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そのご

――5――




 宙に浮かぶ黒い結晶。

 リリーちゃんが“影”を固めて作り出したそれが、白い指で指揮を執るように振るわれるのに合わせて射出される。

 軌道は見えないほど早い。指の動き、視線の向き、フェイントのタイミング。頭痛がするほど観察して、盾をかざす。


「【硬化ハード】!」


 反発はできない。

 回転はタイミングを合わせられない。

 インパクトの数瞬だけ硬くして、ギリギリ耐えられる程度。


「あはははっ、いつまで防げるのかしら? あなた、面白いわね」

「う、嬉しくないっ」


 わたしは、広いステージを走り回りながら、リリーちゃんとつかず離れずの距離を保つ。もし下手に近づいて怒らせたら死ぬ。もし逃げることだけに集中して飽きられたら死ぬ。このまま試行錯誤を繰り返していても、そのうち死ぬ。

 助けなんか来ないのかも知れない。だって、わたしがこんなところにいることなんて誰も知らない。それでも、それでも、師匠なら――っ。


「っ」

「ほらほら、ちゃーんと逃げないと……」


 脇腹が痛い。

 息が乱れる。

 心臓が破裂しそう。

 足は震えていて辛い。

 手はもう鉛でも入っているみたいだ。


「……打ち抜かれちゃうわよ?」

――パンッ

「きゃぁっ!」


 軽い音。

 それだけで、つに盾が砕ける。


「【速攻術式セット――」

「次の段階に入ろうよ。飽きてきたし、ね?」

「――つぁっ!?」


 頭上の、闇からわき出た“鎖”が、わたしの両腕を絡め取る。

 そのまま、足が浮くほどの高さに固定された。痛い、けど、捕まえておくことが目的なのかそこまで辛くはない。


「さぁて、ね。飽きてきちゃったから、ちょっと私と遊ぼうよ」

「っつぅ。あそ、ぶ?」

「そう。たのしい、愉しい遊びよ」


 リリーちゃんは、ふわりと浮き上がるとわたしの頬に手を添える。

 それからゆっくり首を撫でて、鎖骨を撫でて、体のラインに合わせて手を這わせて……って、えええええええ?! なんで? なにされるの?!


「ひゃんっ」

「ふ、ふふ、可愛い声。もっと鳴いて?」

「ななななな、なん、なん、でっ」

「理由が必要?」

「必要です!」

「暇だから」


 そんな理由で?!

 どどどどどうしようっ。まったく想定していなかった!


「服、邪魔よね?」

「邪魔じゃないっ」

「邪魔なの」


 指が、わたしの顎を上げる。

 情欲を孕んだ、熱の灯った紫水晶のような瞳。きらきらと輝く瞳の中には怯えるわたしが居て、そのわたしは、頬に舌を這わせられてびくりと震えた。


 こわい。

 こわい。

 こわい。

 怖いよ、助けて、師匠――。


「せいぜい、英雄さんが来るまで、壊れないように頑張ってね?」

「ぃ、やぁっ……!」

「だーめ。嫌がって、やめてなんかあげない。ふふっ、あっ、はははははっ♪」


 目を瞑って、身を捩り、逃げ出すことのできない現実に絶望して。

 それでも、またとない“チャンス”に、歯を食いしばった。


「【速攻術式セット爆裂エクスプロージョン展開イグニッション】」

「自爆!?」


 この距離。

 ここなら、捉えられる!


「っ、きゃぁっ!」


 リリーちゃんの悲鳴を耳で捉える。

 と、同時に、想像以上の熱がわたしを襲って、そして。


「【展開イグニッション】」


 聞き慣れた声と同時に、わたしと爆風の間に滑り込んだ“トランプ”が、輝いた。























――/――




 探索魔法を使用して、街を駆ける。

 身体強化の重ね掛けで、周囲のビルを容易に駆け抜け、走り回って探すけれど鈴理さんの影はない。


「闇に呑まれた? 闇、影、夜、黒」


 なにかヒントは、ヒントはないのか。

 考えて、探し回って、それから――そうだ。


「まさか、ゲート?」


 旧都庁の上。

 魔王、ワル・ウルゴ・ダイギャクテイを仕留めた場所。

 そこに輝く魔界への穴は、黒く淀んでいた。


「【速攻術式セット飛行制御フライ展開イグニッション】」


 身体強化の助走から、コンクリートにクレーターを作って飛び出す。

 一瞬で体は最高速度に到達し、風を切って舞い上がった。


 高く。

 高く。

 高く。


 旧都庁の全長よりも高く飛び上がると、遠目にステージの様子が見える。

 そこには鎖に繋がれた鈴理さんと、遠くて紫色の髪しか判別できないが、鈴理さんにあからさまに被害を与えようとしている姿を、捉える。


「【速攻術式セット加速制御アクセル展開イグニッション】!!」


 体を前に倒して、景色を置き去りにして、飛び抜ける。

 そして、防御結界の“術式刻印レリーフィング”が施されたトランプを、鈴理さんと影の間に、投げた。


「【展開イグニッション】」

――ズガンッ!


