そのよん
――4――
「――あと一人で完成なんだ。ちょっと待ってはくれないのかな?」
響いた声。
心底嫌々ながら振り向くと、そこには優しげな笑みを浮かべたスーツの男性が立っていた。
「七、気がついた?」
「いや。“流れ”を感じなかった」
「生き物じゃないってことね」
小声で話し合うと、男性はその小さな音を拾ったのかぴくりと震える。だが直ぐに冷笑を浮かべて頭を振って見せた。
「はは。鋭いね。そう、私は観司先生のように、あるいは壁に張り付いた“出来損ない”のように低俗な次元に身を置く存在ではない」
そう――久留米先生は、理解の悪い生徒を窘めるように言い放つ。
「北校舎の現場は良かったのですか? あなたが、チームリーダーでしょう?」
「ええ、はい。彼らには君の……君たちの“第一発見者”になって貰わなければなりませんからね。外でお休みいただいていますよ」
久留米先生はクスクスと笑いながら、眼鏡を投げ捨てる。
いつも細められている目をしっかりと開くと、黒目と白目の反転した瞳孔が、怪しく輝いていた。
「あるいは鏡先生、あなたならば“こちら”についてもよろしいのでは? 英雄ともあろうものがいつまでも“絞りカス”や“出来損ない”に構っていては、あなたの品位が汚れます」
「僕の場所は僕で決めるよ。だいたい、君のように“堕ちた”人間がどういおうと、説得力は無いと思うんだけど?」
「ちっ……この高尚さが理解できないとは。あるいは同じ英雄でも“仙法師”殿であれば私の言い分もわかろうものであろうが……所詮は持て囃された小僧か。“絞りカス”に張り付いている時点で、たかが知れるがね」
ううむ、まずいことになった。
七が自分に意識を向けさせてくれている間に、貼り付けられた生徒たちの状態を確認する。
“儀式”にでも用いるのであろう。顔色は悪いが呼吸は正しい。ただ下半身が丸々埋まっているから、掘り出すには少々骨が折れる。
「“堕ちる”ということは己の異能に飲み込まれるということだ。制御できなくなった末路を誇られても困るんだけど? たまたま君の能力が、君自身を破壊するモノではなかったから、生物としては“死んで”も“逝き残った”というだけだろう?」
ううむ、王子様モードではない七は実に黒い。
と、余計なことを頭の隅で考えながらも、救出する方法を探るのはやめない。なにもない状況で私がサポートに回って七が攻撃に回れば、あの程度の存在に遅れは取らない。
だが、埋め込まれた彼らに余計なナニカをさせずに守りながら戦うとなると、七が守りに入らなければならないだろう。そうなると魔導術師としての私では、アレをどうにかできるかわからない。
「さて、作戦は練り終わったかな? もうそろそろ私も排除に動かなければ、面倒なのでね」
そう久留米先生――久留米が呟くと、彼の身体から黒い靄のようなモノが溢れ出す。
それは到底、人間の扱える力ではなく、あるいは悪魔と呼ばれる侵略者たちによく似ていて、かつその在り方は大きく異なるようだった。
異能者というものは、そのほとんどは別次元からの干渉による影響で能力に覚醒した存在だ。能力の制御に失敗すれば暴発で周囲を巻き込んで死に至るか、廃人になる。
だが稀に、生き残る人間もいる。そういった存在はその価値観も、在り方も、なにもかも変質させて“別次元”の存在に寄せられる。
それを、“逝き残り”、あるいは――“魔人”と呼ぶ。
「“鎧虫害夢”」
闇を煮詰めたような漆黒の羽虫が、数十、数百、数千と空間を埋め尽くしていく。
彼の元々の異能は“装虫塊夢”。確か、能力で虫を出現させ、それを操作するというモノだ。
基本的には能力が強大になっただけで、他に変化はないのだろうが……その“強大である”という一点が、久留米の能力をやっかいなモノに仕上げているようであった。
「水よ――【敵意に牙を】」
対して七は数百の水球を浮かべる。
この一つ一つが自動攻撃機構を持つ設置型の術であり、サポート側に資質が傾いている七の得意攻撃だ。
「貪り尽くせ」
「打ち破れ!」
鋭い音。
虫と弾丸が交差する度に、相殺された力が余波を放つ。
「【術式開始・形態・防御・様式・結界・展開】」
その間に、私は埋め込まれた生徒たちと自分自身に結界を張る。
そして、彼らを掘り出す作業にかかって――
「ぐっ、ぁ」
「七?!」
見れば、膝を付く七の姿があった。
得意分野でこそないが、それでも英雄と呼ばれるほど修羅場を潜った人間が押されているという事実に、目を瞠る。
