えぴろーぐ
――エピローグ――
なんとか間に合ったエキシビションマッチは、なんだかんだで英雄同士の混戦に。
私は貴賓室に封じ込まれ、正体がばれないように楚々と周囲の質問を躱して観戦するも、結局、全員の相打ちで終えることになった。
盛り上がりは充分だったが、本人たちはどこか悔しそうな表情だったのがおかしくて、つい、笑ってしまったのは内緒だ。
結果を見ると、関東特専の総合順位は上から三番目。
だが、鈴理さん率いる“フラッグ・キャスト”はなんと優勝。他の生徒たちにもみくちゃにされ、一躍、有名人と言ったところだろうか。
ちょっと心配なことと言えば、まぁ、瀬戸先生だ。
エキシビションで、手加減込みとはいえ獅堂と善戦。好評価を得てしまったのだが、うーん、借りがあるし、膝枕なでなではやらなきゃ、かなぁ……。
む、向こうから言い出したら、でいいよね? ね?
そして、三日目。
拓斗さんはこのまま中部エリアの特専に向かわなくてはならないので、また、お別れだ。
各校に向かう船の前。
出航時間まで、まだ、時間がある。
「あれ? 獅堂と七は?」
の、だが。
何故か獅堂と七の姿がない。薄情な話だ。でも、獅堂はやりかねないが、何故七まで?
「あー、遠慮して貰ったよ。貸し一、だそうだ」
「そうなの?」
「ああ」
僅かに、間ができる。
「……あの」
「……未知」
同時にしゃべり出して、つい笑ってしまう。
手を向けて続きを促されて、また、笑った。
「今回は、ありがとう。結局誰にも被害がなくて済んだのは、拓斗さんのおかげ」
「いや、それは未知が頑張ったからだ。おれにできたことは、ほんの僅かだよ」
「ふふ、もう。お礼の言葉くらい受け取って? おにーちゃん?」
「……わかったよ、まったく」
苦笑する拓斗さんの表情は、なんだかちょっと可愛らしく見えてしまう。
またしばらく会えなくなってしまうのだ。うん、ちょっと、笑うくらいは許して欲しい。
「――獅堂から連絡が来てから、おれは他の奴らにも連絡を取ってみたんだ。まぁ、その時点で連絡ついたのは、時子だけだったんだがな」
「そうなんだ? 時子姉は、元気そうだった?」
「元気も元気。盛大に笑われたよ」
「笑われた?」
拓斗さんが、苦虫を噛みつぶしたような顔をする。
ええっと? 仲は悪くなかったと思うのだけれど?
「未知、おまえ、“あのとき”おれの初恋の話、中途半端に聞いていたらしいな」
「へ? 初恋の人が忘れられないっていう、あれだよね? あ……盗み聞きしていて、ごめんなさい?」
まぁ、あれのおかげで玉砕する前に失恋できたし、今回、もう今は兄のようにしか見ていないことも再確認できたので、私としては良かったのだけれど……。拓斗さんとしては、けっこう恥ずかしい過去だったりするのだろうか。まぁ、初恋なんて誰でも初々しいのだし、気にすることはないと思うのだが、どうなのだろう。男の人だと、ちょっと違うのかな?
「はぁ……だろうな。そうだろうな」
「拓斗さん?」
「昔話だ」
え、ええっと?
心なしか目が据わった拓斗さんに見据えられ、首を傾げる。
「最初に異能が発現したとき、おれはある異世界の砦に落ちた。魔物との最前線だったその雪国の砦はものの見事にむさ苦しい男ばっかりで、現役中学生でハーレムやらスーパーヒーローやらに憧れていたおれは、それはそれは失望したモノだ。だから、最初におれを拾ってくれた美少女と、自然と仲良くなった」
そんな、獅堂の若い頃みたいなことがあったんだ……。
まぁ、男の子だもんね。うんうん。
「で!」
「は、はい!」
おおっと、思考がそれてた。
「最前線で戦う槍使いだった。おれは彼女を守るために強くなって、魔物を倒して、勇者と呼ばれるようになった。今でも思い出せるよ。ふわふわの髪の、けれど凜々しく戦うひとだった。ああ、正直に言えば、初恋さ」
「う、うん。素敵だね」
「だから!」
「ひゃいっ」
なんだろう。
さっきからちょっと、雰囲気がこわい?
戦い以外の場所でこんな拓斗さん、初めて見たかも知れない。
「魔物のボスを倒したその日、告白した」
「う、うん」
「で、フラれた」
「ええっと、なんで?」
「男だった」
「ふーん……へ?」
んんんん?
雲行きが、おか、しい?
「向こうは親友だと思ってくれていたらしい。男色の趣味は無いと謝られたよ。その後、初めての大げんかをして、なんだかんだで仲直りはしたが、忘れられない初恋になった。そりゃそうだろ! 誰があんな可愛い顔立ちで、男だと思うんだばかやろう!」
「へ? え? え? じゃ、じゃあ、その」
「だから! 時子に聞いて、びっくりしたよ。未知、おまえ、おれが真っ当な初恋をしたと思い込んでたらしいな?」
「う、うん、ご、ごめんなさい」
えっと、それじゃあ、私の初恋は?
ええっと、勘違いだと思って吹っ切っちゃったとか、もう恋愛的にはときめかないとか、それって――笑い話?
なんだか、無駄に女子力を枯らした気分だ。
「この話をしたら、獅堂のヤツが爆笑しながら憐れんで、機会を譲ってくれたよ。アイツ、あの無駄に整った顔立ちのくせに漫才好きの笑い上戸だからなぁ」
「あはは、うん、そっか、ええっと、災難だったね?」
「未知のせいだぞ?」
「はい、ごめんなさい」
うーん、拓斗さんも私も、中々ひどい初恋だ。
これはちょっと、笑うしか無い。
「だから、これだけは覚えておけ」
「え? ぁ、汽笛。拓斗さん、そろそろ――」
そろそろ、出航しちゃう。
そう言おうとした私の唇は、暖かいものでふさがれた。
それがなんだかハッキリと理解する、その前に、覆い被さるような声が響く。
「おれにとって、おまえは妹分以上に、女だ。忘れるなよ?」
「へ? え?」
不敵に笑って、中部特専の船に戻っていく拓斗さん。
僅かに唇に残る、温度。
もう少し早くとか。
なんで今更とか、とか。
あれなんでどうして、とか。
混乱する頭は、答えを出してくれない。
ただ深く意味を考えなければならない事態であるということだけはハッキリと、理解してしまって。
声にならない悲鳴を空に向かって放つことしか、できそうになかった。
――To Be Continued――




