そのろく
――6――
観司先生の後について、特専の地下道を進む。
真犯人はどうやら中庭演習場の地下から暴動未満の様子を観察するために、映像を出力しているらしい。
魔導術でも異能でも気がつかれるかも知れない。そう提案した観司先生主導による、施設毎の電力使用状況の確認によって、判明したことだ。
やっぱり、観司先生は気転の利き方が違う。いや、だからこそ、あんな、机上の空論が、速攻術式なんかが扱えるのか。
――少しだけ、笠宮鈴理が羨ましい。誰よりも早く観司先生を見つけていた、彼女が。でも、どうやって師匠と弟子の関係になったのだろうか。私のイメージではタコ足ゴリラ大女なのだけれど、うーん?
「――見つけた」
観司先生の言葉に、足を止める。
巨大なモニターは、確か、中庭演習場にもあったものだ。上と下を連動させて、こちらにだけ画像を出力しているのだろう。
彼は、巨大なモニターをただぼうっと見ているようだった。
「チッ――どうしてここがわかった?」
「っ」
奇襲をかけようとするも、出鼻を挫かれる。
気がついていたのだろう。観司先生は、私を守るように一歩前に出た。
「昨日ぶりですね。あれほど堂々とされていて、気がつかれないとでも思いましたか? “佐久間先生”」
彼――佐久間尚也先生は、モニターを背負うように振り向くと、いらだたしげに観司先生を見る。
観司先生が解析した洗脳術式。それに刻まれていたのが、佐久間先生の名前だった。
「ふん。今更もう、理由なんてどうでも良い! 見ろ! この抗争はやがて大きくなり、日本を、世界を巻き込んでいく! 戦争の始まりだよ、これは! あははははっ、ひゃはははははッ!!」
嘲るような笑い声が、響き渡る。
何故、この男はそんなにも戦争を望めるのだろう。何故、傷つけることができるのだろう。考えれば考えるほど――虫唾が走る。
私は九人姉弟の次女だ、兄も姉も、弟も妹も居る。中には当然、異能者も魔導術師も居る。なのに、この男は、そんな家族を引き裂こうとしている。
「何故、そうまでして?」
観司先生が、そう、感情を感じられない声で問う。
「何故? 決まっているだろう? ――金になるのさ、異能の化け物も、魔導術師も、戦争になれば金になる! 俺たちの中には、崇高な使命とやらで化け物を追い落とそうという連中もいるさ。だが、俺は違う! こうして高みの見物をしていれば、馬鹿共が勝手につぶし合いをしてくれる。こんな風に、なぁッ!!」
「では、暴動をしようとする彼らは、あなたのお金儲けのための道具でしかない、と?」
「さっきからそう言ってるだろうが! へっへっ、なんだったら良いんだぜ? 俺の女になるんだったら、命は助けてやるぜ?」
下劣な、品性の欠片もない笑み。
だが――だからこそ、“上手くいった”。
「残念ですが、魔導科の生徒も異能科の生徒も、みんな可愛い私の生徒です。それに」
「ぁあ?」
観司先生の指さす先。
巨大なモニターに映っているのは――呆然と、演習場のスピーカーを見る生徒たちの姿。
「これから破滅しようという人間にしては、気が大き過ぎるのではありませんか?」
「な――まさか、どうやって?!」
そう、この黒幕の一連の暴露騒動。
その全ては、中庭演習場に出力されていた。
『梓、そろそろ退散しますぜ』
『え? あれ? マイクって切った?』
『ん。ついてる』
『ちょ、瑞穂、切っておいてよ! さ、あとは笠宮の師匠に任せて逃げるわよ、甲斐!』
『へいへい、合点承知!』
――……ブツッ
響いてきた音。
場所は私たちの更に下。隠密能力に長けた生徒が協力して、集音してくれたのだ。
これで、手筈通り。あとは護星学長先生が、呆然としていた生徒たちを落ち着かせてくれている。
「な、なん、なっ、な、なぁ」
「香嶋さん、よく見ておいて。作戦立案が浅はかだと、ああなるのよ」
「ええ、勉強になります」
「きさ、貴様、貴様らッ!!」
激昂させて、判断能力を低下させる。
