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そのよん

――4――




 未知さんと彰くんが部屋の前で話をするために、襖を閉めた。すると自然に部屋にはわたし一人。なんとなく、手持ち無沙汰で周囲を見回してみる。

 大きな部屋だ。この部屋だけで十坪はありそう。大きく開かれた窓辺に望むのは、質素で静謐な枯山水。部屋の壁には掛け軸があって、掛け軸には鳥獣戯画というのだろうか、たくさんの動物が描かれている。


「なんの動物だろう?」


 兎、犬、猿、鳥?

 それから亀、雀、虎、蛇。蛇?

 うーん、気になる。外の会話も気になるし、二人の関係も気になる。けれどそれを気にしていたら、もやもやするのは目に見えている。師匠のことをわたしはどんな風に思っているのだろうか。好きだけど、どんな“好き”かはよくわからない。経験値が少なすぎて、変質者の見分けは付くのに好意と恋の区別が付かない。


 そんな風にもやもやしても、答えの出ない気持ち悪さが募るだけだ。だったら、掛け軸の絵を気にした方がずっと楽。


「ちょっとくらい、近づいても良いかな?」


 近づいて見てみると、細かく、本当に色々な動物が描かれていた。

 天に昇る龍を、追うような絵だ。動物たちは思い思いに、歩いているような踊っているような、愉しい気分になる絵だった。

 ……と、近づくと、掛け軸の下に並べられていた壺の、その中が目に入る。普通、壺の中なんて暗くて見えないか、底が見えるはずだ。なのに、少しだけ明るい。


「なんだろう……?」


 少しだけ、身を乗り出して覗いてみる。

 その壺の中。見えるのは、大きな“迷路”の風景だ。ボトルシップみたいなものなのだろうか。それとも映像?

 不思議に思ってよく見てみると、不意に、体が軽くなった。


「へ?」


 違う。

 浮いている。浮いてる?!


「っ――」


 抵抗は無駄。

 叫び声も間に合わない。

 ただ蛇に呑み込まれるが如く。


 壺に、吸い込まれた。


「――な、なんでぇぇぇぇぇっ?!」


 もしかしてこれって、すっごくまずい事態なのではないでしょうか?!



















 どんっと尻餅をついて落ちる。

 すごく高いところから落ちたような気がしたのだけれど、思いの外、ダメージは少ない。


「ここ、は?」


 地面は砂利。

 周囲を覆う壁は、板のように見えるけど、とても壊れそうには見えない。

 空は、なんだろう。青空なのだが、雲も太陽もないのに明るい。まるで作り物の、ペンキを塗っただけの空に見えた。


「ええっと、うーん……とりあえず、【速攻術式セット平面結界フラットバリア展開イグニッション】」


 結界を展開。

 足の裏に装着。

 術式を持続。操作陣を展開。よし!


「【反発バウンド】!」


 地面を蹴って、垂直に飛び上がる。

 一瞬、視界に映るこの場所の全容は、一言で表すのなら“迷路”だ。複雑に道が分かれる、迷路の中心。もしこれがスタート地点から始められるのなら、最悪壁伝いでなんとかなったのかも知れないのだけれど……真ん中からだと、それは使えない。


「飛び越えちゃえば、きっと!」


 もう一度反発。

 今度は壁を蹴って、もう一度!

 壁より高く上がったら、向こう側の通路に向かって飛び込む。


「これで――みぎゃっ?!」


 けれど、そう簡単にはいかせてくれないようだ。

 壁から垂直に伸びるのは、透明の壁。うう、いたい……。

 遭難をしたら動かない方が良い、のだろうけれど、どうやらそうもいきそうにない。がちゃっと金属音がして振り向くと、鎧甲冑の武者が刀や槍を構えて合戦でも行くかのように歩いていた。


「え、えっと、わたしはその、紛れ込んでしまい……」

『――』


 無言。

 刀を振り上げる先頭の鎧甲冑。

 槍を突き刺そうとする後方の鎧甲冑。

 弓に矢をつがえてこちらを狙う一番後の鎧甲冑。


「【反発バウンド】!」


 わたしは足の裏の結界をたゆませて、強力な反発で跳躍。壁の上にも透明の壁があって乗り越えられないというのなら、その壁は、物理的に蹴られるはず!

 壁に向かって跳躍。壁に足を付き反発跳躍。透明の壁にも同じ事を繰り返して三角飛び。上空にも上限はある。五メートルほどの高さの壁。さらにその上の三メートルほどに透明の壁。その更に上は見えない天上だ。


「“干渉制御ロジック・コントロール”」


 魔導術を使うときは、体の外、世界に満ちる力を呼吸のように取り込む。

 異能を扱うときは、体の中に満ちる力を、井戸から汲み上げるように外に出す。まったく異なる扱い方は、けれど祖父のせいでその随まで扱い方を覚えさせられ、身についた。


「重力統制、揚力制御、空気圧干渉、慣性指向制御――」


 緑色の光。

 異能は感覚で扱う。けれどわたしの異能は、感覚で“論理的に”制御しなければならない。異能者の人はこれが苦手だが、わたしは違う。複雑な魔導術式を日々鍛錬しているわたしからすれば、速攻術式の方がよほど難しい。


 だから!


「――【飛翔制御フライト・コントロール】!!」


 まるで、鳥のように。

 まるで、飛行機のように。

 まるで、魔法少女のように!


