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そのさん

――3――




 日も落ちた夜半。

 巻き込まないように生徒たちが居住区へ帰った後、教師数人が集まって調査が開始された。


「南先生率いる一班は西校舎の現場から、久留米先生率いる二班は北校舎の現場から、瀬戸先生率いる三班は第四実習室の裏手から調査を開始するそうです」

「私たち四班はここ、ね」


 私と陸奥先生ともう一人が集まったのは、昼に発見した現場だ。

 これまでエンブレムだけしか見つかっていなかった中、唯一血痕が残っていた“手がかり”となる現場。

 一番重要な場所を割り当てられたのは、もちろん理由がある。それが、“もう一人”のメンバーだ。


「どう――七。わかりそう?」

「ん。やってみるよ」


 せっかくの伝手だ。使わない手はない。

 本来教師の区分とは違うため、こういった事件への協力は義務ではない職員のひとり、カウンセラーの七。

 彼に協力を要請すると、二つ返事で頷いてくれた。


「【奮い立てアペレフセロスィ】」


 七が血痕に手をかざし詠唱をすると、渇いていた血が沸き立ち生き物のように流動を始める。

 やがてそれはぷかりと浮かび上がり、ビー玉のような結晶に変化した。


「おお、これが“水”の……」


 七は、感動する陸奥先生に苦笑すると、ビー玉をその場に停滞させた。


「【主の元へ導けアナズィティスィ】」


 すると、ビー玉はやじりのような姿に変化し、ゆっくりと動き始める。

 水使い。あるいは蒼時雨と呼ばれし英雄の、ほんの一端。その力を目の当たりにした陸奥先生は、歩き始めた七の背中に、おそるおそるついて行った。















――/――




 さて、やたらと広大な敷地を持つ特専関東エリアは、東京郊外に位置している。学園都市というほどではないものの校舎や実習室とは名ばかりの複合施設だけではなく、生徒や教員用の居住区や、野外演習用に山も河も谷も備えていたりと色々と潤沢だ。

 そんな潤沢な施設を囲うエリアのギリギリ敷地内。薄暗い谷の奥へやじりはその血色の刃先を向けた。


「谷の下でしょうか? 降りてみますか?」

「そうだね。陸奥、君? 降りる手段はある?」

「いえ、ごめんなさい。専門外です」


 七が陸奥先生に問いかけると、彼は悔しそうに頭を振る。

 なんといっても彼の能力は幻覚を用いたサポート系だ。分野違いは仕方が無い。となると……。


「下で何かあったら救援を要請します。犯人の能力がわからない以上端末での応援要請は今は避けますが、可能であったら連絡するので陸奥先生は中継係として待機願えますか?」

「……そう、ですね。ごめんなさい……お任せします」


 私が告げると、陸奥先生は幾ばくかの逡巡を織り交ぜてから、頭を下げて頷いてくれた。


「ですが、あの、これだけ!」


 そう、陸奥先生は私に御守りを握らせる。

 どこの神社のモノだろうか。“安全祈願”の文字が心優しい陸奥先生らしくて、無性に安心してしまう。


「ありがとうございます」

「いえ。……これぐらいしか、できませんから」


 頭を下げると、陸奥先生はそう、苦笑した。


「では、七」

「うん、未知。行こう。……陸奥君、ここは任せたよ」

「はい! ご武運を……!」


 七は即興で水を一人分の足場に変えて浮かび上がると、そう、安心させるように陸奥先生に微笑む。いやぁ、不謹慎だけど絵になるわ。


「【術式開始オープン形態フォーム身体強化フィジカルエンチャント様式アーム背部バックポジション付加パーツ飛翔制御フライ展開イグニッション】」


 私も七の後ろに付くように、飛翔術式を展開。薄い虫の羽、いや、妖精の羽のようなものが背中に展開されると、ふわりと浮き上がった。

 高速飛翔は色々と難しいのだが、谷底へ降りる程度なら十分だ。私は陸奥先生に一礼すると、七を伴って谷底へ身体を預けた。








「彼なら、気にしないでも良かったんじゃない?」

「無理よ」

「どんな格好をしていても、未知は素敵だよ」

「嫌」


 あの同期会で唇を噛んで震えていたくせに、こんちくしょうめ。

 ……とは、流石に言わない。七もこれでけっこうズレているから色々と折り合いを付けているのかも知れないが、私にはどうしても無理だ。

 十年前までならなんとか頑張れた。十年後ならもしかしたら開き直れるかも知れない。けれど今は、いや、振り幅前後五年は確実に無理だ。

 社会的地位もあって、たくさんの人間を教え導く職に就いていて、あんな……口に出すのもおぞましい格好を晒すぐらいだったら……なんて、思ってしまう。


「正義の味方は私だけじゃないわ。みんなだって、いつもどこかで頑張っている。押しつける気は無いけれど、私は別のやり方を望みたい、のは、我が儘かしら」


 我が儘、かなぁとは思う。

 力が無くて、それで足掻いている人だって居るのに。

 でも、だって……せめて髪型だけでも……いや、いっそ顔は隠させてくれないと本当に無理。


「いいや。そうは思わないよ。未知が心の大事なところを削ってまで、やり方にこだわる必要は無いよ。本当に我が儘なら、僕らを頼って遊び歩くことだってできたんだ。でも、そうとはしようともしなかった。なら、今ココで、こうして戦っている未知は素敵な女性だよ」

「七……」


 昔は、無邪気だけど気弱な男の子だった。

 それなのに、今はこんなにも格好良くなってしまった。そのことがちょっとだけ寂しくて、頼もしくもある。


「ふふ、ありがとう。もうあなたに、お姉さんぶれないなぁ」

「そうだよ。未知は女の子なんだ。お姉さんぶらなくたって良いから、僕にもっと甘えて?」

「考えておきます。ひとまず――」


 降り立った谷底。

 ぽっかりと開いた横穴。

 その奥から感じる“嫌な予感”に、気を引き締める。


「――これを解決、だね」


 七の言葉に頷いて、魔導術を解く。

 鏃が指し示すのは、洞窟の奥だ。


「ええ――【術式開始オープン形態フォーム照明ライト展開イグニッション】」


 ぼんやりと浮かび上がった照明用の光球を浮かばせると、警戒しながら洞窟を進んでいく。

 洞窟の中は、人が手を入れた、とかそういった次元ではなく“不自然”だ。自然にできた洞窟というものは自然界の法則の上で成り立つ歴史から生まれる。けれどこの洞窟は風も水もなく、闇だけが深いのに通路も壁も均一に“荒れて”いる。


「未知」


 七の小さな呼びかけに応えて足を止める。

 自然と灯りを固定し、目を眇めて奥を見た。


「……当たりのようね」


 洞窟の先。突然広間になったような大きな空間の壁面に目をこらすと、壁に埋め込まれるように貼り付けられた四人の生徒たちが見えた。

 魔導科の黒い制服ではない。みんな、異能科の白い制服を身に纏っている。


「資料の子たちで間違いないね」

「ええ。早く解放してあげないと」


 慎重に奥まで進み、壁に近づく。

 広い壁面に等間隔。あとひとり居れば、五角形が完成する位置には、嫌な予感しかしない。


 そして――。




「――あと一人で完成なんだ。ちょっと待ってはくれないのかな?」




 ――声が、響いた。


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