そのよん
――4――
雨と闇に覆われた、ざわめく森の中。
未知先生の役割分担に頷いて、状況を頭で整理する。
「香嶋先輩、適性は?」
「後衛です」
「よし――妖魔はどこから湧いてくるかハッキリしない! 香嶋先輩を中心に、円を描く。リュシーは内周、私は外周、未知先生は独立して戦ってくれるから気にしない方向で……作戦、開始!」
「ええ、任されたわ」
「わかった!」
以前、姉さんや姉上やお姉ちゃんに付き合わされた妖魔退治に比べたら、一体一体の脅威度は低い。けれど数が多すぎるから、消耗戦は避ける。
「香嶋先輩は未知先生の誘導に従って進んで下さい。私たちは、それに合わせて外周を移動します」
「ええ。これでも魔導科二年の優良生徒です。任せなさい」
「はい!」
未知先生と鈴理のぶっ飛び魔導にどっぷりなせいで、一般生徒さんの優良生徒ってどのくらいあの二人に“近い”のだろうかと思ってしまうことは、秘密にして。
頼もしくそう言ってくれた、おそらくとっくに私の未知先生、いや、間違えた、未知先生の毒牙にかかっているであろう香嶋さんに、後衛はお任せする。近接対応はリュシー。私は、木々を飛びまわって遊撃、だ。
「【展開】!」
靴底の“術式刻印”を起動。
巻物を口にくわえ、木を垂直に駆け上がり、妖魔たちの上空へジャンプ。巻物を手に持ち開いて、中央に刻まれた陣に手を添える。
「【起動詠唱・忍法・雨々降々・展開】!」
巻物が周辺の自然を利用し、魔導術を展開。
周囲の雨が針のように研ぎ澄まされて、半径十メートルに及ぶ範囲の妖魔を蜂の巣にする。人間相手だったら使えないけれど、未知先生と鈴理の不運さを考えると、悪魔かなにか出てくるに違いない。
そう考えて持ってきた巻物だったのだけれど、ちょうど良かった。妖魔だとは思わなかったけれど!
『ぎゃあ!』
『ひぎっ』
『うがぁっ!?』
「お隣失礼」
『いぎっ』
『ぎゃあっ』
形を失って倒れる直前の妖魔を盾に、木々の隙間から覗く妖魔を手甲から放つ鋼鉄の矢で狙撃する。そのまま木を垂直に昇り、枝葉の間を駆け巡り、天地を逆さまに飛び回り、手甲の矢で狙撃の繰り返し。
リュシーの位置。香嶋先輩の位置。未知先生の位置。妖魔の位置。地形、風向き、雨さえも。最初に“口に咥えて”起動して肩にセットした巻物が、私に情報を与えてくれる。
「さぁさぁ目を瞠って刮目せよ! これより出でるは“霧の碓氷”! 我が雨の如く闇より舞い降りる鏃を前に、再び現世に見えると思うことなかれ!」
巻物を広げる。
碓氷秘伝の“刻印紙柱”。
声に注目した妖魔どもを見据えると、巻物を広げて、自分の足に巻き付けた。
「【起動術式・忍法・薄氷舞踊・展開】!!」
そして――世界が加速する。
『?』
情報を高速処理。
神速の踏み込み。
障害物を避けて。
過ぎ去り際に矢を放ち。
道行く妖魔を確実に潰し。
世界の音を、置き去りにする!
「忍」
指をぱちんっと鳴らすと、崩れ落ちる妖魔たち。
碓氷が散々頭を悩ませてきた“机上の空論”であった、刻印紙柱。
未知先生に見せてアドバイスを貰ったら、ものの三十分で解決して、報告したら実家のお父さんが泡を吹かして三日三晩寝込んだ、“碓氷”の秘技。
これが、私と未知先生の、愛の結晶といっても過言ではいやなんでもないです。
「さ、さて、気を取り直して」
手を上げて、リュシーにハンドサイン。
ライフル狙撃で、リュシーが遠方で狙撃準備をしていた人型妖魔を打ち抜く。
遠方に察知できる強力な妖魔の気配は、未知先生がキッチリ片付けてくれるから、私たちはある意味気楽だ。気は抜けないけれど。
状況展開。
まだまだ、なにも進展していない。
このまま、妖魔の群れを切り抜ける!
――/――
碓氷さんの指示に従い、私は中央から歩いて進む。
早すぎないように、遅すぎないように、先行してくれる観司先生にぴったりとついて進む。あら? お姉さまの後を淑やかに進むのって、妹らしいわ。
「【術式開始・形態・速攻詠唱・様式・短縮・制限・八回・起動】」
有栖川さんは異能者と聞いたのだけれど、なんの異能なのかしら?
足からバーニアを噴かせて、地面を滑るように移動している。手に持つのは先ほどまで背負っていたライフルだ。近づこうとした妖魔を、先読みしているのかと思うほどの正確さで撃ち抜いている。
碓氷さんは、あれ、なんなのだろう。木々の間を飛び回り、時折見えないほどの速さで駆け抜けて、妖魔の群れを殲滅する。というか、ニンジャスペルってなに?
