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そのよん

――4――




 旧都庁周辺に展開した生徒たち。

 先生方はいざとなった時に、彼らを救出できる場所にいるのだが、担当のクラスを持たない私は七と一緒に救護室で、治療補佐に努めていた。

 なにせ、小型悪魔相手なのでほとんどは軽傷なのだが、その“軽傷者”の数が多いので、心理カウンセラーの七まで駆り出されてまだ足りず、こうして私のような先生方も参加している。


「はい、これで終わり。痛いところはない?」

「は、はいっ、先生に治療して貰えるなんてこの金山、光栄です!」

「あー、ええっと、先日は名前を間違えてしまいごめんなさい。かた――」

「金山です」

「――えっと、でも」

「金山です」

「はぁ、かた」

「か な や ま です」

「……金山君、ね」

「はいっ!」


 ……と、まぁ、こういった変な子も来るが、順調である。


「ところで、未知」

「なに?」

「獅堂と、なにかあった」

「ぶふっ、げほっ、げほっ、ななななにかって?」

「隙、多すぎるね。ちゃんと見張っておかないと、かな?」


 …………順調、で、ある!













 お昼頃になると、ようやく一息吐くことができた。


「お疲れ様、未知」

「ありがとう。でも、七ほど大変ではないよ」


 缶コーヒー片手に微笑む七に、お礼を言って受け取る。

 さすがは英雄さまと言ったところか。比率的には女生徒の方が多いが、少なくない男子生徒も七に治療して貰いたがって長蛇の列のようだった。

 一方私は、何故かちょっとニッチな子ばかり。私と親しい鈴理さんたちはそもそも軽傷なんかしないから来ない。癒やしの元は現在お腹を出して飼い犬的に爆睡しているポチのみ、というなんとも“癒”えない状況だった。解せぬ。


『む』


 と、ポチのお腹を撫でている最中、ふと、彼が身を起こす。


「あれ、起こしちゃったかな?」

『ボス、気をつけろ』


 目を鋭くし、テントの外を警戒するポチ。

 そんなポチの姿に、首を傾げる。


「え?」

『なにか、来るぞ』

「なにかって……」

――ドォオンッ!!

「っ!?」


 轟音。

 震動。

 激しい揺れに体勢を崩すと、七が私を受け止めてくれた。


「あ、ありがとう」

「いや、役得だよ。それよりも、外」

「や、やく? ええっと、そと、外?」


 慌ててテントから出て、それから息を呑む。


『ゥゥオオオオオ』


 赤黒い鱗。

 鋭い爪牙。

 真紅の瞳。

 悪魔のような羊の角。

 それから、天に向かって立った一角。

 巨大な翼と大きな尾を持つ“龍”が、突如、出現した。


『ギャオオオオオオオオオオオッッッ!!!!』


 悲鳴のような咆吼に、ビルが倒壊する。


「っ、あれは?」

『劣化品だな』

「劣化?」

『ああ』


 マスコットとしての本懐を果たそうというのか、ポチが解説してくれる。

 はい、あの、正直、助かります。


『おそらくは、“不死にして紅き茨の魔女”の使役する“血壊龍アルヴァ・エルドラド”を、闇を凝縮した力でコピーしたのだろう。性能はオリジナルの足下にも及ばんが――無理矢理詰められた“力”だけを見るなら、劣らんぞ』

「闇を凝縮した力?」


 ……とにかく。

 あれは謎の力で作り出された、強力な龍である。それは覆しようのない事実だ。


「七」

「ああ。僕は生徒の誘導と、護衛を務める。未知は逃げ遅れている生徒がいたら確保。“アレ”の相手は、僕たちがなにも言わなくても――」


 ドンッ、という破裂音。

 背から煙を噴く龍を空から見下すのは、炎の翼を無意味に展開した男。彼に龍の視線が集まったことを確認して、思わず胸をなで下ろす。

 なるほど、確かに。獅堂が“ああ”してくれるのであれば、安心だ。


「なら、避難、お願い。ポチは私と別れて、反対側から要救助者の保護をお願い!」

「わかった、未知! 気をつけて!」

『心得た!』


 七の声を背に、テントを飛び出す。

 獅堂対龍は既に怪獣大決戦のようになっているし、見れば、小型悪魔もどんどんわき出ている。

 悪魔は弱っている人間の方へ行きたがる。七の負担が心配だが、信頼もしている。あちらは任せて、私は他の先生方と協力して要救助者を――


「先生っ、未知先生!」

「ミチ先生ッ!!」


 ――走り出そうとして、掛けられた声に振り向く。

 私を見つけて走ってきたのは、二人。有栖川さんと夢さんと……見慣れた三人組が、一人足らない?

