そのさん
――3――
ビルの狭間を鏃が抜ける。
ダンッと鋭い音を響かせて、小さな豚鼻の悪魔、ゴブリンの頭が弾けて消えた。わたしはその様を確認すると、思わず拍手をする。
「さすが夢ちゃん!」
「ま、こんなところでしょ。【装填】」
夢ちゃんはそう、手甲に矢を再装填してなんでもないように答えた。
けれど、小さなビルの狭間を縫って悪魔を倒すなんて、並大抵のことではない。やっぱり、夢ちゃんはすごいなぁ。
「これは、私も負けていられないな。【起動】」
そう、今度はリュシーちゃんが機械チックな二丁拳銃を起動する。
オートマチックの拳銃によく似た形。その銃身にぼんやりと灯るのは、リュシーちゃんの瞳によく似たエメラルド。
次いで、連動しているのであろう脚甲にも同じ光が灯る。リュシーちゃんのお父さん特製の、武器だ。
「【縮地】」
リュシーちゃんの体が加速して、ビルを蹴り、飛び上がる。
そして体を縦軸に回転させながら銃弾をばらまくと、上空から近づいてきた鳥形の悪魔を六体、綺麗に打ち抜いた。
「さっすが」
「ありがとう、ユメ」
そう笑うリュシーちゃんの横顔は、すごく綺麗だ。
「じゃ、最後はアンタよ、鈴理」
「スズリ、無理はしないで」
「うんっ、わかった!」
今、わたしたちは社会科見学という名の小型悪魔間引き作戦に参加しているのだけれど……いつものようにチームを組んだわたしたちがしているのは、お互いの能力確認だ。
というのも、先月の遠征試合を終えてから、どうしても互いの都合が合わずすれ違ってばかりだった。そのため、連携を取ろうにも現段階の能力があやふやだったので、確認をしようとなったのだ。
夢ちゃんは魔導術の効率と展開速度が向上し、リュシーちゃんは微調整の幅がぐっと広くなった。こうなったら、私も負けていられない。
「と、鈴理。探索に引っかかった。前方から、小型悪魔の編隊ね。数は十四」
「多いな。スズリ、ひとまずここはみんなでやらないか?」
心配そうに言ってくれるリュシーちゃんに、首を振る。
わたしの感覚は、まだ、危機感を呼びかけていない。ならアレは、わたしで狩れる獲物だ。
「大丈夫だよ、二人とも。見てて」
「あ、ちょっと、鈴理!」
夢ちゃんに笑顔で手を振って、走り出す。
道路の先。十の剣を持つゴブリン、三の弓を持つゴブリン、一の槍を持つゴブリンを中心にしている。構成状況は、後から三、一、十。なら――
「“息を潜め、牙を研ぎ、獲物を見据え”」
意識が沈む。
「“冷たきを体へ、熱きを裡へ、心意に満ちるは刃の如く”」
思考は冷え、心は熱を持ち。
「“故にこれぞ”」
心は。
「“狼の矜持”」
鋭く。
――かき乱す!
「【速攻術式・身体強化・展開】!」
体勢を低くしながら走り、ゴブリンが知覚するよりも早く“走り抜ける”。
間を抜けられたゴブリンは驚くけれど、うん、遅いよ。
「【速攻術式・切断・展開】」
『ギッ!?』
まずは弓を三、反転強襲。
横に切り払い、けれど止まらず、槍に向かって走る。
人間ならばほとんどのひとは、尖った鋼の穂先を恐怖する。
けれどわたしは狼だから、恐怖には支配されない。わたしはわたし以外の誰にも、支配されはしない。
「【速攻術式・平面結界・展開】」
展開しながら、突き出された槍を避け、前に出る。
「【速攻術式・操作陣・展開】」
盾を動かし、槍のゴブリンを足払い。
「【回転】!」
そして、回転させた盾で槍のゴブリンを両断した。
『ギギ?!』
『ガ、ガギガ! っ!』
司令塔を失い、混乱する十のゴブリン。
「【速攻術式・術式持続・展開】」
近づき、二体盾で裂く。
混乱して剣を振り下ろした一体を避け、わたしの後にいた一体を斬らせ、呆然とするその背を切り捨てる。
これで、残り六。
「【反発】」
足裏で反発。
身体強化も加えた超加速。
「“狼雅”」
ただ横に倒しただけの盾をすれ違い際に“当てる”と、縦列していた三体を斬る。
「【投擲】」
盾を投げると、咄嗟に身をかがめた一体を除き、二体を切り捨てる。
『ギ? ギウガギギギッ!!』
「【返投】」
怒りにまかせて飛び込んできた一体の、背後から強襲するのは先ほど投げた一枚の盾。
盾は横回転しながらゴブリンを切り倒すと、わたしの前で忠誠を誓う騎士のようにぴたりと止まった。
「ふぅ――なんとかなった、かな」
ゴブリンたちはそのまま、砂になって消える。
よほど強力な悪魔でない限り、骨は残らないんだとか。小型悪魔は弱く存在が希薄な代わりに、直ぐ砂になって、時間を掛けて魔界で再生される。
だから、時間稼ぎにはなるけれど、ゲートを閉じない限りは彼は何度でもやってくる、らしい。
「なんとかなった、かな――じゃなーいッ!!」
「ひゃっ?! ゆ、夢ちゃん?」
走って追いかけてくれた夢ちゃんに怒られて、思わず悲鳴をあげる。
あ、あれ? なんだろう?
