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そのさん

――3――




 準備を終えて医務室に再び集まった私たちは、ベッドの上に校舎の地図を広げて手短に捜索箇所について話をしていた。

 碓氷さんは黒いジャージ型魔導衣に、パイプが三本仕込まれた右手の手甲。それに私が以前術を施した、花柄の着物の一部を上腕に巻いている。更に、腰と大腿と左肩には防水加工の“術式刻印レリーフィング”が施された巻物。

 有栖川さんは背中に剣、右腕に腕輪、左腕に機械ガントレット、両腰に銃、両足に脚甲、両大腿に大型ナイフ、背中にライフル、の重装備。

 香嶋さんは魔導衣の制服の上から魔導衣のコート。魔導衣の手袋と魔導衣系素材のブーツ。

 私は以前作った“術式刻印レリーフィング”のスーツに、トランプボックス、後はついつい使いもしないのに実験のために作りすぎてしまった、“術式刻印レリーフィング”アイテムの数々。碓氷に嫁に行くのかと問われても仕方のないほどの、“術式刻印レリーフィング”アイテムの数々だ。


「校舎周辺の捜索はあらかた終わっています。なので、私たちの捜索箇所は校圏内でも森側になります。先生方は街に降りようとしている可能性も考えて、街側の森林部と、移動記録が駅に残っていなかったので“念のため”ですが、都市部の捜索にも当たってくれています」

「では観司先生、私たちが探索するのは……」

「ええ」


 香嶋さんの問いに頷く。

 森林部の中でも、更に森が深い方向。だからこそ、四人一組で当たらなければならない場所。


「校圏内の一番端、崖のある方向になります。皆さん、決して離れないように移動をしてください」

「はい!」


 各々が、決意を込めた表情で頷き会う。

 向かうのは、以前、居住区生徒の拉致事件に使われ、それまでも生徒のみ立ち入り禁止区域だったのが教員含めて立ち入り禁止になった、という場所。

 雨の日にあんな足を滑らせただけで命の危機に陥りそうなところに、大事な生徒たちを連れて行きたくはない、という気持ちは勿論ある。けれどそれ以上に、この子たちなら大丈夫という信頼もある。


「よし、なら出発――の、前に、みんな、私の前へ」

「? 観司先生? ……わかりました」


 香嶋さんが立ち、慌てて夢さんと有栖川さんも続く。

 雨の中、足も滑るし体も冷える。捜索どころでなくなってしまっては困るというのも勿論あるが、彼女たちの明日にリスクを負わせるようなことは避けたい。

 と、いうことで。


「【速攻術式セット術式接続コネクトファースト撥水ウォーターパージセカンド状態異常無効アンチフィジカルレジストサード術式持続ドゥレイション展開イグニッション】」


 えーっと、撥水はっすいして、体温低下や毒物といった身体の異常にレジストさせて、術式持続。こんなものでいいかな。


「さ、行きましょう」


 よし、と気合いを入れてみんなを見る。

 すると、口々にお礼を言ってくれるものの、どこか胡乱げな表情をして私を見ていた。

 あ、あれ?


「観司先生、あなたというひとは……」

「香嶋先輩、諦めましょう。私はもう諦めましたよ」

「ああ、ユメ、またミチ先生のとんでも魔導術か。Msカシマ。ミチとスズリの魔導は、いつもこんなんですよ」

「そう、そう……笠宮鈴理も、なのね……」


 な、なんだろう、すごく残念な者を見る目で見られていませんか?!

 い、いや、これはあれだ、気にしてはならない流れだ。気にしたらさらっと流されてうやむやになる流れだ。


「で、では、気を取り直して」

「はいっ、未知先生、行きましょう!」

「スズリにはたっぷりとお説教だ。丸一日は、離してなんかやらないよ」

「姉弟子の容貌、今のうちに慣れておくのが賢明でしょうね」


 医務室を出て、走り出す。

 既に夕暮れ時は過ぎ、空は暗く、重い。

 雨の中、胸を締めるのは鈴理さんのこと。


 もう少しだけ、待っていて。

 かならず見つけ出して、あなたを助けるから――!












