そのろく
――6――
ログハウスの屋根の上は見晴らしが良く、鈴理さんたちの戦うところもそれはそれはよく見えた。
そう、見えるのだ。ぼろぼろになって立ち上がる、鈴理さんたちの姿が。
「ねぇ、仙じい。もう良いでしょう? 離して」
「ほっほっほっ。弟子を見守るのも師匠の役目じゃ。過保護では、成長せんぞ?」
『狼は我が子を千尋の谷から突き落として、成長を促すモノだ』
いくら敵が強力な妖魔といえど、私と仙じいが全力で戦って、倒せない敵ではない。
早々に妖魔たちを一掃し、助けに行こうとしたところを鋼の仙法で捕まり、こうして今に至る。仙じいの言いたいことも、いつか公表するとしたら、“ラピの弟子”として降りかかる困難を想定すると、必要なことだった。
なんて、理解はできるのだけれども、ね。
「でもまさか、速攻術式を覚えるなんて、ね」
「異能に触れ続ければ異能に目覚めるケースもある。魔導術師は異能者にはなれないとはいえ、魔法使いに近づくことはできるのであろうな」
「まぁ、それも、鈴理さんの観察力と理解力がずば抜けていたから可能だったのだけれど、ね」
「ほっほっほっ、そうじゃのう」
おまけに、いつの間にか芹君とも仲直りしている。
敵だった人間とも仲良くなれる。それは異能や魔導なんかよりも、ずっと貴重な才能だ。
鈴理さんはそれを持っていた。それを、磨いてきた。そういうこと、なんだろうなぁ。
「ねぇ、仙じい。あれはもう、良いでしょう?」
「ほっほっほっ……悪魔の気配の正体は、アレということか。ふむ、儂も行こう」
「ありがとう。それじゃあ、飛行術式で」
「安心せえ。芹にはよく言っておく」
「…………………………………………」
もう、動き出そうという巨大妖魔。
悲壮な覚悟を決める、鈴理さんと芹君。
わかってた。
うん、わかってたよ?
あははははは。
はぁ。
「来たれ【瑠璃の花冠】」
「うむ。おじいちゃんは、未知の決意を嬉しく思うぞい」
「さんざん痴女呼ばわりしたの忘れないからね?」
「うぐっ」
あー、もう!
やるよ。やればいいんでしょ?!
「【マジカル・トランス・ファクトォォォォッ】!!」
そして。
光に包まれる。
――/――
妖魔が咆吼し、その牙を振り上げる。
威嚇のための一撃は容易く地を割り、クレーターを作った。
「反射できるかわからない攻撃を受けるなよ?」
「そうだね。いなす、流す、躱す」
「隙を見つけて攻撃だ。通るかはわからんがな」
軽い口調。
それ以上に、吹き出るような冷や汗。
妖魔がそこにいるだけで放つプレッシャーは、さっきから絶え間ない耳鳴りを与えてくる。敵対することを挫かせるような空気に、けれどわたしたちは退かない。
『クワセロ、オ、オオオオオオオオオオォッ!!』
「来るよ!」
「避けろ! 妖術だ!」
妖魔の口に、炎が宿る。
それはまだ放たれていないというのに、熱で木々を焼いていた。
逃げる? どこへ? 防ぐ? いや、でも、こんな。
「悩める乙女のステッキえぼりゅーしょんっ」
声。
ああ、声だ。
妖魔が放った紅蓮の弾丸を、瑠璃色のステッキが打ち砕く。
そう、弾くのでも防ぐのでもなく、完全に砕いて消滅させたのだ。
『わんっ』
「あ、ポチも?」
『うむ』
ポチが、子犬モードでわたしの頭に乗っかる。
その動物特有の温かさが、わたしをよりいっそう安心させてくれた。
「乙女と少年に悪戯する悪い子は、魔法少女がオシオキだぞ☆」
「いやどう考えても国家権力にお仕置きされんのアンタだろ」
「うぐっ」
胸を押さえて蹲る師匠。
そんな師匠を貶した芹君の向こうずねを、わたしは思い切り蹴飛ばした。
「あだっ?! な、なにすんだよ!」
「わたしの師匠を馬鹿にしないでって言ったでしょ?!」
「はぁ?! バカになんか……へぁ? し、ししょう?」
芹君はぽかんと口を開けて、わたしを見る。
で、師匠を見て、わたしを見て、もう一回師匠を見た。
「えっ、おまえも着るの?」
「え? あー、着れたら良いよね。格好いいもん!」
「えろいじゃなくて」
「地獄に落ちたら良いと思うよ?」
慌てて言い訳し出す芹君を放置して、師匠に向き直る。
そういえば正体をばらしてしまったけれど……見れば解るから大丈夫だよね? ね?
「ふ、ふふ、私は所詮、魔法熟女、ふ、ふふふふふ」
「師匠はかっこいいですよ!」
「そう言ってくれるのは、鈴理さんだけね」
やった。
師匠の特別、ゲットだ!