そんな私と七の姿は、彼の目にはどこまでも滑稽に映ったのだろう。邪悪に笑う久留米を、思わず凝視した。
「くっ、はははっ! 君のような“英雄”の弱点は、持て囃されたが故に広く能力を知られているということだ。“水遣い”と名高い君の対策をこの私がしていないとでも、思ったか! くひっ、ひゃっはははははははははははっ!!」
「ちっ――だから“流れ”、か」
――七は、特殊な存在だ。
水を操る彼にとって重要なことは、水場にいることではない。“流れ”のある場所にいるかいないか、ということだ。
そう考えると、この不自然な洞窟も説明が付く。ここは意図的に“流れ”が絶たれた場所だった、ということだろう。
もっと、早く気がついていれば……っ。
「【速攻術式・弾丸――」
「無駄だよ。虫の方が速い」
「――ッ解除・四重防御陣・展開】!」
攻撃に回ろうとしたが、“嫌な予感”がして生徒たちにピンポイント結界を展開。
すると、闇に潜ませていたのだろう。天井から降り注いだ虫たちが最初に張った結界を容易く貫き、ピンポイント結界に激突した。
丁寧に詠唱した結界を、こんなに容易く抜くなんて……ッ。
「観司先生。あなたはそこで英雄の最期を見ていると良い」
「はっ、僕の最期とは、言うね。だけど、英雄とも呼ばれた僕が、僕の手が、これだけだと――」
七の雰囲気に、“黒”が混じる。
久留米が眉を顰めて首を傾げ、警戒心を強める、が。
でも。
その手は、私が止める。
「待って、七」
「――未知?」
驚きに見開く七の目に浮かぶのは、焦燥だ。
私は七に、“大事な弟分”にそんな目をさせたくて声をかけた訳では、ない。
「私はね、自分がやりたくないことのために、弟分にやりたくないことをやらせるほど、落ちぶれてはいないよ」
「でも!」
「それに、ほら」
七に腕時計を見せて微笑むと、彼もまた、私の意図を汲んで諦めたように苦笑した。
「時間だよ、“蒼時雨”さま? 攻守交代」
「まいったな。君にはまだ、敵いそうにないよ」
怪訝に思ったのか、久留米の弾幕が止む。
同時に七も魔法を解除し、一歩下がった。
「辞世の句でも詠み上げる気か? 良いだろう、聞いてやろう」
「――七は、ある条件下において“時間”を制約に持つ能力を使用できる」
「なに?」
私の言葉を引き継ぐように、七は両手を広げて口を開いく。
「“時雨幸眞”――現在時刻PM七時七分七秒。これより七百七十七秒間、全ての幸運は僕と、僕の味方に集約する」
「くだらん。虫よ!」
放たれた虫が、七を通り過ぎて生徒のひとりに、あの物静かな女の子に飛びかかる。だが“偶然”戦闘の余波で傷ついた岩壁の一部が崩れ、“偶然”虫を押しつぶす。
「そしてそれだけの時間があれば、私があなたをたたきつぶすのに支障は無い」
「ほざけ! “絞りカス”の分際で、たったの十三分弱でなにができる!」
「できるよ。この、魔法の力で――!」
たったの十三分弱。
十二分五十七秒だけ約束される、“ご都合主義”が許される時間。
それだけあれば、なにもかもが充分だ!
「来たれ、【瑠璃の花冠】」
「女児用の玩具? ハッ、気でも狂ったか」
「そうよね、気が狂ったかと思うわよね。ええ、ええ、そうでしょう。“私もそう思う”」
「は――?」
攻撃の手も緩め、呆然と呟く久留米。
ええ、そうでしょうとも。でもね、私も本当は使いたくなかった。使いたくなかったからこそ、言わせて貰う。
使わせたこと、必ずその身で後悔させてあげましょう、と、ね!
「【マジカル・トランス・ファクトォォォォッ!!】」
身体が瑠璃色の輝きに包まれて、スーツと眼鏡が宙に溶ける。
※なお、大事なところは花びらで見えません。どの角度からでも。
「な、なんだと?! これは、まさか――」
久留米の声を置き去りにして、力の奔流が私を覆う。
――ステッキを天にかざし。
「魔法少女!」
――回しながら胸の前へ。
「ミ・ラ・ク・ル」
――スカートを翻しながら、くるっと回転して。
「ラピっ!」
――片手は腰に、ステッキは口元に。
「可憐に推参っ!!」
ぱちっとかますのはウィンク。
ゆらっとゆれるのは、くっそ似合わないツインテール花飾り付き※女児向け。
踏み出すと“ぷきゅぅ”と鳴るのは、装飾付きスニーカー。
さぁ、笑え。いや、ころさなきゃ。
「――へ、変態だぁぁぁぁぁぁッ!?!?!!」
「うら若き乙女にそんなことを言うと、天☆誅だぞ?」
「ひぃぃぃぃぃッ?!」
私うぜぇ。ころせ。
というか尻餅をついて後ずさるな。失礼だろ!
