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そのに

――2――




 特異能力及び魔導術式育成専門学校、略して特専。

 各英雄をシンボルとして七つ存在する日本の特専の中、ここ、四国特専エリアのシンボルは“魔法少女”である。

 魔法少女が魔王を討伐した際、彼女は己の存在と引き替えに、力なき人々が悪魔と渡り合うための力、“魔導”を世界に託して天に還った。そのため、魔法少女をシンボルとする四国特専では、魔法少女の遺した“魔導”と魔法少女に憧れる“共存型キャリアタイプ”の異能者が通う学校となっている。当然のように、最も力を入れているのは魔導だ。


「お久しぶりですね、観司先生」


 そんな四国特専の学長室で、私にそう、朗らかな、人の良い笑顔で声を掛けて下さった男性。

 彼こそがここの学長を務めていられる、護星ごせいまもる学長先生だ。人の良さそうな笑顔と、ふわふわの白髪。仙じいよりは若いらしいが、十二分に“おじいちゃん”先生と呼べる範囲である彼は、私と――“魔法少女”と旧知の仲である。

 あの当時、悪魔たちとの戦いで未だ黒髪混じりだった彼とは幾度となく肩を並べ、戦った。私たち七英雄の中には、もう何人か彼と旧知の人物もいるという、“共存型キャリアタイプ”の異能者である。


「こんにちは、香嶋さん。今日はよく来て下さいましたね」

「いえ。このようにお招きいただき、光栄に思います」


 丁寧に挨拶をする護星ごせい先生に、香嶋さんはやはり真面目な礼を返す。

 私と護星先生が懇意である様子に戸惑っているようではあったが、真面目で礼節を重んじる彼女は、その点について深く追求しよう、質問しようとはしなかった。


「まだ歴史の浅い行事ではありますが、私はこの交流会を万金にも勝るものだと思っています。だからこそ、君には、君たちには期待をしています。とはいえ……」


 護星先生はそこで一度区切ると、穏やかに微笑んだ。


「それ以上に、貴女がのびのびと、自分の表現したい全てをこの四国特専で披露してくれることより光栄なこともないと、私は思っています」


 言葉。

 優しい音。

 気遣う心が伝わるようで、頬を綻ばせる。


「さて……午後の実践講義からの参加となりますが、準備は万全ですか?」


 そう、ウィンクをしながら香嶋さんに問いかける、護星先生。

 見慣れぬ地。見知らぬ場所。無意識に力の入ってしまう肩。緊張を解すために言ってくれたのであろう、茶目っ気のある仕草なのに試すような言葉。

 その言葉は、意図を察した香嶋さんの緊張を、ほどよく解いたようだった。


「はい。お任せ下さい」

「うん。頼もしいよ。案内は教頭先生が行ってくれるから、ついていくといい」

「はい」


 うん、香嶋さんの表情から、剣呑なものが薄くなっている。

 良い傾向だ。私も先生として、見習わないとならないなぁ。


「では、学長先生、ありがとうございました」

「ああ、頑張って。観司先生」

「はい。失礼しました」


 頭を下げて退室し、外で待機していてくれた年配の教員、教頭先生と合流する。

 彼も、頭がまぶしい、人の良い笑顔の先生だ。四国特専、ひょっとしたら関東特専よりもずいぶん穏やかな人柄なのかも知れない。いや、関東特専、悪い人が居るということではないのだが、こう、特殊なせいへ……じゃなくて、趣味の方が多い気がするから、ね。


「さ、参りましょう。観司先生、香嶋さん」

「はい。よろしくお願いします、教頭先生」

「よろしくお願いします」


 私と、次いで、香嶋さんが頭を下げる。

 さて、頑張るのは香嶋さん。私はそのサポート。

 香嶋さんからの信用がないのは重々承知しているが、そんなことが彼女の妨害にならないよう、きっちりサポートしないと、ね。



















――/――




 特専は、シンボルとなる英雄がいる。実のところ、校舎の形もある程度、シンボルとなっている英雄に合わせた形となっていた。

 例えば、関東特専であったら魔導科校舎と異能科校舎と教員棟、実習室は炎のような形に配置され、拓斗さんがシンボルの中部特専では上空から見ると全体で拳の形に配置されている。

