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少女クゥ。喋る銃ヒンメル。

 青空がどこまでも広がっていた。はるか彼方に入道雲があった。爽やかな風が果てない草原を吹き抜け、あたたかな陽射しが大地に降り注いでいた。

 草原の中心に少女と男がいた。男はぐったりと地面に倒れ、口からたっぷりと血を吐いたあとだった。少女は地べたに座りこみ、男の頭を膝の上に乗せて、悲しげにうつむいていた。彼女の手には、黒い銃があった。今しがた男を撃ったものだ。

「お父さん」少女はつぶやいた。緑の大きな瞳から、熱い涙が頬を伝い、男の顔の上へと落ちた。返事はなかった。男は死んでいた。

「いつまでもくよくよしてはいけない」電子的なノイズの混じった奇妙な声が、少女のすぐそばからおこった。

「望みは叶ったんだろ? 君は父親と再会できたし、空も見つけることができた。これで旅は終わりだ」

 喋っているのは少女の握っている黒い銃だった。少女は涙越しにそれを見た。

「こんなことなら……」

 少女は銃を持ち上げて頭上に向けた。銃口の先にはただ無辺の蒼穹だけが広がっている。

「空なんて、ないほうが良かった!」

 少女は叫び、引き金を引いた。広大な原に銃声がこだました。




 ――約2225時間前――

 


 薄暗く、広い廊下だった。いくども曲がりくねり、分岐し、ねじれにねじれを重ねた、金属の壁と床の長大な道だった。光源はでたらめに配置された薄ぼんやりと光る床や天井しかなく、つくりに統一された意思というものが感じられない道だった。

 その道をひとりの少女が走っていた。

 少女はツギだらけの古めかしい旅人服を着ていた。後ろでまとめた長い銀髪をあとに引きながら、白い肌に汗をたくさん流していた。明かりが少ないにもかかわらず、緑の両目はしっかりと道の先を見すえ、ときおり瓦礫に行く手を阻まれても、それらをひょいひょいと軽快に跳び越えていた。彼女の腰には太いベルトが巻かれていて、そこには、少女の手にはあまるほどに大きな、黒い銃がさがっていた。

「100メートル、追いつかれるぞ!」

 銃が言った。少女は走りながら後ろを一瞥。廊下の闇の奥から、凄まじいスピードで彼女に迫るものがあった。

 全長4メートルはあろうかという巨大な生き物だった。体は3つの節に分かれていて、真ん中の節から八本の長い足が生えている。その生き物は緑色に光る大小さまざまな大きさの目で少女を見、長い足を素早く動かして、彼女を捕食しようと追っているのだった。

「あのバグ、速い! それに気持ち悪い!」

 少女がわめいた。バグは確実に彼女に迫っている。

「しかたない、クゥ、俺を使え!」

 銃が名を呼んで、少女は困惑した様子で見下ろした。

「え、でもそんなことしたら……!」

「言ってる場合か! このままだとバグに食われて死ぬぞ!」

 クゥは再び後方のバグを見た。バグはさらに距離を縮めて、さっきの半分ほどまで迫っている。迷っている暇はなかった。

「わかった、ヒンメル!」

 少女は銃の名を叫んで、ホルスターから抜き放った。とたんに、黒い箱のような銃の表面に緑色のエネルギー・ラインが輝く。少女は走りながら、後方のバグに精神を集中させた。

「出力は絞ってねぇ……!」クゥの口元がつり上がった。

「いつでもいける」ヒンメルが緊張ぎみに言った。

「いくよ!」

 かけ声とともにクゥは跳び、空中で体をひねってヒンメルの銃口を後ろに向けた。バグは今まさにクゥを捕らえようと前足を振り下ろしているところだった。

 引き金が引かれて、閃光があった。ヒンメルの銃口から放たれたまばゆい光線は正確にバグの頭を貫き、光線に包まれた部分をきれいに消去した。断面から出血はなく、まるではじめからそうであったかのように、バグの体は完璧な円筒形に削られていた。

 光線はそのままバグを貫通すると、廊下の天井にぶちあたった。光線は金属の天井もバグの体と同様に、円筒形に消去する。天井だけではなく、その奥の複雑な柱や、壁や、この巨大な構造物を絶妙なバランスで支えていたその他様々なものも平等に消去した。報いはすぐにやってきた。

 クゥが床に倒れこむと同時に、廊下全体が大きく軋んだ。床や天井の金属板がはじけ飛び、納まっていたケーブルがスパークして飛んだ。火花のシャワーが降り注ぎ、巨大な瓦礫がクゥの鼻先にドスンと落ちた。

「ちょちょちょちょちょちょちょいっ!?」

「ああ、やっぱりこうなったか」ヒンメルが諦めたように言った。

「出力絞ってって言ったのにぃ!」

 クゥがわめいて立ち上がり、走り出す。廊下は連鎖するように次々と崩壊しはじめている。床が揺れ、天井が落ちてくる。

 クゥは懸命に走った。この廊下さえ抜ければ安全なはずだった。走って、走って、瓦礫を避けて、はねる高圧電線を潜り、謎の気体が噴き出すパイプを飛び越えた。遠方に、廊下の出口らしき扉が見えた。

「よし! あれだ――あっ」

 一瞬の油断が、足場の選択を誤らせた。クゥが踏んだ床はぺきりと間抜けな音をたてて抜け、彼女は抵抗する間もなく、その下の闇に転落した。

「嘘でしょおおっ!?」

「ああ、こりゃあまずいかもな」クゥが闇の奥に転落していくさなか、他人事のようにヒンメルが言った。

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