何故だろう。有栖川さんよりも、碓氷さんの方がよほど異能者に見える。
『おぉおおぉ』
『おぅあぁぃいぃぃぃ』
次々とわき出る妖魔の群れ。
進めば進むほど、妖魔の壁は厚くなっていく。
私がなにをどうしなくとも、外周二人の壁が厚すぎる。が、与えられた任務は後方支援。そういうことであれば、仕方ない。
眼鏡の蔓をくいっと持ち上げて、不敵に見えるように笑って見せる。二人の負担を軽くするためには、お姉さまから、観司先生から教わった“あの”術式を使って見せよう。そうして、姉弟子に教えてやるのだ。
“これ”は、観司先生に、“二人だけの個人授業”で教わったものであると!
新幹線の中だ。間違ってはいない。
「【術式開始・情報制御・術式連動】
【術式開始・視覚情報攪乱・連動展開】」
同時展開した魔導術が、有栖川さんと碓氷さんの体に吸い込まれる。
やったことは単純明快。妖魔は、敵は二人の体が“ぶれて”見える。だから攻撃は当てられない。
はっきり見える相手は私だけ。だから妖魔は私を狙い、二人は私を見る妖魔を狙い打てば良い。そしてあとは、私は私の身を守って進むだけ。
碓氷さんが有栖川さんにハンドサインを送り、弓を構えていた妖魔を撃ち抜いた。
それから徐々に、妖魔の視線が私に集中し始める。
「【術式開始・自動防御陣・術式連動】
【術式開始・術式持続・連動展開】」
なにかやったの? という碓氷さんの目に頷く。
(【起動術式・忍法・伝鳥電信】――やっと繋げられた。二人とも、聞こえる?)
遠隔通信!
よくもまぁ、こんな妖魔だらけのところで。よほど精密な術式なのね。
(ええ)
(さすがニンジャ!)
(ニンジャ? まぁ良いわ。香嶋先輩に妖魔の意識が向いている。作戦は継続、ただしフレンドリーファイアに気をつけて。それから妖魔の力が強くなってきたから、殲滅に私が大規模な忍法を使う可能性もあるから、紅い光でサインしたら右、青なら左、黄なら後、緑なら前へ避けること。良いわね?)
(任されたわ)
(ああ! わかったよ、ユメ)
碓氷さんの合図に頷いて、答える。
……で、大規模忍法って? 魔導術じゃなくて? 深くは考えない方が良いのかしら。観司先生の周囲の人間って、濃いわね。マトモなのって瀬戸先生くらいじゃないかしら。
さて。
それでは。
「【術式開始】」
作戦と一緒に、急造の連携にも慣れてきたことだし。
ここは一つ、観司先生に良いところを見せて――姉弟子の無事な顔でも、拝んでやりましょうか……!
――/――
異能“幻想科学”。
それが私のお父様の、異能名だ。タイプはかつての超常現象、という意味を持つ“超常型”。
娘である私もその詳細はよくわからないが、私にこうした、異能で作った武器をくれる。
「【起動】」
脚甲に光が灯る。
背中のライフルを取り出して、放つは光の弾丸。
異能者が保持する、異能を発現させるための力。お父様曰く、魔導術師の用いる力は世界から汲み上げた力。これを“魔力”と呼ぶ。異能者が使う力は、肉体、魂から汲み上げた力。これを“霊力”と呼ぶ。悪魔たちが使う力は、世界の外側にある力。これを“妖力”と呼ぶ。天使たちが使う力は、神がもたらした星の力。これを“天力”と呼ぶ。
私が扱うのは“霊力”だ。己の奥底から汲み上げた力は、呼吸で練り上げて、手足から放出させる。この放出が体質により、個々人の“異能”となる。だがこの機械を扱うと、異能として発現する前の力を利用できる、らしい。
「ふっ、はぁっ……」
引き金を引き絞ると、ライフルの銃身がぼんやりと緑に光り、弾丸が射出される。
霊力が減る感覚というものは、独特だ。“共存型”は霊力の容量と回復速度が異様に早いから、扱える武装。そう言われているだけあって、減衰の脱力感と回復の充足感を同時に味わいながら、戦うことになる。
「アイン、ツヴァイ、ドライ、フィーア……これで、フュンフェ!」
体を縦に回転させながら、ライフルで狙撃。
近づいてきた妖魔は抜き放った拳銃で迎撃し、蹴り飛ばす。
逆噴射。焼却。雨の匂いに、土塊が混じる。
「ふぅ、限定解放、私を導け【天眼】!」
フィードバックを防ぐため、ごく短時間だけ発動させる未来視。
見た光景に合わせて的確に撃ち抜き、見える範囲に合わせて確実に撃ち払う。スズリと出会って、ユメと出会って、ミチ先生と出会って。出会いの中で築かれた力が、私の中で息吹いている。
だから、お父様。あなたの作ってくれた武装。私を守る、あなたの愛。
「【縮地】」
世界を縮め――。
「【補足】」
敵を見据え――。
「【射出】」
その身に撃ち込み――。
「【炸裂】!」
――火炎で以て、闇を祓う!!
スズリ。
君は強いから、今頃ひとりで戦っているのだろう。
スズリ。
君は背負ってしまうから、今頃ひとりで抱えているのだろう。
スズリ。
君は私の、私たちの大切な友達なんだ。その荷物を、どうか私たちにも分けて欲しい。
だから。
スズリ。
「【飛翔】!」
今から君を、助けに行くよ。
2024/02/01
誤字修正しました。