「気を取り直して――そこまでよ!」
瑠璃色のステッキをくるくる回して、ご丁寧に変身口上を見守ってくれている妖魔に向き直る。なんでもこれも、魔法少女の力の一部、らしい。
「穢れなき友情」
――ふわりと揺れるスカートは、綺麗なふりふりつき。
「麗しき青春」
――跳ねる胸を包み込むのは、瑠璃色の上着。
「少年少女の夢を壊す悪い子は」
――ぷぎゅると鳴るスニーカー。可愛らしいデザイン。
「この、魔法少女、ミラクル☆ラピが」
――なびくツインテール。髪飾りは瑠璃色の星。
「キュートにオシオキ、しちゃうぞっ☆」
――はぅぅ、師匠、蕩けるほどかっこいいですぅぅ。
師匠のウィンクと共に飛ぶ星マーク。
ああ、素敵です、師匠っ。
「なぁ師匠、おい師匠、まじか師匠」
「動揺しとるのぅ」
「えっ、だって、天に還った魔法少女が地に落ちて痴女に?」
「ほっほっほっ」
「いや、笑ってないでさぁ」
いつの間にか居た仙衛門さんと、呆然と師匠を見る芹君。
というか今、痴女って言った? ねぇ? 睨み付けてやると、芹君は首をぶんぶんと振った。ふんだ。今度、市販の“十歳女児用ミラクルラピ変身セット”を無理矢理着せてやるんだから!
師匠は地面を滑るように走ると、ウィンクしながら妖魔とすれ違う。
するとウィンクで生まれた☆が爆発して、瑠璃色の爆風が妖魔をひっくり返した。師匠がそのままむき出しの腹にかかと落としを入れると、妖魔の体が地面にめり込む。
たった数秒の交差で、妖魔は格の違いを理解した獣のように、じりじりと師匠から距離をとった。
「なぁおい笠宮、俺は夢でも見てるのか? あの妖魔が、赤子の手をひねるようじゃないか」
「そうだよ。わたしの師匠はすごいんだから! ああぁ、かっこいいぃ」
「もう痴女とか犯罪とかそういうのは置いといて、格好良くはないだろ」
「は?」
「すまん」
妖魔とて無抵抗ではなく、猛攻を繰り広げている。当然のように流れ弾も飛んでくるのだが、師匠はそちらに見向きもしない。
その理由は、明白だ。
「【仙法・赤熱鋼体】――せいッ!!」
仙衛門さんが、妖魔の流れ弾を弾き、砕き、流し、いなす。
仙衛門さんに、師匠は全幅の信頼を寄せているのだろう。だから、師匠は怯まない。
「鈴理さん。よく、頑張ったね。だから“これ”は、ご褒美!」
戦いながら聞こえてきた声に、わたしは思わず身を乗り出す。
「【祈祷儀式開始】」
『ぐるぅお?!』
未知先生が、瑠璃色の輝きを宿しながらステップを踏む。
妖魔を中心に描かれる軌道は、六芒星。輝く魔法陣。
「【現想・神界回帰】」
瑠璃色の魔法陣が輝くと、妖魔を拘束して離さない。
というか、あんな大規模な魔法が、あったんだ。
「仙衛門さん、あれは?」
「ほっほっほっ。儀式魔法じゃな。できることの範囲が膨大なほどに広がるが、未知にアレを使わせるほど強く、アレに引っかかるほど弱った敵がおらんかったから封印されていた技じゃ。お主に、見せてやりたかったんじゃろうな」
「わたしに……」
その輝きを“観察”すればするほど“理解”する。
魔法とは、魔導にとてもよく似ていて、その上区分は異能なのに一般的な“異能”とは似ても似つかない。そんな気さえしてくる。
「【幻創・空間展開陣】」
魔法陣に円の枠と複雑な呪文が刻まれる。
そして師匠は、完成した魔法陣に、ステッキを振り上げた。
「因果をまき散らし災厄の種よ! この地にて報いを転じ吉となれ! 【成就】!!」
『グルゥォオォォォォォォォォォォォォッ!?!?!!』
そして、光の柱が上がる。
瑠璃色の光は雲を貫き天を割り、そして、瑠璃色の雪を降らせた。
「まじかよ」
「ほぅ、これは」
「……すごい」
雪が触れたところから、緑が溢れて花が咲く。
それは妖魔が暴れてぼろぼろにした場所も同じで、倒木からも芽が生え、一面が澄んだ緑の気配に満ちた。
「これにて、魔法少女の救済☆完了! 今日もハッピーに万事解決♪」
びしっと師匠がポーズを決めると、瑠璃色のスポットライトがぺかっと照らされる。
うぅ、今日も素敵で格好良かったです、師匠っ。
そう興奮して近づくと、師匠は何故かうなだれた。
あれ?
ししょー?
うーん。
もしかしたら、お疲れなのかも知れないなぁ。