 とくになんの障害や妨害もなく、立ち入り禁止区域にはなんなく入ることができた。

 だが、やはりなんの妨害もなかったということは、そういうことなのだろうか。鈴理さんどころか、七の姿さえ“探索サーチ”では捉えることはできない。


「ハズレ、かな……未知先生、進んでみますか?」

「そうね……無駄足になるくらいだったら――」


 言いながら、ふと、気がつく。

 この先は七に対策するために“流れ”を断ち切られて、確か、そのままになっていたはずだ。“流れ”が切られたら、その場はよほど大規模な儀式で回復させない限り、何十年とそのままだ。

 そういった箇所は、“空気が止まっている”ような違和感を常に感じることになる。この場のように“流れ”のない場所に近づけば、やはり、そこで“流れ”が滞るような、世界に満ちる“魔力”が乱れているような、奇妙な違和感に囚われるはずだ。


 けれど今、何故か、“なんの違和感も感じない”。


「――ちょっと、待って」

「? はい」


 立ち往生することになってしまったみんなから、一歩離れる。

 対象は空。空間に向かって、魔導術を放つ。


「【速攻術式セット窮理展開陣ハイアナライズバレル展開イグニッション】」


 窮理きゅうり窮理きゅうり学とは、物理学の起源となる言葉で、物事を細かく解析する様を指す。

 その名を冠する解析魔導を空中に放つと、私の不審は確信に変わった。


「未知先生?」

「この場は、“異能”によって干渉されています」

「え……?」


 どのような異能かわからないが、“なんの違和感も覚えず立ち去る”ように干渉されている。私が違和感がないことを違和感、と感じなかったら気がつくこともなかったであろう……おそろしい、空間制御だ。

 端末で獅堂に連絡。本来なら万全を期して応援を待ちたいが、これほどの異能者がいるのであれば話は別だ。事は一刻を争う。


「この先は十中八九危険です。ですから――」

「未知先生、それ以上言ったら、怒ります。泣くかも知れません」

「――ふぅ……皆さん、同じ意思、と?」


 頷く三人に、苦笑する。

 素直に聞く子たちではない。友達のためならば、我が身を投げ出す子たちだ。


「鈴理は助ける。犯人はぶっ飛ばす!」

「スズリは私にとってヒーローなんだ。たまには逆でも良いだろう?」

「姉弟子の不始末は妹弟子が拭うものです。初対面で観司先生に対する精神的マウントをとれる良いチャンスだと思っておきましょう」


 三人の言葉に頷いて、ただ無茶だけはしないように厳命する。

 それから、私が先頭に森の奥へ進み――


「っ」


 ――がらりと、雰囲気が変わる。

 崖から感じるいつもの違和感。森に纏う空気は重く。


「未知先生、これってまさか」

「わかるのですか? 夢さん」

「実家の仕事で、なんどか」


 ……“霧の碓氷”は娘になにをやらせているのだろうか。

 だが、この場合は好都合でもある。夢さんにそう目配せすると、彼女は頷いてくれた。


「リュシー、香嶋先輩。なるべく気を強く持って。決して、“呑まれない”ようにしてください」

「ユメ?」

「碓氷さん?」

「雨、夜、怨嗟。条件が揃ったときの“奴ら”は、人の心を、蝕む。【忍法ニンジャスペル術式起動スタート】」


 夢さんは太ももにくくりつけていた巻物を一つ手に取ると、詠唱をして口にくわえる。霧の碓氷ってすごい……ではなくて。

 私もまた、“気配”に向かって前を見据えた。


「香嶋さん、有栖川さん。敵はとにかくダメージを与えれば倒せます。冷静に対処しましょう――来ます!」


 森の奥。

 木の陰。

 暗い洞。

 黒い水。


 ざわめく森。

 粘り着く空。

 重く昏い雲。

 冷たく、刺すような雨。


 ざわざわと、揺れる木々の狭間から。

 黒くのっぺりとした顔の人間が、ぬるりと出てくる。


『おぉお』


 ひとつ、ふたつではない。

 三、四、五。十、二十、三十。

 増えて、増えて、増えて。


『おぉおお』

『おぉぉ』

『ぉおおおおお』

『うぁあああ』

『あうぉお、おぉ』


 人間の顔。

 二つある顔。

 顔は蛇、胴に人の顔。

 人間の体、四肢は虎、顔は蛇の尾の先。


 無理矢理混ぜ合わせた泥人形のように。

 人の形に無理矢理動物を混ぜたような、キメラ。


「“妖魔”です。各員、離れすぎないように。指揮は私と夢さんで行います。優先順位は私、次に夢さんです。特別、私から指示がないうちは夢さんの指示を優先に。では――状況開始します!」

『はい!』


 同時に聞こえる返事。

 良い返事だ。動揺はあるが、怯えはない。


 なら。


「【速攻術式セット】」


 やれる!





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