そのに
――2――
特専へは、通学の生徒を考慮して直通駅がある。
新幹線から乗り換えて、逸る気持ちを抑えながら関東特専の校舎に向かう道すがら、自分でも驚くほど動揺をしていることに、気がついた。
そんな様子だからだろう。当然のように香嶋さんにも気がつかれ、口外無用で事情を話す。
「香嶋さんも話には聞いたと思うのだけれど……私の弟子、笠宮鈴理さん」
「はい。姉弟子の」
「ええ、うん、まぁ、はい……そ、その鈴理さんの行方が、わからなくなったそうなの」
「ゴリ……んんっ。笠宮鈴理が、ですか。そう動揺なさっているということは、そういった兆候や傾向は一切ない人なのですね」
「ええ」
鈴理さんは、基本的には模範的で真面目な生徒だ。
やむにやまれない事情がある場合を除いて、遅刻や欠席をしたことはない。その鈴理さんが、授業に出席せず、心配になって連絡したという夢さんが電話が通じないことを確認し、女子寮も寮母さんに確認して貰ったところ、もぬけの殻だった。
そうなると、“やむを得ない場合”という扱いとなっている部分――つまり、鈴理さんの体質が気になる。
そう、“変質者を引き寄せる”体質だ。
「では、私も捜索に参加します」
「えっ、けれど……」
「姉弟子と交流する良い機会です」
「――危険なことは、しませんか?」
まったく譲る気のない瞳に、問いかける。
疲れもあるだろうに、それでも協力を申し出てくれる彼女の心意気は嬉しい。けれどそれで香嶋さんが怪我をしたり辛い目に遭うのであれば、容認できない。
彼女だって……うん、まぁ、うん、香嶋さんだって、私の大事な弟子だ。
「お約束いたしましょう。危険だと感じたら、直ぐにお姉さまの名を呼びます。状況を見つけても、一人では突入いたしません。どれもできなかったら逃げます。それで、よろしいですか?」
「ええ。ありがとうございます……協力、してくれますか?」
「お任せあれ」
眼鏡をくいっとあげる香嶋さんの仕草は、どこか頼もしい。
正直に言えば、今日のような雨の日の七に見つけられなかった時点で、人手は喉から手が出るほど欲しい。
人海戦術が一番であることは、間違いないのだから。
「ああ、それと――」
「香嶋さん?」
「――次、私に丁寧語や敬語で接するようでしたら、距離を感じて辛いので人前でも“お姉さま”とお呼びします」
「……うん、ごめんね」
「いえ」
……間違い、ない?
う、うん、大丈夫、大丈夫。
関東特専に近づくにつれ、雨脚は強くなっているようだ。
こんな雨の中で、鈴理さんはひとり、いなくなってしまった。
寒い思いをしているかもしれない。寂しい思いをさせているかもしれない。
辛い思いや、痛い思いをしていないといい。早く、見つけ出して、頭を撫でて抱きしめてあげたい。
そう、そんな思いばかりが募って。
胸が、張り裂けてしまいそうなほど、痛かった。
――/――
――PM:6:00
七からの伝言で医務室に行くと、ベッドに腰掛ける夢さんと有栖川さん。それから獅堂と陸奥先生と南先生の姿があった。
南先生は第七実習室に繋がった異界探索の時にもご挨拶させていただいた、“音”系異能の先生で、連絡係としてきてくれたのだという。ブルネットの豊かな髪とおっとりとした雰囲気の、女性の先生だ。
「未知、そっちは?」
医務室に入ってきた私に、獅堂ははっと顔を上げ、それから訝しげに香嶋さんを見る。
「こちらは、今回の優良生徒交流会で一緒に四国へ赴いた、魔導科二年生の香嶋杏香さん。協力を申し出てくれたの」
「そうか……いや、人手は多い方が助かる。状況を説明しよう」
「微力ながら尽力いたします、九條特別講師」
香嶋さんを交えて、獅堂は全員を見回す。
ベッドに腰掛け、濡れた髪を拭く夢さん。悲痛そうな表情で、そんな夢さんを支える有栖川さん。常にどこかに“音”で連絡を取り合ってくれる南先生。どうしてだか、七とポチの姿は見当たらない。
「発端は昨日だ。笠宮鈴理は体調不良を訴え欠席。その日は碓氷と有栖川が見舞いに行っているが、重めの風邪、ということで早々に帰されたという。翌日、つまり今日だが、連絡もなく欠席。前日が体調不良だったこともあり、悪化を心配した担当教員が碓氷を通じて寮母に連絡。鍵を借りた碓氷と有栖川が笠宮の部屋を見に行き、部屋にいないことに気がついた。魔導電池で電源が落ちないはずの“端末”も稼働していないことが発覚し、事件、あるいは事故の可能性を示唆。現在、教員が捜索に当たっているが、まだ連絡はない」
一息で説明を受け、状況を整理する。