 爆破音。

 ギリギリで展開される、結界。

 むごいことをしようとする。ゼロ距離で爆破させて、殺すつもりだったのだろう。目的は知らない。そんなことは、最早、どうでもいい。

 私は私の生徒を、大事な人を傷つけようとするものを、許しておくつもりはない――!


「そこまでです」

「もう! なんなの? ……あら?」


 煙に塗れながら後退したのは、ゴスロリを纏ったお姫様のような少女だった。

 紫の髪に同色の目。白い肌と小柄な体。体躯に見合わぬ、圧倒的なプレッシャー。


「師匠っ」

「鈴理さん……【速攻術式セット切断スラッシュ展開イグニッション】」

「あっ」


 鎖を切断。

 そのまま、後に下げる。


「ここは私に任せて。【展開イグニッション術式接続コネクト術式持続ドゥレイション】」


 トランプの防御結界を張って、持続術式を接続。

 それから、大人しくそのやりとりを見ていた少女に向き直る。


「師匠、気をつけて下さい! 影と闇を自在に操って、それからあと、まだわからない力があります!」

「――ありがとう」


 鈴理さんの助言を、噛みしめる。

 おそらくこの相手は、教員としての私では倒すことができない。一目見て、わかるのだ。彼女は――反旗を翻した時の仙じいよりも、強い。


「ねぇ、あなた、英雄さんに友達は居ない? そろそろ面倒になってきたし、連れてこられるなら苦しまずに殺してあげるよ?」

「英雄が目的?」

「そう。女の子を一人釣ればほいほい来てくれるのかと思ったのだけれど……まさか普通のひとが来るなんて思わなかったから」


 英雄をおびき寄せるために、鈴理さんを爆破して殺そうとした?

 そう――なら、わかった。彼女に容赦は要らない。髪から覗く耳は、僅かに尖っている。彼女もまた、人型をとれる高位の悪魔なのだろう。ならその存在、浄化し尽くすのみ!


「――それなら、英雄と戦わせてあげる」

「ほんとう? なら連れてきて。大人しくその子と、待っていてあげるから」

「その必要はないわ。――来たれ【瑠璃の花冠】」

「へ?」


 ぽやんと首を傾げる少女に、私は杖を突きつける。

 そして――勢いよく、振りかざした。




「【ミラクル・トランス・ファクトォォォォッ】!」

「ひゃぁっ!? な、なにそれ?!」




 体が光に包まれる。

 瑠璃色の輝きが衣服を溶かし、眼鏡を消し、大事なところを一度星で隠して、それから再び光が編み込んだ。

 風に靡くツインテール。ぴちぴちぱつぱつの瑠璃色を基調とした、魔法少女衣装。女児用スニーカーを“ぷぎゅる”と踏みならし、パチンっ☆とウィンクも忘れない。


「いたいけな少女を傷つける悪い子は、この、魔法少女ミラクル☆ラピが、やっつけちゃうぞ♪」


 さぁ、刮目しろ。

 どシリアスから間髪入れずに展開される、ギャグ衣装。痴女ではありませんのであしからず!


「ぷっ――あははははははっ、あ、はははははっ、なにそれ、ぷっ、ふふふっ、なにそれはっずかしーっ! そんなんで英雄名乗ってるのあなたっ、あはははっ、ばっかみたい!!」

「師匠は格好いいの! ふざけないで!」

「弟子に格好いいとか言わせてるの? 引くわー……。あ、それとも笑い死にさせる作戦? あとちょっとで成功しかけたわね。だって、悪魔なんかよりもずっと危ないんだもの!」


 あれ、なんだろう、目頭が熱い。心の汗かな?

