表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/523

そのはち

 ――8――




 そうしてたどり着いたのは、未開発地区の一角。

 夜空の映った暗い海には、虚像の月が輝いている。

 車が数十台止まれる。大きな駐車場スペースだ。ここなら、存分に戦える!


「普通に、月を肴に酒でも呑みたい景色なんだがなぁ」

「うん、確かにそうだね。あ、ぬいぐるみ、どうしよう」

「貸してみろ。力の応用で……ほら」

「空中に消えた?」

「飛ばしたんだよ。おれの部屋だから、あとで渡すよ」

「ありがとう」


 夜空を見ながら語り合っていると、背後の気配が増えた。

 数は人間一、無機質なものが八。多いなぁ。


「きひッ、は、ははははっ……昨日の女は失敗したが、ただの一般人なら話は別だ。守りながら戦えるか? 化け物!」


 ……うーん、見事に昨日の男だ。

 うちの警備隊はいったい何をやっていたのだろう。こんなに簡単に取り逃がすとはなぁ。

 しかし、臆病な割に慎重では無い。大胆で浅慮。これで私が観司未知と同一人物だと気がついていたら、もっと、周囲に被害を及ぼすような形でテロを行っていたのかも知れない。

 なんて言ったって、同じやり方で負けているのだから。


「下がっていてくれ」

「はい」


 怯えるような仕草を見せて、一歩下がる。

 すると男は、嬉しそうに私を見た。うーん、ろくでもない。

 異能の才。魔導の才。人類にはそのどちらかしかいない。どちらかは資質を持っている、ということだ。それは等しく超常の力だ。優劣のあるモノでは、ない。


「おまえたち! 化け物を、その男たちを殺せ!」

『328085801342』


 鳴り響く機械音声。

 こちらの力を警戒してか、徐々に輪を狭めようとする機械兵士たち。


「なぁ、あんた、おれの二つ名は知ってるか?」

「ひゃはっ、“異邦人トリッパー”だろう? だからおまえを狙ったんだ! どこかへかってに転移する異能者、制御不能の欠陥能力だろ! ひゃぁっははははっ」

「そうだ。まぁ発動可否の制御はつくんだが、それはいい。だが、それだけでおれが英雄扱いされていると思うか?」

「なに?」


 そう、拓斗さんの異能、“異邦召喚トリップ・トラベラー”は、自動発動の異能だ。

 あの戦いの前には発動可否くらいなら制御できるようになり、今では応用すら利くようになり、還ってくるのも容易となった。だが、その異能の発現状況だけは変わらない。

 即ち――ランダムな“異世界”に“召喚”されるという異能。たったそれだけの“発現型アビリティタイプ”の異能だが、世間に認知されている拓斗さんの異能は、“共存型キャリアタイプ”。

 その理由が、“これ”だ。


「おれは様々な異世界で様々な異能を得た。そして“こいつ”が、おれが最初の異世界で手に入れた、最高の相棒さ」


 そう、拓斗さんは右手を掲げる。すると、その右腕に黒い紋様が浮かび上がり、輝いた。

 危険視した機械兵士たちが飛びかかるが――もう、遅い。



目醒め(おき)ろ――【巨神の鋼腕(ギガント)】」



 拓斗さんの右腕。

 その周辺の空間が歪み、鋼鉄の装甲が現れる。

 装甲はあっという間に拓斗さんの右腕を覆いきると、拓斗さん自身の身長ほどもある、巨大な鉄腕に変貌した。


「なぎ払え」


 ブオンッと空気を切る音。

 先頭の機械兵士をつかみ取り、それを向かってきた一体に投げつける。さらに手刀を作ると、一体の胴を切り、握り拳を作ると、ダンボールを潰すように纏めて二体を押し潰した。そのまま手を横に振り、裏拳で纏めて二体、叩き壊す。

 同時に、最初に投げた一体とぶつかった一体が地面に落ち、爆散した。瞬く間に行われた破壊活動。男の護衛に付いているのであろう一体を除き、気がつけば、全てスクラップと化していた。


「へ? は? え?」


 男の困惑した声が、聞こえてくる。

 まぁそうだろうなぁ。“異邦人トリッパー”の二つ名で、これが連想できる人間は居ない。おまけに“あの戦い”では、派手な獅堂や私に埋もれていたから、能力知名度もそんなに高くない。


「うううう、嘘だ、こんな、こんなあああああああああ!!」


 錯乱した男が叫ぶ。

 その様子は――見たことが、ある?


