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そのさん

――3――




 いつだったか、私が“東京観光”に付き合い、その最中に一回り成長を果たした少年。

 名門、退魔七大家序列四位、緑方みどりかたに即位したばかりの彼、あきら君は、私と肩を並べて悪魔を撃退した後に、その、私に“告白”をした。




『ボクは、きっとこれから、色んなものに縛られます。それは時として鎖のように、時として泥のように、時として鳥かごのようにボクを縛り付けることでしょう』

『――ですから、もし、ボクがその全てを呑み込み、押し伏せるほどの男になったときに、返事を聞かせて下さい』

『ボクに、未知さんの将来を、下さい』




 まだ記憶に新しい一連のやりとり。

 未来に夢を馳せ、再会を約束して別れた彼。女の子のように可愛らしい顔立ちなのに、確かに“男性”としての魅力を見せて、別れた少年。

 再会は早くて来年、遅ければもっと未来の話かと思っていたのだけれども……。


「……はい、実のところ、ボクもそう思っていました。立場もあります。たかだか“稀少異能者の保護”という政治的な利用があろうと、当主枠の人間がおいそれと動く訳にはいかない、と」

「そうよね……ぁ、彰君に再会できたことは、嬉しいよ?」

「っ……敵いませんね。いいえ、なんでもないです」


 私の言葉に、照れたように顔を背ける彰君。

 横から見える赤らんだ顔が実に初々しい……の、だけれど、鈴理さん? 顔がリスみたいにふくれてるよ?


「で! ですね。ボクもまさかこの役目を本当に負えるとは信じず、試しに時弥を通して時子様にご相談させていただきましたところ、その、まぁ、あっさり」

「なるほどね。時子姉……時子さんなら、それくらいは通しちゃうか」

「対魔王戦で“何もできなかった古名家”という汚名を着せられずに済んだのは、黄地時子様による恩恵である、という考えの方も多くおられます。影響力は、やはり強いですね」


 で、頼んだら直ぐに返事が来た、と。

 時子さんの遠縁で現当主の時弥ときや君。彼も良い子なのだけれど、真面目な分、時子さんに振り回されているのかもしれない。


「……師匠って、ジゴロですよね」

「へぁ?! す、鈴理さん?」

「あぁ……」

「ちょっ、彰君!?」


 人聞きの悪いことを言う鈴理さんに、何故か頷く彰君。初々しいなぁとか考えてはいるけれど、こう、悪女みたいに掌でころころ、とか想像もしていないよ?


「師匠は、緑方、さん、とお知り合いなんですか?」

「ボクはあなたよりも年下です。彰、で良いですよ」

「えっと……うん。ありがとう、彰くん」


 朗らかに微笑みそう言う彰君と、それに頷いて微笑む鈴理さん。

 うん。すさんだ心が元気になる。癒やし系の組み合わせだ。


「以前、東京に観光に出て迷ってしまったボクを、未知さんに助けて貰ったんですよ」

「そうなんだ。師匠、優しくて格好良いからなぁ」

「それに綺麗だ。ボクは、身も心も、あんなに綺麗なひとは見たことがありませんでした」

「恋愛シミュレーションゲームで師匠が攻略対象でも違和感ないよね」

「話には聞きます。ぎゃる? ゲーム、でしたか。確かにそうですね」


 うん、あのさ、私を挟んでそういうお話しするのはやめてくれないかな?

 私なんて攻略してもおもしろみはないよ? それに、清廉潔白に見えるのは、生徒や子供たちに見本になれるよう努力をしているだけで、根っからの聖人とかそういうのではまったくないからね?


「師匠、師匠ってどんなひとがタイプなんですか?」

「できればご趣味も教えてください。あと、好きな物や嫌いな物も」

「えっと?」


 この流れは、なに?

 いつまでたっても案内される部屋に行き着かない理由は、わかる。“そういう効果”の結界が張られているからだ。

 時子姉の性格を鑑みれば、彼女のことだ、自分で出迎えたがることだろう。それを人に任せている時点で、察しが付く。“結界”を切れない状況であるということ。つまり、タイミング悪く侵入者が出たか、対侵入者用のトラップに誤作動が生じたか、なのだけれど、彰君が時子姉に案内役を申請したのは昨日今日の話ではないだろう。

 となると、自ずと答えは限られる。設備自体の問題で、かつ、時子姉自身が対処しなければならないことなど、対侵入者用として拵えたという、時子姉御用達のトラップに、なんらかの誤作動ができたということだろう。


 うん。

 ここまでの推理は全て、現実逃避ですが?