 同じように、ここ、四国特専は校舎が菱形に配置され、周囲の実習塔と呼ばれる施設が六つ、六芒星を描くように配置されている。そしてその最大の特徴は、中庭。中央部分が一つの巨大な魔導及び異能の実践スペースとなっている、ということだ。


「コロッセウムのようです、ね」

「ええ、そうですね。遠征競技戦の練習もここで行っているようですよ、香嶋さん」

「なるほど……」


 既に生徒が集まって、実習を開始している中。

 中庭総合演習場に立った香嶋さんは、感心するような、あるいは感嘆するような呟きを零す。観客席、演習スペース、含めてそのサイズはちょうど東京ドームの一.五倍といわれている。


「? ――あっ、お待ちしておりました! 関東の方!」


 そう、私たちに声を掛けて走り寄ってくれたのは、若い男性の先生だった。

 黒いジャージは、おそらく魔導衣のものだろう。黒髪を短くした、爽やかそうな先生だ。

 ……まぁでも、なんだ。私の方を見ようとしないことだけが気がかりというか。ううむ。


「あなたが香嶋さんと、観司先生ですね! 今日はよろしくお願いします!」

「は、はい。お願いします」

「はい、よろしくお願いします」


 やや気圧される香嶋さんに、次いで頭を下げる。


「自分は、本日の実践演習担当の佐久間尚也です。ささ、早速演習場までどうぞ!」


 押され気味に連れて行かれたのは、中央の演習場だ。

 自由にその環境が変えられるという遠征競技戦の最新魔導科学にも似た広場は、現在は芝生に彩られていた。


「さぁみんな、注目! 関東特専からお越しいただいた交流会の生徒さんと、付き添いの先生だ。みんな、集まってくれ!」


 そう佐久間先生が拡声器で指示を出すと、自習をしていた生徒たちが集まってくる。

 人数は三十人程度。優良クラスで交流を図ろう、ということかな。みんなけっこう優秀そうだ。学年は一年生、かな。他校の上級生の魔導術師を混ぜて、刺激を与えたいのだろう。一日の日程を考えると、全学年に参加させる、のかな。

 メンタルもそうだけれど、フィジカルチェックも怠らないようにしないと。


「さ、香嶋さん」

「はい」


 佐久間先生に促されて、香嶋さんが一歩前に出る。

 好奇の視線、感心しているような者、と、混じる訝しげな視線。訝しげ? 何故だろう?


「本日、交流会に選抜されました、魔導科二年の香嶋杏香と申します。至らぬ身ですが、本日はどうぞよろしくお願いいたします」

『よろしくお願いします』


 メリハリついてる。

 一斉に頭を下げる、集まってくれた生徒たち。関東特専は良くも悪くも気ままな生徒が多いから、こんなにキチッとはしてくれないからなぁ。

 個人的には、シンボルとなった獅堂のせいだと確信しているのだけれど。


「では、早速実践を組んで演習をひとつ、お願いしたいと思う! よろしいですか?」

「はい」

「よし、なら――水無月、やってみろ!」

「はい!」


 しっかり結ばれた三つ編みお下げの少女が、佐久間先生の言葉で前に出る。

 すると周囲の生徒たちは、示し合わせたように会場の端まで下がっていった。


水無月みなづきあずさです。よろしくお願いします、先輩」

「はい。よろしくお願いします」


 そう眼鏡をクイッとあげる香嶋さん。

 彼女の癖なのだろうが、その仕草は妙に瀬戸先生に似ていて、思わず苦笑しそうになる。


「勝敗は“エンブレム・アウト”で行うぞ! ルールの説明は不要だろうが、一応聞いてくれ! 危険魔導は使用禁止、魔導衣の上への攻撃のみ、先にシンボルを壊した方が勝ち! いいな?」

「はい」

「はい!」


 そういって香嶋さんに手渡されたのは、杖のマークのついたシンボルだ。

 それを左胸の校章の部分に近づけると、魔導衣に反応して接着された。このシンボルを破壊した方が勝ち、ということだ。


「では両者、位置について――」


 私と佐久間先生も、少しだけ下がる。

 私たちの役目は審判だけではない。“いざ”という時の対処だ。



「――開始!!」



 佐久間先生のかけ声で、水無月さんが大きく下がる。

 だがその間も、香嶋さんはその場から動こうとはしなかった。

 ――故に、詠唱も香嶋さんの方が、先だ。


「【術式開始オープン形態フォーム速攻詠唱クイックワード様式アーム短縮ショートカット制限リミット六回()起動スタート】」


 おお、流石、瀬戸先生の推薦。速攻詠唱!


