そのに
――2――
さて、そんな訳で新幹線の中。
ここのところ、新幹線に乗る機会が増えたと思う。いつも思い思いの駅弁を買って食べるのだが、今日は違う。
広げられたお弁当。色とりどりのおかずに、五穀米のヘルシーごはん。デザートまでついているこの力作は、鈴理さんの手作り弁当だ。
「お口に合えばいいんですけど……」
「うん……うん、おいしいよ、鈴理さん」
「えへへ、そういっていただけれると、嬉しいです」
はにかむ鈴理さんに、そっと微笑み返す。うん、癒やされる。
いつもの魔導衣制服を着た鈴理さんと、いつものスーツ姿の私。なんとも味気ない組み合わせだが、あくまでお仕事の一環だ。交通費だって経費で落ちる。
「師匠、はい、あーん」
「へ? え? あ、あーん?」
卵焼きを差し出されて咄嗟に食べてしまったが、あ、あれ?
鈴理さんを見ても、純粋に、あるいは無垢に嬉しそうにしているだけだ。見知った人物の環に入っているとき以外は、適切に距離を保ってくれている。
だけれども、なんだろう。二人きりのときだと、距離感がこれまでの比じゃなく近い。いや、変質者吸引体質の元凶を取り払ったことで、心の負担がなくなっただけなのかもしれないけれどね。
「そうだ、師匠! 師匠のお姉さんのこと、教えてくださいっ」
「え? ああ、そうね……私と時子姉が出会ったのは、これから向かう京都、というのは知っている?」
「はい、魔法少女エピソード集Ver4で読みました!」
あー、あの、“天に還った魔法少女の軌跡を追う”という名目で作られた超美化本。ただの中二病だった獅堂が、“心に闇を抱えし美貌の少年”扱いされていたりしているから、呼吸困難になるくらいに笑った記憶がある。
記事の内容自体は、実際に英雄から調書をとっているから概ね間違ってはいないのだろうけれど……そうはいっても、そんなインタビューに答えられるほど簡単に捕まってくれるのは、時子姉と獅堂くらいだったことだろうから、偏りはあるけれど。
仙じいは修行で点在、七は“精霊界”に引きこもり、拓斗さんは異世界渡り、クロックはどこにいるのか常に不明、“魔法少女”は少女を引退……いや、やめよう天に還った。
「最初は、警戒されていると思ったの。こんなよくわからない、けれど強力な力を持つ子供。当時の全力の“少女力”でステッキを振れば、魔法無しで山を割ることだってできたからね。今の少女力なんて、だましだましの力に過ぎないし、ね」
「あんなに格好良いのに?」
「………………そ、それで、同行を申し出てくれたときも、最初は断った。それでも、と言うから結局、戦闘んんっ、喧嘩になって、で、同行することになって」
ちなみに、決着は付いていない。
獅堂が間に入ってくれたのだ。『志を同じくする友が、矛を交えて血を流す必要などない――違うか? フロイライン』と。
この一言で冷めて、警戒するのが馬鹿馬鹿しくなって同行を許した。
「そうしたら、悩みを聞いてくれて、一緒に笑って一緒に怒って、泣いたら抱きしめてくれた。そのときに、気づいたの。“ああ、この人は、純粋に『強大な力を持った子供』である私が、心配だったんだ……って、ね」
だから、今でも甘えてしまうことがある。
どうしようもなくなった時、絶対に抱え込まないこと。それが、時子姉との約束だから。
「なんだか、素敵です。えへへ、わたしは一人っ子で、お父さんとお母さんとはあれからやっと、気まずくなくなり始めたばかりで、他の家族がアレだったので、羨ましいです」
「……そ、そうね。――でもね、鈴理さん。私は鈴理さんを、妹のように思っているよ。それでは、だめ?」
私がそう言うと、鈴理さんははにかむ。けれどどうしてだろう、その瞳の奥に寂寥が見えた、気がした。
そして、きっと照れ隠しだろう。私に体を寄せて、首に両手を回し、耳に息が吹き掛かる距離まで近づいて、ててててて、ぇぇ?
「妹以上じゃなくちゃ、や、です」
「ひゃんっ、ちょっ、すすす、鈴理さん?!」
「耳、弱いんですね。可愛いです、ししょー」
あれ? んん?! なんでこんな状況に?!
「――と、駅員さんだ。続きはまた今度ですね。残念です」
「今度? 今度ってなに?!」
「冗談です。えへへ、でも、妹扱いじゃ、香嶋先輩とかぶっちゃうから、いやです」
「そ、そういうことね、うん、あはは。……気をつけます」
「はいっ」
……って、あれ?
