そのはち
――8――
そうしてたどり着いたのは、未開発地区の一角。
夜空の映った暗い海には、虚像の月が輝いている。
車が数十台止まれる。大きな駐車場スペースだ。ここなら、存分に戦える!
「普通に、月を肴に酒でも呑みたい景色なんだがなぁ」
「うん、確かにそうだね。あ、ぬいぐるみ、どうしよう」
「貸してみろ。力の応用で……ほら」
「空中に消えた?」
「飛ばしたんだよ。おれの部屋だから、あとで渡すよ」
「ありがとう」
夜空を見ながら語り合っていると、背後の気配が増えた。
数は人間一、無機質なものが八。多いなぁ。
「きひッ、は、ははははっ……昨日の女は失敗したが、ただの一般人なら話は別だ。守りながら戦えるか? 化け物!」
……うーん、見事に昨日の男だ。
うちの警備隊はいったい何をやっていたのだろう。こんなに簡単に取り逃がすとはなぁ。
しかし、臆病な割に慎重では無い。大胆で浅慮。これで私が観司未知と同一人物だと気がついていたら、もっと、周囲に被害を及ぼすような形でテロを行っていたのかも知れない。
なんて言ったって、同じやり方で負けているのだから。
「下がっていてくれ」
「はい」
怯えるような仕草を見せて、一歩下がる。
すると男は、嬉しそうに私を見た。うーん、ろくでもない。
異能の才。魔導の才。人類にはそのどちらかしかいない。どちらかは資質を持っている、ということだ。それは等しく超常の力だ。優劣のあるモノでは、ない。
「おまえたち! 化け物を、その男たちを殺せ!」
『328085801342』
鳴り響く機械音声。
こちらの力を警戒してか、徐々に輪を狭めようとする機械兵士たち。
「なぁ、あんた、おれの二つ名は知ってるか?」
「ひゃはっ、“異邦人”だろう? だからおまえを狙ったんだ! どこかへかってに転移する異能者、制御不能の欠陥能力だろ! ひゃぁっははははっ」
「そうだ。まぁ発動可否の制御はつくんだが、それはいい。だが、それだけでおれが英雄扱いされていると思うか?」
「なに?」
そう、拓斗さんの異能、“異邦召喚”は、自動発動の異能だ。
あの戦いの前には発動可否くらいなら制御できるようになり、今では応用すら利くようになり、還ってくるのも容易となった。だが、その異能の発現状況だけは変わらない。
即ち――ランダムな“異世界”に“召喚”されるという異能。たったそれだけの“発現型”の異能だが、世間に認知されている拓斗さんの異能は、“共存型”。
その理由が、“これ”だ。
「おれは様々な異世界で様々な異能を得た。そして“こいつ”が、おれが最初の異世界で手に入れた、最高の相棒さ」
そう、拓斗さんは右手を掲げる。すると、その右腕に黒い紋様が浮かび上がり、輝いた。
危険視した機械兵士たちが飛びかかるが――もう、遅い。
「目醒めろ――【巨神の鋼腕】」
拓斗さんの右腕。
その周辺の空間が歪み、鋼鉄の装甲が現れる。
装甲はあっという間に拓斗さんの右腕を覆いきると、拓斗さん自身の身長ほどもある、巨大な鉄腕に変貌した。
「なぎ払え」
ブオンッと空気を切る音。
先頭の機械兵士をつかみ取り、それを向かってきた一体に投げつける。さらに手刀を作ると、一体の胴を切り、握り拳を作ると、ダンボールを潰すように纏めて二体を押し潰した。そのまま手を横に振り、裏拳で纏めて二体、叩き壊す。
同時に、最初に投げた一体とぶつかった一体が地面に落ち、爆散した。瞬く間に行われた破壊活動。男の護衛に付いているのであろう一体を除き、気がつけば、全てスクラップと化していた。
「へ? は? え?」
男の困惑した声が、聞こえてくる。
まぁそうだろうなぁ。“異邦人”の二つ名で、これが連想できる人間は居ない。おまけに“あの戦い”では、派手な獅堂や私に埋もれていたから、能力知名度もそんなに高くない。
「うううう、嘘だ、こんな、こんなあああああああああ!!」
錯乱した男が叫ぶ。
その様子は――見たことが、ある?