「【術式開始オープン形態フォーム情報制御ソースコントロール様式アーム視覚情報付与アイズセット追加プラス聴覚情報攪乱ノイズセット付加パーツ乱数配置ランダムセット展開イグニッション】!」


 水無月さんは下がりながら、詠唱を重ねる。

 彼女にいったい何があったのだろう。関東特専の魔導術師を見る目に、最大の警戒が設けられているようだ。遠征競技戦で関東特専に当たったのだろうか。

 あれ? そういえば私が機械兵士に絡まれて見に行けなかった鈴理さんの試合、第一試合は四国特専だったような……?

 ま、まさか、ね。うん。あはは……。


「笠宮の意味不明な魔導に敗れて幾星霜! この雪辱を果たさせて貰うわ!!」

「笠宮? なんのことだか知らないけれど――簡単にどうにかできると思わないことね」


 ……ええっと、はい、うちの子が、ごめんなさい。

 大きく下がった水無月さんは、弾丸のように鋭く前に走る。その道中、ランダム起動を設定していた魔導術が発動し、彼女の体が“三つ”に別れた。

 上手い。詠唱こそ時間が掛かるが、あのやり方なら持続術式や遅延術式よりも遙かに低難易度で幻覚魔導が使用できる。


「【術式開始オープン刃断カット展開イグニッション】」


 対して香嶋さんは、切断術式。

 切断スラッシュよりも有効射程は長いが威力は落ち、弾丸ブレットよりも硬化範囲は広いが精度は落ちる。扱いどころが難しいが……。


「くっ」


 空気を裂いて、“横”に傾けられた刃断カットが発動。

 並んだ幻覚を綺麗にかき消し、咄嗟に屈んだ本体だけを、その場に残す。

 良い判断だ。この場合だったら、“影”のある本体に影縫いを起動させるのが最善だが、速攻術式でもなければ発動に手間取る。瀬戸先生だったら条件付与の速攻詠唱も可能だったはずだが、まだそこまで求めるのは酷だ。

 持てる手段で、確実に駒を進める。うん、良い腕だ。


「【術式開始オープン身体強化フィジカルエンチェント展開イグニッション】」

「これが速攻詠唱――でも!」

「【術式開始オープン飛行制御フライ展開イグニッション】」


 身体強化で大きく下がり、そのまま空に舞い上がる香嶋さん。

 飛行、という魔導は術式を展開できる、できないに関わらず、独特な感覚制御とセンスが必要だ。なにせ、人は空を飛ぶことに恐怖を覚える生き物なのだから。恐怖を覚えない人間だけが、あれを使いこなすことができる。


「空に上がったからって、どうにかなると思わないコトね!」

術式開始オープン形態フォーム散弾スプレッド


 おお、水無月さんもやるなぁ。

 おそらく最初の“聴覚情報攪乱ノイズセット”に、詠唱の隠蔽を含めていたのだろう。私や鈴理さんのように目に見えない“魔導陣”を“視る”ことができなければ、気がつくことは難しい。