「答えなきゃ、だめ?」

「だめです」

「だめですね」

「だめ、なんだ」


 だめなのかぁ。

 ええ、うん、この分だと歩く時間もまだ終わらない、みたいだし。なんというか、そんなきらきらした目で見られると断れないというか、ううむ。


「……趣味は、見知らぬ場所で隠れ家的なお店やスポットを探索すること、かな。好きな物は、読書や散歩も好きだけれど、食べ物だと、お米、鮭、明太子、高菜漬け。嫌いな食べ物はないけれど、ホラー……き、嫌いな物もないかな」


 よ、妖魔や悪魔は平気なのよ?

 慣れただけとも言うけれど……。


(ホラーか。師匠、かわいい)

(ホラー。未知さん、可愛い)

「ん? どうかした?」


 首を横に振る二人に、首を傾げる。

 不穏な気配というか、視線を感じたような気がしたのだが……ううむ?


「と、この部屋ですね。どうぞ」


 そうこうしているうちに、どうやら到着したようだ。

 彰君に促されて、部屋を見渡す。枯山水の見える品の良い和室。一枚板であろう机も、優しい色合いだ。


「先に、笠宮さん、おかけになってお待ちください。――部屋に入る前に、未知さん、少し良いでしょうか」

「失礼します。師匠、待ってますね」


 彰君が真面目な顔でそう私に告げると、素早く顔色を“観察力”で察した鈴理さんが、気を遣って先に入室してくれる。気を遣わせてしまうことは申し訳ないけれど、助かります。

 一度襖を閉じて、部屋の前。彰君と二人きりになる。緑方の紋章を背負った彼の横顔は、女の子のように可愛らしくもどこか凜々しい。身長は、きっとこれから、かな。


「その、時子様のことなのですが……」

「結界の補修、かな?」

「! ……さすが、未知さんだ。気がついておられたんですね」


 この部屋にたどり着くまでぐるぐると“同じところ”を何度か通った。正しい道を正しい道順で歩かなければ、トラップに見舞われるということだろう。

 他にも、小物や装飾品にかけられた対侵入者用トラップも、識別が効かなくなっている……んだと、思うんだよね。


「時子さんは、結界の?」

「……はい。せっかく来ていただいたのにお待たせさせてしまい、申し訳ありません。時子様を初めとして巫女や神官も、手の空いている物が複数で当たっております。さほどお待たせすることはないとは思うのですが、手持ちぶさたにさせてしまい――」

「はい、そこまで」


 失礼かな、と思いつつも、“おねえさん”として。

 両側から頬に手を当てて、俯きがちだった顔を上げさせる。困惑に揺れる瞳。迷惑を掛けてしまっている、という心痛。気持ちはまぁ、わかるけれど。


「私は、彰君と再会できて嬉しかったよ。その、彰君が、時子さんが来るまで相手をしてくれるんでしょう?」

「ぇ、あ、は、はい。そうなり、ます」

「なら、それは“運が良かった”んだよ。だって本来なら、そんな時間はとれなかったんだよ? なのに、久々に彰君とゆっくりお話しできて、私の弟子も紹介できる。彰君が今どんな風に頑張っているのか私は知りたいし、鈴理さんとも仲良くして欲しい。一度に全部叶うなんて、想像もしてなかった」


 一息にそう告げると、彰君は目を丸くしていた。

 そんな彼に、小さく笑いかける。


「――だから、私は彰君とこうして話せて、嬉しいよ。彰君も同じ気持ちだと、もっと嬉しい、かな」


 そう、こつんと額をつける。

 赤くなってしまって、初心で可愛らしいなぁ……なんていうのは、流石に口に出さないよ? 格好良くなろうとしている男の子に、そんなことは言えないからね。


「未知さんは、ずるいです」

「ん?」

「ありがとうございます。ボクも、未知さんと過ごす時間がもたらされたこの瞬間が、なにより愛しく思います。でも――あなたの将来をいただく男としては、まだまだだと痛感しました」


 彰君は、そう、私の手に自分の手を添える。


「けれど、決して諦めませんので、どうぞ引き続き見守っていていただけますか?」

「――ふふ、ええ、喜んで」


 笑い合うと、空気が柔らかくなる。

 照れが隠せないのか、頬を朱に染める彰君を見ていると、こっちまで顔が赤くなってしまいそうだ。


「さて、笠宮さんをあまりお待たせするわけにも参りませんね」

「ふふ、そうね」


 私の視線に気がついて、照れたように慌てて促す彰君に続く。

 襖を開けて、鈴理さんに声をかけ――あれ?


「鈴理、さん?」


 静まりかえる室内。

 ぽとん、と落ちている鈴理さんの手荷物。


 けれど、どこにも、鈴理さんの姿はなかった。


「これは、まさか――また、巻き込まれた?」


 前途多難。

 そんな言葉が頭を過ぎる。

 ええっと……どうしてこうなった?





2016/10/20

誤字修正しました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 鈴理ちゃんの圧倒的主人公力が光る……!
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