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そのさん

――3――




 鈴理さんと芹君が仲違いしたその日の、夜。

 ログハウスの屋上に上って、ぼんやりと月を見上げる仙じいの隣に座った。


「まさか、こんなに早い再会になるとは思わなかったね」

「そうじゃのう。のう、未知」

「なに? 仙じい」

「生徒を、弟子を巻き込む儂が、憎くは無いのか?」


 互いに月を見上げているから、互いの顔は窺えない。

 でも、私にはなんとなく、仙じいがどんな顔をしているのかわかったような気がした。


「いいえ。きっと、わかりすぎてしまう鈴理さんの将来を思うと、いつかは必要なことだったから。それに――」

「ほ?」


 そう、それに。

 無菌室で育て上げて、社会に出して、容易く手折られる。今の世界に潜む悪意は、複雑でわかりやすく、動きづらくて見えやすい。目に映る悪意が全てであると、思い込まされる。

 仙じいは、それに失望した。クロックは、それらから離れた。時子姉は、それを制御している。獅堂は、それと戦っている。七は、それを観察している。拓斗さんは、それらを見極めようとしている。私は、それらと向き合える準備を、子供たちにさせてあげたい。

 教師として、誰かをひいきしたりはしない。でも、私は。


「――私は、あの子の、鈴理さんの師匠だから」


 先生でもあるけれど、それでも鈴理さんは、私が夢の中とはいえ、師と仰ぐことを許した弟子だから。だから私も、先生としてだけではなくて、“師匠”としての責任も果たさなければならない。

 あの子の行く末を見守って、魔法少女……はどうにもならなくても、私の技術の全てを引き継いだ魔導術師に、なれるように。


「それにね? 仙じい」

「それに?」

「私は、仙じいにまた会えて、嬉しかったよ。仙じいは?」

「…………バカモン。孫娘に会えて、喜ばん祖父はおらんよ」

「ふふ、ありがとう」


 仙じいの顔は、やはり見えない。

 それでも伝わる暖かさはどこまでも心地よいものだから、私はつい、月に向かって頬を綻ばせた。


















――/――




 わたしの前には、あからさまにいらいらとしているひさぎ君。

 わたしたちの横には、飄々とされている仙衛門さんと、真面目に凜々しく、キリッと立っている師匠。でもわたしの“目”には、師匠のそわそわとした感情が伝わってきて、それがわたしの苛立ちを取り除いてくれる。


わんっ(我は見学だ)わふぅ(すまんな)

「ポチは師匠の使い魔だもんね。しょうがないよ」

「犬と喋ってんのか? 気味の悪いヤツ」


 ひさぎ君の言葉は、ひとまず無視。

 いやだって、いちいち反応していたらキリが無いし。それよりも今は、仙衛門さんのルール説明を聞く方が大事!


「森の中は使ってもいいが、境界線に立てられた目印よりも内側とする。危険攻撃は全面禁止。判断の付かぬような弟子を育てた覚えは無いので、あえてどれをやるなとは言わんぞ? 腕章を先に奪われたり壊されたりした方が敗者じゃ。準備はいいかのう?」

「俺はいつでもいいです、師匠」

「わたしもです、仙衛門さん」


 わたしが仙衛門さんの名前を呼ぶたびに、ひさぎ君は眉を上げる。

 一晩おいて冷静になると、彼の気持ちがわからなくもなかった。わたしにとっての嫌悪の対象、例えば変質者なんかが師匠と親しげにしていたら、苛立ちを覚えなくも無い。

 けれど、だからといって八つ当たりされるような覚えは無い。まるで、変質者と――故意の加害者と同列に扱われるような、そんなこと。


「では、時間制限は日付変更まで。それまでに終わらせよ――始め!」


 ひさぎ君の目が向くのは、私の頭。

 いきなり脳震盪狙いで、間違いないかな。


「【術式開始オープン形態フォーム攻勢展開陣アタックバレル様式アーム平面結界フラットフィールド術式接続コネクト術式変換チェンジ形態フォーム操作陣コントロールバレル付加パーツ術式持続ドゥレイション展開イグニッション】」

「おらァッ――っ?!」


 頭を下げながら魔導術を展開すると、案の定、楸君の拳はわたしの頭上を通過した。


「もう、一撃!」

「【反発バウンド】!」


 続く蹴りを、反発結界で跳ね返す。

 射撃攻撃では無いからダメージにはならないけれど、楸君は己の蹴りの威力で大きく後退させられ、ログハウスの天井に着地する。

 これで、距離は取ったよ!


