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そのいち



――1――




 思えば。

 ここのところ、旅行なんかで学区を離れるときはいつも、隣に鈴理さんの姿があったように思える。その光景に私自身、どこか馴染んでしまったのだろう、とも。

 そう考えると、どこか寂しい気持ちもあるが、それは目の前の“彼女”にはあまりにも失礼だ。もちろん、顔には出さないとはいえ。


「まったく、何故縁故採用のあなたと一緒に……」


 小さく、本人も声に出すつもりはなかったのであろう程度の音量の、呟き。

 寄せられた眉と歪められた口元が、今回の人選の不満をありありと示しているようだった。まぁ、うん、気持ちはわかる。

 頭の後ろできっちり纏められた髪。吊り目のクールな顔立ち。群青色のフレームの眼鏡。黒い魔導科の制服も、着崩されたりはしておらず、パリッと清潔に保っている。さすがは関東特専二年生随一の成績最優秀者、といったところだろうか。


「ごめんなさいね。瀬戸先生がおいでになれるのなら、良かったのでしょうが……」

「ぁ、い、いえ。こうして選ばれたことに不満はありません」


 彼女はそう、申し訳なさそうに取り繕う。

 口に出すつもりはなかったのであろう。優等生として振る舞っている自分の、優等生らしからぬ愚痴をこぼしてしまったことに、恥じているようだった。まぁ私も、成績優秀者だから選ばれたようなイベントに、コネで教員になったような人間が選ばれたら不満に思うことだろう。

 その点において、彼女の内心の不満は理解しているつもりだし、まぁ元凶の私にできることなどたかが知れているのかもしれないが、不満を取り除いて憂慮するような環境をなくしてあげたいと思っても、いる。

 ――ええ、決して、“闇堕ち”の一件から現実逃避している訳ではなく。なんで私の親類縁者の項目に、いつの間にか“リリー・メラ・観司”がいるの? しかもご丁寧に四親等。


「香嶋さん、何かありましたら、なんでも申しつけて下さいね。あなたの“優良生徒特別交流会”がつつがなく進行させられるよう、私も精一杯、協力いたしますから」

「ぁ、ぅ、は、はい。――よろしくお願い、します」


 そう頭を下げる香嶋かしまさんに、こちらこそ、と微笑む。

 私たちの向かう先は、四国は高知県、室戸市の山中に門を構える世界最大の“魔導科”が存在する、四国特専。

 定期的に行われる“優良生徒特別交流会”。今回は魔導科の優良生徒である目の前の彼女、“香嶋かしま杏香きょうか”さんと、付き添いに、関東特専エリート教員、“速攻詠唱使い(クイックワーダー)”の瀬戸先生――の、はずだったのだが、季節の変わり目に高熱を出して倒れた彼の代わりに、彼の推薦で私が派遣されることになった。


 “優良生徒特別交流会”。

 元々は、情報共有と、各地の特専が互いを刺激し合う為に穏便な交流を図ろう、という意図で行われるようになった行事だ。成り立ちは新しく、今回で五年目の交流会となる。

 一年に一人、ではなく、一年間を通して三回の交流が行われる。対象生徒はそれぞれ、異能科の一年生、魔導科の二年生、異能科魔導科問わず成績最優秀者の三年生だ。

 六月に一回目が行われ、十一月の頭である今回は魔導科の優良生徒、となる。今回選ばれた香嶋さんは瀬戸先生の受け持つクラスの生徒でもあり、彼の“速攻詠唱クイックワード”にも着手する、瀬戸先生一押しのエリート生徒であるらしい。

 ……と、いつかの遠征競技戦のご褒美、という名目で行われたおかゆふーふー看病で聞かされた。当然、希望通り“ママの手作りおかゆ”だ。瀬戸先生はどこへ向かっているのだろう……。


 目の前で予習を始める香嶋さん。

 そんな香嶋さんの、内心から零れ出る不満の原因は、やはり私なのだろう。

 速攻術式を披露すれば多少は関心を持って貰えるのかも知れないけれど……あれは、鈴理さんがうっかり習得してしまったように、“魔法”から遡って理解しなければ、習得できるものではない。

 つまり、速攻術式を教えるためには私が魔法少女になって見せるしかない、というどーしよーもない事実が、鈴理さんによって証明されてしまったことになる、のだ。


「はぁ」


 小さく聞こえるため息は、香嶋さんのものだ。

 ……もう、本当に、ごめんなさいね、香嶋さん。


 本来なら、教師として香嶋さんのために変身すべきなのだろうが。

 うん、いや、本当に申し訳ない。私はまだ、(社会的に)死にたくないのです……。






 前途多難。

 最近、こんなことばかりだなぁ、などと、私はまるで他人事のように考えて。

 私なんかよりもずっとため息を吐きたいであろう香嶋さんの手前、零れそうになる吐息をぐっと堪えることしか、できそうになかった。





















――/――




 闇の中で、影が蠢く。


『関東特専からの交流。本来ならばチャンスであるが、“速攻詠唱使い(クイックワーダー)”を迂闊に敵に回すのは、得策ではないな。可能であれば穏便に接触したい相手だ』

「いえ、それが今回は、体調不良のため代理の者が来るようです」

『ほう? 好都合だが、その代理の者にもよる。誰だ』

「観司未知……よく、ご存知の名では?」

『ッ! 我々の邪魔をしたあの女か!! クッククッ、なるほど、“好都合”だ』

「では?」

『ああ、決行する。機械人形の搬入も急ごう。故に、わかるな?』

「はっ……我らが悲願のために」


 声が満ちる。

 大きく、大きく膨れあがった悪意の声だ。


 だが、彼らは学んでいなかった。


「間抜けな先任者とは違う。そして、今回は英雄の助けはない。ならば、確実に仕留めてくれよう。化け物共に媚びを売る憎き無能者である、貴様を!」


 どうせ英雄の協力があったに違いない。

 そんな慢心が、彼らを学ばせようとしなかったのであれば。


「観司未知――二度と、故郷の地を踏めるとは、思わないことだ……ッ!」


 その時点で。

 彼の末路は決まっていたのかも、しれない……。





2016/12/09

誤字修正しました。

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