「気でも違えたか?」
「っ、違う。拓斗さん、離れて!」
「っ」
男が叫びながら外套を脱ぎさると、その心臓の部分に輝く結晶が見える。
脈打ちながら男の体を駆け巡るのは、黒い血管。脈打つ結晶――“種”の色は、紫。
「種蝕者、か?」
「……そう、ね。“種”を食べたのは間違いない、かな」
いつだったか、私が鈴理さんに正体バレしたあの事件。
吾妻英もまた、“種”によってドーピングして力を手に入れていた。彼は“種”が開花し、悪魔となっていたのだが、この男はその一歩前の段階。“種”によって“浸蝕”された人間。
「やれ! “エグリマティアス”!」
『328043802513』
機械音。
突進。
けれどそれは、拓斗さんの反応速度を越えるモノでは無い。なら、本命は?
「ッ未知!」
機械兵士が拓斗さんに叩きつぶされる一瞬の隙を縫って、男が“私に”肉薄する。というか、ドーピングした上で無力だと思っている私を狙うとか、どんだけ臆病なんだ!
拓斗さんの叫びに身を捩るが、ドーピングした彼の身体能力には及ばない。なら、もう、これしかない。
「はひひゃははぁああははははははぁっ!! 捕まえたぞ! さぁ、抵抗をやめて殴り殺されろ! この女がどうなってもよければ、話は別だがなぁッ!!」
「聞く必要は無いよ、拓斗さん」
「黙れッ!」
男は、私の首を掴んで飛び上がる。
空中飛行。浮遊能力……悪魔のデフォルトの力。
人質、ということの意思表示だろう。首を掴んだ手にたいした力は入れられてない。だが、爪が首に食い込んで、っつぅ、痛い、けど、この程度はたいしたことはない……っ。
「ひゃっ、はははっ、これから我が、超人否定団体“イブリース”の真なる世界が顕現するのだ!」
「超人否定? 異能は人間の可能性だ。駆逐できるものじゃない。それをどうするつもりだ?」
「間引けば良い。それだけだろう?」
男の吐息が、首にかかる。
間引けば良い。そう、簡単に、花を摘むように言う彼は、本当の意味で人を憎んでも愛しても居ないのだろう。
その言葉から、声から感じるのは、嫉妬と私利私欲のみ。なら。
「来たれ【瑠璃の花冠】」
「未知……いいのか?」
「うん」
大丈夫だよ、拓斗さん。
例え、相容れない存在だとしても、無垢な子供を間引くと、殺すと言ってのけるのであれば、相対するのに必要なのは、魔導術でも異能でも無い。
「遺言か? だが、動いたな?! だったらこの場でズタズタに――ぁ、何故、体が動かない?!」
その根性を“種”ごと浄化させられる、おとぎ話の魔法だ!
さぁ、唱えよう。
これが私の、戦い方だ!!
「【マジカル・トランス・ファクトォォォォッ】!!」
「な、なにィィィッ?!」
体が光りに包まれる。
その光りにたじろいで、男は大きく飛び退いた。
さて、羞恥の時間は短くて良い。
このあと、拓斗さんはエキシビションマッチだってあるんだ。
恨み辛みは置いといて、置いておけない羞恥を胸に、魔法の花を咲かせましょう。
「歪んだ力を破るため」
――ふりふりスカートを、腰と一緒にふりふりと。
「浄化の光りを携えやってくる」
――ぴちぴち胸部を、ぽいんぽいんと揺らして。
「魔法少女~ミラクル☆ラピっ」
――ゆらゆらツインテールを、ふわふわなびかせ。
「正義の国より、すーいっさん♪」
――くるくるステッキを回し、パチッ☆とウィンク。
時が止まる。
拓斗さんは小さく吹き出すと、眉を寄せて怖い顔になった。知ってるよ? 拓斗さん。それがあなたの照れ隠しだっ、て。
男は未だ固まったままだ。よし、なら、気兼ねなく仕留めよう。
「なんだそれは?! “特性”か?! “発現”か?! し、知らない、そんなおぞましい力、知らないぞッ!!」
「おぞましいっていうなし」
「どちらかというと、こう、エロいよな」
「拓斗さんサイテー」
「うぐ、い、いやー、ははは」
こんなことを良いながらも、男の視点は私の胸に固定されているし、拓斗さんの視線は私のお尻を追っている。
男って、ホントなんなの? 貶すなら貶す、笑うなら笑う。決していやらしい視線はよこさずにひたすら爆笑する獅堂を見習……わなくて、いいか。目をそらす七の紳士ぶりを見習わせるべきか。
「だが、イメクラ衣装に替えたことで、俺の速度には――」
「遅い☆ぞ!」
「――ッ?!」
素早く飛びかかる男の、さらにその後ろに回る。
「ちぃッ、だが」
「こっちこっち♪」
「な、でも」
「あくびがでちゃうぞっ」
「ぐぅ」
「ほらほら~」
後ろに回り、後に回り、後ろに回り。
男のプライドをへし折り続けると、男は苛立ちから体を振り回し始めた。
その動揺を、見逃さない。
「マジカル☆アタック!」
ステッキを振りかざし、肩に一撃。
男は容易くふらついて、無防備な腹をさらけ出す。
「マジカル☆キック!」
「うがっ?!」
その土手っ腹に十文字蹴り。
女子力少なめな技のせいで威力が少なかったのはご愛敬。このまま、突っ切る!