 ああもう、どうしよう、嫌な予感しかしない。


「先生! 鈴理が、鈴理がっ」

「落ち着いて。大丈夫だから。何がありましたか?」

「ッいなくなったの! 突然、闇に飲まれるように!」


 状況を、必死で説明する二人。

 普通に散策をしている最中、なんの前触れもなく“闇に飲まれて”消えた鈴理さん。直ぐに探し回ったが、見つけることはできなかったのだという。


 明らかに、何者かの“故意”による失踪。


「――二人は、避難所へ。鈴理さんは必ず、私が見つけて助け出します。良いですね?」

「っ、ミチ先生、私たちも!」

「大丈夫。私はいざとなったら“どうとでも”して助け出しますから、ね?」


 有栖川さんと一緒に言いつのろうとしていた夢さんも、私の一言で察してくれたようだ。


「っ、リュシー。未知先生は人前で使えない秘伝の技があるの。だから、それを使えば!」

「っそうか、手分けしていても二度手間になって、余計な負担になる、か」

「うん、だから、未知先生……」


 それでも、不安は不安なのだろう。

 心配げに瞳を潤ませる二人に、私は安心させるよう微笑んだ。


「絶対に助け出します。私に、任せて」

「っはい!」

「スズリを、お願いします!」


 頷いて、避難所への誘導をして、走り出す。

 こんなときにまでがっつり巻き込まれるなんて、もう、本当に鈴理さんは、もう。

 ――なんとしてでも、助け出してあげないと。これ以上、彼女のトラウマが増える前に、必ず。



 だから鈴理さん。

 どうにか、持ちこたえて――!




















――/――




 泥に、呑まれているようだった。

 暗くて冷たい闇の中に囚われて、急にはき出される。


「きゃぁっ」


 地面の色は、紫がかった黒。

 わたしは地に伏せるように投げ出されて、思わず悲鳴を上げてしまう。

 というか、なにごと?! さっきまで夢ちゃんとリュシーちゃんと探索をしていたはずなのに、あれ? なんで?


「こんにちは」

「っ」


 掛けられた声に驚いて、跳ね起きて距離を取る。

 そこで周囲に気がついたのだけれど……どうしよう、なんだかすっごく高いところにいる?!


「どう? 良い眺めでしょう?」

「え? っあ、なた、は?」


 わたしの眼前に佇むのは、わたしよりも背が低い少女だった。

 所々を丁寧に編み込んだ、紫のロングヘア。同じ色の瞳。

 ゴシックロリータの服は、ドレスのように鮮やかで、艶やかで幼くて、魔性の美貌を包み込むのに相応しい。

 なによりも、楽しげな笑みに隠された残虐性が、わたしの心を振るわせる。


 この子、こわい――!


「初めまして、おねーさん? 私の名前は“リリー・メラ”よろしくね?」

「か、笠宮鈴理です。リリーちゃんは、どうして、わたしをここへ?」


 冷静に。

 冷静に。

 冷静に。

 心を、氷のように。

 この手のひとは、下手に騒いだら酷いことでも平然とやる!


「冷静なのね。良いわ、理知的な女の子は好きよ」


 対応はセーフ。

 冷や汗が止まらない。見ているだけで吐き気がする。それでも、観察しなきゃ。

 絶対に、師匠が助けに来てくれる。だからそれまで、時間稼ぎ!


「あなたが呼ばれたのは単純明快よ? 誰でも良かったのだけれど、どうせ“餌”にするのなら、楽しみたいでしょう? 少し遊んで貰おうかなって、思っていたの」

「え、さ?」

「そう。“英雄”さん、居るのでしょう?」

「っ」


 今までの悪魔は、英雄のひとたちを避けているようにすら見えた。

 なのにこの子は、いきなり呼び出そうとしている。その自信が“確信”から来る己の能力への自負だと、“観察”できてしまった。


「良いわ。その表情」

「え……?」

「恐怖を押し殺し、仲間を思いやり、立ち向かおうとするその心。まさしくそれは勇者の資質! あっはははははははっ、やっぱり貴女にして正解だったわ」


 リリーちゃんはそう、笑う。

 楽しそうに、心地よさそうに、残虐性を隠しもせずに嗤う。


「私は、あなたみたいな“良い子”が、苦痛と恐怖に泣き叫ぶ声が大好きなの! 大丈夫、餌として機能する程度には壊さないであげるから――」

「っ【速攻術式セット平面結界フラットフィールド展開イグニッション】!」

「――私と楽しく、遊びましょう?」


 笑う、嗤う、ワラう。

 可憐な顔を恍惚に歪ませて。


「【闇に誘え】」

「【速攻術式セット操作陣コントロールバレル展開イグニッション】っ!!」


 彼女はわたしに、ゆっくりと手を翳した。





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