「いつからあんた、速攻術式なんて使えるようになったのよ?!」
「すごいな、スズリ。スズリにはいつも驚かされる」
あ。
そうだ、速攻術式って、すっごく珍しい技だった。師匠が普通に使うから、つい忘れてた。
「ええっとね、いつの間にか?」
「なんで疑問系なのよ……」
だって、正直なところ、なんで使えるようになったのかはっきりとしたことはわからない。ただ師匠の、ラピの魔法を間近で“観察”していたら、いつの間にか“魔導”が根本から理解できるようになってきたということ。
これまでは順序立てて組み立てなければならなかった魔導術式が、一度にぎゅっと詰め込んで展開できるようになった。できるようになってしまえば、そんなに難しくはなかったのだけれど……それは、言わない方が良いかも。
「ユメ。魔導術師でない私には、スズリの凄さがユメほど理解できていないんだ。どういうことなんだ?」
「えーと、そうねぇ……。私たちは紙に左手で丸を書きながら右手でその中に絵を描いているの。丸とは言え形が崩れないように、術式の根底が崩れないように維持する。これが術式開始、この意識は絵の完成まで、保ったまま」
「ふむ」
「で、右手で描いている絵。これが形態。だいたいの形を決めるの」
「設計図と金型だね」
「そう。書き上がった絵を確認して、私たちはそこに色を塗る。これが様式」
「なるほど、金型から実際に作り出す、と」
「ん。で、その絵にラメをつけたりおはじきとか立体物を貼り付けたりするのが付加」
「できあがったモデルを装飾する?」
「うん。更に額縁加えたり上からフィルム貼ったりするのが追加。この間ずっと左手は円を書き続けているんだけど、最後に両手で完成品を展示して、他の人にも見えるようにすること。これが展開」
「なるほど、箱詰めと出荷か。んんん? 待て、そうするとスズリの“速攻術式”とは、まさか」
じとり。
そんな形容がよく似合う目で、夢ちゃんはわたしを見る。
えーと、えーと……はい、うん、ごめんなさい。そう言われると、確かに、できることって変だね。あははは……。
「そう、そうよリュシー。こいつはね、左手で円と絵を描きながら右手で色を塗れるの」
「器用なんだな、スズリは」
「実際はそんなレベルじゃないけどね」
師匠はできるよ?
なんて言ってみたら、あの人は別! と言われる理不尽。なにも夢ちゃんは“視る”限り本当に怒っているのではなくて、たぶん、混乱している。
だからこういう時は……笑って誤魔化そう。
「て、てへ?」
「か、可愛い顔してもだめなんだから!」
「ユメ、だめだ、その言い回しは泥沼だ」
「うぐっ」
あ、あれ? 何を間違えたんだろう?
リュシーちゃんのツッコミで、地に沈む夢ちゃん。誤魔化すことはできたのだけれど、なんだか思っていた様子と方向が違うみたいで、わたしは首を傾げることしかできなかった。
うーん……?
――/――
「あそこはだめ」
「あれもちょっとつまんない」
「うーん。もっと面白いの、いないかなぁ」
大きな建物の上に座って、指さし確認。
みんな活きが良いし、釣り上げたら新鮮で美味しそうな子ばっかりだけど、どこか平凡でつまんない。
私としてはもーちょっと面白そうな相手が良いんだけど、どうしよう。
「ん? あれは」
どうせ餌だし。適当で良いかな。
なんて思っていたのに、ふと、ずば抜けて面白そうな子を見つけた。
「へぇ、うん、すっごく伝聞で聞く“魔法”に似てる。縁者だったら面白いし、あの子にしようかなぁ」
顔の造形も可愛らしい。
餌として機能しなかったら、壊れるまで飼ってあげてもいいかもしれない。
「うん、名案。それじゃあ、あなた。私の手元においでなさいな」
手をかざして、闇に問う。
さぁ、暗がりの僕よ。あなたの主人は誰かしら?
「【闇に誘え】」
ふふ、ふふふふふ、あっはははははははっ。
うん、とっても面白いことになりそう。どちらでも良いけれど、来るならゆっくり来てね? 英雄、さん?