連絡がなかった、という時点では失踪は確定していない。確実にいなくなったと思われるのは午後三時。それ以前、いつからいなくなったのだろうか。
「端末の通信記録は?」
「昨日の夜から途絶えている。なんらかの事故で破損したのか――夜には、もういなかったのか」
端末がGPS信号の送受信を行えていた最後の時間が、昨晩。午後八時までということであるようだ。
ならば最悪、昨晩からいなくなっていたことになるが……あと、たった二時間で丸一日経ってしまう、か。
鈴理さん……ッ。
「私が」
「夢さん?」
「私が、昨日、傍に居てあげればっ! きっと今頃、震えてる。寂しくて、怖くて、泣いてる。鈴理、ごめんね、すずりっ!」
「ユメ、大丈夫、大丈夫さ。鈴理は強い。それにミチ先生も来てくれたんだ。きっと直ぐ見つかるよ」
夢さんはそう、有栖川さんにしがみつく。そう、支えている有栖川さん自身も、誰かを支えていなければ崩れ落ちてしまいそうなほど、悲痛な表情で唇を噛んでいた。
「では、我々は捜索済みの範囲を抜いて行動いたしましょう。どのように動くかは、指示を下さい。九條特別講師」
関わりの薄さからか、誰よりも聞かなければならないことをまず、冷静な香嶋さんが聞いてくれる。最初こそ参加を渋ってしまったが、感情に流される必要なくこうしていてくれる彼女の存在は、頼もしい。
「ああ、わかった。香嶋は碓氷と有栖川と未知、四人で捜索に当たってくれ。俺は全体の指示を任されている。異能で上空に昇り、俯瞰しながら南と連絡を交わし、指揮を執る。南は音声複数処理の関係でこの場から動けない。そのため、救護の必要がある人間が居た場合、陸奥がここに残って対処をする。頼んだぞ」
「怪我をしたら僕に任せて。鏡先生ほどではないけれど、応急処置だったら得意なんだ」
陸奥先生はそう、どんっと自分の胸を叩いてみせる。今は、そんな彼の気遣ってくれる態度が、救いだった。
「で、だ。各員準備完了次第出発だ。校圏内での武装を許可する。万全で向かえ」
「はい!」
「未知、準備前にちょっと良いか?」
「? ええ」
香嶋さんと有栖川さんが、先に飛び出すように準備に向かう。
そして夢さんだけがこの場に残り、獅堂に促されて頷いた。
「本当は、鈴理の口から話すべき、なんでしょうけれど――」
「夢さん?」
「――お話しします。鈴理の、事情」
鈴理さんの、事情?
首を傾げて獅堂を見る。獅堂は、緩く首を振った。話をする、ということは聞いていたが、内容を聞くのはこれが最初ということだろう。
「私も、鈴理から事情を聞けたのは、つい最近のことです。私の実家で私を助けてくれて、その後に、私自身の環境のこととか、色々なことを話したあとに――『もう、整理の付いたことだから』と、そう話してくれました」
「もしかしたら、今回の事ともなんらかの関わりがあるかも知れない、そうだ。……薄々感づいているだろうが、捜索に出た七とも連絡が付かない。こうなってくると、心配事や気になることはあらかた潰しておきたいからな」
……やっぱり、か。
私の端末に連絡があったとき、七は非常に焦っているようだった。あの時点で、なにかに感づいていたのかも知れない。
また、魂で契約しているポチからの連絡すらもないのも気に掛かる。死んではいないということだけはわかるのだが……繋がりは感じられて、その他の気配が一切ない。
「元々、鈴理は“変質者に異様に狙われる”なんていう、おかしな性質はもっていなかったそうなんです」
「それは……でも、成長に当たって狙われるようになった、ということではなく?」
「――はい」
神妙に頷く夢さんに、困惑を覚える。
以前、鈴理さんは私にこう話したことがあった。
『十二回、です。三歳の頃から、物心ついた時から数えて、変質者に狙われた数、です』
年一回ペースで狙われていたという鈴理さん。けれど、物心ついたときから数えているのであれば、物心つく以前のことなど覚えていないはず。そう内心首を傾げていると、夢さんはそんな私に答えるように、続けた。
「鈴理が覚えていなくとも、ご両親は覚えています。そして、狙われるようになった“発端”は、偶然や突然では、なかったんです」
「ぁ――そう、よね。それで、その、理由というのは?」
「はい」
夢さんは、辛そうに言いよどむ。
けれど逡巡は一瞬で、視線を落としながらもぽつぽつと話し始めてくれた。
「最初は、お祖父さんだったそうです」
「――ぇ?」
「変質者の、その最初の一人は、実の祖父であったと、鈴理は言っていました」
実の、祖父?