 お腹を押さえて、蹲って、バンバンと地面を叩きながら爆笑している少女。なんで私はこんな目に遭っているのだろう。おかしいなぁ、あはははは。


「良いわ、良いわ。ド変態痴女のおかげで笑わせて貰ったから、遊んであげる」

「遊ばせてなんか、あげないよ☆」

「そうでもないわ。と、そうだ、せっかくかの魔法少女にエンカウントできたのだもの、ちゃんと名乗りますわ」


 少女はそう言うと、空に浮かび上がって、スカートの先を摘まんで会釈する。

 まるでこれからパーティに出かけるような、ただ無垢な少女のように。



「改めまして、ごきげんよう。私の名は“リリー・メラ・ダイギャクテイ”。我が敬虔なる慎ましやかなお父様があまりに小心であられるから、おそおそおそれて気の遠くなるような時間を幽閉されていた、憐れな娘にございますわ。ふふっ、あはははっ、あははははははははっ!」



 狂ったように、あるいはただの少女のように笑うリリー。

 そしてそれは、その名は、忘れるはずもない。


「あなたは、なら」

「そう! そうよ魔法少女。私は貴女たちに無残にほふられた、豚のようなお父様――魔界の統王、魔王“ワル・ウルゴ・ダイギャクテイ”の娘、よ。よろしくね♪」


 こんなところに。

 こんな、因果があるのなら。


 その因果ごと、吹き飛ばす!


「【祈願セット】!」

「だーめ♪」

「っ」


 リリーが手をかざすと、その手に向かって引き寄せられる。

 咄嗟に杖でガードをすると、影で固められた剣が私の頭上に向けて振り下ろされていた。


「っ」

「魔法って不便よね。詠唱が間に合わないと、ほら!」

「きゃあっ!」


 衝撃波。

 リリーの手から放たれた一撃は、私の体を容易に吹き飛ばす。だが、それだけではない。空からひねり出された剣が、幾重にも重なって私を追撃してきた。


「おいたは」

――弾き。

「だめ!」

――打ち返す!


 打ち返された剣は、ゴウッと轟音と共に空気を切る。

 けれどリリーは見もせずに剣を“消す”と、再び私に衝撃波を放った。


 詠唱を、許さない。

 けれど今までに、そんな敵が一人もいなかった訳ではない!


「もう、悪い子ね!」

「ふふ、そうね。あなたみたいな痴女を弄んでいるのだから、私も相当、悪い子なのかもしれないわ」


 闇の剣を避けながら、ステッキで地面を削る。

 展開するのは魔法陣。書き連ねるのは祈願の詠唱!


 “祈願セット

 “浄化の光柱(クリア・バースト)


「これで、完成」

「え?」

「【成就イグニッション】!」

「きゃあっ!?」


 リリーの足下から、光の柱が立ち上る。

 “魔”に属する者ならば、問答無用で浄化する光の柱。

 その輝きは天を貫き、そして。




「【闇王の重鎚ダークホール・スマッシュ】」




 闇が。


「っな、んで」


 光を、消し去った。


「あはっ♪ うんうん、今のはけっこう面白かったよ。痛かったし。まぁ、私が才能に慢心して豚のように肥えてしまったお父様と一緒にされてしまったことは、心外だけれど」


 ゴスロリの服。

 破れているのは、裾のみ。その手にも裂傷があったが、瞬く間に消え去った。


「と、そういえば……せっかく工夫して放った魔法を、失敗しちゃったんだよねぇ?」


 そしてリリーは、私の表情を見て、それから残酷に笑った。


「罰ゲーム。もう痴女は飽きたから、変身を解いたあなたと戦いたいな♪」

「な……応じないよ? わかってるでしょ☆」

「――変身を解かなかったり魔法を詠唱しようとしたら、下の龍を爆破させる」

「っ」


 硬くて、内包する“力”だけは強大な龍。

 それを彼女の力で爆破なんかさせたら、被害は――


「はーい、時間切れ。爆発させ――」

「待って! ……【トランス・アウト】」

「師匠……っ」


 鈴理さんの、息を呑む声。

 爆破音は聞こえない。約束は、守るということ、か。


「――うん、物わかりが良いね。それじゃあ次のゲームをしましょう? 私が満足するか、あなたが死ぬか。二者択一、天使と悪魔の素敵なゲーム。楽しんでね? 私は……」


 じゃらじゃらと、リリーの足下から鎖が這い出る。

 そして彼女は宣言する。新しい玩具を見つけた子供のように、楽しげに。


「勝手に、愉しませて貰うわね?」


 そう、気まぐれな私刑の時間を宣言した。





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