「【術式開始オープン――」

「【展開イグニッション】!」

「っ」


 だから、その一撃は香嶋さんよりも一歩速い。


 隠蔽詠唱による散弾スプレッド

 その数による暴力が、香嶋さんを襲う。


 けれど、その一撃は香嶋さんの判断に、一歩劣った。


「――衝撃波動インパクト展開イグニッション】」

「なっ!?」


 多量の弾丸に怯まず、散弾が広範囲に展開しきる前に“前方”へ飛び込み回避。

 背中に回り込んで手を当てると、衝撃波を当ててダメージを抑えつつ吹き飛ばす。


「【術式開始オープン刃断カット展開イグニッション】!」

「し、しまっ――きゃあっ!?」


 そして、香嶋さんの刃断術式が水無月さんのシンボルを切り落とす。

 流れるような魔導。的確な情報処理。なるほど、瀬戸先生が自信を持って推薦するのも頷ける。実に将来が楽しみな女の子だ。


「そこまで! いや、流石、関東特専二年生の最優良生徒だ! みんな、拍手!」


 見学の生徒からもそう、惜しみない拍手が送られる。

 尻餅をついた水無月さんに手を伸ばしていた香嶋さんも、心なしか照れているようだった。


「さて、では続いて――ああ、そうだ」


 良いことを思いついた。

 佐久間先生の、少しだけ潜められた声にはそんな感情が乗っているようだった。


「優良生徒の方がこんなに優れた魔導術を行使できるのであれば、瀬戸先生の代理の先生、というのもさぞ優秀なのでしょう!」


 って、んんん?

 あれ、なんだろう、この流れ。果てしなく嫌な予感がするのだけれどそれはそのあの、まさか。


「と、いうことで、良い試合を見せてくれた二人のために、教員同士で一歩上のステージの試合もみんなに見せたい! せっかくの交流の舞台だ! みんな、これを新しい刺激にしてくれ!」


 歓声の上がる見学の生徒たち。

 あからさまに状況に戸惑う水無月さん。眉を顰める香嶋さん。


「と、事後承諾になってしまいましたが、構いませんかね? 観司先生」


 いや、なんというか。

 外堀を埋めてからの事後承諾。もうこれ、逃げ場がないのでは?

 というかあれだな、この先生、私が縁故採用だって知っててやってるな。稀に居るのだ。縁故採用なんかで入ってきた不届き者を、公衆の面前でぎゃふんと言わせてやろうという人が。

 正義感、なのだろうか。ううむ。


「待って下さい、佐久間先生。そんな急に申しつけるのはフェアではありません」

「――香嶋さん」


 割って入った香嶋さんの背中に、思わず感嘆する。

 まっすぐな子だ。曲がったことに、立ち向かえる子なんだ。気むずかしくて、誤解されやすい。接し方は不器用だけれど……うん、すごく、良い子だ。


「はっはっはっ、大丈夫だよ、香嶋さん。特専の教員というのはどんな事態でも対応できるのさ。でしょう? 観司先生」


 そう、佐久間先生が差し伸べるのはエンブレム。

 あー、うん、なるほど。最初からそのつもりだった、と。

 でも、まぁ。


「はい、佐久間先生」

「っ、観司先生?!」

「そう来なくては!」

「香嶋さんと、水無月さんは審判をお願いできますか?」


 私がそう言うと、憮然として、どこか心配そうな香嶋さんと、まだ状況についていけずに首を傾げる水無月さんが、渋々と頷いてくれた。


「ああ、それと、水無月さん」

「え、は、はい?」

「私の弟子が――鈴理さんが、ごめんね?」


 水無月さんにだけ聞こえるようにそう言うと、水無月さんは息を呑み――いいえ、と首を振りながらも胡乱げに私を見た。

 あ、これ、「うわ、似たような魔導術師かうへぇ」とか思ってる顔だ。


「でも、観司先生、よろしいのですか?」

「ええっと香嶋先輩? これたぶん大丈夫なアレです。下がりましょう」

「え? 水無月さん? は? え?」


 水無月さんに引きずられる香嶋さんを、苦笑して見送る。

 速攻術式は流石に、こんな公衆の面前で使うわけにはいかない。“術式刻印レリーフィング”も然り。速攻詠唱も、流石に怪しまれる。

 ――だから、どうしたというのだろうか。私の魔導術のレパートリーは、そんなものではない。


「さて、香嶋さん」


 準備運動をする佐久間先生を余所に、香嶋さんに話しかける。


「課外授業です。質疑応答は後ほど受け付けますので、どうぞ存分にご観戦くださいね」

「え? は、はぁ……?」


 さて、縛りありの魔導術演習。

 どうやら私は、この不器用で優しい生徒のために、出きる全てをしてあげたいと思ってしまったようだし。

 ここは、佐久間先生には申し訳ないけれど――珍しい魔導術でも、課外授業いたしましょうか、ね。





2016/10/03

誤字修正しました。

2024/02/01

誤字修正しました。

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