そのに
――2――
飛行機を降りるとローカル線を乗り継ぎ、途中でお弁当――駅弁ではなく鈴理さんの手作り。女子力高いなこの子――を食べ、更に鹿児島に入って山登り。
早朝に東京を出発したのにもかかわらず、到着した頃には空は茜色に染まっていた。夢さんのご実家バリの秘境であるようだ。
「し、師匠、ここですか?」
「間違いない、わね」
『わんっ』
肩で息をする鈴理さんに尋ねられて、頷く。
丸太を組んだ手作り感満載の、立派なログハウス。これあれじゃないかな、仙じいが素手で作ったんじゃないかな。少女時代、実演して見せて貰ったものに似てるし。
仙じいは外装は洋風にして、内装には洋室と和室をそろえることにこだわる。自分一人であれば和室が好きらしいのだが、客人を呼び込むような家にはこういうこだわりを見せるのだとか。
「とにかく、向こうにも今日到着する旨は伝わっているはずだから、行こうか?」
「は、はいっ!」
「ぁ、でも、その前に――」
「はい?」
「――【展開】」
魔導衣使用パンツスーツの、腕部分に仕込んだ“術式刻印”を起動。
緊急用の二層結界が、瑠璃色の輝きと共に展開される。
――ズガンッ
「ちっ」
木々の間から飛び込んできた影は、私の結界に蹴りを入れると、一枚も破ることができずバック宙して後ずさる。
その一瞬の空白に、鈴理さんが動いていた。
「【術式開始・形態・防御展開陣・様式・平面結界・付加・術式持続・展開】」
鈴理さんは、結界で体を隠すように半身になると、影を睨み付ける。影は、そんな鈴理さんを眼中にも入れず、私をただ睨み付けているようだった。
「おまえが、観司未知か!」
「ちょっと、師匠に向かってその口の利き方はなんなの!」
「黙れ! おまえが、おまえのせいで師匠は弱く成られた。おまえのせいで――!!」
白い髪、黒い目。
鍛え上げられた肉体は、細身ながら鋼鉄のようだ。
袴に巻き付いたベルトに差し込まれているのは、いくつかの試験管。もしかしなくても、この子が“そう”なのであろう。
「楸仙衛門が一番弟子、楸芹――師匠の仇は、ここでとる!」
「仙じい……仙衛門が死んだような言い方をしないで」
「かつての師匠は死んだ! 俺には目的は決して語ってはくれなかったが、かつての野望に燃える師匠は、荒々しくも力強かった! それが貴様に会いに行くと旅立たれてからはどうだ! 毎日毎日盆栽盆栽茶道茶道、俺にはちっとも構ってんんっ、かつてのように苛烈に鍛えて下さらない! それを貴様のせいと言わずなんと言えと言うのだ!!」
え、ええー。
構ってって言ったよね? 今、絶対そう言ったよね? これ、なんて返せば良いの?
「ふぅん? 未知師匠はなにがあっても構ってくれるけど、そっちはそうじゃないんだー?」
「なっ……貴様、絞りカスの分際で」
「かまってちゃんに言われたくないもん」
「だだだだ、誰がかまってちゃんだ!」
す、鈴理さん? 笑顔が怖いよ?
鈴理さんの挑発にあっさり乗った彼、芹君は、今にも飛び出しそうなほど顔を赤くして震えている。弟子同士の喧嘩、となるのであれば、師匠である私は口を出さない。
けれど、あまり危ない様子だったら手を出そう。とくに、腰の試験管に手を出すようだったら、ね。
「――」
「……」
硬直、睨み合い。
鈴理さんと芹君は互いに相手の動きを見極めるように構え、そして。
「何をしとるんじゃバカモン」
「あだっ!?」
芹君の後からひょっこり現れた仙じいが、彼の頭をゴツンと小突いた。
ところ変わってログハウス。
上品な木目のテーブルに和食を並べ、座り心地の言い椅子に腰掛ける。席順は右奥に仙じい、隣に芹君。仙じいの正面に私、隣に鈴理さん、だ。
ちなみにポチは、床で猫まんまを食べている。それでいいの? そう、いいの。ならいいのよ、うん……。
「あ、このお味噌汁美味しいです、楸さん」
「ほっほっほっ、気軽に仙じいと呼んでくれても良いのじゃよ? 鈴理殿」
「えっ、じゃ、じゃあ仙衛門さん、でもいいですか?」
「かまわんかまわん」
「…………構うだろ」
お味噌汁は赤だしのモノで、具材は豆腐とキノコとわかめ。
鮭は塩鮭、卵焼きは甘め、お漬け物はたくあんと柴漬けの盛り合わせ。白いご飯がもりもり進む、素敵な組み合わせだ。
この味は、うん、仙じいの手作りだろう。私を引き取ってくれた仙じいが、毎日のように手作りしてくれたごはん。年の功だと笑う彼の料理は、温かくて美味しかった。
「仙衛門さんは、師匠と、未知先生と幼少期を過ごされたと聞きましたが、小さい頃の未知先生ってどんな感じだったんですか?」
「もう、恥ずかしいことを聞かないで。鈴理さん」
「ほっほっほっ。昔から大人びた子だったが、どうしても苦手なモノがあってのぉ」
「仙じい!」
「あ、それ聞きたいです!」
「もう、鈴理さん?」
「えへへ、ごめんなさい。未知先生。でも、どーしても知りたくて」
「………………なに和んでんだよ」
うぅ、私の苦手なモノなんか知ってどうするつもりなのよ?
