そのに
――2――
ゴールデンウィークの終わった五月の半ば。
先日の悪魔襲来事件が秘密裏に片付けられ、半月もの時間が経った。
我が特専に弟分の七が心理系能力者としてカウンセラー枠で赴任して一週間。女生徒たちの間で爆発的にブームになった“王子様カウンセリング”は未だ人気の一途を辿っているようだ。
男子生徒たちも英雄相手となれば悪い感情はないらしく、“王子様カウンセリング”に通う姿もちらほらと見える。七には申し訳ないが、わりと頻繁に起こってた生徒間のもめ事も今だけは鳴りを潜め、平和だ。
「今日も熱心ですね、観司先生」
「――久留米先生」
平和、なのだが。
「生徒に信頼されるということは、教師の鏡ですよ」
「はい、その、ありがとうございます。恐縮です」
彼は私より年上の先生で、ここの特専では私の方が一年早く勤めているが、教師歴は二年も先輩。
異能科の先生である、眼鏡がよく似合う物腰柔らかな同僚の男性に、私は苦笑しつつ会釈を返す。
……と、言うのも。
「笠宮さんはいかなくてもいいの?」
「はい! 王子様よりも私はミラク――」
「笠宮さんストップ」
「――と、失礼しました! 未知先生に勉強を教えて欲しいですから!」
ふわふわの茶色い髪に鳶色の瞳。
砂糖菓子のようにふわふわとした美少女は、私に蕩けるようなはにかみを見せて言い切った。
「はは、私はお邪魔虫のようですね」
「あ、いえ、そんなことは……」
「では、補習、頑張ってください」
「……はい」
にこやかに去って行く久留米先生を見送ると、改めて“彼女”に目を合わせる。
笠宮鈴理。前回の事件で私の正体を知ってからというモノ、彼女の中にそれまでのようなおどおどとした、小動物のような雰囲気は見られなくなっていた。
魔法少女ミラクル☆ラピのファンだと豪語する笠宮さんは、相変わらず私の癒やしではあるのだが、同時に脅威でもある今日この頃、である。
「ご、ごめんなさい。ご迷惑でしたでしょうか?」
「いいえ……まぁ、良いでしょう。それで? 今日はどこがわからないのですか?」
「は、はい! ええと、複合術式の項目の――」
笠宮さんにそう、教えているとふと影が差し込む。
見上げると、そこにはどこか困ったような顔をした陸奥先生が立ちすくんでいた。
「あ、あの、観司先生」
「陸奥先生……どうかされましたか?」
「ええと、その」
言いづらそうに笠宮さんを見る陸奥先生。
笠宮さんはそんな彼の視線に首を傾げると、はっと気がついて立ち上がった。
「ええと、また明日、お願いしますっ。未知先生!」
「ええ。また明日」
「ごめんね笠宮さん。気を遣わせちゃって」
「い、いえっ」
職員室を出て行く笠宮さんを見送ると、陸奥先生は神妙な顔で私を見る。
「あの、すいません……“例の件”に、進展がありました」
どうやら、平穏はまだまだ遠いようだ。
つきたくなるため息を我慢して、私は陸奥先生にゆっくりと頷いて見せた。
――/――
――七の就任で生徒間のもめ事は鳴りを潜めた。
――だがそれは、あくまで“表面上”のことに過ぎない。
「今月に入ってこれで四件。全て、特専居住生徒ばかり」
その一つが、ここ最近裏で“特専”を騒がしていた、この事件だ。
芝生の上。
争ったような形跡。
緑に染みこむ、僅かな血痕。
ここ数日、特専の教員たちが調査し、一向に解決に向かうことがなかった事件。
それがこの、“異能科生徒連続失踪事件”だ。
――特専には、能力が発覚したことで親元から離され、特専に居住する生徒が存在する。
それは政府側、あるいは学校側の意思で行われるモノではない。能力を暴走させて管理が必要と認定された生徒も中にはいるが、危険と呼ばれるほどの生徒はごく一部。
では、その他の居住生徒はどういった事情なのか。それは単純に、“子”を恐れた“親”によるものだ。
そういった心に傷を持って入学してくる生徒の大半は、トラウマが原因で能力があまり強くはならない。それは、選民思考の強い異能科の中で劣等者扱いされ、迫害されずとも馴染めぬ場合が多い。
「友達もおらず、相談できる人間もいなかったのでしょう」
そう沈痛そうに語る陸奥先生も、居住生徒の出だという。
彼の場合は友達も居たためにそこまで深刻なことはなかったと語るが、瞳の奥に揺れる痛みは“それだけではない”と語っているようだった。
「居住生徒ばかりを狙った、連続失踪事件。僕は、犯人が許せません」
そう語る陸奥先生がしゃがみ込み握るのは、野外第一実習室――体育館のような場所――の裏手に残された、異能科のエンブレムだ。
個人認証機能を持つエンブレムに表示されたのは、物静か、という評価が下されている女生徒のものだった。
「――そして、“先生”でありながら、そんな彼女の現状に気がつけなかった僕自身も」
深い後悔を滲ませる陸奥先生の瞳は、あの頃、まだ英雄と呼ばれる前に戦場で見てきた瞳とよく似た色をのせていた。
――力不足を、嘆く声。後悔に、朽ちる瞳。
「なら、助け出していっぱいお話をしましょう」
「――え?」
現場に残された血痕は、ごく少量のモノだ。
どうしても仮定の域は出ないが、私の“長年の勘”が、死者はいないと告げている。
「大丈夫、陸奥先生。あなたは素敵な先生ですよ。後悔を、糧にできる先生です。私もまだ若輩の身なれど、あなたの先輩として保証します」
「観司、先生――はい。……はい」
強い光を瞳に取り戻した陸奥先生を見て、ひとまず安心する。
そう、助け出さなければならない。そして、犯人には後悔して貰わなければ、ならない。 ――私の庭で、私の大事な生徒と後輩を傷つけたらどうなるのか。魂に刻み込んでやらなければ、ね。
「ふ、ふふふふふふ」
「み、観司先生?」
「いえ、なんでもないわ。それよりも、せっかくの手がかりがあるのだから、活用しましょう」
「活用っと、言いますと?」
「ちょうど、赴任してきたでしょう? ――専門家が、ね」
2016/08/12
誤字修正しました。