このまま地上に出られると、他の生徒を巻き込んでしまう。だから、怒りの矛先を自分に向けて、この場で取り押さえること。
――すごい。全て、観司先生の言葉どおりの展開だ。このあとは、戦闘になってしまうと簡単に予測が立てられないから、ここまでは思うとおりの展開にさせる。そう告げた観司先生の言葉を疑いはしなかったけれど……うん、なるほど。
「出ろッ! “エグリマティアス”!!」
そう、佐久間先生――佐久間の言葉で湧いて出てくるのは、黒い機械兵士。
その数は、一、四、九……十五体。
「やれッ! 地獄を見せてやれ、咎人たちよッ!!」
「香嶋さんは援護。お願い」
「はい!」
観司先生が、一歩前に出る。
同時に私は、一歩後に下がった。
「【速攻術式・術式接続】」
「【術式開始・形態・速攻詠唱・様式・短縮・制限・八回・起動】!」
私のできる、最大数!
瀬戸先生の最大数、十二回のチャージには及ばなくとも、ここまでなら!
「さ、課外授業よ。これが速攻術式の使い方だから、参考にしてね」
「できないと思いますが……ええ、承知しました!」
包囲網を縮めるように、一斉に襲いかかる機械兵士。
その先頭集団に向かって、観司先生は手を突き出す。
「【1:衝撃波動陣・2:連弾・3:術式持続・展開】」
……うん、やっぱりなんの参考にもならないわ。
観司先生が手を翳した先、衝撃波で機械兵士が吹き飛ぶ。その合間を縫って佐久間が魔力剣で斬りかかろうとしているが――させない。
「【術式開始・捕縛鎖・展開】!」
「ぐへっ、ガッ?!」
視野搾取。
だから、足下を掬われる。
私は、これでも怒っている。大事な大事な姉弟を、あの子たちを、金銭のために犠牲にしようなんて片腹痛い。
「この程度の、拘束でェッ!!」
拘束は抜けられる。
ぎらついた目。怒り狂った、血走った瞳孔。
その顔が、真横に、ぶれた。
「あぐっ!?」
「よそ見は厳禁ですよ。佐久間先生?」
「く、そガァッ!!」
観司先生の衝撃波が、佐久間を襲ったのだろう。
むせながら、佐久間はふらふらと立ち上がる。
「エグリマティアス! 集え!」
『328085801342』
機械音声。
残り八体まで数を減らしていた機械兵士が、集まり、合体し、ゴリラのような体躯と八本の腕を持つ、巨大な機械兵士になる。
佐久間はその背に乗り込むと、機械兵士と合体し、八本の腕から魔力剣を出現させた。
ど、どうしよう、想像の中の笠宮鈴理と同じ姿になってしまった……!?
『きひひひひひっ! これなら、そう簡単にやられはしないぞッ!!』
「っ、香嶋さん、下がって!」
「は、はい!」
観司先生に動揺を見抜かれて、素直に下がる。
言えない。あなたの弟子と見間違いました、なんて。
いえ、でもやはり、あんなタコ足ゴリラ女よりも相応しい弟子はいると思うのです。こう、私とか。いえ、なんでもありません。
『もうそのちっぽけなそよ風は利かないぞ! どうする?! ひっ、ひゃっははははははっ』
「そのようね。でも、私も学習しているの。もう、“使える状況”ではないと言って、あんな“無様”を晒さないために」
『なにを……?』
観司先生はそう言うと、ゴリラ機械に向かって走る。
「【速攻術式・術式段階接続・3】」
あらかじめ身体強化をかけていたのだろう。
ゴリラ機械が空間をなぎ払うように剣を振ると、観司先生は大きく前転。地面に手を突いた反動で、避けながら飛び上がる。
「【1:鉄針・2:徹甲・3:術式持続・4:術式遠隔追加・展開】!!」
『なんだァッ!?』
ゴリラ機械の肩、深くに突き刺さって見えなくなる鉄の針。
ゴリラ機械が抜き取ろうと手を伸ばしても、深く突き刺さった針には届かない。
「っ――【段階起動・1:放電】!」
地面に降り立った観司先生が、ゴリラ機械に向かって詠唱し、パチンッと指を鳴らす。
すると、深く突き刺さっていた針が激しく明滅し、バチバチッという音と共に放電した。
『イギッ?! がァッァアアアアアアアアアアアッ!?』
既に発射した術式を、遠隔操作している?