「気でも違えたか?」

「っ、違う。拓斗さん、離れて!」

「っ」


 男が叫びながら外套を脱ぎさると、その心臓の部分に輝く結晶が見える。

 脈打ちながら男の体を駆け巡るのは、黒い血管。脈打つ結晶――“種”の色は、紫。


種蝕者しゅしょくしゃ、か?」

「……そう、ね。“種”を食べたのは間違いない、かな」


 いつだったか、私が鈴理さんに正体バレしたあの事件。

 吾妻英もまた、“種”によってドーピングして力を手に入れていた。彼は“種”が開花し、悪魔となっていたのだが、この男はその一歩前の段階。“種”によって“浸蝕しんしょく”された人間。


「やれ! “エグリマティアス”!」

『328043802513』


 機械音。

 突進。

 けれどそれは、拓斗さんの反応速度を越えるモノでは無い。なら、本命は?


「ッ未知!」


 機械兵士が拓斗さんに叩きつぶされる一瞬の隙を縫って、男が“私に”肉薄する。というか、ドーピングした上で無力だと思っている私を狙うとか、どんだけ臆病なんだ!

 拓斗さんの叫びに身を捩るが、ドーピングした彼の身体能力には及ばない。なら、もう、これしかない。


「はひひゃははぁああははははははぁっ!! 捕まえたぞ! さぁ、抵抗をやめて殴り殺されろ! この女がどうなってもよければ、話は別だがなぁッ!!」

「聞く必要は無いよ、拓斗さん」

「黙れッ!」


 男は、私の首を掴んで飛び上がる。

 空中飛行。浮遊能力……悪魔のデフォルトの力。

 人質、ということの意思表示だろう。首を掴んだ手にたいした力は入れられてない。だが、爪が首に食い込んで、っつぅ、痛い、けど、この程度はたいしたことはない……っ。


「ひゃっ、はははっ、これから我が、超人否定団体“イブリース”の真なる世界が顕現するのだ!」

「超人否定? 異能は人間の可能性だ。駆逐できるものじゃない。それをどうするつもりだ?」

「間引けば良い。それだけだろう?」


 男の吐息が、首にかかる。

 間引けば良い。そう、簡単に、花を摘むように言う彼は、本当の意味で人を憎んでも愛しても居ないのだろう。

 その言葉から、声から感じるのは、嫉妬と私利私欲のみ。なら。


「来たれ【瑠璃の花冠】」

「未知……いいのか?」

「うん」


 大丈夫だよ、拓斗さん。

 例え、相容れない存在だとしても、無垢な子供を間引くと、殺すと言ってのけるのであれば、相対するのに必要なのは、魔導術でも異能でも無い。


「遺言か? だが、動いたな?! だったらこの場でズタズタに――ぁ、何故、体が動かない?!」


 その根性を“種”ごと浄化させられる、おとぎ話の魔法だ!


 さぁ、唱えよう。

 これが私の、戦い方だ!!




「【マジカル・トランス・ファクトォォォォッ】!!」

「な、なにィィィッ?!」




 体が光りに包まれる。

 その光りにたじろいで、男は大きく飛び退いた。


 さて、羞恥の時間は短くて良い。

 このあと、拓斗さんはエキシビションマッチだってあるんだ。

 恨み辛みは置いといて、置いておけない羞恥を胸に、魔法の花を咲かせましょう。





「歪んだ力を破るため」

 ――ふりふりスカートを、腰と一緒にふりふりと。

「浄化の光りを携えやってくる」

 ――ぴちぴち胸部を、ぽいんぽいんと揺らして。

「魔法少女~ミラクル☆ラピっ」

 ――ゆらゆらツインテールを、ふわふわなびかせ。

「正義の国より、すーいっさん♪」

 ――くるくるステッキを回し、パチッ☆とウィンク。





 時が止まる。

 拓斗さんは小さく吹き出すと、眉を寄せて怖い顔になった。知ってるよ? 拓斗さん。それがあなたの照れ隠しだっ、て。

 男は未だ固まったままだ。よし、なら、気兼ねなく仕留めよう。


「なんだそれは?! “特性スキル”か?! “発現アビリティ”か?! し、知らない、そんなおぞましい力、知らないぞッ!!」

「おぞましいっていうなし」

「どちらかというと、こう、エロいよな」

「拓斗さんサイテー」

「うぐ、い、いやー、ははは」


 こんなことを良いながらも、男の視点は私の胸に固定されているし、拓斗さんの視線は私のお尻を追っている。

 男って、ホントなんなの? 貶すなら貶す、笑うなら笑う。決していやらしい視線はよこさずにひたすら爆笑する獅堂を見習……わなくて、いいか。目をそらす七の紳士ぶりを見習わせるべきか。


「だが、イメクラ衣装に替えたことで、俺の速度には――」

「遅い☆ぞ!」

「――ッ?!」


 素早く飛びかかる男の、さらにその後ろに回る。


「ちぃッ、だが」

「こっちこっち♪」

「な、でも」

「あくびがでちゃうぞっ」

「ぐぅ」

「ほらほら~」


 後ろに回り、後に回り、後ろに回り。

 男のプライドをへし折り続けると、男は苛立ちから体を振り回し始めた。


 その動揺を、見逃さない。


「マジカル☆アタック!」


 ステッキを振りかざし、肩に一撃。

 男は容易くふらついて、無防備な腹をさらけ出す。


「マジカル☆キック!」

「うがっ?!」


 その土手っ腹に十文字蹴り。

 女子力少なめな技のせいで威力が少なかったのはご愛敬。このまま、突っ切る!