三歳の頃、物心がつき始めた頃。
そう考えれば、気がつくことがあった。
「っ」
その年代は、ほぼ親と、保護者と時間を共にしているはずだ。三歳の子供を置き去りにしておくことなど、早々ない。けれどそれでも、鈴理さんの言うとおりに「怖くて眠れない」ほどの目に遭ったのだとしたら、それは。
「日常的に一緒にいた人に、襲われた?」
「っ……はい。未遂、ではあったそうです。けれど、心を追い詰めるようなことはそれ以前にも何度も言われていた、と言っていました。あの人は鈴理の苦しむ表情や悲しむ表情が好きで、頭から離れない言葉が、あるそうです」
「こと、ば?」
そうして、夢さんはその言葉を諳んじる。
あまりの衝撃に、語る鈴理さんの横顔の虚無に、一度で覚えてしまったというその言葉。
「『おまえは全てを差し出せば良い』
『苦しむ顔を見せておくれ』
『痛ましい声を上げておくれ』
『涙を枯らして空ろに笑え』
『おまえのような人間は』
『私に全てを投げ出して』
『全てで奉仕して死んでゆくのだよ』」
……それは、呪いにも似ていた。
「これから少し経って、彼は鈴理に消えない傷を負わせようと刃物を持ったそうです。それを、異変に気がついたご両親が見つけ、隔離し、隔離施設を抜け出して鈴理に会いに来たあげく――鈴理の家の直ぐ傍で、事故で亡くなったと聞きました」
「なら、まさか」
「はい……。それが、三歳の時。それから、変質者に狙われるようになったそうです」
それが、もし、“呪い”だとしたら?
嫌な想像だ。考えただけで、背筋を虫が這いずるような嫌悪感に襲われる。
「私の話は、以上です。準備、してきます……っ」
「ええ。話してくれて、ありがとう」
夢さんが走り去った後、医務室には重い空気が流れていた。
「酷すぎるよ。笠宮さんは、あんなに良い子なのに」
陸奥先生の呟きが、胸に刺さるようだ。
優しくて、前向きで、努力家な女の子。そんな女の子に、彼女の祖父は牙を剥いたのだとすれば、それは到底許しておけることではない。
知らず、掌に爪が食い込んだ。
「なぁ、未知。“呪い”だとすれば、どうする?」
「呪いなんてそんな、あるんですか? 九條先生」
獅堂の言葉。陸奥先生の、疑問。
有無で言えば、ある。
「陸奥先生、七英雄の一人、黄地時子さんの所属する“退魔七大家”という集団を、ご存知ですか?」
「観司先生? はい、一応、名前くらいでしたら」
詳しく、どの家がどんな役割を持っているかは知られていない。
隠蔽しているわけではないのだが、積極的に公開しようともしないのだという。
「その七大家のひとつ、序列六位“橙寺院”は呪術に類いする“特性型”の異能者を排出する家であると言います」
「じゅじゅつ、呪術? 呪い、ということですか?」
「ええ」
確定ではない。
けれど、可能性が高いのだとしたら。
「いざとなったら、未知」
「ええ、ありがとう、獅堂」
頭に?マークを浮かべる陸奥先生には悪いが、アイコンタクトで言いたいことを伝え合う。
いざとなったら、上空から観察する獅堂が、“余計な人が目撃しないように”人払いと結界代わりを担ってくれる。なら、私は、“存分に”対処することだって、できる。
雨の勢いは、未だ強い。
けれど突破口さえ見つかったのであれば、あとは見つけ出すだけだ。
2017/04/03
誤字修正しました。