「【術式開始オープン形態フォーム身体強化フィジカルエンチャント展開イグニッション】」


 身体能力を強化。


「【術式開始オープン形態フォーム探索サーチ展開イグニッション】」


 一度に三つの術式を展開保持。

 以前だったらずしんとかかる負担も、ここ最近は調子が良く、まだまだいける感覚すらある。これも、師匠の教えとポチとの訓練のおかげ!

 身体強化、探索サーチによる知覚強化、体に纏う盾。魔導が直ぐ傍にあると、普段よりもずっと世界に満ちる“魔力”を感じ取れるようになる、気がする。


「【反発バウンド】!」


 足の裏に盾を回し、身体強化で思い切り踏み込むと、周囲の風景が切り替わるような錯覚を受けるほどに素早く動くことができる。一足飛びで森へ入り、更に飛んで森の奥へ。

 この踏み込みには流石に追いつけないのだろう。まだ、ひさぎ君の姿は見えない。


「【術式開始オープン形態フォーム榴弾クラッカー付加パーツ煙幕スモーク追加プラス五連撃フィフス展開イグニッション】!」


 魔力の固まり、白い手榴弾が五方向に飛ぶ。

 ある程度の場所で爆発すると、森が白い煙に覆われた。


「“息を潜め”」


 そして。

 これから行うのは、自己暗示。

 ポチが私に教えてくれた、“狼の狩りの矜持”。


「“牙を研ぎ”」


 探索サーチに接近。

 警戒しながら侵入。わたしの位置は、気がつかれていない。


「“獲物を見据え”」


 距離。

 間隔。

 感覚。

 時間。


「“冷たきをそとへ”」


 射程圏外。

 焦るな。焦るな。焦るな。

 人間観察と変わらない。計ってきた外面、暴いてきた内面、自己防衛本能に必死になれば、決死の覚悟が追いついてくる。これは戦いだ。他ならぬ、師匠の名誉を賭けた戦いだ。


「“熱きをなかへ”」


 わたしをばかにするのはいい。

 わたしはずっと、踏みにじられてきたから、それはもういい。


「“心意に満ちるは刃の如く”」


 でも、わたしの大切なモノを踏みにじるのだけは許さない。


「“ゆえにこれぞ”」


 魔導術を、魔導術師を憎むように嫌悪する。

 言葉にして、蔑称を唱えるたびに、誰かの心に刃を向けていることなんて、きっと彼らは気がつかない。

 ならば、教えてやらなくてはならない。彼らの嫌悪する、持たざるものたちだと思い込む者たちの持つ牙の、鋭さを。




 故にわたしは。



「“狼の矜持”」



 狼になる。




「――どこだ! 隠れてないで、出てこいよ! こそこそと隠れ潜むことしか能が無い“絞りカス”の分際で、俺の手を患わせるなよッ!!」


 感覚が鋭利になる。

 視界の端に映るのは、苛立ちに満ちた少年の姿。

 油断し、喉をさらけ出す獲物の姿。


「おまえたちは、選ばれなかったんだよ! いい加減解れよ! 選ばれた人間でも無いのに、俺たちを、超人をナメて無事で済むとでも思ってんのか?!」


 憎しみ。

 そうだね。あなたにも、きっと何かあったんだろう。辛い過去があって、酷い切っ掛けがあってそうなったのだろう。

 でも、それは八つ当たりだ。向けられた憎しみで、他人の心を傷つけられた理由にしてはならない。それは全て、あなたに還る牙となる。


「才能のない人間がいるから、だから、俺は――」


 “狼雅ろうが”。

 小さく呟いた。風に溶けて、響きはしない。

 けれど己の胸に、強く染みこんだ。


「――誰よりも優れた超人になって」


 音もなく、背後に立ち。


「【反発バウンド】」


 振りかぶった手と彼の背の間に、盾を入れ。


「ぇ?」

――ズダンッ!!

