から目覚めたクゥは、自分の鼻先数センチ先に巨大な瓦礫が突き刺さっているのを見て血の気がひいた。目を見開き、絶句したまま上半身だけはね起きた。
「起きたか」片手のヒンメルが待ちくたびれていた。
「あ、危なかった……!」クゥの声は震えていた。
「危なかっただと? そんなことはないさ。俺の演算能力を見くびるな。廊下とバグを破壊したあと、どの瓦礫がどこに落ちるかまで完璧にシミュレートして、一番安全な落ち方になるような出力で撃たせたんだ。生き残れる可能性は70%もあった」
「30%で死んでたんじゃん!」冷や汗がふきでた。
直後、顔が歪む。
「痛ッた――!?」
クゥはその場にすっ転んだ。見ると右膝から下が瓦礫に潰されて、原型をとどめていなかった。クゥは潰れた足を瓦礫の下から引き抜くと、その場に座りこみ、両手で抱えて眉を潜めた。
「ありゃりゃ。どうしよこれ」平然と言った。
「骨格が砕けて、筋肉が破裂しているな。ずいぶん平べったくなってしまったが、大丈夫か?」床に置かれたヒンメルが言った。クゥの右足は完全にひき肉になっていた。
「これくらいなら食べ物食べてしばらく休めば治るけど……片足で次の村まで歩かなきゃかぁ」
クゥは深いため息をついた。それから彼女はヒンメルをホルスターに戻すと、近くの瓦礫に手をついて片足で立ち上がる。瓦礫によりかかりながら片足で周囲を探し、手頃な棒状の金属片を見つけると、それを杖にしてひと心地ついた。
「さぁーて、どんくらい戻っちゃったかな」
クゥは首を鳴らし、頭上を見上げた。彼女は果ての見えない竪穴の底にいた。落下したのは約250メートル上からだとヒンメルが教えてくれた。うげ、とクゥはうめいた。
「ということはざっと100層分も落ちたのか……」
「よくあることだろう」
「五体満足ならね。片足でバグに襲われたら大変だ」
「そのときはまた俺を使えばいい」
「今度は左足? また100層戻るの?」
ヒンメルが不機嫌そうに黙りこんだ。クゥは慌てて付け足す。
「ウソウソ! 冗談だよ!」
「とにかく、今は歩かずじっとしていろ」
「そうはいかないよ。大きい音と衝撃でこのへんのバグたちも興奮してるはずだ。逃げないと」
「だからこそ、じっとしていろ」
「なんでさ?」首をかしげる。
直後にクゥが素早く顔をあげて瓦礫の向こうを見た。彼女はしばらくじっと息を潜めた。
「……おぉーい、だれかいるかぁ―……」瓦礫の山の向こうから、呼びかけるような声がした。
「人だ!」
クゥは嬉しさに身を震わせた。両手を筒にする。
「ここですー! 助けてくださーい!」
「……おぉーう……まってろーう……だれかいるぞーぅ……」
「よかったぁ……」
気が抜けて、クゥはまたその場に座りこんだ。そのあとも何回か呼びかけに応え続けていると、声はだんだん近くなり、やがてひとりの武装した人間が瓦礫の隙間から姿を現した。
「おぅ、あんたか、呼んだのは。おぉい、いたぞ!」先頭の男がクゥを見下ろした。
「ひどい怪我でねぇか、動けるか?」新たに姿を現した若者が言った。
「はい、なんとか」
「見にきて正解だった。もう大丈夫だからな、重次、ライフル貸せ。この子を村まで担ぐぞ」
「あいよ、親父。肩だけでいいか? それかおんぶか?」
クゥは重次の肩に腕をまわした。
「ありがとうございます、助かります」
「ほかに人はいないか? あんただけか?」親父が周囲を見渡す。
「はい、ええと……」
「俺は重蔵だ。そっちは息子の重次。あんたは?」
「クゥです」
「どんな事情か知らねぇが、女の子がひとりでふらふらしちゃあぶねぇよ。しばらくウチの村で休みな。なんにせよ、無事でよかった」
重蔵はニッと笑った。クゥの頬も緩んだ。ヒンメルだけがホルスターの中で沈黙していた。