そう再び足を振り上げたとき、ふと、男の視線に気がつく。あれ? このひと、どこみて……。
「マジカル――」
「ハァハァ、むちむちふとももぷりんぷりん」
「――っ」
思わず、足を引っ込める。
わ、私だって好きでむちむちしている訳では無いのに……っ。
「む、むちむちか、そうか」
「拓斗さん?」
「な、なんでもない!! それより、逃げるぞ!!」
「へ、ぁ」
その一瞬の隙をついて、上空に舞い上がる男。
「仕切り直しだ! この屈辱、忘れんぞォッ!!」
それはこっちの台詞なんですけどね?
しかし、どうしよう。空に逃げられるとなると、スカイフォームで追いかけるしか無いか?
そう一瞬の迷いを見せた私に、拓斗さんは声を掛ける。
「未知、合わせろ!」
「っ、はい!」
拓斗さんはそういうと、右腕の鉄腕を逃げていく男に合わせる。
すると、鉄腕の肘部分に赤い炎が満ちて、轟音を放ち始めた。
「悪いが逃がしてはやれないぜ?」
――キィィィィィィィィィィン……
「――ブーストナックル……ってなぁ!!」
――ドォンッッッ!!
それはさながら、鋼鉄の彗星。
赤い軌跡を放ちながら、瞬く間に男に追いつく巨神の鋼腕。
その腕は、拓斗さんが右手を開くと、それに合わせて鉄腕も手を開く。
「よォ。おれのこと、忘れてないか?」
「ひっ」
拓斗さんが、鉄腕で男をつかみ取る。
男は抵抗するが、あの鉄腕、“上級悪魔”でも掴んだら離さないのだ。男では、種蝕者程度では、逃れられない。
「空の旅だ。征け、巨神の鋼腕!!」
拓斗さんの“共存者”は、拓斗さんの体の一部であるかのように舞い上がり、上空から真っ逆さまに私の元へ落ちていく。
「ひぎゃああああああああああ!?」
混乱から叫ぶことしかできない男にもたらすものは、救いの一撃。
魔法少女のおとぎ話の魔法を、その身で余すことなく受けさせる!!
「今だ、ラピ! やれ!」
「うん、わかった! ――【祈願・現想・等しく斬り分ける光・成就】!!」
「や、やめ、やめろォォォォォォォォォッ!?!?!!」
ステッキから溢れ出した光りが、鉄腕を傷つけず男を包み込む。
空に溶けて消えたのは、男の、“魔法少女”に関する記憶。
飛び出して崩れて消滅したのは、男に植え付けられた、“種”。
そして。
「今日も魔法少女は可憐に活躍☆ 困ったことは、ミラクルラピに、お・ま・か・せ♪」
ちゅどんっというコミカルな音と共に、男の体が、瑠璃色の爆発に包まれた――。
男をふん縛って改めて連絡。
男を逃がすように手引きしたモノがいたとしても、流石に二連続はリスクが高い。まぁ、もう逃がしはしないだろう。
ひとまず安心して変身を解くと、拓斗さんに駆け寄る。
「結局、おまえに頼っちまったな」
「いいよ。助け合い、でしょ?」
「……ああ、まったく、おまえには敵わないよ」
拓斗さんはそう苦笑すると、私の頭にぽんっと手を置く。
「さて、と。間に合うかなぁ? エキシビションマッチ」
「間に合わせるさ。なぁ? “巨神の鋼腕”」
拓斗さんがそう言うと、鉄腕が拓斗さんから外れて浮き上がる。
ある程度までなら遠隔操作が可能だったのは、昔の話。今や、乗って飛ぶというなんとも面白い機能があるのだとか。
「さ、お嬢様? お手をどうぞ」
差し伸べられた手に、昔のようなときめきは無い。
けれど、温かく満ちていく親愛に、ふ、と頬を綻ばせる。
「――はい。落とさないで、くださいね?」
拓斗さんに横抱きにされ、夜空を飛ぶ。
雲一つ無い星の海は、戦いに傷ついた心を、優しく包み込んでくれるようだった。
2017/04/03
脱字修正しました。