「ごめんなさい、倒されるワケにはいかないんです!」


 自由自在に空を飛び、縦横無尽に駆け巡る。

 ……なんて気軽に言えるほど、まだ扱いこなせていないというか、直ぐガス欠になってしまうので、鎧甲冑の群れから大きく遠ざかるように飛翔。

 適当な場所に着地して、息を整える。


「ふぅ、はぁ……慎重に散策しないとだめ、みたいだね。【速攻術式セット探索サーチ展開イグニッション】」


 脳内に浮かぶレーダー図。この場に何かしらの加工が施されているのだろうか、地形はまったくサーチできないし、見える範囲も狭い。そうはいっても、半径十メートルほどは映るので、これで鎧甲冑を避けながら進むことができると思う。

 黄色のポイントは未認識、緑色のポイントは認識済み、青色のポイントが自分で、灰色のポイントが無機物。灰色は今回は映らないので、鎧甲冑を“敵性”と設定して、これが赤色のポイント。

 ……ほんとうはこういうのは、夢ちゃんの方が得意なのだけれど。


「もう一個。【屈折迷光ステルス・カット】」


 姿を消す異能。

 けれどこれは気配や音まで完全に消すとごっそりと“霊力”を持って行かれてしまうので、今回は風景に溶け込むのみ。

 サーチに映ったら動きを止めて息を潜め、そうでないときはひとまず進む。もう最初に落ちた場所からはずいぶん動いてしまったから、こんなところで救助を待つことにどれだけの意味があるかわからない、から。


「っ」


 なんて考えていたら、さっそく、黄色いポイント、未認識の表示。

 息を潜めて壁に張り付いていると、迷路の角から“それ”が姿を顕した。


 白い体。

 鋭い爪。

 尖った牙。

 黒い模様。

 縦に割れた瞳孔。


 ふわふわの、えっ、子虎?


「か、かわいい……」


 虎と言ったけれど、猫かも知れない。

 そう思わせるほどにふわふわで白くて、かわいらしい。あ、爪を研いでる。ふわぁぁ……。犬派のわたしでも、動悸が高鳴るもちふわフォルム――っ!


「あわ、あわわ、あわわわ」


 ステルスを維持したまま、その後を追いかける。

 ほ、ほら、子虎だよ? 猫だよ? 猫って快適な場所を見つけるのが上手だから、出口を見つけられるかもしれないし!


「ふわふわ、ふわふわ」


 ゆらゆらと揺れる尻尾を追う。

 そういえば師匠にも猫耳のフォームがあるらしい。残念ながらわたしは見たことがないので、今度、お願いしてみようかな。はっ……師匠、自分のためじゃなくて、わたし(他人)の為なら私利私欲の範疇に入らない……?

 へ、変身、お願いしようかなぁ。


「っ、あれは」


 視線の先。

 子虎の歩く先。

 サーチに表示されるのは、敵性の“赤”だ。


「鎧、甲冑!」


 のんびりと歩く子虎が、鎧甲冑の味方ならいい。わたしが逃げるだけだ。

 でも、もし、そうでなかったら?


 子虎に、鎧甲冑が気がつく。

 彼らは子虎を認識すると、ぞろぞろと子虎に向かって歩き出し、そして。


 刀を、振り上げた。


「【反発バウンド回転ロール】!」


 透明化が切れる。

 それでも、優先順位は子虎!


『?!』

「逃げるよ!」


 毛を逆立てる子虎を抱きかかえながら、平面結界で鎧甲冑を切り裂く。中には当たらないように配慮はしたけれど、中は空洞のようだ。

 それなら、遠慮は必要ない、よね!


「【熱量制御ジュール・コントロール】――吹き飛べ!」


 威力よりも“吹き飛ばす”ことに特化した“干渉制御ロジック・コントロール”が、鎧甲冑の集団を吹き飛ばす。

 その瞬間に足の裏の“反発バウンド”を発動して、一足に飛び退いた。


『がぅ?』

「大丈夫、わたしが守るから、だから、じっとしてて!」

『がう!』


 人の言葉が理解できるんだ。

 かわいい、賢い。ポチは可愛いけれど、可愛げはないからなぁ。雌呼ばわりするし。


 迷路の中を複雑に奔り抜けて、周囲を警戒。

 敵性反応が完全に消えたことを確認すると、やっと一息つけることができた。


「うぅ、つ、疲れたぁ……っ」


 “干渉制御ロジック・コントロール”。

 おじいさまから素質をぶんどったというこの異能は“霊力”で自然現象に干渉して、おとぎ話の魔法のような効果を発揮する、というものだ。

 ただ、その制御可能範囲がとてつもなく広く、どこまでできるかもわからない。そのため、“発現型アビリティタイプ”や“特性型スキルタイプ”ではなく、分類不明の全てが振り分けられる“超常型アンノウンタイプ”である、と、師匠はわたしに教えてくれた。

 そして異能は、魔導よりもはるかに“適性”が使用に深く関わる。わたしの適性は“回避・防御・補助”の後衛タイプ。ゲーム風に言うのなら、防御関係はMP半減、攻撃関係はMP倍増。つまるところ、攻撃に異能を使用すると、どっと疲れる、ということである。


「怪我はない?」

『がう!』

「そっか。良かった」


 怪我はなくて良かったけれど、迷路の方は大惨事、かも。

 壁の色が先ほどまでと違い赤褐色に変わり、砂利道はさらに足場が悪くなっている。戻ろうと思っても、戻れば当然、鎧甲冑の群れ。うぅ。


「進むしか、ないかな」


 腕の中で子虎は、暢気に尻尾を振っている。

 そんな子虎を腕の中で一撫ですると、わたしは意を決して奥へと進み始めた。





2016/10/24

誤字修正しました。

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