 そう再び足を振り上げたとき、ふと、男の視線に気がつく。あれ? このひと、どこみて……。


「マジカル――」

「ハァハァ、むちむちふとももぷりんぷりん」

「――っ」


 思わず、足を引っ込める。

 わ、私だって好きでむちむちしている訳では無いのに……っ。


「む、むちむちか、そうか」

「拓斗さん?」

「な、なんでもない!! それより、逃げるぞ!!」

「へ、ぁ」


 その一瞬の隙をついて、上空に舞い上がる男。


「仕切り直しだ! この屈辱、忘れんぞォッ!!」


 それはこっちの台詞なんですけどね?

 しかし、どうしよう。空に逃げられるとなると、スカイフォームで追いかけるしか無いか?

 そう一瞬の迷いを見せた私に、拓斗さんは声を掛ける。


「未知、合わせろ!」

「っ、はい!」


 拓斗さんはそういうと、右腕の鉄腕を逃げていく男に合わせる。

 すると、鉄腕の肘部分に赤い炎が満ちて、轟音を放ち始めた。


「悪いが逃がしてはやれないぜ?」

――キィィィィィィィィィィン……

「――ブーストナックル……ってなぁ!!」

――ドォンッッッ!!


 それはさながら、鋼鉄の彗星。

 赤い軌跡を放ちながら、瞬く間に男に追いつく巨神きょしん鋼腕こうわん

 その腕は、拓斗さんが右手を開くと、それに合わせて鉄腕も手を開く。


「よォ。おれのこと、忘れてないか?」

「ひっ」


 拓斗さんが、鉄腕で男をつかみ取る。

 男は抵抗するが、あの鉄腕、“上級悪魔”でも掴んだら離さないのだ。男では、種蝕者程度では、逃れられない。


「空の旅だ。征け、巨神の鋼腕ギガント!!」


 拓斗さんの“共存者キャリア”は、拓斗さんの体の一部であるかのように舞い上がり、上空から真っ逆さまに私の元へ落ちていく。


「ひぎゃああああああああああ!?」


 混乱から叫ぶことしかできない男にもたらすものは、救いの一撃。

 魔法少女のおとぎ話の魔法を、その身で余すことなく受けさせる!!


「今だ、ラピ! やれ!」

「うん、わかった! ――【祈願セット現想フォーム等しく斬り分ける光(スラッシュ)成就イグニッション】!!」

「や、やめ、やめろォォォォォォォォォッ!?!?!!」


 ステッキから溢れ出した光りが、鉄腕を傷つけず男を包み込む。

 空に溶けて消えたのは、男の、“魔法少女”に関する記憶。

 飛び出して崩れて消滅したのは、男に植え付けられた、“種”。


 そして。


「今日も魔法少女は可憐に活躍☆ 困ったことは、ミラクルラピに、お・ま・か・せ♪」


 ちゅどんっというコミカルな音と共に、男の体が、瑠璃色の爆発に包まれた――。


















 男をふん縛って改めて連絡。

 男を逃がすように手引きしたモノがいたとしても、流石に二連続はリスクが高い。まぁ、もう逃がしはしないだろう。

 ひとまず安心して変身を解くと、拓斗さんに駆け寄る。


「結局、おまえに頼っちまったな」

「いいよ。助け合い、でしょ?」

「……ああ、まったく、おまえには敵わないよ」


 拓斗さんはそう苦笑すると、私の頭にぽんっと手を置く。


「さて、と。間に合うかなぁ? エキシビションマッチ」

「間に合わせるさ。なぁ? “巨神の鋼腕ギガント”」


 拓斗さんがそう言うと、鉄腕が拓斗さんから外れて浮き上がる。

 ある程度までなら遠隔操作が可能だったのは、昔の話。今や、乗って飛ぶというなんとも面白い機能があるのだとか。


「さ、お嬢様? お手をどうぞ」


 差し伸べられた手に、昔のようなときめきは無い。

 けれど、温かく満ちていく親愛に、ふ、と頬を綻ばせる。


「――はい。落とさないで、くださいね?」


 拓斗さんに横抱きにされ、夜空を飛ぶ。

 雲一つ無い星の海は、戦いに傷ついた心を、優しく包み込んでくれるようだった。





2017/04/03

脱字修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