えぴろーぐ
――エピローグ――
その後。
全校生徒と教員を巻き込んだ騒動は、“妖魔の侵入と英雄による撃退”という形で、七と獅堂が祭り上げられる形で収束した。
その際、隠しておけることでは無いから、と、鈴理さんは異能力を発現したということを学長のみに報告。秘密裏に、ではあるが国家公認の“特異魔導士”として、正式に魔法少女である私が彼女の指導を任されることになった。
なにぶん、前例のないことだ。というか、異能者を長年自分の内側に宿していたから異能が発現しました! みたいな単純な話でも無い。七が宿っていた力を“最強レベルの幸運”を用いて祓ったことで、異能を残す、という“最強レベルの幸運”が付随したのだろう……と、未確定の推測しかできない事態だ。
で、その鈴理さんなのだが。
「えへへ。これで、いつでも師匠ってお呼びできますねっ」
医務室で、“魔力同調による診察”の名目で、私の膝の上に収まっていた。
あ、あれ? どうしてこうなったの? んん?
「師匠、どうですか? 変なところはないですか?」
「え、ええ、至って正常よ」
「良かったっ。ありがとうございます、師匠っ」
ぎゅぅっと私に抱きつく鈴理さん。
羨ましそうに私“たち”を見る夢さん。
そんな夢さんを慰めながら、有栖川さんもまた踏ん切りがつかない表情を見せていて。
そして。
「笠宮さん。先生の業務の邪魔になります。診察が終わったのであれば立ち退きなさい」
「はいっ。お邪魔でしたか? 師匠」
「い、いいえ。時間はあるから大丈夫よ? うん、ええ、はい」
香嶋さん。
あの後、鈴理さんは直接彼女に感謝の言葉を告げ、迷惑を掛けたことを謝罪していた。その時は和やかに見えたのだが……。
「観司先生の優しさにつけ込むようなことを、するべきではないわ」
「はい、そうですね。ごめんなさい、杏香先輩」
「い、いえ、わかればそれで」
「考えてみれば、師匠と二人きりで過ごす時間はたっぷりありますもんね。国家公認ですし」
「――お姉さま、この犬っころに怒っても良いんですよ? ん?」
二人の間に見えるのは、火花だ。
あれ、えっ、どうしてこんなことに?
「リュシー、私、鈴理の後ろにポチの幻影が見える気がする」
「ユメ、それを言うのならMsカシマの後ろには巨大な黒猫が見えるよ」
うん、ええっと、私も見えるよ、碓氷さん、有栖川さん。
「もうやだなぁ、杏香先輩ってば――ふふふふふふふ」
「そうね、笠宮さん。貴女とは一度ちゃんとお話しする必要があるわね――ふふっ」
笑い合ってるけれど、その笑顔が怖い。
ああ、もう、元気になったのはよかったけれど、一難去ってまた一難。
これが修羅場というヤツか。
抜き出てきそうな魂を必死で抑えつつ、私には、見守ることしかできなかった。
「ああ、もう、本当に――」
まぁ、うん、でも。
「ふふふふふふ」
「ふふっ、クスクス」
みんな無事だったのだから、それでよしとさせてもらおう。
お願いだから、ね?
――/――
何もない真っ白な空間の中。
黒い種が、ぎゅるりと芽吹く。
「くひっ、ひゃっ、ひはははははっ」
種は次第に大きくなり、ぼこぼこと膨れあがると、やがて人の形を成した。
「ばかめ、馬鹿め、迂闊な痴女めッ。きひっ、ひゃっはははははぁッ!!」
白い空間で、闇は笑う。
かつて笠宮装儀と呼ばれた男は、瞳を黒く染め上げて、この空間で嗤っていた。
「ひ、ひひっ、どこかに居るはずだ。あの女の精神の根源か、どこかにッ」
“干渉制御”。
そのできる範囲すら明らかになっていない強力な異能で、装儀は相対した未知に干渉し、消滅の間際に“核”を植え付けることに成功していた。
これで鈴理に行ったように、体を乗っ取る。そのためには精神の“核”を捉えて、支配する必要がある。装儀は下卑た笑みを浮かべると、ぺろりと唇を舐めて進む。
「こっちか? きひっ、ひひひっ」
ふらふらと歩き、進んだ先に居たのは、絵本を読む少女の姿だった。
その少女に近づくと、装儀は慣れ親しんだ顔――優しげな祖父の仮面を被る。
「お嬢さん」
「? おじいさん、だれ?」
「私は、君を守る人だよ。ここに居たら怖い人が来る。私の手を取れば、守ってあげるよ」
手を取って。
干渉すれば、それで終わり。
簡単だ、とほくそ笑む装儀は気がつかない。
何故、こんなに簡単に、事が運ぶのか。
この少女もまた――“観司未知”の、一部であるというのに。
「ほんとう?」
「ああ、本当だとも」
「それじゃあ、おねがい」
差し出された手。
幼く柔らかな手。
その手をいたぶる想像に、装儀の心は愉悦を覚えて、歪む。
大人になった女は可愛がる価値には値しないが、幼い彼女は愛くるしく、装儀の心を揺さぶった。
そして。
「はなさないでね?」
「ああ、もちろ――づぅっ?!」
ザンッと鋭い音。
自身の腕が、切り落とされた。
その事実が、激痛と共に装儀の脳裏を駆け巡る。
「あっははははは! 離さないでって言ったのに。グズねぇ?」
「な、なん、なんで?! なぜだ!?」
「何故? 見ていたんじゃないの? あの可愛い子犬ちゃんの中で」
少女の姿が変わる。
瑠璃色と黒を基調とした、魔法少女衣装。
手に持つのは、赤い稲妻を放つ双剣。
その姿を、装儀は、知っていた。
「闇、堕ち、の」
「そう! そうね、ヤミラピとでも呼んでくれれば良いわ。まぁ、あなたはここからどこへも行けずに死ぬんだけど」
「ぁ、ああ、あぁ、あ」
装儀は思い出す。
闇堕ちモードと名乗るふざけたフォーム。
その結果、闇の人格は、未知の中から浮かび上がって、未知の中へ沈んでいった。
「い、いやだ、死にたくない、死にたくない死にたくない死にたくないィィィッ!!」
「はい、残念♪」
「い、ぁ?」
錯乱して襲いかかった装儀の視界が、真逆になる。
見えるはずのない己の全身を視界に納めて、装儀は悟った。
己が、手を出してはならないものに、踏み込んだということを。
「じゃあね、変態さん。魂まで切り刻まれたあなたに来世はないから、一生のお別れよ。最後に見えたのが可憐でキュートなあたしの姿で、シアワセよねぇ?」
装儀はそう、幼くとも艶やかな少女の姿に見惚れながら――その存在を、この世から消滅させた。
「あーぁ、もう、“私”ったら、いつになったらもう一度“あたし”を使ってくれるのかしら? ま、放置プレイもぞくぞくしちゃうからいーんだけど」
そう呟くヤミラピの姿が、幼い少女の物に戻る。
そしてまた、彼女はなにもない空間で――恍惚に打ち震えながら、笑い続けるのであった。
――To Be Continued――
2016/10/17
2017/04/03
誤字修正しました。