「がッ!?」


 反発による衝撃で、大きく弾く。

 更に足の裏で反発。踏み込んだ地面に罅が入り、周囲の風景が容易く過ぎ去る。


「【反発バウンド】」

「がはッ!?」


 前へ回り込み、蹴りを一撃。

 反発で大きく弾くと、彼は地面を跳ねるようにバウンドして、木に叩きつけられた。

 狩りに油断は必要ない。のど笛を掻き切り、そのはらわたを引きずり出して、漸く安心するのが狩りだ。


「ぐ、くそ、“薬仙”――【仙法薬酒・彼方の負傷を快癒せよ・急々如律令】!!」

「させない。【投擲スロー】!」


 彼の腕から、試験管を落とす。

 拾われる前に盾を戻して、反発踏み込みにより加速。


「ッ【仙法・鉄芯鋼体】!」


 彼の体にオーラが満ちる。

 構わず蹴りを入れ込むも、反応が鈍い。体が硬くなったのかな?


「なんだよ、なんなんだよ、おまえ!」

「わたしは狼」

「は?」

「んんっ。知ってるでしょ? 魔導術師だよ」


 あぶない、完全に入り込んでた!

 うぅ、本当に危なかった……。

 狼ではないだろ、少なくとも、みたいな顔されて悔しい……。


「――魔導術師は、こんなに“動けない”。戦いの場でも異能者に守られなければ詠唱もできない、はずなのにッ」

「そう? わたしの友達はひとりで戦えるよ? それはあなたが、世界を知らないだけ」

「っ」


 夢ちゃんは、わたしのなんちゃって隠密と比べて、比じゃ無いくらい気配を消すのが上手い。正面に居るのに気配がしない相手と戦うのって、すっごくやりづらい。

 おまけにこの間の遠征試合、訓練のために手合わせして解ったけど、“装填リロード”ってあれ、こわい。いつになったら弾が尽きるの?

 ……と、いけないけない。脱線してしまった。


「師匠だってそうだよ。誰よりも前に出て、どんな相手にも怯まず、強くて怖い敵もやっつけちゃう。特専の先生たちだって、みんな、すっごく強いひとたちだ。なのに、あなたはそれを知らない。それを見ない。なんで?」

「それ、は」

「なんで、決めつけているの? ねぇ。楸君は、“だれ”を見ているの?」


 わたしたちを、“魔導術師”を通して常に誰かを見ている。

 誰かのことを恨んで、それを魔導術師全てに……ううん、“異能力者”じゃない人全員に向けている。わたしには、そんな気がしてならない。


「誰かのことをばかにするのって、すごく簡単だよね」

「なに?」

「でも、理解しようとするって、すごく難しいよ」

「なにが、いいたい」


 肩で息をする楸君。

 体に蓄積されたダメージのせいだけではない。きっと、心が揺れているんだ。


「理解しようとすることから、逃げてるよね?」

「逃げてる? 俺が……? 馬鹿にするなよ、絞りカスが! 俺は、俺は逃げてなんか」

「逃げてるよ。今もそう。言葉の暴力に頼って、理解できないモノをねじ伏せようとしているよ」


 暴力は恐怖だ。

 言葉でも、拳でも、振り下ろした瞬間から関係は決定する。それは一番簡単な解決手段で、一番“不幸なだれか”を作る方法だ。


「俺は、俺は逃げてなんかいない! 俺は弱くなんかない! 俺は異能者だ! 由緒ある秘伝十三家のひさぎを継承する者だッ! だから俺は、俺は弱くなんかないんだァァァァァァッ!!」

「楸君? ひ、楸君!!」


 楸君の周囲に、黒い靄が集まる。

 その靄は楸君の体に纏わり付くと、そのまま染みこんで、楸君の体を染め上げていく。

 これって、もしかして、悪魔?


「気を確かに持って! 力が強い人が、本当に強い人じゃない! 本当に強い人は、自分を、大切なモノを見失わない人なんだよ! だから、楸君!!」

「黙れ、黙れ、黙れ! 黙れェェェェェェェェッ!!!!」


 靄が集う。

 その靄はやがて、大きな繭となり、そして。



『俺を弱くするモノは、全部消えてしまえば良いんだァァァァァッ!!!!!』



 繭が、弾けた。




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