すごい……。というか、もう、本当に同じ魔導術なのだろうか、これ。
「もうひとつ! 【2:加熱】」
『あジッ、づァァァアアアアッ!?』
今度は、ゴリラ機械の肩が熱されて、赤く変色する。
いや、熔解しかけている? なんて、パワー。出力が違いすぎる!
「これで最後! 【3:爆裂】!!」
――キイイイイイイイイン……
『や、やめっ、あ、っああ』
――ズガァンッ!!
『ぎひゃぁっっぁッ!?』
ゴリラ機械の肩が吹き飛び、搭乗していた佐久間がはじき出される。
ぼろぼろだが、たいした怪我は負っていない。たいした怪我は負っていないのに、あんなに叫んでいたの?
「【速攻術式・捕縛鎖・展開】」
観司先生が、私が先ほど放ったそれよりも数段強力そうな鎖で、佐久間をふん縛る。
「大きな怪我は負わせないように調整したから、これでもう大丈夫」
「お疲れ様です、観司先生。すみません……たいしたお力に、なれなくて」
「いいえ。香嶋さんに怪我がないようで、なによりよ」
一段落。
これで、一件落着か……なんて、思ったのに。
「ッ先生!」
「ええ……どうやら、佐久間先生よりもずいぶん余裕があるようね」
肩を失ってなお立ち上がる、ゴリラ機械。
ゴリラ機械は周囲の破損した機械兵士を取り込むと、自身の破損箇所を修復した。
ふつふつと、怒りの感情が芽生えていく。
何故、こんな高度な技術を、人を傷つけることに使えるのか。
何故、こんな人間に手を貸して、こんな風に暴れるのか。
ずっと、優秀な人間にならなくてはならないと思ってきた。
ずっと、家族を、愛する姉弟を守れる人間にならなければならないと、思ってきた。
体の弱いお母さんと、毎日ふらふらになるまで働いてくるお父さんと、奨学金で大学に通いながら、アルバイトで家計を助ける兄さんと姉さん。
貧乏で、それでも明るくて、だからこそお金が必要で、それでも誰かを苦しめようとは思わなかった。がむしゃらに、振り返りもせず生きていて、それでも誰かを犠牲にお金を稼ごうとは思わなかった。
子作りに無計画な両親に目眩を覚えたことがないと言えば、きっと嘘になる。喧嘩だってしてきたことだ。でも、憎もうと思ったことは一度もない。お金がなくても、家族が大好きだったから。
なのに、なぜ、“アレ”はお金のために、戦争を起こして、たくさんの人を犠牲にしようなんて思えるのか、到底理解できない。
だから。
「香嶋さん?」
これは。
「私も戦います。見ていて下さい」
ただの。
「瀬戸先生にも認められた、私だけの“特技”!」
八つ当たり!
「ええ、わかったわ。背中は任せるね、香嶋さん」
「はいっ!!」
ぐずる弟たちを喜ばせるために勉強した、恥ずかしくて誰にも言えなかった技術。
たくさん、たくさん勉強して、夜なべして弟たちをあやしながら勉強して、やっと手に入れた私だけの特技。
貧乏ガリ勉女の底力!
その巨体で、存分に味わいなさい!!
2017/04/03
誤字修正しました。