「未知、いや、ラピ。後ろは任せて」
「わらっても、いいんだよ?」
「笑えないよ」
笑ってよ。
いや、そうじゃない。なにもかもは、このどこまでも失礼な男を滅殺してからだ!
「ぐぅぅ、油断はここまでだ! 虫よ――」
「マジカル☆アターック!」
“ぷきゅぅ”という足音共に、ステッキを振るう。
すると衝撃波は空を切り、久留米の周囲に纏わり付いていた虫の“全て”を吹き飛ばした。
「なんだと?! いや、ならば、大絶虫――」
「させない! ステッキさん、お願い!」
お願い、といいつつやることはステッキでの殴打だ。
“ぷきゅぷきゅ”という踏み込み音は聞こえない。聞こえないったら聞こえない。
空間転移と見まごう速さで移動したために、足下はクレーターのように陥没している。そんな勢いで腹をド突いたためか、久留米は身体をくの字にして吹き飛んだ。
「――がッ!?」
一バンド、二バウンド、三バウンドしてから地面をスライディングしていく久留米。
だがあいにくこちらは、立ち上がるのを待ってあげられるほど、羞恥心に余裕がない。
「ば、かな、こんな、好んでこんな格好をしているような痴女に!!」
失礼な。
この“フォーム”ではまだ遅い……っていや、そうじゃなくて。
「痴女が、痴女ごときがッ!」
「そうね。痴女ね、わかる」
でも、ね。
これだけは、言わせて貰いましょう。
「魔法少女の魔法は、夢を叶える規格外。でも、大きな力には制約がある」
「な、に?」
「変身ポーズをとらなければならない。口上を述べなければならない。女子力の低い発言をしてはならない。どこともしらぬ神の授けた、“魔法少女の掟”」
「それが、どうした――ッ!」
よほどダメージが強かったのだろう。立ち上がろうにも叶わず、震えることしかできない憐れな魔人に言い放つ。
私の、極大の“呪い”をぶつけて、憂さ晴らしをさせてもらいましょう。
ふ、ふふふふふふふふふ。
「“魔法少女は、魔法を私利私欲に使ってはならない”」
「はぁ?」
「“魔法少女は、魔法を私利私欲に使ってはならない”」
「……………………」
そう、驚いたことに、ほんっとおおおおおに驚いたことに、衣装を好みに変えることは“私利私欲”になるらしい。ファッション道具扱いにするなよ、ということなのかもしれないが、ちょっと待て。切実なのにだめなの? だめなの。そう。
「さて、ラピが痴女ではないとわかったところで――そろそろ、終わらせるよ!」
「チッ――公然わいせつ物の分際で」
ぐっ!?
今のは傷ついた。
本気で傷ついたぞこんちくしょう!
「【祈願・現想・完全浄化の閃光】」
「オオオオオオオォォォォォッ! 我が力に応えよ、虫よ」
「遅い――【成就】!!」
突き出したステッキの先端に、複雑怪奇な魔法陣が現れる。
そこに集う極光の色は、魔法陣と同じ瑠璃色だ。
「な、なんだ、この力は――あ、ぁ、ぁぁぁッ!?」
「その邪心、歪められた魔を解き放ち、瑠璃の彼方に消え去れ!」
「ぎっ、がぁッ――ァァァァァァァァァッ!!!!!!!」
極光が通り抜け、洞窟が瑠璃に染めあげられる。
すると久留米先生の身体から全ての靄が溢れ、消え、滅された。
「魔人に堕ちた人間を戻す。それは浄化なんかじゃなくて時間遡行なはずなのだけれど……うん、やっぱり貴女は相も変わらず規格外だよ、未知姉え」
くるっとステッキを振り回し、きゃぴっとやけくそ気味にウィンクひとつ。
「これにて、天罰覿面! 魔法少女のお仕置き完了!」
うぅ、結局この力に頼ってしまう自分が憎い。
でもそれ以上に、神様。お目にかかる機会がありましたら、是非ともそのご尊顔、張り飛ばさせてくださいね……?
2016/10/17
脱字修正しました。