そのろく
――6――
空気を穿つように放たれた剣を、身体強化で避ける。
「【速攻術式・切断・展開】!」
魔導術で迎撃。
一つ、二つ、三つ、よっつ、は、っ!
「つぁっ!」
剣が腕を掠める。
強烈な熱。最早、体のどこもかしこも、痛くないところはない。
「【速攻術式・術式接続】」
「あはははっ、なんだ、変身しなくても戦えるじゃない! ほら、もっと踊って?」
影を固めた剣の群れは、その統率を弱めたりはしない。
リリーの命に忠実に、私の体を射貫かんと迫る。
当然、回避行動に移るが……そう簡単に避けさせてはくれず、また、腕を掠めた。
「あぅっ――ッ【1:散弾・2:爆裂・3:弾速強化・展開】!!」
爆裂する散弾が、超加速を加えてリリーに飛来。
それはリリーの周囲に満ちた剣の群れのことごとくを打ち落としたが、まるで彼女の周囲の空間が歪んでいるかのように弾丸が逸れて、リリー自身は無傷だ。
「お返しするね?」
「っな」
その上。
弾丸の一つが、私の前に現れる。いや、跳ね返されたのだろう。
――ドンッ!
「あぅっ!!」
爆風。
熱と痛みが体を電流のように駆け巡り、赤く濡れた眼鏡が落ちる。
「【速攻術式・衝撃緩和・展開】」
状況に適応した防御術式を展開!
着地を失敗しなければ、小さな火傷だけで――
「だーめ♪ 転ぶくらいはしてくれないと、つまんないよ」
――視界が、反転する。
能力の詳細はわからないが、転ばされたことはわかった。
そして、地面に体を打ち付けた私を迎えるのは、膨張を始めた闇の剣。
「っ――【速攻術式・相殺結界・展開】!」
衝撃を放出して、威力を相殺させる魔導術。
けれどそれも、体勢を崩され、集中を乱され、不意を打たれた一撃では思い描くとおりには発動して、くれなかった。
「っあああああ!?」
ぼろ雑巾のように宙を舞う体。
は、はは、“前世”の最期を思い出して、憂鬱になる。
痛くて。
熱くて。
それから。
ひどく、寒い。
「師匠、師匠! いや、やだ、やだよ! 師匠!!」
「あはははっ、今の、すっごく面白かったわ。もう一回見せて?」
「あなた――相手にならわたしがなる! だから師匠、師匠を!」
「いやよ。あなたはちょっと弱すぎるもの。ほーら、寝てる暇なんてないよー♪」
叫び声。
朦朧とする意識。
けれど気絶することなんて、許して貰えない。
「【闇王の棘】――どっかーん」
「師匠、やだ、だめーっ!!!!」
黒い棘が、私を囲むように突き刺さる。
そして、棘はその場で膨張すると、破裂した。
「【展開】!」
トランプの防御結界。
その上から同時に、スーツに仕込んだ防御陣も起動。二つの防御は強靱で、だからこそより大きな力に蹂躙される。
「つっ、あああああっ!?」
「あれ? 片腕を貰うつもりだったのだけれど……五体満足? すっごーい♪」
「やだ、師匠、師匠、ぅああああっ、お願い、逃げて、師匠!!」
声が、遠くから聞こえるようだ。
私の張った防御結界に縋り付いて、泣き叫ぶ鈴理さん。
努力家で、前向きで、こんな私を慕ってくれる可愛い子。
「いい加減、うるさいよ」
「っ」
リリーの剣が、鈴理さんを囲う結界に向かう。
その前に身を晒し、トランプの防御結界を展開するが、堅さが足らず貫かれる。でも、速度は落とした。貫通は、しない。
「あ、づっ」
「ししょ、う、ぁ、あ、ああああっ」
ああ、鈴理さんが泣いている。
誰が、鈴理さんを泣かせた?
ははっ……私、だ。
私の弱さが、鈴理さんを悲しませている、の、なら。
なにか、なにか、なにか――ぁ。
ああ。
そうだ。
そう、“思い出した”。
私が、そう“願って”忘れていた、ことを。
「だめです、師匠、立ち上がっちゃ、だめです……っ!!」
私は、この弱さに、決着を付けよう。
彼女を泣かせるくらいだったら、私が泣こう。
立ち直れる気がしなかったから、自己暗示で“忘れ”て、生涯封印するはずだったけれど。
それで鈴理さんを傷つけた私が、他の誰よりも許せないから。
だからこれは、私への罰だ。そして、リリー。リリー・メラ・ダイギャクテイ。
あなたも私の道連れに。
この地獄へ、堕としてあげよう。
「来た、れ、【瑠璃の花冠】」
「あれ? やっと他人を切り捨てる覚悟をしたの? それを待っていたのよ! じゃあ、どっかーん! ……あれ?」
「魔法少女、の、変身中は、何人たりとも、邪魔、つぅ、できない」
「ふぅん? そ。なら見ていてあげる。悲観と絶望を繰り返しながら、後悔と痛みに耐えながら、無様に変身する様を。ああ、安心してね? 終わったら、ちゃーんと爆破してあげるから、ね♪」
楽しそうに笑うリリー。
でも、いい。どうせ楽しい思いをするのは、今日で最後だ。
この後に続くのは、ただ、後悔の日々となる。そう――
「【ミラクル・トランス・ファクト】」
――“お互い”に、ね。
体が光に包まれて、魔法少女衣装に切り替わる。
変身魔法の鉄則で、怪我やなんかは全治するが、失った体力や精神力までは戻らない。
「うんうん、やっぱり情けない姿♪ それじゃあ約束どーり……あれ?」
「まだ、だよ。まだ、“私の変身は終わっていない”から」
「へ?」
チェイサー、レンジャー、マリン、スカイ、サムライ、ニンジャ、コスモなど。
“トランス・ファクト・チェンジ”の詠唱で、魔法少女は“フォーム”を切り替えることができる。
それは状況に合わせた選択肢。その場に適応した姿になる、順応機能。
でも。
“これ”は、根本から違う。
「二重変身――【ミラクル・トランス・コンヴァーション】」
そして。
「うぁっ――あああああああああああああああッ!!!!!!!」
世界が、“夜”に包まれる。
瑠璃色よりも深い闇。暗がりよりも艶やかな黒。漆喰よりも滑らかな夜。
――暗く。
――昏く。
――私の意識が薄れ。
――薄く。
――小さく。
――昏く、暗く、やがて光が灯るように。
――溢れんばかりの“快楽”が、わた、し、の、ああ、あああああああああっ!
――“あたし”の体を、塗り替えていく。
「アハっ――はァ……気持ちいい」
――心を蹂躙する喜びと、体を侵略する獣のような快楽に溺れるように。
「っふ、あハ――あはははははははははっ」
意識が切り替わる。
“私”は心の奥底に沈み。
“あたし”が心から浮き出る。
「ふ、ふふふっ、やぁっと“あたし”を使ってくれたのね。かわいい、かわいい、あたしの“私”」
闇よりも深く、黒よりも色濃く、夜よりも残酷に。
「なに、それ」
可愛い可愛い女の子。
リリーの声が耳に届く。
なに? なにって聞かれたら、んっ、ふふふふふっ、答えてあげなきゃ、ね。
「チェンジ――魔法少女ミラクル★ラピ。“闇堕ち魔法少女モード”♪」
さぁ、お遊戯を始めましょう?
痛くて気持ちイイ、愉しい愉しいお遊びを、ね♪