やっぱり上手くはぐらかされた気がする、けれど。
「鈴理さん、寂しい?」
「……昔は、すごく寂しかったです。でも今は、師匠も、夢ちゃんも、リュシーちゃんも、ポチも、香嶋先輩も居ますから」
「ふふ、ポチは、連れてこられなかったけれどね」
「ポチったら、わたしのベッドで寝てばっかりなんですよ。『ボスはもしかしたら適齢期を逃しているのかも知れない。我が貰ってやらねば』とか寝言まで言って!」
「それは、あとでぎっちり締め上げておきます。雑巾みたいに」
「師匠、それ、ポチが死んじゃいます」
笑い合うと、鈴理さんは一抹の寂しさも見せなくなる。
できれば、私はあなたにも、元気で居て欲しいし、笑っていて欲しい。それはもしかしたら、あなたに前世の妹を重ねているのかも知れない。
それでも。
私は、鈴理さん、あなたというひとが、大好きなんですよ?
そんな思いを込めて頭を撫でると、鈴理さんはまた、“えへへ”とはにかんだ。
――/――
京都駅からローカル線を乗り継いで、鞍馬山に向かう。
麓で特殊な認識結界をくぐり抜けると、そのまま鞍馬山の裏手に位置する巨大な“都”があった。
「うひゃあ……すごいです、師匠」
「うん。鞍馬山にこんな施設があるなんて、思わないよね」
京都の華やかさを思わせる朱塗りの囲い。
大きな門は羅生門もかくやという荘厳さ。
門を抜けて広がるのは、正真正銘の“京の都”だ。
「都の作りそのもので結界を体現しているの。機械を使っても肉眼でも“見られない”ように術が施されているけれど、この都の存在そのものは、悪魔来襲以降公開されていて、関西特専の生徒が社会科見学に訪れることもあるそうよ」
「それで、街ゆく人の視線に“警戒”や“興味”が含まれていないんですね」
よくあること、ではあるからだ。
ちなみに魔法少女時代、悪魔と戦闘中に迷い込み、ここに住む退魔師と戦う羽目になったことがある。その時はすでに時子姉も仲間だったのに。
頑固なおじいさんだったが、まだご存命なのだろうか。
「この都に、退魔七大家、退魔五至家の屋敷があるのよ」
「へぇ……。それじゃあ、京都市の方にはいないんですか?」
「いいえ。京都だからね、他の退魔の屋敷は市内に普通にあったりするよ。退魔三家とか、真伝十三家とか、四季家とか。中央に近づけば近づくほど、大きくて強い家がある。と、ほら」
見えてきた建物を指さすと、鈴理さんは納得したように頷いた。
相応の規模のある大きな門。その奥に続く、大きな屋敷。
「観司様と笠宮様にございましょうか?」
「はい。関東特専より参りました。本日はよろしくお願いします」
門の前で出迎えてくれた女中さんに挨拶し、門の中へ入れて貰う。
その最中、鈴理さんはずっと緊張をしているようだった。まぁ、無理もないか。こんな大きな屋敷にたくさんの女中さん、なのだから。
「……いよいよ師匠のお姉さんにご挨拶。緊張するなぁ」
「ん? どうしたの? 鈴理さん」
「いえ、緊張しますねっ」
「ふふ、そう?」
他にもなにか小声で聞こえた気がするのだけれど……うーん?
戸を開けた先。
大きく、質素ながら品の良い佇まいの玄関。その板の間の先に待ち構えていたのは、童顔で可愛らしい顔つきの男の子……って、え、なんで?
「お待ちしておりました。本日、お二人のご案内を勤めさせていただきます、緑方彰にございます。どうぞよろしくお願い申し上げます」
その、華やかに微笑む姿に、思わずぴしりと固まる。
けれど、不審に見上げる鈴理さんの視線に我に返ると、鈴理さんとともに頭を下げた。
「はい、関東特専より参りました、観司未知です。本日はよろしくお願いいたします」
「か、笠宮鈴理です。よろしくお願いします!」
動揺を顔に出さないようにそう言うと、彰君は嬉しそうに微笑む。
え? あれ? 彰君は確か、“緑方”の御当主となったはず。それが何故、黄地の屋敷でこんな、案内役などを?
表情には出さないように気をつけつつも、内心は動揺でいっぱいだ。そんな私たちに板の間に上がるように促すと、彰君はそっと私に近づいた。
「こんなに早く、貴女に再会が叶うとは思ってもみませんでした。理想にはほど遠いかもしれませんが、恥じ入るつもりはありません。お久しぶりです、未知さん」
彰君はそう、嬉しそうに微笑むと、流れるように私の手をとる。
「あなたに逢えて、ボクは嬉しい。願わくば、未知さんも同じ気持ちであって欲しいと思いますことは、ボクのわがままでしょうか?」
「い、いえ……久しぶりだね、彰君。私も会えて嬉しいよ」
「師匠? 緑方、さん? ……むぅ」
微笑む彰君。
むくれる鈴理さん。
間に立って首を傾げる、私。
ええっと、この状況。
どなたか、説明していただけませんでしょうか?