そう思うのだが、鈴理さんはにこにこと楽しそうに笑っている。いやまぁ、獅堂とかと違って笑ったりはしないだろうけれど、鈴理さんの場合は突拍子も無いことを言いそうでこわい。
なんて言ったって、あの魔法少女衣装をかっこいいと称するのだ。彼女のセンスが壊死していたとしても、不思議ではないだろう。
「そうじゃ。食後に写真も見せてやろう」
「ほんとですか! あ、あの、“あの写真”もあるんですか?」
「ほっほっほっ、あるぞい。ただし、顔とスカートの中は写っておらんがの」
「え? スカートの中はともかく、そうなんですか?」
「うむ。杖の周りに不思議なフィールドがあって、顔は写らんのじゃ」
「仙じい、なんでそんな写真があるの?」
「貰ったんじゃよ。成長アルバムにいれておるわ」
「成長アルバム? ちょ、ちょっとそれ知らないよ?!」
「わぁ、楽しみです!」
「鈴理さん?!」
「……………………おばさんの成長記録のなにが楽しいんだよ」
にこにこと会話していた鈴理さんの額に、青筋が浮かぶ。
……って、いやいやいや、私は大丈夫だよ? ほら、なんか最近、言われ慣れてきたっていうか、そんなことよりも痴女扱いの方が傷つくっていうか、そもそもそれにも慣れてきた自分がいて、ね?
あれ、なんだろう、かなしくなってきた。
「男の人の嫉妬で見苦しー」
「はぁ? 何言ってんだ」
鈴理さんは、空になったお茶碗を置くと、ため息と共にそんな言葉を吐く。
「反発、憎しみ、嫌悪感、見下してきたモノに見下されているような苦痛? それもあるよね?」
「っ」
「でも、今は違う。劣等感? ううん、もっと単純。“大好きなおじいちゃんをとられたようで悔しい”……うん、そうだよね?」
「なに、を、根拠に」
「平静を装おうとしてる。装うってことは偽りの自分だよ。こわばり、緊張、危機感? ほら、今――」
「おまえ、頭がおかしいんじゃないか? 俺がなにを」
「――押し隠した」
「っ」
鈴理さんの、彼女の過去がもたらしたずば抜けた観察眼が、芹君を丸裸にする。
芹君の反応は、私の目から見てもわかりやすいものだった。だが、後半は違う。平静を装い始めてからは、易々と読み取らせるような表情はしなかった。
だというのに、今、こうして芹君は心中を吐露され、絶句している。
「ほう、希有な才能じゃのう」
「うん。後天的にしか持ち得ない、努力のたまものだね」
鈴理さんの言葉は刃だ。
誰よりもその刃を向けられたことがある彼女だからこそ持ち得る、細身のレイピア。
「おまえなんかに、俺の何がわかる!」
「あなたなんかに、“わたしたち”の何がわかるの?」
「っ、いい。なら決着をつけてやるよ、口先女?」
「あなたにわたしの相手が勤まるの?」
「俺は別に、おまえじゃなくておばさん相手でも良いんだぜ? へちゃむくれ」
「女の人の体しか見ないんだ? きもちわるい」
「テメェいい覚悟だなこら!!」
一触即発の空気を出す二人。
そんな二人を横目で見ながら押しとどめつつ仙じいを見ると、彼は重くため息を吐いた。
「待て待て。今日はもう遅い。決着なら明日にせよ」
仙じいが止めに入ると、芹君はしぶしぶであるが引いてくれた。私も、遅まきながら鈴理さんを引きはがす。
「ちっ、上等だ! 首を洗って待っていろ!」
「そっちこそ、土下座の準備でもしておきなよ! いーっだ!」
乱暴に食器を叩きつけ、逃げるように去る芹君。
あとには、意気込む鈴理さんと、なんだか表情が読めない仙じいと、呆然とする私だけがぽつんと残された。
「師匠! わたし、ぜったいに勝ちます!!」
「うん……ここまできたら何も言わないけれど……頑張ってね?」
「はいっ!」
テンションを上げる鈴理さんを片手間に、仙じいの様子を視る。
彼は“想定通りの結果になった”と言わんばかりに目を輝かせ、ひっそりと笑っていたのであった。
はぁ、もう、こちらも事情を聞いておかないと、かなぁ。




