そのいち
――1――
社会科見学、というものがある。
ようは、社会に出るための参考として、企業や職業を見学する、というものだ。もちろん、特専にも社会科見学の時間はある。
三年生は企業見学をし、二年生は職業体験。では一年生はなにをするのか、というと。
「未知、休日はどうだった? 仙衛門と会えた?」
「七……。ええ、元気そうだったよ」
私が七と並んで座っているのは、担任副担任以外が乗り込む教員用のマイクロバスだ。
早朝から特専に集まって目指すのは、都心、新宿である。理由は、一年生の“社会科見学”のためだ。
「なんだか、新宿を見ていると、あの日のことを思い出すね」
「あー、そうよね。えーと」
「ああ、大丈夫だよ。周囲の流れは操っているから、会話は聞こえない」
「そう……。魔王、のことよね?」
「ああ」
どんな職業に就くとしても、特専の卒業生である以上は必ず、“危機的状況に立ち向かう”ことを求められる。そういった時に実戦経験の有無は大きく関わってくるのは、自明の理ということだ。
そのため、高等部一学年の生徒は社会科見学と称して新宿に赴き、通常は警察機構の特課や自衛隊が行っている、今でも小さくなった異次元のゲートから溢れ出す小型悪魔を、人々に危害を加えることのないように“間引く”作戦を取り仕切ることになっている。
「ほとんど奇襲、だったよね」
「これ以上長引いていたら、日本にも癒えることのない傷跡がたくさん残っていたかも知れない、からね」
つまり、これは本格的な実戦訓練だ。
確実に安全なように教員を配置し、しかしそれを生徒には悟らせず、時には教員もピンチを装う。
実際に、悪魔という存在を肌で感じ取り、その脅威を目の当たりにするための、遠征試合に並ぶ大イベント。
「確か、“今日は顔見せだ。ゆくゆくは、我が配下を紹介しよう”」
「そうそう。それで、新宿に顔見せで降り立った魔王を、逃がさないように結界でがんじがらめにして」
「で、みんなで倒した。魔王もまさか、配下を飛ばして自分がやられるとは思わなかったんだろうね。狼狽していた表情が忘れられないよ」
それがこの、“旧都庁前小型悪魔間引き作戦参加学習”なのだ。
「と、そろそろ到着だね。あーあ、せっかくバスで別れたのに、また獅堂と合流か」
「あら、いやなの?」
「未知を独り占めできなくなるのは、嫌だよ」
――ところで。
先ほどからまぁずっと現実逃避していたのだけれど、もうちょっと無理かも知れない。
あの遠征試合の日、拓斗さんが私に、く、くちづけ、したことを後ろから見守っていた獅堂と七は気がついていたらしい。
それから、というもの、七と獅堂は人目の付かないところでやたら私を構うようになってしまった。元々、連休は息抜きをしようと思っていた。拓斗さんのことがあってからは、とりあえず頭を冷やそうと思っていた。
結果はまぁ、弟子交流の場で魔法少女に変身する羽目になる、というどうしようもないものだった訳だが。つらい。
「拓斗とはデート、したんだよね? 僕とはしてくれないの?」
「中々、暇がないよ?」
「じゃ、暇になったらしてくれるんだ?」
くすりと笑って、七は流し目で私を見る。
窓枠に肘を掛けて微笑む姿は、どこか色気のあるものだ。七はあれだ、やっぱりお姉さん分がとられると思って寂しがってくれているのだろう。昔から、そういうところもあったしね。
ただなんというか、大人になっても態度がそう変わらないからか、色気のある眼差しでそういうことを言われると、どぎまぎしてしまうのも事実。獅堂は顔だけは無駄に整っているけれど、獅堂だしなぁ。
なにより、獅堂に対しては、魔法少女に変身するたびに呼吸困難になるほど爆笑しやがる恨み、忘れていないしね。
「そうだね。久々に、どこかに遊びに行こうか?」
「いいね。楽しみにしているよ。うん――今は、それでいいよ」
そうウィンクする七は、その姿が嫌みがなく似合っている。
七もまぁ、ずいぶん大きくなったなぁ。昔は、私の後をついて回る小さな男の子でしかなかったのに。
「今回は、なにも起こらないと良いのだけれど」
「警戒は最大限に、だね。獅堂にも言い聞かせておくよ」
「ふふっ、ありがとう」
とはいっても、ここのところ悪魔案件続きだ。
前に彰君と行った際も悪魔憑依と遭遇する羽目になったのだし、七の言うとおり、警戒は最大限にしておこう。
そんなこんなで社会科見学。
ついに始まり、です。




